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AFV模型工作室
E10 (トランペッター)
NEW
第二次大戦が開始された当初、ドイツ軍は戦争が長期化することを予想しておらず、戦車の
生産や開発は非常にのんびりとしたものでありました。しかし、予想に反して戦争は長期化し
て、短期決戦の電撃戦は泥沼の長期消耗戦に変わってしまいました。
ドイツ国防軍兵器局は、軍需生産の潜在力を全て利用するという計画の下、Eシリーズの兵器
開発に着手します。その骨子は、車体を大型化することなく戦闘室容積を大きくし、サスペンシ
ョンの外部搭載を実現した先頭車両を作るというものでした。E10は軽駆逐戦車に属する車
両でしたが、この車両に限らず、Eシリーズの車両そのものはどれも完成しませんでした。
そのような架空駆逐戦車にもかかわらず、トランペッターからインジェクションで発売され、し
かも前期型と後期型を選べるというオマケまで付いています。実車では全高を1760mmから
1400mmまで低くすることが可能でした。3人乗りで、主砲は48口径75mmPak39を予定
していましたが、駆逐戦車38D(ヘッツアー)の方技術的に優れていたために開発は計画途中
で中止されました。しかし、1945年5月にチェコのBMM工場で試作第一号車の完成記念写
真が残っています。
参考資料
大日本絵画 軽駆逐戦車
アーマーモデリング 2007年8月号
光人社 ドイツ戦車発達史
(制作記録)
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週末の数時間でどこまで完成できるかを目標に、パテ埋めなどの乾燥に時間が掛かる作業を一切省略し制作を開始しました。 |
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車外装備品もキットのまま。出来はご覧の通り、キット素組みでも充分です。 |
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車体後部の装備品。ジャッキも治具が別パーツになっているなど凝ったものになっています。
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車体下部に転輪を取り付けた。パーティングラインにはカッターでなぞっただけ。
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車体上部と下部も隙間なくぴたりと組みあがります。車輪は少しぐらつくので塗装のことは考えず、がっちりと接着しました。
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後方が起動輪なので、美接着。前期型と後期型の違いは起動輪と履帯にあり、まだどちらにするか決めかねています。
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僅か数時間でここまで組むことが出来ました。プラスチックが柔らかいので工作はサクサク進みます。こんなスピードモデリングもたまにはスカッとします。
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エンジンメッシュのエッチングパーツはキットに標準で同梱されています。出来もシャープに仕上がっています。
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車外機銃の防楯はプラパーツの他にエッチングパーツも選択できるようになっていますが、プラパーツでも充分に使えます。
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ボッシュライトも裏側までモールドされており、そのまま使用できます。
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主砲防楯と主砲のアップ。主砲はアルミ製ではありませんが、主砲基部の可動部(上下左右に動きます)がゆるゆるで前にお辞儀をしてしまいます。内部のパーツを細工して、多少きつくしています。砲身は上下分割されており、パテ埋めをしています。
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トランペッターのベルト式履帯は、なかなかの出来なのですが、何とこのポリエチ製履帯は通常の接着剤では付きません。そこで、瞬間接着剤のプライマーの登場となりました。この手のものは、写真のセメダイン叶サの他に東亜合成のものも発売されています。
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プライマーを接着面に塗り、10分以上室温で乾燥させた後に、瞬間接着剤で接着します。実用強度になるまで30分掛かるそうですが、数分で無事接着できました。
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キットには、前期型のベルト式履帯、接着式プラ製履帯、前期型起動輪と、後期型ベルト式履帯(写真9、接着式プラ製履帯、後期型転輪(写真)が同梱されており、選択式になっています。
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前期型を選び、車体に組んでみました。履帯と起動輪は4号戦車のものと同型です。履帯の向きはは箱絵を参考にしました。
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こちらは誘導輪のアップ。T34と同様に後輪が起動輪になっています。
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車外装備品もうまくまとめられています。SflZFla照準器も出来は良いです。 |
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左前方からの車体全体の写真。
低い姿勢と単純な車体は、生産性の高さと待ち伏せ戦闘に最適であることがうかがえます。
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これまでの延べ工作時間は、僅か10時間程度であり、週末モデリングでもここまでは達成できます。履帯は塗装も難しいと聞いてますので、塗装にも工夫が必要です。
(平成20年1月14日) |
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最新機種のニコンのD60ではなく、キヤノンのD60で撮影。レンズはジャンク品のシグマの標準ズーム。5年以上前の600万画素機である。
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グンゼのサーフェイサーを吹いたのだが、背景が同色だったのでメリハリのない写真になってしまった。
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サーフェイサーの濃度が濃すぎたのか、天候の関係で湿度が高かったのか分からないが、塗料の糸が張ってしまった。
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車体上部の車外機銃周辺を撮影。
車外装備品もキットのままだが、出来は良い。
(平成20年4月20日) |
制作継続中!
