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題名 著者 初版発行日 |
感想
・印象的な内容 |
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次に晴れればそれでいい
荻原次晴
TOKYO FM 出版 初版1998年12月25日 |
ノルディック複合の荻原兄弟の弟次晴の著書。偉大な兄をもった弟の苦労はいかなるものかと思い、読んでみたが、さっぱりした性格の次晴は恨みがましい事など何も書いてなかった。素晴らしい。
荻原兄弟の姉二人もスキーに関しては、すごい選手で、クロスカントリーで中学一位になっている。血統というのがあるのだろう。
才能のある次晴と努力型の健司。スキーを始めたころは、弟次晴の方が中学生の全国大会に行くなど先んじていたが、それを見た兄健治が、より真剣に練習するようになり、二人の実力はひっくり返った。
次晴は、健司と一緒に早稲田に進んだのだが、ここで二人の差は決定的となった。ワールドカップの選手として世界を転戦する健司と日本に取り残される次晴。おまけに、次晴は一年留年してしまった。
1992年アルベールオリンピック以降すっかり有名になった健司。次晴もオリンピック出場を目指して努力を続けるも、1994年のリレハンメルには選考からもれてしまった。
そして迎えた1998年長野オリンピック。文句無しで次晴は代表に選ばれた。複合個人戦では兄の4位には及ばなかったが、次晴は6位に入った。団体では、4位でメダルには届かなかった。
1998年長野オリンピック後に行われた札幌のワールドカップで、健司は次晴に間違われたそうだ。このことが、なんとも印象に残った。
- スポーツ選手ほど割に合わないものはない。自分が好きで始めたものが、気がつくとそれにがんじからめになっている。(159頁)
- 何度説明してもわかってもらえないだろう。俺は健司に負けることは悔しくないし、健司のメダルは自分が獲ったメダルと同じくらいの大きさで感じている。(189頁)
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修羅を生きる
梁石日
幻冬舎アウトロー文庫 文庫版初版 1999年12月25日 |
梁石日(ヤン・ソギル)氏の『血と骨』は父をモデルにした小説なのだが、この『修羅を生きる』は自らの半生を記したもの。
梁氏はとんでもない読書家であることが分かった。質屋に本を何百冊も持っていたことが何度もあるようだ。
借金地獄に陥った人間は、金を借りる事が仕事になるようだ。ひたすら金を借りることに集中し、思いもよらない大胆な方法を探し出す。金融基間から金を借りる場合、政治家を利用するというのが一番効果があるようだが、その場合、借りた金の一部は政治献金として差し出さなければならない。結果的には、トイチと同じくらいの負担になるそうだ。
- 一人の人間の不幸は、他の人間の不幸と重なっていく。(181頁)
- 欲の強い人間は猜疑心も強いが、結局、欲の方を優先する。(217頁)
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男の性(さが)
梁石日
幻冬舎アウトロー文庫 文庫版初版 1999年8月25日 |
『男の性(さが)』という題名だったので、梁氏の父や梁氏自身の豪胆な話が書いてあるのかと思ったが、まじめな本であった。元は『男の性解放』というのが単行本での題名だったようだ。
- 日本のサラリーマンの姿は、哀れの一語に尽きる。一回性の人生を酷使してきた彼らの行き着く先は、「濡れ落ち葉」であり、「粗大ゴミ」であり、「産業廃棄物」であり、その挙句定年退職後に、妻から「三行半」の離縁状を突き付けられる。(18頁)
- ルネッサンス時代のヨーロッパでは、(女性の)乳房を露出できるようにその部分だけをくりぬいた服装が流行していた。(31頁)
- 化粧のもう一つの重要な要素は"匂い"である。嗅覚はときには視覚よりはるかに強烈な刺激を与える。(70頁)
- 帰るべき場所を見失うと、男は方向感覚を失った鼠みたいにうろたえる。(96頁)
- 男らしさとは自己実現に向けて猪突猛進していく姿である。(110頁)
- 男の闘争本能とはうらはらに、男にはヒモ願望がある。(114頁)
- 体で考える水商売の女は男を肯定しながら否定し、頭で考えるキャリアウーマンは男を否定しながら肯定してしまう。(148頁)
- 売春婦の起源は古代メソポタミア時代の「神殿売春」に由来しているといわれている。(191頁)
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タクシードライバー 最後の反逆
梁石日
幻冬舎アウトロー文庫 文庫版初版 1998年12月25日 |
