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男子の本懐
城山三郎
新潮文庫 文庫版初版 1983年11月25日 |
昭和初期、金解禁にかけた浜口雄幸と井上準之助を主人公にした小説。
題名の『男子の本懐』とは、浜口雄幸が右翼に撃たれた際、駆けつけた医師に述べた言葉。
大正の終わりから昭和初期の日本の不況については、平成不況と似ている点が多い。デフレであることが一番似ているのだが、浜口首相のニックネームが「ライオン」であったことや、財政において、機密費削減の話が登場するなど、不思議な一致も見られる。
本書のテーマとなっている金解禁とは、金本位制への移行のことであり、当時はこの金本位制がグローバルスタンダードであった。この政策をとらなければ、国際社会の一員として認めてもらえない可能性があった。国際取引に支障をきたす可能性があった。 金解禁を実施すると、円と金は交換可能となる。そうなると、金の価値に裏打ちされた円の価値は上がることになる。円の価値が上がると、日本の輸出業の国際競争力がなくなる。また、円の価値が上がると、物の値段が下がり、デフレとなる。 そこで、あらかじめ、緊縮財政を敷いて、価格競争力を持てるレベルまでデフレ政策をとり、その後に金解禁、という政策を浜口首相と井上蔵相はとった。何事も日本の将来を考えてのことであった。 緊縮財政をしくことは、軍部の影響力の強かった時代では、命がけであった。浜口の井上の両名は、銃で撃たれることになる。
- 「人は常に態度に気をつけ、堂々たる容姿を以て人に接しなければいかぬ。自分の気持ちを人から悟られるようでは何事もできぬ」(井上準之助の言葉 169頁)
- 「常識を養うに読書の必要はないかもしれぬ。そして日常の事務を処理して行くのにも読書の必要はない。しかし、人をリードして行くには、どうしても読書しなければならぬ」(井上準之助の言葉 217頁)
- 「明日起こってくる問題を知るためには、どうしても読書しなくてはならぬ」(井上準之助の言葉 218頁)
- (昭和4年)不況は深刻化していた。
求人数は激減し、翌年の大学卒業予定者には、長く暗い冬となった。 見込まれる就職率は、一橋の約8割は例外として、東京帝大で6割から7割、他の大学では、5割から3割見当といわれ、学生たちは伝手をたよって、就職運動にかけ回っていた。(264頁)
- 昭和5年1月11日、予告どおり金輸出解禁が実施された。(267頁)
- (昭和6年3月10日)体内に弾丸の入ったままの(浜口)宰相を迎え、議員たちは総立ちで、はげしい拍手を送った。(330頁)
- そして、これ以後(金輸出再禁止の後)の日本経済は井上の予言どおり、果てしないインフレへところげこんだ。(382頁)
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手にとるようにブロードバンドがわかる本
石川幸宏
かんき出版 初版2001年6月18日 |
ブロードバンド通信について解説した本。
光ファイバ、ADSL、CATV、無線通信について基本を解説し、それらがどのようにビジネスに活かされるか述べてある。
ブロードバンドのインフラの見通しはついているが、コンテンツ不足が最大の課題とのこと。 |
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空想科学漫画読本
柳田理科雄
日本文芸社 初版2001年4月25日 |
柳田理科雄の『空想科学シリーズ』で漫画を題材にしたもの。
漫画だから科学的に無茶苦茶でもいいではないか、という気持ちを私は持っているので、他の空想科学ものにくらべると、印象は薄かった。 |
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空想科学映画読本
柳田理科雄
扶桑社 初版2001年7月20日 |
『空想科学シリーズ』の映画版。これは面白い。
『ミクロの決死圏』で、小型潜水艇は、「ブラウン運動」に悩まされるだろう、という解釈はさすが。
- 1馬力とは、75kgの物体を1秒間に1m持ち上げる仕事率(19頁)
- 食品を食べて全く運動しなければ、100キロカロリーにつき13g太る。(25頁)
- 数を表す漢語は、万、億、兆、京、ガイ、ジョ、穣、溝、澗、正、サイ、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数(175頁)
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日本企業の底力
竹中平蔵
PHP研究所 初版2001年7月4日 |
竹中平蔵さんが大臣就任前の2000年10月から2001年4月にかけて取材した内容を一冊の本にまとめたもの。
取材相手は、 トヨタ自動車 張富士夫社長 松下電器産業 中村邦夫社長 NTT 宮津純一郎社長 キッコーマン 茂木友三郎社長 みずほホールディングス 西村正雄会長 の5名となっている。
なぜ、キッコーマンが含まれているのか違和感があったが、読み終わって納得。「醤油」という日本独自のものを海外に普及させたことは、あまり例のない偉業ではなかろうか。
- 経済の発展、わけても資本主義経済の発展は常に創造的破壊によるものである。しかしこの創造的破壊はまったく新しい勢力によってなされるわけではない。ことに日本のような成熟した経済では、中核を担ってきた企業がさらに進化していくことによって経済発展がもたらされる。(11頁)
