| セックスレス |
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「ねえねえセンセ、最近、セックスレスの夫婦やカップルが増えてるでしょ?」 美貴が突然話しかけてきた。患者も来ていない暇な午後である。 「ん? ああ」 私は生返事をした。ちょいと考え事をしていたのだ。何を考えていたかは言えない。 特に美貴には言えない。 「何で増えてきたのかしら? 私には信じられないのよね。50 過ぎの夫婦なら ともかく、20 代でもセックスレスなんて。なんだかもったいないわ」 「んーーー」 「んーーーじゃないわよ、センセ。ちゃんと答えてよ。センセの専門分野でしょ?」 専門分野というのは、ちょっと違っている。精神科医という立場と、スケベであると いう事実を、美貴が勝手に融合させているだけだ。まあ、固いこと言ってもしゃあない。 「あのなぁ、物事をそんなに単純に考えちゃいかんよ。本当にセックスレスが増えて いるのかどうか、疑わしいとは思わないのか?」 「だって、テレビでも週刊誌でもそう言っているわよ」 「確かにそうだ。でも、それはきちんとした統計データがあるわけじゃないだろ? だから、確実に言えることは、最近はセックスレスについて語る人やメディアが 増えた、ということであって、セックスレス自体が増えたかどうかは別問題」 「それはそうかもしれないけど・・・・ あ、センセ、逃げてるでしょ? セックス レスの原因が分からないから」 しまった。痛いところを突かれた。 「精子の減少が報告されているようだし、男の性欲が落ちているのかもしれないな」 「あああーーー、またいい加減に逃げてる。その位は私でも知ってるわよ。もっと 面白いこと言ってくれなきゃダメ!」 結局はそういうことだ。それなりに説得力があって、ユニークな高樹説を披露しないと 収まらないのだ。もはや、逃げられない。アドリブで高樹説をでっちあげるしかない。 「セックスレスだからといって、それが問題とは限らない、というのはいいだろ? カップルがセックスレスの状態に不満を感じてなければ、それはそれで結構なこと。 問題は、一方はセックスしたいのに、もう一方にその気のないこと。それも、長期に 渡ってそういう状態が続くこと」 とりあえず時間かせぎ。 「うんうん」 「もう愛情がないとか、嫌いになったとかいうなら、それはセックスレスの問題では なくて、愛しているし嫌いでもないのにセックスする気がない、という状態が いわゆるセックスレス、ということ」 さらに時間かせぎ。 「そうね、で、何でそういうことになるの?」 「男の立場で言うと、妻や彼女に『オンナ』を感じなくなったからだと思うな。 男は勝手なもので、誰か他に好きな人が出来たとしても、それだけじゃセックス したくない、にはならないんだ。『オンナ』を感じなくなると、セックスする気も なくなるんだと思う」 「ふーん、どうして『オンナ』を感じなくなるのかしら?」 「長い付き合いだと、どうしてもそうなりがちだろうね。付き合い始めて、まだ セックスをしていないときが、男の感情は一番盛り上がっているはずだし。ほら、 デートに 30 分遅れた相手を待っている男は、その女と寝ていないけど、30 分 遅れた男を待っている女は、その男と寝ている、って言うだろ?」 「きゃはは、そんなの初めて聞いたわよ、でも、言えてるわきっと。釣った魚に餌は やらないという感じ。寝る前はあんなにマメだったのに、っていう話はよく聞くもの」 「ただでさえそういう傾向があるのに、一緒に生活していると、女性の油断している ところも見えてくるし、子供が出来たりすれば、母としてのポーションが大きく なって来るし、女性も『オンナ』の部分以外を見せることが多くなるだろ?」 「確かにそうかもしれないけど、それって昔から一緒でしょ? 最近になって セックスレスが増えてきたことの理由にはならないわよ」 「精子の減少なんてことも影響しているのかもしれないけど、私はそれよりも、 巷に性的な刺激が溢れていることのほうが影響が大きいと思うよ。通勤途中では 下着のような服を着た若い女性を見ていて、家に帰ってきて、育児に疲れた妻を 見たら、『オンナ』を感じなくなるのも理解出来ないことじゃない。女性である 限り、どんなにくたびれたって、多少なりとも『オンナ』の部分はあるはずだけど、 日常生活の中にもっと性的刺激の強いものが溢れていたら、そういう微妙な 『オンナ』に反応しなくなってしまうよ」 「なるほどねぇ・・・・」 「もちろん、それだけで、全てのセックスレスを説明出来ないだろうけど、総体的に 見て、それが一因であることは言えるんじゃないかな」 「じゃあ、女性はどうすればいいの? まさか子育てしながらキャミワンピを着る わけにもいかないし」 「女性に責任を押し付けたくはないけど、出来ることといったら、夫や彼と二人きり の時間を作って、その時には自分でも『オンナ』を意識することくらいかな」 「それでもダメなら?」 「うーん、セックスレスで我慢するか、自分から積極的にせまるか、それでも無理なら、 どこかでどうにかして欲求不満を解消するか・・・」 「不倫しなさい、ってこと?」 「もちろん、倫理的には誉められたことじゃないけど、最後の手段としては、 セックス・フレンドのような存在を求めるのも、やむをえないかもしれないな。 ただし、自分で充分に納得していないと、自分の行為で自分を傷付けてしまって、 結局不幸になってしまうから、誰にでも薦められるものじゃない」 「センセって、以外と倫理観が強くないのね」 「倫理ってのは、人間が幸せに暮らすためにあるんだと思うんだ。だから、固定的な 倫理のせいで幸せが阻害されているなら、その倫理に縛られる必要はない、という のが私の考え方だよ。もちろん、自分勝手に何をしてもいいとは思わないし、 相手がいることだから、相手に対する思いやりも必要だとは思うけどね」 「男の人はいいわよね、いざとなったら風俗で発散出来るから」 「最近は、女性向けに性的なサービスをするビジネスも成立しているようだけど、 それとセックスレスは無関係じゃないだろうね、きっと。お金を払って解決する なら、ある意味ではそれは健全なことかもしれない・・・」 「もし、セックスレスのせいでノイローゼになった女性が、うちに来たら、センセは なんて言うの?」 「保険が効きますよ、かな?」 美貴は「保険が効きます」の意味が分からずにしばらく考えていたが、ようやく 気付いたらしく、にっこりと笑って、 「じゃあ、かっこいい男の人が来たら、私もそう言うことにするわ」 やはり、美貴のほうが一枚上手である。
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