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題名 |
感想 |
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日本経済 企業からの革命
野口悠紀雄
日本経済新聞社 初版2002年7月9日 |
野口悠紀雄氏の著書。副題は『大組織から小組織へ』となっている。
本書の見所は「第5章 金融緩和で問題は解決できるか」であると思う。
■野口氏は金融緩和に反対 日本のデフレの原因は、貨幣供給が過小なため生じている現象ではない。変化する国際経済のなかで生じているダイナミックな構造変化である。 従って、貨幣供給量増加などのマクロな経済政策ではデフレは阻止できない。リアルな改革(企業のビジネスモデルや産業構造の変化)がなければ、問題を最終的に解決できない。 ポール・クルーグマンのインフレターゲットは念仏のようなもの。 空売り規制は末期的手段。 …というようなことが第5章に書いてあった。
■小企業 小企業であっても、「小さいことのメリット」を活かせないのであれば、意味がない。日本の中小企業の多くは、特定の大企業の下請けとなったり系列に入ることによって、「大きいことに頼ろう」としている。(40頁)
■日本型企業のコーポレートガバナンス(76頁) 自民党の農林関係議員は、雪印再建のため外資の購入が検討されたとき、日本の酪農家を守れなくなるとクレームを言い、農水省も、雪印は日本企業との提携を検討するように指示したといわれている。 株主でもない官庁や政治家が経営に口を出す。これは日本型企業の「コーポレートガバナンス」を典型的に表したものであった。
■アジアの工業化 アジアの工業化という現象は、短期的には「空洞化」である。しかし、長期観点から見れば、日本の労働力減少という事態に適合的なものであることに注意が必要である。(149頁) |
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無人島に持ってゆく本
野口悠紀雄
ダイヤモンド社 初版1997年10月2日 |
週刊ダイヤモンドに隔週連載中の超整理日誌の第2弾。1996年4月〜1997年3月連載分。
■野口氏のケインズ経済学評 「ケインズ経済学が有効であった」というようなことは、なかった。(39頁)
■アインシュタインの名言をドイツ語で(163頁) Raffiniert ist
der Herrgott, aber boshaft ist Er
nicht. 神はたくらみ深いが、しかし、悪意はもたない。この言葉は、プリンストン大学数学部の建物の大理石に刻まれて、残されている。
■電子メール 私の考えでは、電子メールは、電話を代替するものではなく、紙のメモを代替するものである。(165頁)
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突破者の母
宮崎学
徳間文庫 文庫版初版 2002年5月15日 |
宮崎学氏が彼の母について記した一冊。
母との思い出を一冊の本にできることがすごい。
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YES-NO 小田和正ヒストリー
小貫信昭
角川文庫 文庫版初版 2000年7月25日 |
小田和正の歴史。
オフコースがかぐや姫の前座をしていたこと、ハイファイセットに誘われたことがなどが書いてあった。 |
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ドン・キホーテのペディーキュア
鴻上尚史
扶桑社文庫 文庫版初版 2000年4月30日 |
SPAに連載されているものをまとめた本。単行本としては、1997年1月に出版されている。
僕にとって、鴻上さんと言えば、オールナイトニッポンが思い出される。番組の企画でCDデビューした鏡五郎の息子さんは、今何をやってるんだろうか。
鴻上さんの担当は、金曜深夜一部。二部はエコーズの辻仁成であった。辻氏は随分有名になったものだ。
1988年当時 月:デーモン小暮、火:とんねるす、水:小泉今日子、木:ビートたけし、金:鴻上尚史、土:松任谷由美。 火以外は毎日聞いていた。
今の中学生や高校生はラジオの深夜放送を聴くのかなー。
■筑紫哲也さんの麻雀 筑紫さんは初めに対戦したときは、大負けに負けて、相手に「カモ」と思わせておいて、次対戦するときは、大勝に勝つのだそうだ。 |
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西部戦線異状なし
レマルク、秦豊吉訳
新潮文庫 文庫版初版 1950年9月25日 |
Im Westen nichts Neues
樋口廣太郎氏の思い出の一冊と氏の著書で紹介してあったので読んでみた。樋口氏はそのラストシーンを映画版とごっちゃにして記憶されているようだ。しかし名作には変わりはない。