- 一社だけですべてを背負い込むのではなく、アライアンスで補完していこうとする姿勢は、ネットワーク型経営の典型だと思う。このネットワーク型経営による新しい結びつきは、シュンペーターのいう「新結合」にほかならない。(14頁)
- 民間は徹底して応用技術と商品開発で競い、基礎研究に関してはNSF(National
Science Foundation =
全米科学財団)のようなパブリックな機関が資金提供して支えていくという仕組みを、これから日本でもつくっていかなければならないと思うのである。(29頁)
- 日本で自動車産業に従事する人は、全雇用者のなかで1割強、700万人を占める。(34頁)
- (アメリカのサラリーマンはみな確定申告なので)家計簿ソフトは定番商品。(80頁)
- 郵便貯金が民営化されれば、「ノーリスク、ハイリターン」は不可能になる。そうなれば、郵便貯金のお金は新たな運用先を求めて、株式市場に流れ込むことになる。それが企業の株価上昇をもたらし、日本企業の「体質強化」が図られることにつながる。(97頁)
- 21世紀の企業ではナレッジワーカー(知識労働者)が企業価値を向上させるために大きく貢献する。(みずほホールディングス 西村正雄会長の言葉 189頁)
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君のしぐさに恋をした 上級マナー講座
中谷彰宏
PHP文庫 文庫版初版 1998年11月16日 |
この本は、恋の話ではなく、マナーの話です。いいことが書いてありました。
- 一人でいる女性はマナーがいい。三人組が最悪。(40頁)
- 電話をかけたら、「今よろしいですか?」(72頁)
- 香水は、つけて、しばらくたってから香りが広がり始めます。だから、つけているときはつい物足りなくて、つけすぎてしまうのです。(79頁)
- もう一軒行こうと言われて、どうしても断りたいときは、「きっとまた誘って下さいね」と言っておきます。しこりの残らない断り方を覚えましょう。(122頁)
- 知性は眉と目に出ます。(211頁)
- 本を読めば、必ず知的な顔になります。(211頁)
- 敬語を覚えるには、目上の人と話す機会をたくさん持つ。(225頁)
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時間に強い人が成功する
中谷彰宏
PHP文庫 文庫版初版 2000年10月16日 |
中谷彰宏が書いた『「忙しい」が「楽しい」に変わる50の方法』。
- 相手の仕事が遅い場合に、イライラしたら、イライラした人の負けです。(40頁)
- 準備期間は長く、決断は一瞬。(53頁)
- 人間は、ヒマになればなるほど、忙しさを装おうとするのです。(61頁)
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なぜあの人にまた会いたくなるのか
中谷彰宏
PHP文庫 文庫版初版 2001年10月15日 |
本書のテーマの「あいたくなる人」というのは、仕事を通しての知人、友人を表している。
この本には、やたら美容院パソコンの話題が登場する。本書がハードカバーの単行本として出版されたのは1997年であった。その当時は、美容院とパソコンがはやってたのかな。
- 「ありがとうございました」は何度言っても言いすぎではない。(63頁)
- 美容業界はいま、客単価が上がっているので、全体としての業績は好調です。なぜなら茶髪が増えたからです。(100頁)
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悲華水滸伝 五
杉本苑子
中公文庫 文庫版初版 2001年9月25日 |
杉本苑子著の水滸伝の文庫版での最終巻にあたる。
杉本氏が水滸伝を書くからには、師匠の吉川英治氏の『新・水滸伝』を意識されていると思っていたが、そうではなかった。自分流の水滸伝を書くことを考えており、話の終盤も原作とはかなり異なった結末となっている。
水滸伝の終盤は、人が次から次へと死んでいき、悲しい話になるのだが、著者の杉本苑子氏の胸中には、若いころに見た学徒出陣の風景があったとのことです。亡き師吉川英治氏のことには触れてなかった。 |
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優秀な部下が辞表を持ってきた時
豊田雅司、永井隆雄
中経出版 初版2001年10月8日 |
読書録のホームページを作って2年以上が経ちますが、私のホームページを訪れ、メールまで頂いた方が、本を出版されたのは初めてです。「永井隆雄」という名を見かけて、迷わず買いました。
本書は、部下が上司に「辞表を持ってくる」ということに焦点を当てて、部下が辞めないようにするには、どうすればよいかを考えたもの。
「辞表提出」が本書のテーマになっているますが、「組織の中での人間関係全般について書かれた本」という印象を読み終わって受けました。管理職の方だけでなく、何がしかの組織に属する全ての人々にお勧めできる本です。
■(辞表を持ってきた)部下の言い分、聴き方の九つのポイント 1 相手の言葉を途中でさえぎらない 2 余計な解釈を加えない 3 相手と違う表現に言い換えしない 4 不明な点はタイミングに注意して確認する 5 徹底的に聞く 6 威圧的にならない 7 自尊心を尊重する 8 共感的に聴く 9 肯定的に受け止め、頭ごなしに否定しない
