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2007年10月〜

No 題名 著者 出版

■→そのまま引用  ●→抜粋、要約

1

穢土荘厳 上
杉本苑子
文春文庫
初版1989年5月10日

 奈良観光の前に奈良の勉強にと読んでみた。

 奈良時代は、権力闘争がはげしく、血縁関係も複雑で、流れを理解するのに一苦労。

●「寧楽」、「奈良」は当て字で、元々は、近くの山々に楢の林が目立つことから起った名である。(67頁)

●聖武天皇は、史上初めて藤原氏出身の女性宮子を母に持つ天皇。(79頁)

2

穢土荘厳 下
杉本苑子
文春文庫
初版1989年5月10日

 天然痘の流行、藤原広嗣の乱、聖武天皇の放浪、宮子と玄ムの関係、大仏建立。藤原仲麻呂の権勢。

●香薬寺は新薬師寺とも称され、七仏薬師像と安置した仏殿と、二基の仏塔が美麗をきわめた。(320頁)

●行基は、82歳を一期に遷化した。菅原寺の東南院で息を引きとった。(324頁)

3

フー・アー・ユー? 世界の政治家お笑い発言集
のり・たまみ
扶桑社
初版2007年11月10日

日本人では、菅直人氏の発言が多く掲載されていたように思う。

●2001年の石原都知事の「ババァ」発言は裁判に発展し、その記録を扱った書籍まで刊行されている。高等裁判所では、「違法発言としつつも個々人への影響は希薄」とした。(33頁)

●明治神宮球場は、宗教法人「明治神宮」が保有している。(65頁)

4

知らなかった!驚いた!日本全国「県境」の謎
浅井健爾
実業之日本社
初版2007年9月30日

 タイトルの如く、「知らなかった、驚いた」の連続であった。

●淡路島が徳島県ではなく、兵庫県になったのは、「稲田騒動」が原因?(66〜69頁)

5

となりのクレーマー
関根眞一
中公新書ラクレ
初版2007年5月10日

大手百貨店のお客様相談室での経験をまとめたもの。なかなかよい勉強になった。

●以下の行為が事を大きくする場合がある(186頁)
非を認めない
言いわけをする
責任を転嫁する
苦情を聞く態度ではない
反省の色がない
対応が遅い、または不充分

6 貧乏人は医者にかかるな! 医師不足が招く医療崩壊
永田宏
集英社新書
初版2007年10月22日

 医療問題については、小松秀樹氏の著書を3冊読んでいるが、今回は、永田宏氏の著書を読んでみた。

■医療経済学のドグマのひとつに、「医師の増加が国民医療費の増加を招く」というものがある。(35頁)

●霞ヶ関の中では、厚生労働省が最弱。(38頁)

●昭和23年の医療法の中に、病院の従業員の人数に関する「人員配置標準」と呼ばれる規定がある。これは人員の下限の法律であったが、いつの間にか上限であるかのように意味が捻じ曲げられた。(59〜64頁)

患者にとって好ましくない結果となったとき第三者機関が補償を行う無過失補償制度が政府で検討されている。政府案では、医療機関が資金を負担するという案となっている。国が運営するのが合理的。(98〜99頁)

●若い医師の間では、眼科がブーム。仕事が楽で、患者が死亡することがまず有り得ないため医療訴訟の危険が少ない。(117頁)

●日本の医療は、3時間待ちの3分医療、イギリスは、3ヶ月待ちの3時間医療。イギリスの医療費はタダ。(137頁)

●アメリカの医療は金持ちのためのもの。(138頁)

●医師不足の対策は、1997年に誕生したイギリスのブレア政権のもとで講じられた。中でも次の2つが有効;
 1.医学部の定員を増やす
 2.国外から医師の輸入する
 3.患者を国外に輸出する (150〜151頁)

●著者が考える日本の医療影響を与えた三人
 赤ひげ先生、『白い巨塔』の財前先生、ブラック・ジャック先生。(175頁)

7 カモメになったペンギン
ジョン・P・コッター、ホルガー・ラスゲバー
藤原和博 訳、野村辰寿 絵
ダイヤモンド社
初版2007年10月26日

Our Iceberg Is Melting by John Kotter and Holger Rathgeber 2005

変革を成功させる8段階のプロセス
■準備を整える
 1.危機意識を高める
 2.変革推進チームをつくる
■すべきことを決定する
 3.変革のビジョンと戦略を立てる
 4.変革のビジョンを周知徹底する
 5.行動しやすい環境を整える
 6.短期的な成果を生む
 7.さらに変革を勧める
■変革を根づかせる
 8.新しい文化を築く