チャーチル MK.VIII (タミヤ改造)
Mk.VIIの75mm主砲を95mm榴弾砲に換装したタイプ。Mk.VIIの近接支援型で、徹甲
弾しか撃てない6ポンド砲搭載の戦車を、榴弾で支援するために作られました。砲弾確保のた
めのスペースを確保する必要があり、専用砲塔となっています。
当初セントーMk.IVから95mm榴弾砲の転用だけを考えていたのですが、砲塔も工作が必
要です。タミヤニュース資料写真集−3『イギリス・チャーチル戦車』に、Mk.VIIIのの専用砲塔
が図解で記されていて基本形は大いに参考になります。実車解説は、PANZER誌、戦車マガ
ジンが詳しいです。
参考資料
タミヤニュース資料写真集−3 『イギリス・チャーチル戦車』
大日本絵画発行 オスプレイ・ミリタリー・シリーズ 『チャーチル歩兵戦車1941−1951』
PANZER 1988年1月号
戦車マガジン 1993年11月号
グランド・パワー 1995年11月号
(制作記録)
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ベースキットはタミヤのチャーチル・クロコダイルから、このキットは1977年の発売当初モーターライズ化されていた。車体にある、電池取り付け用金具の孔をプラバン,パテで塞いでいる。 |
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裏側からの全体の写真。古いキットゆえに車体前面にも段差や隙間ができる、そのためにパテをやや多量に使用。 |
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車体全景。こうしてみると車体の大きさの割には細長いので狭く感じられる。居住性は良くないものと推測される。 |
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車体下部に転輪を取り付けた。スカートで隠れてしまう部分だけに、簡単なヤスリがけにとどめた。 |
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車体上部を付けるとこんな感じ。モーターライズを意識して、車体上部は接着しない選択も可能だ。 |
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Mk.VIIIの砲塔の側面写真。榴弾砲の俯角を取るためか、砲塔の天井板が殆ど平らであるのがわかる。
(戦車マガジン93年11月号より)
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こちらは、Mk,VIIの砲塔側面の写真。
砲塔前部の天井板がMk.VIIIよりもわずかに傾斜しているのがわかる。
(同誌より)
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砲塔の工作を開始した。以下の8枚は、Mk.VIIとの違いを中心に説明する。
砲塔後部のハッチ。こちらはオリジナルのMK.VII
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砲塔後部の迷彩ネット入れに隠れて殆ど見えなくなるがハッチを大型のものに変更した。
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タミヤからセントーが発売され、95ミリ榴弾砲も換装しやすくなった。
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砲塔上部はMk.VIIと変わらない。開閉状態を選べるが、砲塔がレジンのムクなので閉状態にした。 |
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プラスチック(ABS樹脂)とレジン(無発泡ウレタン樹脂)の接着には、毎回気を使う。
衝撃に弱いシアノアクリレート系の瞬間接着剤は使わずに、2液混合型のエポキシ系接着剤を使用。実用強度を得るまで、輪ゴムで補強。
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MK.VIIとの砲塔形状が、右後部が異なる。
こちらはオリジナルのMK.VII。 |
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Mk.VIIIでは斜めに削られている。
工作では控え気味のためにわかりにくい。
Mk.VIIIの砲塔の全体形状が良くわかる資料としては、グランドパワー95年11月号がお薦め。
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MK.VIIとMk.VIIIの砲塔上部前面の傾斜の違い。Mk.VIIでは傾斜はきついが、Mk.VIIIでは傾斜は僅かである。
95ミリ榴弾砲と砲塔天井板前部の傾斜が、Mk.VIIIのウリである。 |
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ぼんやりとグランドパワー誌を眺めていたら、砲塔後部の迷彩ネット入れが、Mk.VIIとVIIIとでは微妙に違うことを発見してしまった。
(写真はノーマルのMk.VII)
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リンクス製の付属のものが正しいことが判ったために、一度接着したパーツを剥がして、レジン製のものに取り替えた。このレジン製のものは表面状態が粗くて、タミヤのものに換装したかったのだが、形状的にはタミヤのMk.VIIのものはそのままは使えない。
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アンテナ基部などをタミヤのキットから流用。
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砲塔のペリスコープ上部の雨よけキャップをセントーから流用。
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車体側面の予備履帯も先端を加工した。
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車体後部の車外装備品は、Mk.VIIのものをそのまま付けた。
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車体全部のペリスコープの雨よけキャップも、セントーから流用した。特別な加工なしで、ぴったりであった。
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車体全体を左斜めから撮影。車体のおおまかな基本工作は完了したので、サーフェイサー処理、基本塗装へと進む予定。
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砲塔に露出を合わせたために車体は露出不足になってしまった。思いのほか細長い車体である。
(撮影:2007年8月14日)
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組み上げた車体を分解してサーフェイサー処理を行う。最近(2007年11月)冷え込んできたが、晴天が続いたので、乾燥も早めに仕上がった。
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車体上部は目立つところだけに、車体下部よりも入念にサーフェイサー処理をした。
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レジン表面への塗装の食い付きは悪いので、ここのサーフェイサーは厚めに塗装を行った。
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制作継続中!