■辞めていく部下のパターン ・青い鳥シンドローム (いつまでも理想を追い求める) ・責任感の強すぎる人 (自分で全てを背負い込む) ・自分に前向きすぎる人 (自分だけが空回りをしているが、それに気づかない)
■すぐ使える九つのコーチング 1 シャッターを上げる(相手の心を開く) 2 相手の話の全体イメージを共有化する 3 答えられる質問を投げかける 4 必要に応じて沈黙し考える時間を与える 5 同じ言葉を繰り返す 6 未来を魅力的にする 7 距離を置いて見る 8 切り口を与える 9 褒め続ける
- 企業の中で、自分の役割を見い出し、その役割を果たせば大きな喜びを感じます。上司と部下の関係も、この部分に回帰するのです。(59頁)
- 人材確保のための手法としてメンタリングが、近年、アメリカで注目されています。(途中略) メンタリングとは、1対1の関係で半年なり1年間、一種の師弟関係で指導を行うものです。(61頁)
- 部下に対して、事あるごとに意見やアドバイスを求めてみるのもいい方法でしょう。そうすれば、部下は自分が期待されていると思い、内心で意欲を持つものです。(63頁)
- ビッグバンに端を発し、カオスからコスモスへの変革を自己の変遷としてドラマチックに体験したい、演じたい、そのような潜在意識を大なり小なり持ち合わせている若者にとっては、なごやかな雰囲気を醸し出しながらも、強力なリーダーシップを執って、革新・改革を推し進めていき、ときとして厳しい態度で、ときとして戸惑いを解消してくれる寛容性の高い上司こそが自分たちが「なびける」上司なのです。(149頁)
- 日本労働機構の調査によると、転職コストは500万円とも1000万円とも言われています。リスクのある新天地に行って良いことばかりとも限らず、そのリスクは常に転職者が負うのです。(188頁)
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自立する力を育てる教育 スイスの生活科に学ぶもの
鈴木由美子
玉川大学出版部 初版1999年5月10日 |
今の小学校の科目には、「生活科」というものがあるということを、本書を読んで初めて知った。この「生活科」とは、子どもの自立を目的とした教科で、小学校低学年での授業である。そこでは、集団規律の習得、コミュニケーション能力などを獲得するための授業が行われている。
『スイスの生活科に学ぶ』と副題にあるが、そのスイスの生活科でみられる「自立」とは、不断に変化する世界のなかで、正しい道を選び取る能力の獲得とその実践力を示している。これこそ、今の日本に必要とされていることではないだろうか、ということで、スイスの生活科を紹介したのが本書である。
- 問題は、子どもの解放を目的とした学校が、現代においては子どもを抑圧するものになっているところにあるといえよう。(11頁)
- スイスは、これまで、ヨーロッパ列強のなかにあって、独自の外交政策である中立性を堅持してきたが、ここでいう中立性とは孤立ではなく連帯を意味する。(50頁)
- ペスタロッチー(J.H.Pestalozzi,
1746-1827)は、人間の自由を尊重しながらも、そこに道徳的法則からくる規定があることを認め、人間の教育を「自由」と「従順」の二側面あら捉えた。(116頁)
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これがデフレだ! 歴史に学ぶ知恵
吉野俊彦
日経ビジネス人文庫 文庫版初版 2001年5月1日 |
本書は、1996年2月に日経新聞社より刊行された『知恵をしぼれ! デフレを生きる発想』を、文庫化したもの。加筆、修正もしてあるそうだが、5年前に書かれた本とは思えないくらい、タイムリーな内容であった。
この平成不況以前に、日本は3度のデフレを経験している。
1.松方デフレ (明治14年〜18年) 西南戦争の戦費調達のために、政府がお札を大量に発行したことにより、インフレになり、物価上昇で庶民の生活が苦しくなったため、松方正義大蔵卿が、デフレ政策をとった。 そのデフレ政策とは、緊縮財政を敷き、財政黒字をつくり、黒字のお金を焼き捨てた、という激しいものであった。 デフレ政策中は、大不況になったのだが、デフレ終結後、リフレとともに好景気がやってきた。
2.井上デフレ 大正〜昭和 城山三郎著『男子の本懐』に詳しく書いてある。 第一次世界大戦での好景気の後に訪れた大不況、そして関東大震災、そして旧平価での金解禁のための緊縮財政、さらに世界恐慌も重なり、大変な不況に。デフレ政策をとり、日本の国際競争力を取り戻す、という井上準之助の政策は失敗に終わった。 デフレを救ったのは、高橋是清大蔵大臣のとった赤字公債の発行であった。その赤字公債は、満州事変の戦費や軍事物資生産に使用され、好景気をもたらしたが、その後、歯止めが効かなくなり、軍部の暴走へと繋がった。
3.第二次大戦後のデフレ いわゆるドッジ・ラインのこと。 昭和20年8月の終戦直後から始まったインフレ抑止のため、デトロイト銀行出身のドッジが実行させた緊縮財政によるデフレ政策。
デフレの前にはインフレがあり、デフレの後にはインフレ、またはリフレーションがある。今回の平成デフレも、そろそろインフレになるのでは、と思うようになった。しかし、デフレのときは、財政黒字になっているのだが、今のように大赤字では、過去の例と全く異なるのかもしれない。 |