8 なぜ、エグゼクティブはゴルフをするのか?
パコ・ムーロ
坂東智子 訳
ゴマブックス
初版2007年7月10日

EL PEZ QUE NO QUISO EVLUCIONAR(The Fish That Did Not Want To Evolve) by Paco Muro

 本屋で見かけたとき気になったが、読んではなかった。ジャック・ウェルチはゴルフが良いと書いていたが、僕はゴルフやらないので。ところがこの続編の『なぜ、エグゼクティブは書けないペンを捨てないのか?』を見て、両者併せて読んでみる事にした。
 スペイン人の書いた本を初めて読んだ。

本書では、アリの足の話が一番印象に残った。

●生き残るには進化するしかない(17頁)

■長期的な成功という褒美は、みんなの手の届くところにある(26頁)

■会社が主要な競争手段のコスト削減に手を出すと、しだいにくせになり、行き詰っていく。そして結局は、まったくの逆効果となる。(35頁)

■それでも、結局のところ、リーダーが「私たちがやろうとしているのはこれだ」といつも声をかけていないと、決定したことを実行できなくなる。(150頁)

9 なぜ、エグゼクティブは書けないペンを捨てないのか?
パコ・ムーロ
坂東智子 訳
ゴマブックス
初版2007年11月10日

Ir o no ir(To go or not to go) by Paco Muro

第1話の「来ない人は、いない人」は、スペインらしい情熱を感じた。

■誰かが新しい顧客を得るたびに、どこかのぼんやりした営業マンが顧客を失う。(16頁)

■やる気をなくした社員が居座れば、もっとひどいことになる。いないのも同じなのに、金だけかかるんだからな!(37頁)

■自分は必要とされている、評価されている、と社員に感じてもらわなくてはならない。(41頁)

■そうは見えないかもしれないが、部下がよい結果を出すためとなれば、上司ほど熱心に協力してくれる人間はいない。(59頁)

■97%に管理職が、
「自分の義務を果たす」
「仕事に熱心に取り組む」
「正直で協力的である」
「効率的に仕事をする」
「組織の一員として働く」
「反対するときは代替案を出す」
「臆せず質問する」
ことを非常に重要、と考えている。(116頁)

10

ホメロスを楽しむために
阿刀田高
新潮文庫
初版2000年11月1日

 ホメロスの叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』を楽しく解説した本。

 有名な木馬の話は、『イリアス』と『オデュッセイア』の間にあたり、詳細は、どちらにも書かれていなかったのですね。『オデュッセイア』には、登場人物が過去を回想する形で出てきますが。
 
『イリアス』は、アキレウスが倒したヘクトルの葬儀が終わった場面で物語も唐突に終わる。『オデュッセイア』は、トロイア戦争終了後から物語が始まる。
 この『オデュッセイア』がオデュッセウスの冒険譚となっている。一つ目怪物に捕らえられたり、ナウシカと会ったり、故郷のイタキ島に帰る寸前で風で遠くへ流されたり、魔女のキルケに惚れられたり、冥府に行って死者と会ったり、と。

●テティスは、生まれたばかりのアキレウスを不死身に変えるため、冥府の川に浸したが、そのとき、くるぶしを握って水につけたため、そこだけは不死身とならなかった。(39頁)

●トロイアの武将アイネイアスは、トロイア陥落の後、武将としてただ一人生き残り、トロイア再建に尽力する。古代ローマ建国にも伝説的にかかわっている。(77頁)

●オデュッセウスは、一つ目怪物キュクロプスに自らの名を「ウーティス(ノーボディ)」と教えた。キュクロプスに酒を与え、眠っている隙に真っ赤に焼いた丸太の錐で一つ目を突き刺し、失明させた。キュクロプスの仲間が駆けつけて「誰にやられたのか?」と尋ねても失明したキュクロプスは「ウーティス」と答えたので、仲間は去っていった。(249〜259頁)