友情のラミネート砲塔
(タミヤ T34/76改造)
5年前の頃、私はパンター熱にうなされていて、幾つかパンターを作っていたのですが、敵役
のT34/76のラミネート砲塔タイプにも興味がありました。そこで、フォーラム内のBBSを覗
いたり、OFF会などでお薦めのキットの情報を集めていました。聞けば、タミヤのT34/76の
1943年型(六角砲塔タイプ)は、砲塔後半の絞込みが不足していて基本形状に問題があると
のことでした。私の手許にあるスコードロン/シグナル社発行の『T34 in action』の平面図
では、確かに砲塔後半部が絞り込まれいることが分かります。当時、数社からラミネートタイプ
の砲塔のレジンキットが発売されましたが、その殆どがタミヤのキットをベースにしており、砲
塔の後部が絞込み不足という欠点を有していました。
その中で唯一、フィンランドのJSレジンからフィンランド軍仕様のラミネートタイプの砲塔が、
レジン製で細々と販売されており、砲塔後半部が正確に絞り込まれた外形となっていました。
遠い北欧からの輸入品であり、流通量も多くなく、店頭でも殆ど見ることはなかったのですが、
当時の模型フォーラム仲間から、型取りの練習用に作ったものを分けてくれる機会に恵まれま
した。このラミネート砲塔はフィンランド軍仕様のために、砲塔上部に4個ものペリスコープがあ
り、ロシア製車両とは違う独自の改修が為されています。また、原型自体が気泡まみれなため
に相当な工作が必要でした。この砲塔を土台に、ロシア軍仕様に先祖返りを行い、同時に砲
身と砲身基部を別メーカーのものと組み合わせて、基本形のみを生かして、原型に相当に手
を入れてみました。今では2006年にミニアーム社から発売された、形状が正確な六角砲塔
が入手できるようです。
(制作記録)
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モーターライズ用に開けられた穴をプラバン、パテなどで塞ぐ。
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エンジングリルのメッシュは、アベールのエッチングパーツを使用した。メッシュと枠を組み立てるだけで一晩掛かってしまい、このパーツを全て金属で組むことを断念した。
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いきなりラミネート砲塔の登場。
ペリスコープを削り落とし、砲塔上部を100番の耐水ペーパーで平らにした。その後、タミヤの砲塔天板を薄く削ったものをエポキシ接着剤にて取り付けた。
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砲塔側面の覗き孔のモールドが死んでいたので、キットのものを薄く削り接着した。
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砲塔を上部から撮影。砲塔後半が絞り込まれている様子がわかる。
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比較的成型状態が良好な、ミニアートスタジオのレジン砲塔を参考のために撮影。砲塔後半が絞り込まれていない。 |
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試しに車体上部に砲塔を搭載してみた。
バランスもいい感じである。砲耳部の再現も良い感じである。
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砲耳部と砲身は、HOT BARRELS製のT34/76 1943年型のものを選択した。砲身基部の左側の溝が再現されているのに注目。
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六角砲塔は基本形状は良いものの表面が荒れていたので、パテで修整している。
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パテ盛りの後のペーパー掛けは、やりすぎるとラミネートまで消えてしまうので、加減した。
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ラミネート型六角砲塔のペリスコープは、初期型はPK−4−7であったが、後期型のPTK−5にした。クルスク戦参加車両を想定した。 |
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六角砲塔の後部は相当絞込んでいるのがわかる。砲塔上部の再現は、タミヤのキットそのままだが、バランスも良い。
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車体下部の工作を開始。
転輪のうち第一転輪と第五転輪を外周ゴム付きの転輪にして、残りは鋼鉄転輪を履かせた。
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車体上部とドッキング。
こうしてみると六角砲塔が似合う。
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右前方から撮影。
燃料タンクの取り付け穴をパテで塞いでいる。
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タミヤ模型の欠点は車体上部の両脇を塞いでいないところである。いつものようにプラ板で塞いでいる。
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履帯は、オーストラリア製のレジン製のものをはめ込み式のもの。クルスク戦を想定しているので、後期型履帯仕様とした。
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操縦手ハッチ下部の兆弾板をプラ板で加工。
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タミヤ製のT34は、アバディーンにある車両を元にしているので誤りが多い。車体全部の牽引用治具は、42年型、43年型には見られない特殊なものなので、削除した。
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車体後部のハッチの取っ手が省略されているので、0.7mm径の真鍮線で加工した。
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起動輪に掛けた履帯のクローズアップ。
最近のレジン製履帯成型品はバリが多いような気がする。粗製濫造されたのであろうか。
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車体後部の燃料取り付け孔は、パテで埋め綺麗に加工した。
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ラミネート砲塔の鋳造番号は、『79』番が確認できたので、それより若い番号を選んだ。タミヤのパンターからランナーの番号を剥ぎ取り、瞬間接着剤で接着した。
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ドラゴンのキットは繊細な感じがするが、タミヤのキットはどうも厚ぼったい。30年以上も前のキットでモーターライズ化されていたので、丈夫に成形されている。キットとしては充分に役目を終えたといえる。
(撮影:2007年11月4日)
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制作継続中!
