| いい人 |
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「ねぇセンセ、お見合いしてみない?」 美貴が出勤してくるなり言った。 「はぁぁ、お見合いだぁ??」 「今日、看護学校のときのお友だちと会う予定だったんだけど、私、急用が できちゃって、ずっと付き合っていられないのよ。でも彼女、北海道から 出てくるんで、放っとくのは悪いから、センセのこと話したら、ゼヒ ご一緒したいって。ね、いいでしょ?」 「まあ、今晩は暇だけど、それをお見合いって言うか?」 「まあまあ、堅いことは言わないで。東京の夜の街を案内してあげてよ。なんなら、 喰っちゃってもいいわよ」 「私がグルメなのを知ってて言ってるのか?」 「もちろん。食事も女性も、でしょ?」 なんていう会話があり、その夜、私は美貴と一緒に赤坂に出かけた。言うまでも ないが、グルメなのは食事のほうである。喰っちゃおう、なんて甘い期待は、 するだけ後でミジメになるものである。 待ち合わせの喫茶店に入ると、彼女は既に来ていた。名前は澪(みお)という。 澪は札幌にある総合病院で働いているということだ。 ショートカットの良く似合う、小柄でスレンダーな美女だ。甘い期待はしないと 決めていたが、かなりぐらついてしまった。 美貴は私と澪を紹介すると、しばらく雑談しただけで、「ごめん、もう行かなくちゃ」 と言って席を立った。 「じゃあ、後は若い人だけで・・・」 というお約束のセリフを残して。このセリフ、一度言ってみたかったに違いない。 「高樹先生、美貴から私のことで何か聞いてますか?」 美貴が店を出ていくと、澪は残り少なくなったアイスコーヒーを、ストローで かき回しながら言った。 「いや、別に何も。ただ、お見合いしない、と言っただけだよ。ああ、それから 東京の夜の街を案内してあげて、とも言ってたな」 さすがに「喰ってもいい」は、本人の前では言えない。お酒が入ると言って しまうかもしれないが・・・ 「ふーんそうかぁ、やっぱり美貴は私を結婚させたがっているのね」 なにやら、ワケアリのご様子。 私は澪を食事に誘った。でも、カニだけはやめとこう。北海道から来ている人に 東京のカニをご馳走するのは、かっこ悪すぎる。それに、男と女が無口で過ごすのは、 もっとお互いを深く知り合ってからのほうがいい。 私は澪を連れて台湾小皿料理の店に行った。リーズナブルな値段で美味しい料理を 出してくれる店だ。ただ、いつも混みあっていてガヤガヤとうるさく、しっとりと した会話を楽しむのには向いていない。 それでも、その店を出るころには、私は彼女を「澪」と呼んでいたし、澪も 「高樹先生」ではなく「高樹さん」になっていた。「高樹センセ」では色気が 足りないのは言うまでもない。 次に澪を連れていったのは、落ち着いたバーだ。私はジン・トニック、澪は モスコミュール。カウンターの上にはとりあえずのミックスナッツとキスチョコ。 「何故、美貴は澪を結婚させたがっているんだい?」 頃合をみて、私が切り出した。 「私、昔から結婚願望がすごく強かったの。でも、これまでなかなか縁がなくて。 もちろん、お付き合いした人は何人かいたんだけど、私が悪いのかもしれないけど、 何ヵ月か付き合うと、なんとなくうまくいかなくなるのよ。きっと私が結婚を 急ぎすぎるからね」 「自分からプロポーズするとか?」 「そんなことはしないわ。でも、彼の部屋に居着いて、お掃除や洗濯なんかしたり して、女房気取りになるのよね。それで、彼がその重さに耐えられなくなるのじゃ ないかしら」 「うん、それは分かるな」 「男ってみんなそんなものなの?」 「男は女性に追い掛けられるよりも、女性を追い掛けたいものだからね。好意は うれしいけど、自分が考えているペースよりも女性が速く進んでしまうと、 ちょっとうざったく感じることがあると思うよ。男のワガママとも言えるけど」 「そうね、男の人は女を追い掛けたいものよね。私も追い掛けられるのは、好き なんだけど・・・ ああ、それでね、私、先月、彼に振られちゃったばかり なのよ。美貴には『もうこの人しかいない』なんて言ってたんだけど、いつもの パターンでね。この間、美貴にそのことを話したら、『東京に来たときに、いい人 紹介してあげるわ』なんて言ってたんだけど、高樹さんがそのいい人だったのね」 「いい人だと思う?」 「男性に対して『いい人』っていうのは、誉め言葉じゃないでしょ。だから、 高樹さんのことは『いい人』とは思ってないわ。あ、でも勘違いしないでね。 今は私、結婚願望なんて全然ないの。といってもヤケになっているわけじゃ なくて、自然にお付き合いすることが第一だし、結婚とは切り離した恋愛が あってもいい、って思えるようになったの」 確かに、澪には男に捨てられた暗さは微塵もなかった。もし、澪がそれを 引き摺っていたら、こんな気分にはなれない。 「高樹さんは今夜、『いい人』でいるつもり?」 「『いい人』にだけはなるんじゃない、というのが死んだ父親の遺言なんだ」 澪はコロコロと笑った。 「私、高樹さんとは結婚できないと思うわ」 「何故?」 「東京と札幌の遠距離恋愛はいやよ。それに、私と高樹さんが結婚すると、 高樹 澪になっちゃうのよ。女優さんと同じ名前はちょっとね。比べられちゃう でしょ?」 うかつなことに、今の今まで気が付かなかった。高樹 澪と比べられても、全然 困らないだろ、という歯の浮くようなセリフは、自分自身で却下。 「でも、真希という女の子が原さんとか伊達さんと結婚するほうが、もっと 大変だと思うよ」 「え?」 「ハラマキとかダテマキになるんだからね」 今度は大爆笑だ。 私はジントニックを飲み干し、 「そろそろ『いい人』はおうちに帰る時間だ。でも、私はまだ帰りたくないんだ」 そう言って立ち上がると、澪に左腕を差し出した。 澪は私の腕につかまるようにして立ち上がると、 「今夜は私を追い掛けてくれるのかしら?」 「いや、もう捕まえているつもりだよ」
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