12 楽しい古事記
阿刀田高
角川文庫
初版2003年6月25日

古事記の本は何冊か読んだことがあったが、これは本当に楽しく読めた。

●イザナミの命は、出雲と伯耆の国境にある比婆山に葬られている。(11頁)

●イザナギが、イザナミを死においやった火の神を殺したときに用いたのが十拳(とつか)の剣。(11頁)

●黄泉の国から逃げ帰るイザナギが、イザナミの追っ手を撃退したのが比良坂(ひらさか)。ここは、島根県東出雲町の揖屋神社のあたり。(20〜21頁)

●滋賀県多賀神社が、イザナギの隠棲の地と言われている。(28頁)

●アマテラス大御神の勾玉をスサノオが噛み砕いて5人の男神が生まれた。初めに生まれたのが、神武天皇へつながるアメノホシオミミの命。(33〜34頁)

●神武天皇即位の年は、聖徳太子が決めた。(152〜154頁)

13 高感度200%UPの話し方
渋谷昌三
ぶんか社文庫
初版2006年6月20日

■イギリスの児童精神分析学者であるボルビーは、「人は他人をそこに足止めするために笑うのだ」と指摘している。(17頁)

●ゼイガルニイク効果・・・未完の行為は完了した行為よりも相手の記憶に残るとされる。(95頁)

■相手の反論は「ご存知のように」でブロック(182頁)

■「イエスかノーか」より「AかBか」と聞く(204頁)

14 いつまでもデブと思うなよ
岡田斗司夫
新潮新書
初版2007年8月20日

 1年で117キロから67キロへと50キロの減量に成功した岡田氏の著書。

 中谷彰宏氏の著書に「知的な女性はスタイルがよい」というのがあるが、男の場合は「スタイルが良くないと知的に見られない」というべきか。岡田氏の著書を読みながらふと思った。

●コンビニエンスチェーンの新規店舗開店時には、本社からルックスの良いスタッフがヘルプの形で派遣される。(29頁)

■レコーディング・ダイエットは、以下の段階(フェーズ)で進行する。
1.助走
2.離陸
3.上昇
4.巡航 (79頁)

●助走…「口に入れたもの全て、毎日メモを取る」「毎日、同じ時間に体重を計りメモを取る」(86頁)

■コンビニで客を観察していると、やせている人はそれらしいものを買い、太っている人はいかにも太りそうなものを買っていくという。(207頁)

15 「世界征服」は可能か?
岡田斗司夫
ちくまプリマー新書
初版2007年6月10日
 世界征服について考えた本。アニメや特撮ものの話から始まり、最後は、現実社会の話となった。
16 出世はヨイショが9割
門倉貴史
朝日新書
初版2007年10月30日

 98頁に外国語は「英語プラスもう1ヶ国語」の時代とある。そういう高いレベルから見た出世のための本。出世だけではなく、定年後の生き方にも言及してある。

■最近、サラリーマンの間で人気の高い資格のひとつが、「ビジネス数学検定」(日本数学検定協会が2006年より実施)である。(103頁)

■サラリーマン諸氏は、英国の歴史家であるジェームス・ブライスの格言「くだらない本を読むには人生はあまりにも短すぎる」を心に刻んでおくべきだろう。(112頁)

●日本でセクハラの問題が広く知られるようになったのは1989年のことだ。この年の4月、福岡県の女性が福岡地裁に訴えを起こした(92年勝訴)。(151頁)

●損保ジャパンDIY生命保険が実施したアンケートによると、主婦のへそくりは平均267.9万円。(171頁)

17 チーム・バチスタの栄光 上
海堂尊
宝島社文庫
初版2007年11月26日

第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。
著者の海堂氏は、医師。

 バチスタ手術とは架空の話だろう、と思いながら読んでいたが、本当にあるらしい。

18 チーム・バチスタの栄光 下
海堂尊
宝島社文庫
初版2007年11月26日

 白鳥さんの聞き取り調査方法は、本当にあるんでしょうか。

・アクティブ・フェーズの聞き取り調査
 調査官が、オフェンシブ・ヒヤリング
 調査対象が、ディフェンシブ・トーク

・パッシブ・フェーズの聞き取り調査
 調査官が、セルフポートレート(自画像)・ヒヤリング
 調査対象が積極果敢ならオフェンシブ・トーク
 調査対象が守備的な場合、秘密を守るために守備的であればスネイル・トーク、苦悩が原因ならシーアネモネ(いそぎんちゃく)・トーク

