2006年読書録  ホーム

2006年12月

No 題名 著者 出版

■→そのまま引用  ●→抜粋、要約

1

最強のコーチング
清宮克幸
講談社+α新書
初版2006年3月20日

 著者は、早稲田大学ラグビー部の監督を2001年度〜2005年度までつとめた方。2006年からサントリーの監督となっている。

 恐ろしいくらい強いチームを作り上げた方の著書だけあって、自信に満ち溢れた文章となっている。

●リクルートの講師によって行われたサントリー社内の中間管理職向けリーダー研修は、「グループや組織のメンバーの顔色をうかがって共に創っていこう」という「共創」の考え方がベースにあった。しかし、経験から言えば、全く逆。メンバー全員を自分の意見になびかせることが出来なくてはリーダーは務まらない。(14〜16頁)

●監督業とは繰り返し。「こうあるべきだ」「こうするべきだ」と言い続けなければならない。一週間練習を見ないとチームは全く別物になってしまう。盆栽をイメージすれば分かりやすい。(23頁)

●私がマスコミにしゃべる。それを間接的に聞いた選手は、自分のやるべきことをイメージしていく。監督の想定する勝ち方を頭の中に描き、具体的な練習内容もイメージすることが出来る。(70頁)

●「ULTIMATE CRUSH」というスローガンは、イラクで亡くなられた壮大ラグビー部OBの奥克彦氏の協力によって生まれた。(71頁)

●監督の仕事は盆栽をつくるようなもの。(86頁)

●自分が間違っている事に気付いたら、すぐに認めるべき。(171頁) 

2

仕事で頭ひとつ抜きん出る裏トーク術
佐藤昌弘+堀之内高久
ダイヤモンド社
初版2006年9月22日

 日本一高額なコンサルタント佐藤昌弘氏と心理臨床家堀之内高久氏の著書。

■売れないのは商品知識が足りないのではなく、「何を求めているか」を理解できていないからです。(15頁)

■テクニック×人柄=スキル(21頁)

●怒っている人は一種の「自己催眠状態」になっている。「自分が正しいということを主張し、押し通さなければ、自分がダメになるかもしれない。相手をコッパミジンにしないと、自分はダメな人間だと認めざるを得なくなる」。(100頁)

3

プロカウンセラーの聞く技術
東山絋久
創元社
初版2000年9月20日

●「話をよくきいているよ」と、相手に伝える最良のコミュニケーション手段は、相づちを打つこと。(21頁)

■人間は相手を判断するのに、言葉より態度を基準にします。(21頁)

■くり返しの相づちは、「明快に」「短く」「要点をつかんで」「相手の使った言葉で」というのが大切なポイントです。(29頁)

■やさしくて、親の教えを守る子どもに育てるコツの第一は、小さいときに子ども中心に遊んでやることです。(62頁)

■人間には学びたい本能もありますが、教えたいという気持ちが強いことも事実です。(92頁)

■聞くときは「Listen」するだけで「Ask」しないのです。(103頁)

■家庭で何か問題を起こす人というのは、家族の調和をはかる役割を負わされている人が多いと分かっています。(132頁)

■聞き上手とは、LISTENすることで、ASKすることではありません。(147頁)

●フロイトは、抑圧していたもの(おさえて秘密にしていたもの)は古代遺跡と同じで、発掘されたときから風化する、と述べています。(204頁)

4

武田信玄の古戦場をゆく なせ武田軍団は北へ向かったのか?
安部龍太郎
集英社新書
初版2006年11月22日

 武田信玄は日本海を目指していた。そして、若狭武田氏、武田の一族の南部氏とともに日本海交易を掌握し、日本海側から京を目指そうとしていた。という説。

●諏訪大社下社秋宮付近の霞ヶ城は、木曽義仲が信州制圧の拠点としたところ。(45頁)

●信玄は、在地の豪族をみやみに攻め滅ぼそうとはしていない。降伏した者には旧領を安堵し、抵抗する者も粘り強く説得して身方につけようとしている。(62頁)

●甲府から日本海への道は、ナウマンゾウが歩いた道と同じ。(145頁)

5

スクラム
松瀬学
光文社新書
初版2006年11月20日

 スクラムだけで本が一冊書けるとは、ラグビーは奥が深い。

●日本のスクラムは強かった。1968年、オールブラックス・ジュニア戦の勝利のときのスクラムは互角だった。(41頁)

●1989年スコットランド戦、スクラムで押し勝った。(44頁)

●北島忠治さんのスクラムの教え
 スクラムを組んだらボールを見ろ、首をかしげろ(123頁)

6

ドラッカー入門
上田惇生
ダイヤモンド社
初版2006年9月22日

上田惇生氏の著のドラッカー入門。

●1939年『「経済人」の終わり』へのチャーチルの書評の冒頭の文は、「ドラッカー氏の魅力は人の頭を刺激してくれるところにある」だった。(vii頁)

●旧ソ連において最も高く評価されていた西側の経営学者がドラッカーだった。マルクス経済学の牙城だった九州大学経済学部では、ドラッカーが必読書とされた。(xii頁)

●トム・ピーターズによると、あらゆる経営手法がドラッカーに行き着く。そのとおりである。経営戦略、分権制、目標管理、情報型組織、コアコンピタンス、サプライチェーン、ABC会計、バランスト・スコアカード、ナレッジ・マネジメントなど、すべてドラッカーから出ている。(103頁)

●目標を設定すべきは、第一にマーケティング、第二にイノベーション、第三に生産性、第四に人材、第五に物的資源、第六に資金、第七に社会的責任である。そして「条件」としての利益である。(114頁)

 

 

2006年11月  ホーム

No 題名 著者 出版

■→そのまま引用  ●→抜粋、要約

1

慈恵医大青戸病院事件 医療の構造と実践的倫理
小松秀樹
日本経済評論社
初版2004年9月5日

 小松秀樹氏が医療倫理の教科書のとして記した著書。

・青戸病院事件
 2002年11月、慈恵医大青戸病院で腹腔鏡下前立腺全摘除術をうけた患者が、術中の出血が原因で一ヵ月後に死亡。2003年9月25日、手術を担当した医師三名が逮捕された。医師は業務上過失致死罪で起訴された。その後、2006年6月東京地裁は有罪判決を下した。

■カソリックの神父は、癌の告知を死の宣告と重ねて大騒ぎすることに違和感を持つという。彼らから見れば、人間は生まれたときから死を宣告されているのである。(8頁)

■警察の捜査手法だと、反省すべき点をカンファレンスの記録に残すと、過誤があった証拠とされる。(19頁)

■私は今回の事件における、泌尿器科医の行動の最大の問題は説明の不備だったと思う。これが起訴された医師だけの問題だったかどうか検証する必要がある。(69頁)

●日本の航空機事故調査の問題点(76頁)
 1985年の日航機事故では、事故原因となった圧力隔壁を群馬県警は、国際民間航空条約(ICAO条約)に基づいて調査にあたっていた合衆国の国家運輸安全委員会(NTSB)の要望を拒否して圧力隔壁を提出しなかった。

■死が不可避である以上、不安は人間が生きていく上で根源的に伴うものである。(150頁)

■日本医師会は本来わが国の医師を代表する団体とされているが、実際には開業医の利益代表として政治活動をしてきた。(159頁)

2

医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か
小松秀樹
朝日新聞社
初版2006年5月30日

 本書は、小松秀樹氏が検察に提出した意見書を一般向けに書き直したもの。危険な状況にある日本の医療を分析し、崩壊させないための対策を提案した、とはしがきにある。著者渾身の一冊であることが端々から伺える。