パンター装甲観測戦車 (ミニアートスタジオ)

パンターのシャシーを利用した装甲砲兵観測車両で、武装を撤去して砲兵用の観測機材と
無線機などを装備したもので、1944年末から1945年にかけて41両が戦車型から改造され
ました。(サンデーアート社発行『ピクトリアル パンター戦車』より)この情報を受けて、クレオス
(旧グンゼ)ではG型ベースにインジェクションキットが販売されています。
しかし、最近の資料では、例えばシュピールベルガー出筆の『パンター戦車』や、ドイルとイエン
ツの共著『パンター戦車と派生型1942−1945』では、実験的に実戦に投入されたに過ぎな
いとか、製造されることはなかったとあります。大戦後半の防衛戦闘で、一両でも多くのパンタ
ー戦車を必要としていた前線から、砲兵部隊の指揮戦車に完全装甲のパンター装甲観測戦
車は、贅沢な要求であったと考えられます。より確かな真相究明には最新の資料発掘が待た
れますが、ここはD型ベースのものから作ってみます。
現存する写真ではD型ベースのもののみを確認するのみで、しかも一枚しか見かけません。
また、図面もD型のもののみが確認できました。このD型ベースの車両は1943年7月から8
月にかけて製造され、下地のダークイエローの単色塗装が施されていました。主砲用砲固定
具やD初期型履帯、車幅確認用ポールなどが確認できます。しかし、星型アンテナは写真には
写っていません。ここはひとつ想像力を働かせて、三色迷彩にしようと思います。
(制作記録)
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ベースは贅沢にもドラゴンのA前期型を使用しました。通常のA型を作るとなると、ツイメリットコーティングが必要ですし、パンターの戦闘車両はこれまで何台も作っているので、趣向を変えてみました。 |
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操縦手用ハッチは、塞いでもよかったのですが、ここはキットの説明書通りに開けてみました。上部ハッチの取っ手位置は、D前期型に変更しました。 |
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3ヶ月ぶりの更新。車体上下を接着し合わせ目を、タミヤ製の光硬化性パテで埋めた。思いのほか柔らかい感じ。 |
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塗装の手順からジャッキは車体に接着しない。車体後部は特にパテ埋めの必要なし。 |
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久しぶりに製作を再開。車外装備品を接着。
素組みでも充分な出来映え。
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D型ベースの観測戦車の車外装備は、試作車両で急造であったので、戦車型のそのままだ。 |
制作継続中!
IV号駆逐戦車/70(V) (イタレリ)
1944年8月から生産された70口径7.5cm砲(Pak42 L/70)搭載のIV号駆逐戦車
は、ヒトラーの意向により『ラング』と命名され、これ以上の長砲身化をできないIV号戦車に代
わり、実戦配備されました。
8月から製造開始された本車ですが、製造が完全に長砲身タイプに移行したのは12月であっ
たとされ、翌年3月までに930両が生産されました。
キットはその精悍なスタイルから人気があり、1/35では古くはタミヤから始まり、複数のメ
ーカーからインジェクションキットが販売されています。可もなく不可もなしということと、前期型
と後期型のどちらも選べるという手軽さから、イタレリのキットを選びました。
(制作記録)
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前期型(1944年8月生産型)の特徴であるツイメリットコーティングを施しました。一見するとポリパテに見えますが、キャバリエ製のコーティングシートです。 |
制作継続中!
<過去の工作室の工作記録>

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