■大学病院は、変革によりゆとりと弾力を喪失し、瀕死状態だ。その余波が医療現場にどんな形で現れてくるかということは、誰にも分からない。(10頁)

19 ローマ人の物語29
終わりの始まり[上]

塩野七生
新潮文庫
初版2007年9月1日

第一部 皇帝マルクス・アウレリス(在位、紀元161年〜180年)

■チェリオの丘を訪れる価値は、一つにしろ完全にある。それは、かつては高架水道橋として機能していた遺構を見ることだ。(27頁)

●治世のはじめ頃、前皇帝トライアヌスの重臣四人をハドリアヌスは粛清していた。(41頁)

●紀元138年1月1日、次期皇帝に決まっていたアエリウス・カエサルが死んだ。(47頁)

●ハドリアヌスは、ローマに今も建つパンテオンをのこした。(53頁)

●ハドリアヌス帝に贈られた後世の評価の一つは「効率追求の鬼」であった。(67頁)

●紀元138年7月10日、ハドリアヌスの死去と同時に、アントニヌス・ピウスの治世がはじまった。(68頁)

●紀元161年3月6日、皇帝アントニヌス・ピウスは、身体の不調を訴えた二日後に死んだ。(106頁)

●マルクスとルキウスの二人の皇帝体制となった。(111頁)

●紀元161年にパルティア王がアルメニアに侵攻したことによってはじまった「パルティア戦役」は、紀元166年の終結までの5年、戦線の移動に準じて3期に分けられる。(163頁)

●マルクスがルティクスから教えられたことのひとつ
 いかなる怨恨も忘れること。そして、わたしに対して怒りをぶつけたり屈辱を与えたりした人も、その人がそれに後悔しているとわかるやただちに、こちらも和解のつもりがあることを示すこと。(188頁)

●169年、二人の皇帝の一人であるルキウスが死んだ。(205頁)

20 ローマ人の物語29
終わりの始まり[中]
塩野七生
新潮文庫
初版2007年9月1日

第一部 皇帝マルクス・アウレリス(承前) (在位、紀元161年〜180年)

●万全の準備を終えたうえではじめたはずの紀元171年からの第一次ゲルマニア戦役だったが、この戦役の進展は、誰にも追えない。(35頁)

●マルクス・アウレリス円柱に彫られた「ゲルマニア戦役」が、トライアヌスの円柱とちがってエピソードの集成になってしまったのは、ゲルマニア戦役自体がエピソードの集成であったからである。(41頁)

●映画『グラディエーター』の主人公のモデルは、マルクス・ヴァレリウス・マクシミアヌス。(55頁)

●カシウスは、皇帝マルクスが病死したという誤報で謀反を起こした。(76〜77頁)

●紀元180年3月17日、皇帝マルクスは死んだ。(118頁)

第二部 皇帝コモドゥス(在位、紀元180年〜192年)

●もしもコモデゥスを後継者にしなかったとしたら、帝国は内乱に突入していただろう。(130頁)

●皇帝暗殺の陰謀は、21歳の皇帝コモドゥスを猜疑心の虜に変える。彼を暴君に変えてしまった。(181頁)

●コモドゥスは、コロッセウムでプロの剣闘士相手に戦って、観衆を愉しませた。「剣闘士皇帝」は、この時期からの彼の別名になる。(210頁)

●コモドゥス暗殺は、紀元192年12月31日の夜に決行され、成功した。殺害を謀ったのは、愛妾のマルチアと皇帝の寝所づき召使のエレクトゥスである。殺害の実行者は、コモドゥスの今で言うレスリングの教師のナルキッソス。(218頁)

21 ローマ人の物語29
終わりの始まり[下]
塩野七生
新潮文庫
初版2007年9月1日

第三部 内乱の時代(紀元193年〜197年)

●紀元193年3月28日、ペルティナクスは、レトーに煽動された近衛軍団の兵士により殺された。87日間の皇帝であった。(30〜31頁)

●誰からも見捨てられた皇帝ユリアヌスは、紀元193年6月1日、近衛兵により殺された。64日間の皇帝であった。(53〜54頁)

第四部 皇帝セプティミウス・セヴェルス(在位、紀元193年〜211年)