「僕は、…」という文体で進められ、最後のシーンだけ客観的な表現となっている。過去、世界中の読者は、自分自身と主人公ボイメル君を重ね合わせたことだろう。
戦争関連の本は、今まで何冊も読んできたが、本書の描写が一番、克明であった。心理描写、毒ガス兵器、塹壕、上官、照明弾、、、第一次大戦の戦場がどのようなものであったかよく分かった。
■最初のページ
この書は訴えでもなければ、告白でもないつもりだ。 ただ砲弾は逃れても、なお戦争によって破壊された、 ある時代を報告する試みにすぎないだろう。
■最終ページ
僕は立ち上がった。
僕の心はすっかり落着いた。幾月、幾年と勝手に過ぎてゆくがいい。月も年も、この僕には何も持ってきてはくれない。何物も持ってくることはできないのだ。僕はまったく孤独だ。なんの期待も持っていない。僕はなんの恐れもなくこの月と年とに相向うことができる。僕の過してきたこの幾年かの生活は、まだ僕の手と眼の中に生々しく残っている。僕がこの生活に打勝って来たのかどうか、それは僕にわからない。けれどもこの生活が、僕の手と眼の中にあるかぎり、それ自身の行く道を求めるに相違あるまい。僕の心の中に、僕自身、とみずから言っているものが、同じ道を求めようと求めまいと、そんなことにはかまわずに。
*
ここまで書いてきた志願兵パウル・ボイメル君も、ついに一九一八年の十月に戦死した。その日は全戦線にわたって、きわめて穏やかで静かで、司令部報告は「西部戦線異状なし、報告すべき件なし」という文句に尽きているくらいであった。
ボイメル君は前に打伏して倒れて、まるで寝ているように地上にころがっていた。躰を引っくり返してみると、長く苦しんだ形跡はないように見えた……あだかもこういう最期を遂げることを、むしろ満足に感じているような覚悟の見えた、沈着な顔をしていた。 |
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軍師・参謀
小和田哲男
中公新書 初版1990年6月25日 |
足利学校は、戦国時代、軍師の養成所だったんですね。足利学校出身者は、戦国大名から高禄で迎えられたそうだ。 |
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ドン・キホーテのピアス
鴻上尚史
扶桑社文庫 文庫版初版 1998年12月20日 |
1996年8月に出版されものの文庫版。
オールナイトニッポンのパーソナリティー、というイメージが主だった鴻上さんは、こんなにすごい人だったのか、と今更ながらに知ってしまった。
■悩むことと考えること(152頁) 鴻上さんが、学生時代に旗揚げした劇団の役者たちが、就職すべきか役者を続けるべきか、いろいろ考えていると先輩に打ち明けたときの先輩の言葉。 「いいかい。考えるというのは、お前の劇団が、この先、生き延びていくために、日本の劇団、日本の演劇状況を調査して、理解して、ははあ、こういう演劇があるんだ、こういう劇団があるんだ、こういう役者がいるんだと、把握することを言うんだ。そして、役者か就職かを悩んでいる役者とバッティングする役者がどれくらい日本にいて、お前の作りたいと思っている演劇と近い演劇が日本にあるのかないのかを知ることが、考えることなんだ。悩むってのは、『どーしようかなあ。困ったなあー。あいつ、就職するのかなあー。どうやって説得しようかなー。困ったなあー』って一日中、うだうだしてることを言うんだ。考えれば、答えは出る。が、悩んでも、絶対に、答えはでない」 |
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ドン・キホーテのリボン
鴻上尚史
扶桑社文庫 文庫版初版 2000年8月30日 |
1998年に出版されたものの文庫版。SPA連載の「ドン・キホーテのピアス」単行本第3弾。 |
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ドン・キホーテのロンドン
鴻上尚史
扶桑社文庫 文庫版初版 2001年8月30日 |
1998年7月に出版されたものの文庫版。SPA連載の単行本化第3弾。
39歳にしてイギリスの演劇学校に一年間留学することとなった鴻上さん。そのロンドン滞在記が本書に収められれている。とても面白い。 |
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歴史を動かした意外な人間関係
日本博学倶楽部
PHP文庫 文庫版初版 2002年2月15日 |
歴史上のエピソードを集めたもの。 |
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稲盛和夫の「仕事学」
ソニー・マガジンズ ビジネスブック編集部 編著
三笠書房知的生きかた文庫 文庫版初版 2002年9月10日 |
ソニー・マガジンズから刊行された『稲盛和夫語録』を文庫化にあたり加筆・改題したもの。
稲盛和夫氏創業の京セラは、社員に厳しい会社で有名。「京都系」と呼ばれている社員に厳しい会社群の代表。