■現在、日本の医療機関は二つの強い圧力にさらされている。医療費抑制と安全要求である。この二つは相矛盾する。相矛盾する圧力のために、労働環境が悪化し、医師が病院から離れ始めた。(3頁)

■執拗に責めたてれば医師は簡単に屈する。医師や裁判官は比較的恵まれた育ちをしていることが多い。(29頁)

●医療紛争が発生した場合
 現場の医療従事者は医療側の正当性を主張してほしいと願うが、病院の弁護士は、争っても負けるからと、とりあえず謝ることを勧める。(35頁)

■わが国の弁護士は盗聴、おとり捜査、司法取引には反対するが、密室で自白を迫る現在の捜査手法には強く反対していない。(50頁)

■日本人は業務上過失致死罪を当然のこととして受け入れているが、世界的にみて必ずしも一般的ではない。(55頁)

■個人開業医の収入は多く、病院勤務医の収入は少ない。労働時間は逆である。(123頁)

●病院の勤務医が開業医にシフトしているので、病院で必要とする医師が確保できていない。(127頁)

■医局は、若い医師を責任を持って教育する場ではなく、やくざ集団のように他の集団と勢力争いをする運命共同体であった。(186頁)

●無過失保証制度
 スウェーデンやニュージーランドでは、医師の過失を証明することなしに、補償という形で被害者を救済している。(238頁)

3

古代遺跡をめぐる18の旅
関裕二
講談社+α新書
初版2006年4月20日

 私の故郷山陰の遺跡は、荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡、妻木晩田遺跡、青谷上寺地遺跡、出雲大社境内遺跡が紹介してあった。私は、出雲大社にしか行ったことがない。まだまだ行くべき所は沢山ある。

 纏向遺跡が邪馬台国論争に決着をつける可能性があるほど凄い遺跡であることを、本書ではじめて知った。

 私好みの本であった。

4

神々と古代史の謎を解く古事記と日本書紀
瀧音能之
青春新書
初版2005年10月15日

●実在した初代の天皇は十代目崇神天皇であるという説が定説。(73頁)

●大化の改新
 改新の詔をみると第二条の「国司・郡司」といった律令制下での用語など、当時には使われていなかったものも入っていて、信頼性に疑問がでてくる。(208頁)

5

神社の系譜 なぜそこにあるのか
宮元健次
光文社新書
初版2006年4月20日

 建築学科の先生らしい視点で神社の系譜が記されている。

 藤原時平は菅原道真を左遷させたが、道真の祟りにあい、時平の家系は衰えた。しかし、時平の弟忠平は、道真と懇意であった。忠平の息子師輔は、北野の社を壮大にしたり、道真を雷を落とす神様ではなく学問の神にイメージチェンジさせた。

●和歌山県の熊野三山は、出雲の熊野大社を勧請したもの。(79頁)

6

すぐに使えるマナー心理テスト
中谷彰宏
PHP文庫
初版2006年11月20日

■「まだですか?」より「お手伝いできることは、ありますか」(35頁)

7

バーボン・ストリート
沢木耕太郎
新潮文庫
初版1989年5月25日

井上陽水の『ワカンナイ』は、沢木耕太郎との電話が大きな影響を与えていたんですね。

8

チェーン・スモーキング
沢木耕太郎
新潮文庫
初版1996年4月1日

■アリがアリになるために必要とした強敵は、ソニー・リストンとジョー・フレイジャーとジョージ・フォアマンの三人であった。リストンは射殺され、フレイジャーは息子のマネージャーになり、フォアマンは宣教師になった。(56頁)

●こどもは、三歳までの可愛さで親に十分恩返しをしている。(タクシー運転手の言葉 71頁)

9

あらすじでわかる中国古典「超」入門
川合章子
講談社+α新書
初版2006年10月1日

 この本は素晴らしい。知っていた話は復習になり、知らない話は、その本を読んでみようという気になる。『儒林外史』や、呉承恩の『西遊記』を読んでみたいね。

■李白は、生きる喜びを高らかに歌って「絶句」を完成させ、杜甫は、重税と度重なる兵役に苦しむ民衆を憂いて「律詩」を完成させたのです。(88頁)

●後世の人は、李白は洞庭湖に船を出し、酔って湖面に映る月を救おうとして湖に落ち溺死し仙人になったと言い伝えた。(97頁)

●杜甫は李白との別離後、李白の歌を歌い続けた。しかし、李白に杜甫の歌を歌った形跡はない。(104頁)

■中国人は杜甫が好き(109頁)

10

中国の神さま 神仙人気者列伝
二階堂善弘
平凡社新書
初版2002年3月20日

 この本は素晴らしい。

●中国では布袋和尚が弥勒の生まれ変わりと言われているので、弥勒菩薩の像は布袋和尚となる。(15頁)

●中国では「文」を代表する人物は孔子、「武」の代表は関帝。(22頁)

●漢寿亭侯は、漢寿という土地の亭侯という意味。(29頁)

●『三国志平話』では、張飛が金持ち、関羽が貧しい姿で出会う。張飛が関羽におごる。(39頁)

●中国で最も有名な仙人は、呂洞賓。(72頁)

●カンフー映画では仏教の二大派閥として、仏教は少林寺、道教では武当山が有名。(152頁)

●道教の祖師は、後漢の時代の張天師。張魯などを経て、現代にもその家系は続いている。(159〜160頁)

 

 

2006年10月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

モノは言いよう 仕事の禁句変換辞典
中塚千恵+「コトバ最適化」研究会
阪急コミュニケーションズ
初版2006年10月7日

 「頼む」、「断りを入れる」、「批判する」、「謝る」、「悪く言われる人を別の表現で言い換える」といった場面でどのような言い回しをすれば良いか実例で示した著書。

■もっとわかりやすく話してください
 →凡人には理解しにくいのですが(54頁)

■それって、いやみですか?
 →正直な、裏のないお言葉を頂戴した。(60頁)

■まずは、○○を直してほしい
 →○○さえ直せばもっとよくなると思うのです。(62頁)

■「何が難しいか」と問われて(タレスが)言うことに「自己を知ること」。「何がやさしいか」と問われる「他人に忠告すること」。ディオゲネス・ラエルティオ『ギリシア哲学者列伝』(63頁)

■なかなか芽が出ないね。
 →彼は大器晩成型ですから。(68頁)

■一言多い人
 →論客(100頁)

■何でも他人に頼む
 →周囲を巻き込む力がある(164頁)

■ワンマン上司
 →強靭なリーダーシップ(172頁)

■すべてのインテリは、東芝扇風機のプロペラのようだ。まわっているけど、前進しない。寺山修司『あゝ荒野』(178頁)

2

信長街道
安部龍太郎
新潮文庫
初版2006年10月1日

 本能寺の変の黒幕が近衛前久である説を世に知らしめた安部龍太郎氏の著書。

■足利尊氏以来、幕府軍が朝敵征伐のために出陣する時には、東寺を宿所とするのが慣例となっていた。(100頁)

●金ヶ崎の退陣(118頁)
 通説では朝倉と浅井に挟み撃ちにされることを恐れて信長が全軍を残して逃げたことになっているが、足利義昭の裏切りを察知したからにちがいない。いち早く都に戻り義昭に真相を確かめようとした。