タクシードライバーを10年勤めた自身の経験をもとに、警察の取り締まりがいかに悪辣非道で、そしてどうするば、警察に立ち向かえるかを記した本。今日の稼ぎが反則金でふっとんだ、という経験を何度もしておられる梁氏だけに、警察対策の知恵は微細にわたっている。
- この婦警には恋人がいるのだろうか。もし恋人がいたら、どういう接し方をするのだろう。そこを触るのは違反です、といった調子で反則金を徴収するのだろうが。(22頁)
- 役人には平身低頭に限る。(73頁)
- 事故が発生した場合、往々にして補償問題より誠意があったかどうかが感情論にもつれこむ要因になる。(141頁)
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タクシードライバー 一匹狼の歌
梁石日
幻冬舎アウトロー文庫 文庫版初版 1997年10月25日 |
タクシードライバー時代に経験したことなどを記した本。タクシー会社のドライバーに対する待遇の悪さへの批判、また、タクシードライバーが体験した恐ろしい話などが載せられている。
- 追いつめられた人間には二つの選択しかない。現実から逃れるか、現実と戦うか、そのどちらかである。(32頁)
- (銀座では)客のツケはホステスの売上げであると同時に責任制になっているため、もしツケを踏み倒されると、その分をホステスが店に補填しなければならない。(78頁)
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カモネギ白書
やまちゃん、雀荘にたゆたう。
山崎一夫、西原理恵子
角川文庫 文庫版初版 2001年4月25日 |
麻雀で生計を立てている銀玉親方こと山崎一夫氏と漫画家西原理恵子氏の共著。
麻雀で稼いだ金を元に弁当屋を開いたら大当たり。しかし、2号店、3号店を出すと失敗。さらに、パチンコにはまってしまい、そのうち弁当屋は倒産。結局、雀士に逆戻り。という経歴をもつ山崎一夫氏の麻雀対戦記が本書に収められている。面白い対戦ばかりを収録してあるので、楽しめた。
麻雀にはまっておられる方は、「中」や「萬」という文字が、なんとなく赤く見えるそうです。 |
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大地の子 一
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年1月10日 |
この作品は、多数の関係者を取材し、小説的に構成したもので、登場する人物、関係機関なども、すべて事実に基いて再構成したフィクションである。
NHKドラマの『大地の子』は感動的な名作であった。いつか原作を読んでみようと思っていた。しかし、先に読んだ『沈まぬ太陽』の第5巻『会長室編』で山崎豊子に対して悪い印象を持ったりしたので、読んでなかった。 それでも昨年(2000年)12月の『大地の子』の再放送で再び感動がよみがえったので、遅れ馳せながら読むことにした。
冒頭に「この作品は、多数の関係者を取材し、小説的に構成したもので、登場する人物、関係機関なども、すべて事実に基いて再構成したフィクションである。」とあるように、残留日本人孤児は陸一心のように迫害を受けながら生きたに違いなく、また、一心の養父陸徳志のように、敵国の人間に対しても慈愛を持って接してくれた人もいたに違いない。 |
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大地の子 二
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年1月10日 |
終戦間際、関東軍は本土決戦に備え、日本に帰還を始めたが、満州開拓団は置き去りにされたままだった。ソ連参戦の時期には、関東軍のほとんどは撤退した後で、無防備な開拓団がただ南へ向けて逃避行を続けるだけであった。すでに第二次大戦は終わったのにも関わらず、ソ連からの攻撃を受け、虐殺、暴行、強姦、拉致などありとあらゆる災厄を開拓団が日本の戦争責任を償うかのように一身に受けた。 |
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大地の子 三
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年2月10日 |
中国残留日本人孤児のなかには、満足な教育を受けなかったため、自分が日本人である事を知らずに生きてきた人達は多くいたようであり、この小説では、陸一心こと松本勝男の妹あつ子がその象徴となっている。 |
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大地の子 四
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年2月10日 |