■京セラはコンパ好き(52頁) 稲盛氏は、社員の心を一つにしようと思い、コンパを頻繁に開いた。
■PASSION(162頁) PROFIT 利益・利潤 AMBITION 願望 SINCERITY 誠実さ STRENGTH 真の強さ INNOVATION 創意工夫・革新 OPTIMISM 積極思考・楽観思考 NEVER
GIVE UP 決して諦めない・負けるものか
■「成果主義」では「一勝」はできても「10連勝」はできない!(170頁) |
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歴史の「決定的瞬間」
日本博学倶楽部
PHP文庫 文庫版初版 2002年1月21日 |
日本博学倶楽部著の歴史エピソードシリーズ。 |
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続 会津士魂 三 斗南への道
早乙女貢
集英社文庫 文庫版初版 2002年8月25日 |
箱館戦争と会津藩の斗南への転封について。
箱館戦争について著者は、榎本武揚に批判的である。五稜郭陥落の寸前、榎本が切腹する際、介錯人としてわざわざ部下を呼んで、その部下に切腹を止められて、生きて降伏することを選んだことについて、切腹はただの演技である言い切っている。フランス帰りの榎本はすっかり武士道をなくしてしまったらしい。 |
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顧客サービス戦略
ハーバード・ビジネス・レヴュー編
ダイヤモンド社 初版2001年12月6日 |
Harvard Business
Reviewから「顧客サービス戦略」に関するものを集めたもの。
■第1章 1994年 サービスの高収益モデルのつくり方 W・アール・サッサーJr. et al
(1)顧客ロイヤルティは収益性と成長性の原動力 (2)顧客満足は顧客ロイヤルティの原動力である (3)サービスの価値が顧客満足の原動力である (4)従業員の生産性を高めることで価値が創造される (5)従業員ロイヤルティが従業員の生産性の原動力である (6)従業員満足が従業員ロイヤルティの原動力である (7)社内サービスの質が従業員満足の原動力である
■第2章 1993年 顧客ロイヤルティと従業員ロイヤルティによる良循環経営 フレデリック・F・ライクヘルド
- 新規顧客よりも既存顧客のほうが儲かる(56頁)
- 高い従業員ロイヤルティが顧客ロイヤルティを高める(59頁)
- 顧客ロイヤルティの向上が企業価値を高める(64頁)
- 顧客ロイヤルティこそ最優先テーマ(73ページ)
■第3章 1995年 100%の顧客満足度を届けるマネジメント W・アール・サッサーJr.、トーマス・O・ジョーンズ
- ノード・ストロームやダラスのシュウエル・ヴィレッジ・キャディラック、サウスウエスト航空なとの、優れたサービスを提供している企業は、対処不可能な顧客を適宜”整理”している。(112頁)
■第4章 1990年 サービスのZD運動 既存顧客は新規顧客よりも儲かる W・アール・サッサーJr.、フレデリック・F・ライクヘルド
- サービス業もいまでは、製造業が1980年代に学んだ教訓を理解するようになった。つまり、品質は計測しなければ向上しないという鉄則の存在である。
- (117頁) 離反顧客は、企業には予測もつかない意見を聞かせてくれる。(129頁)
■第5章 1996年 逃げた顧客をもう一度「儲かる顧客」に変える方法 W・アール・サッサーJr.、フレデリック・F・ライクヘルド
■第6章 1998年 従業員−顧客−株主の満足を連動させるプロフィット・モデル アンソニー・J・ルッチ et
al
■第7章 1990年 クレームを顧客獲得のチャンスに導く技術 W・アール・サッサーJr et
al
- シェア競争で重要なことは、人口の動向を分析したり、ポイントを評価するなどの方法論ではなく、顧客をそのつど楽しませるということなのである。(224頁)
- 顧客が褒めちぎるようなサービスの経験とは、顧客のほうが悪いにもかかわらず、企業が何らかの対応をしてくれたときではないだろうか。(232頁)
- 最近の我々の研究では、顧客は不愉快な経験をした場合には平均して約11人の人にそれを話し、すばらしい経験については6人にしか話さないという結果が示されている。(238頁)
- つまるところ、トラブルへの対応は第一線の従業員の双肩にかかっているのである。(242頁)
■第8章 1989年 ハイクオリティ・サービスを低コストで提供する方法 ブロ・ウッタル、ウィリアム・H・デイビドゥ
GMはフリーダイヤルでクレームを受け付けたが、電話での対応は、顧客の要求を丁重に断るだけだった。よけいに顧客に不満を持たせてしまった。 |
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