3

バカな職場 それでも成果を上げる心理学
渋谷昌三ほか著
プレジデント社
初版2005年10月1日

 プレジデントで連載されている「職場の心理学」から28本を選んだもの。永井隆雄さんの記事も掲載されている。

■集団討議のあとで個々人が考えると良い結果が得られる。(11頁)

■「考える部下」を育てるためには情報を与えるべきである。(63頁)

■フィードバックとは互いに制御し合うことで、複雑系理論にいう自己組織化現象は、このフィードバックの強さに依存しているとされる。(83頁)

●アメリカの心理学者ハックマンとオールダムによれば、次の五つの条件をより多く備えた仕事ほど、作業担当者のモチベーション、満足感、生産性は高くなる。多様性、完結性、重要性、自律性、フィードバック。(125頁)

■人間は思いのたけを吐露し続けていくうちに、徐々に自分というものに気づいていき、立ち直りのきっかけを自分でつかんでいく。(136頁)

■目標管理では、現場で行動プロセスをしっかり見つめる姿勢が重要となる。結果や成果だけではなく、行動プロセスに愛情ある眼差しを向けることで、人は意欲を持つものである。(202頁)

4

楽しい仕事 明日からやる気がわき出る心理学
神田昌典ほか著
プレジデント社
初版2006年2月2日

●インプロ・シンキングの基本
 相手の言葉やアイデアを瞬間的に受け入れ、そこに自分のアイデアを瞬間的にプラスする(29頁)

5

すごい上司 部下が自ら動き出す心理学
松下信武ほか著
プレジデント社
初版2006年2月2日

■「アトキンスの達成動機理論」によれば、「目標へのモチベーションが最大になるのは、成功、失敗の確率が50対50のとき」とされている。(50頁)

●アメリカ国務長官パウエル氏のリーダーシップにおける提言のひとつ「誰も怒る者がいなかったら、自分のやり方が甘いかもしれないと疑ってみよ」(194頁)

6

ローマ人の物語24
賢帝の世紀[上]
塩野七生
新潮文庫
初版2006年9月1日

第一部 皇帝トライアヌス(在位、紀元98年〜117年)

●ダキアを併合したトライアヌス時代が、ローマ帝国の領土が最大になった時代なのである。(168頁)

●トライアヌスの治世中は皇帝と元老院の関係が良好そのものであった。その要因のひとつは、トライアヌスが実にめんどう見の良いリーダーでもあったからである。(248頁)

パルティア遠征の総司令官をハドリアヌスに引き継いだ後、ローマへの帰途でトライアヌスは63歳で死んだ。

7

ローマ人の物語25
賢帝の世紀[中]
塩野七生
新潮文庫
初版2006年9月1日

第二部 皇帝ハドリアヌス(在位、紀元117年〜138年)

●ハドリアヌス防壁がローマした地域としなかった地域の境界として定着する。この一事が、後のイングランドとスコットランドを分けることにつながるだった。(126頁)

■ハドリアヌスは、はじめてあごひげを貯えた皇帝として知られている。(141頁)

●後世の我々が見るパンテオンは、ハドリアヌスが土台から造り直したもの。(181頁)

8

ローマ人の物語26
賢帝の世紀[下]
塩野七生
新潮文庫
初版2006年9月1日

第二部 皇帝ハドリアヌス(承前)(在位、紀元117年〜138年)

●元老院はハドリアヌスの神格化を拒否したが、アントニヌスは神格を求め続けた。その結果、元老院は神格化を認めた。もし神格化が認められていなかったら、勢いで「記録抹殺刑」も採決され、ハドリアヌスの帝国再構築の苦労は、歴史の闇に消えてしまったかもしれない。(132頁)

●ハドリアヌスは、1800年後の研究者から「属州民が代表をローマに送って自分たちの要望を訴えたのではなく、皇帝のほうが属州をまわって属州民の声に耳を傾けた」と言われることになる。(134頁)

第三部 皇帝アントニヌス・ピウス(在位、紀元138年〜161年)

●新しいことは何一つしないことが皇帝としてのアントニヌスの責務の果たし方であった。(136頁)

●アントニヌス防壁までローマ人は高速道路網は広げなかった。結局カレドニア(スコットランド)はローマ文明圏の外に留まることになった。(154頁)

9

ローマ人の物語27
すべての道はローマに通ず[上]
塩野七生
新潮文庫
初版2006年10月1日

 文庫版27巻と28巻は、すべてインフラストラクチャーについての記述となっている。カラー写真もあり、優れた観光案内としても重宝できそう。

第一部 ハードなインフラ
 街道、橋、それを使った人々

10

ローマ人の物語27
すべての道はローマに通ず[下]
塩野七生
新潮文庫
初版2006年10月1日

第一部 ハードなインフラ(承前)
 水道

第二部 ソフトなインフラ
 医療、教育

11 無名
沢木耕太郎
幻冬舎文庫
初版2006年8月5日

 沢木耕太郎が死に臨む父、介護、そして父の生涯を静かに描いた著書。

 

2006年9月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

テロルの決算
沢木耕太郎
文春文庫
初版1982年9月25日

 1960年10月12日の山口二矢による社会党浅沼稲次郎刺殺事件についてのルポ。大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品。

 一時期、刺殺の場面は、YouTubeで見ることできた。短刀を意図的に離したかどうかは確認できなかった。

2

馬車は走る
沢木耕太郎
新潮文庫
初版1989年7月10日

 短編集。三浦和義についてインタビューもまじえたルポ『奇妙の航海』など。

3

ビール最終戦争
永井隆
日経ビジネス人文庫
初版2006年7月1日

 情熱的な文章を書く永井氏の作品。『ビール15年戦争』の続編。各企業の競争の主役は、発泡酒、第3のビール、そして、チューハイとなっていた。

4

宇宙を読む カラー版
谷口義明
中公新書
初版2006年7月25日

 星に関する本。

●アフリカのある部族は、木星のことを「子供をつれた星」と読んでいた。ガリレオよりも先に木星の衛星を見ていた人はいたらしい。(15頁)

5

巌流島
津本陽
角川文庫
初版2006年3月25日

 2003年に出版された『武蔵と小次郎』を文庫化にあたり改題したもの。

 武蔵の父は平田武仁であるという説に沿って物語は進んで行く。

6

100万回のコンチクショー
野口健
集英社文庫
初版2004年5月25日

 高校停学中に植村直己の『青春を山に賭けて』を読み、行き場のなかったエネルギーが山へ向かっていった、という野口健の著書。自らの半生、チョモランマ清掃などが記してある。

●マッキンリーでの植村直己について
植村直己は、冬のマッキンリーへ登る際、使ったことのない装備を使った。スポンサーになってくれそうな会社のバニーブーツという靴を履いていた。バニーブーツは、底がやわらかいのでアイゼンが外れる。「15分おきにアイゼンが外れる」と植村直己も日記で書いている。(179頁)

 

 

 

 

2006年8月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

敗れざる者たち
沢木耕太郎
文春文庫
初版1979年9月25日

 1973年〜1976年に発表された作品を集めた短編集。カシアス内藤を描いた「クレイになれなかった男」、円谷幸吉を描いた「長距離ランナーの遺書」が秀逸。

・クレイになれなかった男
 
アメリカ人の父と日本人の母を持つボクサー、カシアス内藤について描いた作品

・三人の三塁手
 長嶋茂雄と同い年の難波昭二郎と土屋正孝を描いた作品。

・長距離ランナーの遺書
 東京オリンピックマラソン銅メダリストの円谷幸吉についての作品。
●昭和34年に自衛隊に入隊した円谷は、三ヶ月間、八戸で教育を受ける。その後、故郷の郡山に配属される。先輩の斉藤とともに陸上部をつくり、自分なりの練習を積むこととなる。

●円谷は、オリンピック前の合宿で、布団の上げ下ろしは自分でやる、衣服をきれいにたたむ等の態度により、宿の人から絶対的な人気を得た。(119頁)

●円谷は、オリンピック前の中日マラソンで、飲んだジュースの容器をゴミ箱に捨てに行った。(138頁)

・イシノヒカル、おまえは走った!