陸一心が日本の父の家を訪れた際、「仏壇の前に座った時、いままで味わったことのない心の安らぎを覚えた」とある。多くの中国残留日本人孤児の方々もきっとこのような気持ちを持たれたのではないだろうか。自分の出自からの解放、という気持ちは普通の日本人として生きてきた私にとっては、ただ推測するしかないが、それでもこの『大地の子』を読んで少しは気持ちが分かるようになった。
最後の三峡下りの父と子の対話の場面は、物語を締めくくるにふさわしい感動的な場面であった。 |
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旅人 −湯川秀樹自伝−
湯川秀樹
角川文庫 文庫版初版 1960年1月15日 |
中間子理論でノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹先生の自伝。生まれてから27歳までの話が収められている。よって、ノーベル賞受賞の話は出てこない。しかし、中間子理論の話は出てくる。
湯川秀樹さんの時代から、教育に関していろいと不満はあったようです。 |
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人の心を虜にする"つかみ"の大研究
近藤勝重
新潮OH文庫 文庫版初版 2000年12月10日 |
毎日新聞社で「サンデー毎日」などの編集長を歴任された近藤勝重氏が、長年の取材や経験から得た「つかみ」について記した本。
- 大脳生理学の専門家によると、人間の脳は新しい刺激を常に求めていて、しかもハラハラドキドキが大好きなんだそうである。(42頁)
- 竹下登元首相は相づちを打つのが達者だった。「ほーっ」「なるほど」「さすが」「なんと」「まさか」の五つの言葉を入れて調子を合わせていたという。(53頁)
- 期待をかけた相手は、いつかその期待に応えてくれる。(191頁)
- 毎日放送ラジオの「イブニングレーダー」に諸口あきらさんは、深夜放送をやっていたころ、急に入ってきたニュースで「東海大大相撲の原辰徳選手が」とやったそうだ。(219頁)
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気まずい二人
三谷幸喜
角川文庫 文庫版初版 2000年2月25日 |
古畑任三郎で有名になった脚本化三谷幸喜氏の対談集。対談相手はみな女性となっている。『気まずい二人』という題名の通り、三谷さんはそんなに能弁な方ではないので、女性とのぎこちない対話が収められている。その三谷さんの態度に切れまくって、対談を途中で放棄した女性もおられるのだが、その方が誰かは秘密だそうです。
会話が途切れたときの切り札として、三谷さんは、大豆の話をすることにしている。醤油は大豆からできる、納豆も大豆からできる、だから納豆に醤油をかけるのは、大豆に大豆をかけていることになる。他に江枝豆は大豆、豆腐も大豆など。 |
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私が「この国」を好きな理由
日下公人
PHP研究所 初版2001年4月10日 |
日下公人氏は、このままでも日本の未来は明るい、という内容の著書を多く書かれている。
やたら未来を悲観する人が多い中で、日下さんの存在はもっと注目されてよいのではないだろうか。「短所を克服するよりも長所を伸ばすべきだ」と誰もが言うが、実際は日本はここが悪いあそこも悪いとなってしまい、すべてが悪いように言う人が多い。高齢化社会を長寿社会と言い換えただけで、日本は世界に誇れる長寿社会を作り上げた国ということになる。
- 三十歳代、四十歳代の生活が苦しいのは古今東西の常識でべつに不景気のためではない。(30頁)
- 日本人の信仰の中味は、どうやら先祖崇拝と自然崇拝だけである。(48頁)
- もしかしたら日本の謝罪外交が世界に広がりつつあるのかもしれない。(107頁)
- アメリカ人は子ども、日本人は大人である。もっとも最近は、アメリカかぶれして子どもになったような日本人が多い。(117頁)
- 故本田宗一郎は基礎と称されるものの大半は、それが必要になってから振り返って勉強すれば簡単にわかるし、それで済むものだといっている。(122頁)
- 2000年6月に発表されたアメリカ商務省のレポートによれば、この7年間、ITを売る会社の生産性向上はプラス10.4%だったが、購入して利用した会社の生産性はむしろマイナス0.1%だったという。(130頁)
- ソフト化とは、先端に出ることで、そのために硬直化した過去を捨てることだ。(138頁)
- 夜考えるとノイローゼになる。朝考えれば大丈夫。(164頁)
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