・さらば、宝石(さらばダイヤモンド改題)
 プロ野球選手榎本喜八についての作品

・ドランカー(酔いどれ)
 プロボクサー輪島功一のボクサー人生晩年を描いた作品

2

一瞬の夏 上
沢木耕太郎
新潮文庫
初版1984年5月25日

 復活にかけるカシアス内藤と共に過ごした日々を描いた作品。

3

一瞬の夏 下
沢木耕太郎
新潮文庫
初版1984年5月25日

 みんなの夢は個人の夢?

 ボクシングの世界を知る上で読んでおきたい作品です。

4

地の漂流者たち
沢木耕太郎
文春文庫

初版1979年11月25日

 あとがきにあるように「無名性の淵に沈みこもうとする若者たち」を描いた作品。1970年前後の日本が描かれている。

 自衛官をとりあげた「防人のブルース」、アングラ演劇をとりあげた「この寂しき求道者の群れ」、沖縄の若者をとりあげた「単独復帰者の悲哀」、工場の町川崎をとりあげた「灰色砂漠の漂流者たち」他、全6編からなる。

●単独復帰(156頁)
 沖縄が本土復帰するのはまだであっても、自分だけ頑張って勉強し出世し本土復帰を果たそうという思想。沖縄がアメリカ領土であった時期、沖縄出身で日本の大学に進学した人たちの間での話。

5

若き実力者たち
沢木耕太郎
文春文庫
初版1979年2月25日

 若き実力者12名の短編集。1972年〜73年の作品。

 2006年の今振り返ると、名を上げた方、破産された方、すでに亡くなられた方もおられる。

尾崎将司
唐十郎
河野洋平
秋田明大
安達曈子
畑正憲
中原誠
黒田征太郎
山田洋次
堀江謙一
市川海老蔵(十代目)
小沢征爾

●尾崎建夫のプロ野球拒否(20頁)
 将司は建夫のプロ野球入りに反対し、「俺と同じ性格を持っていると思ったらゴルフをやれ」と勧めた。

●尾崎将司のライバルは池永。(34頁)

6

王の闇
沢木耕太郎
文春文庫
初版1992年8月10日

短編5編からなる。

チャンピオンのまま交通事故で亡くなった大場政夫を長野ハルの視点から描いた「ジム」

瀬古利彦を描いた「普通の一日」

輪島功一最後の挑戦を描いた「コホーネス<肝っ玉>」

日本人の父とトンガ人の母を持った方の人生「ガリヴァー漂流」

モハメド・アリを破ったことのあるジョー・フレージャーの成れの果て「王であれ、道化であれ」

●大場政夫が輪島功一との対談で話した減量の苦労(21頁)
 「あの減量との闘いを十回やれっていわれたら、たしかにうんざりすると思うね。だからそのときの一回ずつを、これっきりと思ってやっていくよりしようがないと思うんだ」

7

明日は、もっとうまくいく。
中谷彰宏
PHP文庫
初版2006年5月22日

ツキを呼ぶ50の具体例が記してある。中谷さんの本にしては、字は小さめ。

■仕事とは、9割が報告なのです。(41頁)

■新人に限らず、仕事を指示した上司ではなく、先輩に報告する人がいます。(48頁)

8 最上義光
中村晃
PHP文庫
初版2006年8月17日

 山形県の英雄最上義光を描いた作品。戦国時代の東北を知ることもできる。

 最上義光の歴史は、上杉家との合戦の歴史と言えそう。越後の本庄繁長、そして長谷堂に攻めてきた直江兼続との合戦がその代表。

 義光一代で最上家を57万石の大名に成長させたが、義光の死後8年でお家騒動もあり、幕府によってたった1万石に格下げされた。

 物語の最後は、政宗の「馬上少年過」の詩で終えられている。最上義光が主人公なのに。

 

2006年7月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

戦国の山城をゆく
安部龍太郎
集英社新書
初版2004年4月21日

 岐阜城、岩村城、一乗谷城、延暦寺、弥勒寺山城、根来寺などの紀行文。

 一乗谷の宿直からは、福井平野、足羽川、九頭竜川、日本海、高須山、国見岳が一望できたとのこと。私も一乗谷に行ったことがあるのだが、宿直には行かなかった。返す返すも残念である。

●多聞櫓(120頁)
 松永久秀が銃撃戦に備えて多聞城に築いた屋根付きの櫓に始まる。

2

里見義堯
小川由秋
PHP文庫
初版2005年12月19日

 里見八犬伝は有名だが、イマイチ無名な里見氏を描いた小説。

第一次国府台合戦(1538年)

 古河公方側の北条氏と小弓公方側の争い。将たるべき小弓公方足利義明が局地戦に出陣し、戦死したことにより小弓公方側の敗戦が決まった。小弓公側に立っていた里見義堯は窮地に追いやれることとなる。

第二次国府台合戦(1564年)

 北条氏康と里見義弘の戦い。緒戦は、渡河する北条軍を里見軍が撃退したが、夜陰、北条綱茂が渡河そして里見軍の背後に回ったため、挟み撃ちにあい、里見は再び敗戦することとなった。

三船山の戦い(1567年)

 北条勢を上総の三船山で撃退した戦い。この勝利により、三度里見氏の攻勢が始まった。

3

斉藤一
菊池道人
PHP文庫
初版2003年11月19日

 新選組斉藤一を描いた小説。戊辰戦争以降の斉藤一に触れてある。

●藤田五郎こと斉藤一は軽視隊として西南戦争にも出征しており、東京日日新聞にも「藤田五郎銃創を負う」という記録がある。(317頁)

●斉藤一は、明治24年(1891年)に警視庁を退職し、会津出身の山川浩が校長をしていた東京高等師範学校付属の東京教育博物館の看守となった。(338頁)

●明治32年に博物館を退職し、晩年は、東大総長となった会津出身の山川健次郎や高木盛之輔らと戊辰戦争のことを語り、悲憤慷慨していた。(338頁)

4

佐竹義重
近衛龍春
PHP文庫
初版2005年1月21日

 常陸の戦国大名佐竹義重を描いた小説。

 上杉謙信の力を利用しつつ地道に勢力を広げていった義重。
 1585年、人取橋の戦いでは、伊達軍を追い詰めたが、自ら退却してしまった。
 そして1588年窪田の戦いでは、佐竹義宣が、伊達政宗を追い詰めたが、命までは奪えなかった。後年、伊達政宗は徳川秀忠の前でこの窪田の合戦を生涯で最も武勇の誇れる戦であると語った。その場にいた佐竹義宣はあえて何も言わなかった。

5

佐竹義宣
近衛龍春
PHP文庫
初版2006年6月19日

 佐竹義重の嫡男佐竹義宣を描いた小説。義重の代は関東地方の出来事が中心であったが、義宣の代では、上方の政治の動きも佐竹家存続に直接関係するようになった。

 1589年、猪苗代湖北の摺上原で義宣の弟の葦名義広が伊達政宗に敗れ、会津を失うこととなった。翌1590年の小田原攻めにより、伊達は会津を失ったが、その会津に葦名が戻ることはなかった。
 1600年関ヶ原の合戦の際、佐竹は、東軍につくか西軍につく旗幟を鮮明にしなかったため、秋田に減封されることとなった。

●忍城水攻め(146頁)
 通例では石田三成が秀吉の真似をして水攻めしたとされているが、書状を調べたところ、秀吉の命令で水攻めしたというのが現実らしい。

●風車の弥七のモデル(404頁)
 佐竹旧臣車斯忠の弟善七郎。秀忠の命を狙ったが捕らえられ、そして許され幕府のために働いた。

6

風林火山
井上靖
新潮文庫
初版1958年12月5日

 山本勘助を主人公にした小説。昭和30年の作品。

 

2006年6月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

最長片道切符の旅
宮脇俊三
新潮文庫
初版1983年4月25日

 1978年(昭和53年)の片道切符の旅。

 2006年の今から見れば、宮脇氏の乗った北海道の路線が廃線になっていたり、国鉄の連絡船を使うことにより片道切符で四国に上陸できたり、塩尻-岡谷間にトンネルがなかったりと時代を感じさせるものがあった。

●かつて山手線は「万里長城」と呼ばれていた。郊外から都心へ向かおうとする私鉄をすべて阻止したからである。(159頁)

●急行大社
 名古屋と大社を結ぶ。名古屋→米原→敦賀→小浜→西舞鶴→豊岡という経路をたどり、途中3度も方向転換する。

2

日本名城伝
海音寺潮五郎
文春文庫
初版2005年10月10日

 海音寺潮五郎氏が昭和35年『別冊週刊サンケイ』に連載したもの。海音寺氏に『日本名城伝』の連載を勧めた内藤幸政氏は後に湊川神社の権宮司になられ、文庫版のあとがきが書かれた昭和51年はまさに権宮司であった。

 昭和35年の作品なので、当然のことながら、最新の研究成果は反映されていない。油売りだったのは斉藤道三の父だったなど、、

3

ヴァイオリニストの音楽案内
高嶋ちさ子
PHP新書
初版2005年10月31日

 書店に行ったらカウンターのところに、高嶋さんのサイン本が積んであったので、買ってしまった。

 大衆向けの話になっており、知識がなくとも楽しく読むことが出来た。

●ロッシーニは作曲家から料理の世界に身を投じた。お気に入りのメニューは「ロッシーニ風トルネード」というトリュフとフォアグラを重ねた牛のステーキで、これは今でも料理界で有名とのこと。(80頁)

4

万葉集
角川書店編
角川文庫
初版2001年11月25日

初心者向けの万葉集の解説書。

世間(よのなか)を 何に譬(たと)へむ 朝開き 漕ぎ去にし船の 跡なきごとし  351 沙弥満祈誓(さみまんぜい)

振り放(さ)けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも  994 大伴家持

5

西行法師 北行抄
長尾宇迦
PHP文庫
初版2004年10月20日

 もう少し分かりやすさが欲しかった。

6

女子大生会計士の事件簿 DX.3
山田真哉
角川文庫
初版2006年4月25日

第3巻

●減損会計の適用指針(97頁)
 過去2年間、営業利益が赤字だったら減損

7

女子大生会計士の事件簿 DX.4
山田真哉
角川文庫
初版2005年9月25日

 第4巻。

 4巻は誰でも理解できる内容にしようとした、とのこと。なので、分かりやすい内容になっている。また、会社名も毛利・吉川・小早川、細川・三好・松永という名がでてきて、私にとっては非常にとっつきやすかった。松永はもっと悪役が似合ってたかな。

8

ホーキング、宇宙の全てを語る
スティーブン・ホーキング、レナード・ムロディナウ著
佐藤勝彦訳
ランダムハウス講談社
初版2005年9月28日

A BRIEFER HISTORY OF TIME

■光が有限であるが非常に速い速度で進むという事実は、1676年にデンマーク人天文学者オーレ・クリステンセン・レーマーによって最初に発見されました。(51頁)

 

2006年5月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

正史三国志T 魏書T
陳寿 裴松之注
今鷹真、井波律子訳
ちくま学芸文庫
初版1992年12月7日

 正史の三国志です。本書は、1977年筑摩書房から刊行された『世界古典文学全集第24巻A「三国志」T』の一部分。

 裴松之さんは注を書いただけ、などと思っていたが、さにあらず。裴松之がまとめた三国志と言ってもいいくらい注が充実していた。歯に衣着せぬ物言いも素晴らしい。

 陳寿の『三国志』を基本に、『魏書』『曹瞞伝』その他の書物での記述を数多く紹介してある。

 読み手としては、『三国志演義』や日本人作家の『三国志』と比べてしまう。正史ではこうだったのか、と。

武帝紀

 武帝とは曹操のこと。たいした家柄に生まれて訳でもないのに、あれだけ有能な家臣を集め、そして統率したのは驚くべきこと。さらには文人としても卓越している。

●許子将「君は治世にあっては能臣、乱世にあっては姦雄だ。」(11頁)

●白馬において、曹操は、張遼・関羽を先陣としてまず袁紹軍の顔良を斬った。次に、輜重隊を囮として、劉備とともに攻めてきた文醜を斬った。(44頁)

●孫策は、曹操と袁紹が対峙しているとき、許を襲撃する計画を立てたが、出発する前に刺客に殺害された。(47頁)

■管仲は『賢者が能力によって俸禄を受けるならば、上の者は尊敬され、戦士が功業によって俸禄を受けるならば、兵卒は死を軽く見る。二つのことが国において確立されていれば、天下は治まる』といっている。(54頁)

●赤壁の戦いの記述はわずか
曹操は赤壁で劉備と戦ったが負けいくさとなった。そのとき疫病が大流行し、官吏士卒の多数が死んだ。そこで軍をひきあげ帰還した。劉備は荊州管下の江南の諸群を支配することとなった。(67頁)

■曹操について
敵と対陣しているときは、平静なのんびりした様子で、戦うつもりがないかのようだった。ところが機会をのがさず勝利に乗ずるとなると、気力横溢した。(118頁)

文帝紀

●洛陽
漢は、五行からいって火であるので洛陽から水をとって、
雒陽とした。魏は、五行からいって土にあたる。土は水の牡である。そのため、雒陽を洛陽とした。(185頁)

三少帝紀

●陳留王は、慎み深い態度で帝位に上がったが、結局は晋の嗣王へ帝位を譲った。(368頁)

董二袁劉伝

●馬超が曹操と戦ったため、馬騰は彼の罪に連座し三族皆殺しにあった。(446頁)

●裴松之の董卓評
 政権をとってから死ぬまで3年にも満たない。しかしその禍は山よりも高く、害毒は四海の内に流れた。「記録に残されているかぎり、これほどの人間は存在しない」という評言は妥当である。

2

正史三国志2 魏書U
陳寿 裴松之注
井波律子、今鷹真訳
ちくま学芸文庫
初版1993年1月7日

呂布臧洪伝

●呂布が、劉元徳を助けるために、袁術配下の紀霊に対して言った言葉「争いごとが嫌いで、ものごとの仲裁をするのがだいすきなんだ。」(17頁)

●陳登は、呂布の捕縛に功績があったので、伏波将軍の位を付与されたが、39歳でなくなった(35頁)

二公孫陶四張伝

●この当時、天下の戸数・人口は減少し、わずか十分の一にまでなっていた。(123頁)

諸夏侯曹伝

●魏略に記された張飛の妻(150頁)
 建安5年(200年)、夏侯覇の従妹の十三、四の少女が、本籍地の群に居住していたが、たきぎをとりに出かけて、張飛につかまった。張飛は彼女が良家の娘であると知ると、妻とした。彼女の娘が、劉禅の皇后となった。夏侯覇が蜀に来たとき、劉禅は、夏侯覇へ手厚く爵位恩寵をたまわった。

荀ケ荀攸賈詡伝

■賈詡は、自分が太祖のもとからの家臣でないのに、策略にたいそう通じていることから、疑惑を持たれることを恐れ、門を閉ざしてひっそりと暮らし、朝廷から退出した後では私的な交際をせず、息子や娘たちの結婚にも貴族の家柄を相手に選ばなかったので、天下の智謀家は、彼に心を寄せた。(291頁)

3

正史三国志3 魏書V
陳寿 裴松之注
今鷹真訳
ちくま学芸文庫
初版1993年2月5日

程郭董劉蔣劉伝

●関羽が樊と襄陽を包囲したとき、太祖は漢の献帝が許に住まい関羽と近い距離にあることから、都を移したいと考えた。(67頁)

張楽・・・伝

●張郃は、祁山を攻めたとき矢が膝に当たって亡くなった。(232頁)

二李臧・・・・・伝

●関羽に包囲されたときの龐悳の言葉(267頁)
 良将は死をおそれていいかげんに生き延びようとはせず、烈士は節義を失ってまで生を求めないとわしは聞いておる。今日はわしの死ぬ日じゃ」

任城陳・・・伝

●太祖は、曹植への寵愛が衰えた後、後の変事を考慮し、曹植の側近の楊脩に罪をかぶせて処刑した。楊脩は、才略もあり袁氏の甥であった。(292頁)

4

正史三国志4 魏書W
陳寿 裴松之注
今鷹真、小南一郎訳
ちくま学芸文庫
初版1993年3月5日

ケ艾、鐘会の伝、そして烏丸鮮卑東夷伝が見所。

烏丸鮮卑東夷伝

 朝鮮半島と日本について記載された伝。朝鮮と比較すると日本に好意的に書かれている。国境を侵す朝鮮半島の人々と、景初二年(238年)に朝貢を行った倭の違いか。

●倭人の入れ墨(471頁)
 夏王朝の主君の息子であった少康が会稽に封ぜられた際、入れ墨をして蛟(みずち)や龍の害を避けたのと同様に、倭人も海に潜って魚や貝をとる際、大きな魚や水禽を追い払うために入れ墨をしていた。その入れ墨が、その後、飾りとなった。

●倭人の髪型と服装(472頁)
 男は、木綿で頭を縛ってマゲをつくる。着物は、横に広いきれを結び合わせるだけ。女は、ザンバラ髪で、まがった髪を結う。着物は、ひとえのようなもので、その中央に穴をあけ、首を通して着る。

●倭人の農業(472頁)
 禾稲(いね)や紵麻(あさ)を植え、蚕をかって糸をつむぐ。

●倭人の家(472頁)
 ちゃんとした家に住み、父母兄弟で寝間や居間を異にする。

●その他、倭人の特徴(472〜473頁)
 手づかみで食べる。生まれつき酒が好き。盗みはなく、訴訟沙汰は少ない。特別なことをするときには、骨を焼いて吉凶を占う。

5

正史三国志5 蜀書
陳寿 裴松之注
井波律子訳
ちくま学芸文庫
初版1993年4月7日

 蜀書はたった一冊。三国志演義で縦横無尽に活躍する武人の伝もたった数頁で終わってしまう。

先主伝

●劉備の祖父は、それなりの人物(25頁)
 先主(劉備)の祖父は劉雄、父は劉弘。劉雄は孝廉に推挙され、官位は東郡の范の令にまでなった。

●赤壁の戦い(41頁)
 先主は、諸葛亮を派遣して孫権と手を結んだ。孫権は、周瑜・程普ら水軍数万を送って、先主と力を合わせて、曹公と赤壁に戦い、大いに破って、軍船を燃やした。先主と呉軍は水陸平行して進み、追撃して南郡に到着した。曹公は、流行病が広がり多数の死者が出たため撤退した。

関張馬黄趙伝

●白馬において、関羽は顔良を刺し、首を斬りとった。(166頁)

●馬超は、222年、47歳で逝去した。(182頁)

6

正史三国志6 呉書T
陳寿 裴松之注
小南一郎訳
ちくま学芸文庫
初版1993年5月6日

 6巻から8巻までは呉書。6巻の殆どは、孫権の一族の伝となっている。

7

正史三国志7 呉書U
陳寿 裴松之注
小南一郎訳
ちくま学芸文庫
初版1993年6月7日

 周瑜魯粛呂蒙伝、そして陸遜伝が見所。

8

正史三国志8 呉書V
陳寿 裴松之注
小南一郎訳
ちくま学芸文庫
初版1993年7月7日

 8巻は呉書と小南一郎氏による年表などがおさめられている。

 

2006年4月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

戦国策
近藤光男

講談社学術文庫
初版2005年5月10日

 戦国策33篇486章から100章を選んだもの。全486章は、著者が集英社「全釈漢文大系」にてすでに紹介しているとのこと。
 本書は、日本語訳、書き下し、漢文の3つが掲載されており、漢文で読みたいけれど、読めるだけの知識はがない私にとっては丁度良かった。

●文庫版まえがき
 前漢の末に、学者劉向(前77〜前6)が命ぜられて天子の書庫を整理したとき、戦国時代の策謀の書を見つけ、それらをほぼ年代順に整え、33篇として『戦国策』と名付けた。

■豫譲(よじょう)山中に遁逃して曰く、「士は己を知る者の為に死し、女(じょ)は己を悦ぶ者の為に容(かたちづく)る。吾其れ知氏に報いん」と。(55頁)

■夫れ良商は人と売買の買(あたい)を争わずして、謹んで時を司(うかが)う。時賤(ときやす)くして買えば、貴しと雖も已(はなは)だ賤く、時貴くして売らば、賤しと雖も已だ貴し。(101頁)

■王不如遠交而近攻(131頁)

■周書に曰く、『将に之を敗らんと欲せば、必ず姑(しばら)く之を輔けよ。将に之を取らんと欲せば、必ず姑(しばら)く之を与えよ』と。(212頁)

■故に物其の長ずる所を舎(お)いて、其の短なる所を之(もち)うれば、堯も亦た及ばざる所有らん。(263頁)

●漁夫の利(302頁)
 易水にて、鷸(しぎ)が蚌(はまぐり)をついばんだとき、蚌は貝を閉じて、鷸のくちばしをはさんだ。その場へ漁師がやってきて、いっしょに捕らえた。

2

六韜
林富士馬訳
中公文庫
初版2005年2月25日

 『六韜』とは、文韜、武韜、竜韜、虎韜、豹韜、犬韜の6巻、60章からなる。

 文王と武王が太公望に質問をし、太公望がそれに応えるという形式となっている。

■文王曰く、「主の位は如何」
太公曰く、「安徐にして静かに、柔節にして先ず定まり、善く与えて争わず、心を虚しくし志を平かにし、物を待つに正しきを以てす」(230頁)

■大智は智ならず、大謀は謀らず。大勇は勇ならず、大利は利ならず。天下を利する者は、天下之を啓(ひら)き、天下を害する者は、天下之を閉づ。天下は、一人の天下に非ず、乃ち天下の天下なり。(252頁)

3

三略
真鍋呉夫
中公文庫
初版2004年9月25日

 太公望が記したとされる『三略』。上略、中略、下略からなる。
 張良が黄石公より授けられた書がまさしく本書であったという説もある。清の時代は『黄石公三略』と書かれることがあったらしい。
 出所はどうあれ、2000年にわたり読まれ続けた書だけあって含蓄に富んでいる。

■『軍讖』に曰く、「柔は能く剛を制し、弱は能く強を制す」と。柔とは徳なり、剛とは賊なり。弱なる者は人の助くる所にして、強なる者は人の攻むる所なり。(10頁)

■夫れ人を用うるの道は、尊ぶに爵を似てし、贍(た)すも財を以てすれば、則ち自ら来たる。接するに礼を以てし、励ますに義を似てすれば、則ち士は之に死す。(25頁)

■夫れ将帥は、必ず士卒と滋味を同じくして、安危を共にすれば、敵、乃ち加うべし。故に兵に全勝有り、敵に全因有り。(27頁)

■『軍讖』に曰く、「将の威を為す所以の者は号令なり。戦の全勝する所以の者は軍政なり。士の戦を軽んずる所以の者は命を用うればなり」と。(31頁)

■夫れ将、諫(いさめ)を拒(ふせ)げば、則ち英雄は散ず。策従わざれば、則ち謀士は叛く。善悪同じければ、則ち功臣は倦む。己を専にすれば、則ち下は咎を帰す。自ら伐(ほこ)れば、則ち下は功少し。讒を信ずれば、則ち衆は心を離す。財を貪れば、則ち奸は禁ぜられず。内顧すれば、則ち士卒は淫す。(40頁)

■聖人は天を体し、賢人は地に法(のっと)り、智者は古(いにしえ)を師とす。是の故に、『三略』は衰世の為に作る。(72頁)

■夫れ高鳥死して、良弓蔵(かく)る。敵国滅びて、謀臣亡ぶ。(75頁)

4

呉子
尾崎秀樹訳
中公文庫
初版2005年9月25日

 その人生も波乱に富み、兵法家であり政治家でもあった呉起の兵法書。
 
図国、料敵、治兵、論将、応変、励士の6編からなる。

5

99.9%は仮説
竹内薫
光文社新書
初版2006年2月20日

 物理学の分かりやすい本を何冊も書いておられる竹内薫氏の大衆向けの著書。よく売れているようです。

 飛行機はなぜ飛ぶのか完全に証明されていない、地球温暖化の真の理由も明らかになっていない、という話からはじまる。
 筆者の言いたいことは、世の中はすべて仮説で科学は万能ではない、ということになるだろう。それが別に悪いわけではない。

●ロボトミー手術(100頁〜)
 前頭葉を切除する手術。loboとは「葉(よう)」のこと、tomyとは切断や切除という意味。1930年代40年代の大戦中、鬱の人が増え、その治療でロボトミー手術が行われた。前頭葉が切除された人は、人格を失ってしまった。

●10番目の惑星(111頁〜)
 2005年夏、NASAが10番目の惑星を見つけたと発表した。冥王星よりも大きいのだが、この星を惑星としてしまうと、同じ軌道でもっと大きな星が見つかると、小惑星に格下げしなくてはならなくなる。

6

ホーキング 虚時間の宇宙 宇宙の特異点をめぐって
竹内薫
講談社ブルーバックス
初版2005年7月20日

 竹内氏のブルーバックスの著書。今回はホーキングだ。

 158頁あたりの経路和の話には、ついていけなかった。

●リフシッツ(86頁)
 ランダウ、リフシッツの理論物理学教程のリフシッツ。このリフシッツは、ハラトニコフと共に、ビッグバンの前も時間と空間は存在した、と1963年の論文で主張した。この主張をしたリフシッツを、ホーキングは論文や著書で虚仮にした。

●ホーキングは頭にくると電動車椅子で相手の足を轢く。(127頁)

7

人を「巧みに動かす」心理術
樺旦純
三笠書房知的生きかた文庫
初版2006年3月10日

 樺氏の著書を読むのは、4年ぶりくらいかな。

●カーネギーの言葉(28頁)
 「世の中で、ある人にあることをさせるように説得する方法は一つしかない。相手がそのことを自発的に実行したくなるように、上手く道案内をしてやることだ」

●イエス誘導法(29頁)
 相手の同意を得るために、イエスと言わせる心構えをつくっていく方法。はじめは天気の話、家族の話などで相手に「イエス」と繰り返すような質問をし、その後、問題の核心に迫っていく。

●自分と似ていると思わせる(103頁)
セールストークの場合において、相手の話し方や態度を見て、それに素早く合わせるのが効果的。

●運がいいと思われている人の共通点(110頁)
 明朗快活でプラス思考で行動する。礼儀正しく、他人にもやさしい心の持ち主で、人付き合いを大切にする。その一方で、理不尽な要求には「ノー」といえる強さも持ち合わせている。

■笑いが生まれる瞬間(117頁)
 人を笑わせるには、相手に優越感をもたせることが第一条件である。

●上司がある部下を叱っているのを見ると、ほかの部下は身につまされるどころか、彼が叱られていることを心地よく感じてしまう。(155頁)

8

世界の日本人ジョーク集
早坂隆
中公新書ラクレ
初版2006年1月10日

 著者の早坂氏は、ルーマニアで生活していたことがあるとのこと。ルーマニアでの日本は大変イメージがよく、勤勉で礼儀正しく、技術力も高いと思われている。

 

2006年3月  ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

史記1 本紀
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年4月6日

 小竹兄弟の翻訳による司馬遷の『史記』。単行本としては、昭和31年から32年にかけて出版された。
 
1巻には、五帝、夏、殷、周、秦、始皇、項羽、高祖、呂后、孝文、孝景、孝武それぞれの本紀が納められている。

 始皇本紀、項羽本紀、高祖本紀が見所。

●不死を願った始皇帝は、真人になりたいと思うようになり、自分自身のことを朕といわずに真人と言うようにした。(158頁)

●俚諺に「前事を忘れないのは、後事の戒め」とある。(181頁)

●項羽の軍は鴻門の下にあり、沛公の軍は覇上にいて、相去ること四十里であった。(213頁)

■太史項言う。わたしは周生(漢代の儒者)から、「舜の目は重瞠子(二つ瞳)」であり、「項羽も重瞠子」であったと聞いた。(234頁)

●高祖本紀での項羽の最後
 漢王は騎将灌嬰に追撃させて、項王を東城(安徽・定遠)で殺した。(266頁)

2

史記2 書・表
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年11月7日

 古来、「書」はとばして読む人が多かったらしいが、やはり私もそうしてしまった。
 「表」は太史公の文章の翻訳文のも載っており、「表」はなかった。戦後間もない頃に出版された本なので、表を載せることが難しかったか。

3

史記3 世家 上
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年9月7日

 「世家とは、爵禄を世襲する家柄、諸侯のたぐい」とのことだが、上巻は、主に戦国時代のそれぞれの国の史書となっている。

●周書に、『起たんと欲すれば、先んずるなかれ」とある。(278頁)

4

史記4 世家 下
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年10月5日

 下巻の前半は、上巻に続き国の史書となっているが、後半は、英雄の家柄について述べてある。

 相国蕭何、相国曹参、留侯張良、丞相陳平、絳侯周勃などの漢の名臣、そして、孔子や陳渉についての世家も見所。

●孔子のことばに、「三人が行動を共にすれば、かならずその中にわが師とすべき言動を見出すことができよう」とある。(113頁)

5

史記5 列伝 一
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年5月8日

 この『列伝 一』には、商から戦国時代までの人物の列伝が納められている。

 兵家の司馬穣苴、孫子、呉子、敵討ちに執念を燃やした伍子胥、権謀術数の蘇秦と張儀、中国史上最高の名将ではないかと私が思う白起、斉の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君、楚の春申君などの列伝が見所。

■そもそも事は秘密の保持によって成就し、言葉の漏洩によって失敗する。(26頁)

●司馬穣苴「将たる者は、陣中におるかぎり、君命でもきかないことがある」(34頁)

●孫武「わたくしは、すでに命を受けて、将となっています。将たる者は、陣中におるかぎり、君の命といえども、きかないことがあります」(37頁)

●孫臏「糸のもつれをとく者は、拳でたたかず、喧嘩を助ける者は、素手で打ったりはしません。急所を打ち虚をつき、形勢反転すれば、おのずからとけるものです。」(39頁)

■古語に言う、「よくおこなう者は、いまだかならずしも、よく言わず。よく言う者は、いまだかならずしも、よくおこなわず」と。(47頁)

●俗諺に『たとえ鶏口となるも、牛後となるなかれ』とある。(119頁 蘇秦列伝)

●易経に『狐、水を渉り、その尾を濡らす』とある。(280頁 春申君列伝)

●古語に、「断ずべきときに断ぜざれば、かえってその乱を受く」とあるが、これは春申君が朱英の言を用いなかったことをいうものであろうか。(292頁)

6

史記6 列伝 二
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年6月7日

  刺客列伝、淮陰侯列伝が見所。
7

史記7 列伝 三
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年7月6日

 匈奴列伝、衛青・霍去病の列伝が見所。

●驃騎将軍(霍去病)の率いる部衆は、いつも選ばれた精鋭であった。(231頁)

8

史記8 列伝 四
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年8月6日

 大宛列伝、そして太史公自序が見所。

●漢と月氏の同盟のために、張騫が月氏へ向けて出発した時、一行は百余人いたが、十三年後、ただ二人だけが帰還できた。張騫が自ら足を踏み入れた国々は、大宛、大月氏、大夏、康居であり、その近隣の大国五、六カ国のことも伝聞し、天子のためにこれをつぶさに言上した。(114頁)

●孝経「孝は親に仕えるに始まり、君に仕えることに中し、身を立つるに終わる。名を後世にあげてもって父母の名を顕す。これ孝の大なるものなり」(274頁)

■太史公言う。わたしは黄帝より以来、太初年間にいたるまでのことを歴述し、百三十篇をもっておわることとする。(307頁)

やはり史記は素晴らしかった。

 

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No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

三国志演義 1
井波律子訳
ちくま文庫
初版2002年10月9日

 西暦169年から280年までの中国を描いた物語。『三國演義』(人民文学出版社 1957年1月 北京第二版)を翻訳したもの。

 これは面白い。とても面白い。いろんな作家が三国志を書いていますが、まずはこの翻訳版を薦めます。井波律子さんの文章も素晴らしい。

 1巻は、桃園の宴、黄巾討伐、董卓対連合軍など。張飛の暴れっぷりがいいですね。張飛はこうでなくては。

 今の三国志は、清の時代の「毛本」というのが基になっている、などということも知らなかった。

■良禽は枝を択んで棲み、賢臣は主を択んで事える(89頁)

2

三国志演義 2
井波律子訳
ちくま文庫
初版2002年11月6日

 2巻は、曹操対呂布、曹操対袁紹など

 曹操が呂布を捉えた場面、曹操は呂布を配下にしようとしたが、劉備はそれを翻意させた。呂布を生かせておけば、丁原と董卓と同様に曹操を殺してくれたのに、という内容が演義に記してあった。その通りですね。

3

三国志演義 3
井波律子訳
ちくま文庫
初版2002年12月10日

 3巻で諸葛亮が登場し、赤壁の戦いで大活躍する。周瑜は翻弄される役目に回される。魯粛は諸葛亮と周瑜の間を行ったり来たりと、もっとひどい役目に回されている。三国志演義によって、周瑜と魯粛は史実と異なるひどい評価を後世から受けることになる。

●八門金鎖の陣の八門の配置図(63頁)

死―驚―開
|   |
景   休
|   |
社―傷―生

生門、景門、開門から攻め込めば吉、傷門、驚門、休門から攻め込めば傷つき、社門、死門から攻め込めば滅亡する。

4

三国志演義 4
井波律子訳
ちくま文庫
初版2003年1月4日

 4巻は、劉備の荊州と益州の奪取。

■武を用いるにはまず威が必要であり、文を用いるにはまず徳が必要(370頁)

●劉備は入蜀してから二年半の歳月をかけて、ようやく蜀攻略を果たしている。(434頁 第四巻のみどころ)

5

三国志演義 5
井波律子訳
ちくま文庫
初版2003年2月10日

 5巻は、劉備の漢中奪取、その後関羽の死、張飛の死、劉備の死。魏でも曹操が死を迎え、曹丕が後をつぎ、漢から帝を簒奪する。
6

三国志演義 6
井波律子訳
ちくま文庫
初版2003年3月10日

 6巻は、諸葛亮が主人公となる。孟獲との戦い、街亭での敗北、司馬懿を翻弄する諸葛亮が描かれている。

7

三国志演義 7
井波律子訳
ちくま文庫
初版2003年4月9日

 7巻は、五丈原での諸葛亮の死、蜀降伏、司馬炎即位による魏の終焉、280年呉降伏によって晋が三国を統一するまでが描かれている。

 演義の中では、晋による魏からの帝位簒奪は、魏による漢からの帝位簒奪と全く同じ方法で行われた。

 

 

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No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

三国志 一
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年6月18日

北方謙三の三国志。

 三国志というと、日本では吉川英治が一番有名だと思っていたが、最近は、北方謙三も吉川英治と並び称されているらしい。

 一巻は、劉備、関羽、張飛の出会い、黄巾征伐、宦官皆殺し、董卓との戦いなど。

2

三国志 二
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年7月18日

 呂布、張飛、それに孫策が生粋の武将としてかっこよく書いてあります。

3

三国志 三
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年8月18日

 呂布の死の場面は、芸術的に描かれている。

4

三国志 四
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年9月18日

 四巻は、官渡の戦いなど。

5

三国志 五
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年10月18日

 袁紹の死、そしてこの五巻で徐庶が登場する。

6

三国志 六
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年11月18日

 袁氏一族滅亡、諸葛亮登場。

7

三国志 七
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2001年12月18日

 赤壁の戦いでの周瑜の活躍。

8

三国志 八
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2002年1月18日

 劉備の益州への侵攻。龐統の死。
9

三国志 九
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2002年2月18日

 劉備の漢中奪取と荊州での関羽の死。
10

三国志 十
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2002年3月18日

 張飛の死。
11

三国志 十一
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2002年4月18日

 夷陵の戦い、劉備の死。
12

三国志 十二
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2002年5月18日

 街亭の戦いなど。
13

三国志 十三
北方謙三
角川時代小説文庫
初版2002年6月18日

 諸葛亮の死とともに、小説は終わった。

 全13巻読み終えた。北方ファンならとても楽しめるだろう。ファンでなくとも、それなりに楽しめた。 

14

三国志読本
北方謙三監修
角川時代小説文庫
初版2002年6月18日

 北方謙三が三国時代の歴史について語っている。

 

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