●セヴェルスが皇帝として元老院と市民の承認を得たのは、皇帝ユリアヌスが殺された後に首都入りした紀元193年6月。その後3年は、二人残ったライバルであるニゲルとアルビヌスの打倒に費やした。(88頁)

●セヴェルスの政策により、ローマ帝国の軍事政権化がはじまった。(106頁)

●軍事関係者の一般社会からの孤立は、彼らの結束を高め、暴走に行きつく。(107頁)

●紀元211年2月4日、皇帝セヴェルスは、ヨークで息を引きとった。(134頁)

22 青雲士魂録
津本陽
文春文庫
初版2002年1月10日

短編集

●眠り猫の剣術の本義「無思無為、寂然不動、感じて遂に天下の故(もと)に通ず」(39頁)

■新陰流は、左右の半身から自在に打ちこみができるため、攻撃が多彩であった。(243頁)

23 古代史紀行
宮脇俊三
講談社文庫
初版1994年9月15日

 私にぴったりの紀行文であった。素晴らしい。日本だけでなく、中国、韓国も訪問されている。

●対馬と壱岐は、位置的にも歴史的にも福岡県か佐賀県のほうが都合が良いが、長崎県に属している。(34頁)

24 ハゲタカ 上
真山仁
講談社文庫
初版2006年3月15日

勉強も兼ねて読んでみた。

1989年12月25日〜2001年1月23日の出来事

●デューデリジェンスは、大きく二つのラインから行う。一つは、債権自体のデューデリ、もう一つは債権に付帯した担保不動産の鑑定。(57頁)

■一般的に、流通業界では、資金繰りが苦しくなって経営危機になることはない。この業界は、仕入れの支払いは手形決済でありながら、売上の大半は現金収入で入ってくる。その結果、常に手元には現金がある。(82頁)

●チャプター・イレブンとは、アメリカ連邦倒産法の第11章のこと。会社更生法が債権者重視であるのに対し、チャプター・イレブンは、債務者の保護と再生を主眼にしている。アメリカで企業再生ビジネスが盛んになったのも、78年にこの章を加えたためだと言われている。(239頁)

●1903年日本発のゴルフ場としてオープンした神戸ゴルフ倶楽部以来、1957年まで約100のゴルフ場が誕生した。当時は、営利を目的としない社団法人によって運営されていた。そして、1957年、文部省がゴルフ場に社団法人としての資格がない見解を発表。その後、老舗名門クラブをのぞいて、社団法人から株式会社に変わり、「預託金制度」による運営が主流となった。(366頁)

●1999年11月、日本版チャプター・イレブンと言える民事再生法が成立した。(423頁)

25 ハゲタカ 下
真山仁
講談社文庫
初版2006年3月15日
2001年1月26日〜2004年3月14日の出来事
26

ハゲタカU 上
真山仁
講談社文庫
初版2007年3月15日

2004年12月〜2005年3月28日の出来事

アランが早々に死んでしまうのには仰天。

●ニューヨーク7番街のバイヤーを「ハンドラー」と呼ぶ。(330頁)

●プレパッケージとは、民事再生法を申請するに当たり、事前に受け皿となる支援先をきめて申請する方法。(382頁)

27

ハゲタカU 下
真山仁
講談社文庫
初版2007年3月15日

2006年5月24日〜2006年12月31日の出来事

 鷲津がホライズンを解任されたときの条件「1億ドル+終身の守秘義務+3年間の同業禁止」。NHKドラマよりもはるかに好条件であった。

●クラウン・ジュエル…買収者が欲する王冠の宝石のような獲物を他社に売り渡すなどの手段によって社外に放り出し、買収意欲を削ぐこと。(96〜97頁)

●スリーピング・ビューティ…眠れる森の美女。買収される事業会社自身が気付かない金のなる木。(102〜103頁)

■「ビジネスを動かしているのは、私情と欲望、そして怨恨です。アメリカには、女を取られた腹いせに相手の会社を乗っ取ったって話だってあるんです。」(芝野への鷲津の言葉 116頁)

●パールハーバー・ファイル…敵対的買収から身を守ろうという経営陣が、事前に奇襲攻撃への臨戦態勢を整え、行動計画を検討する際の行動マニュアルのことを言う。(216〜217頁)

 

 

2007年7月〜

No 題名 著者 出版

■→そのまま引用  ●→抜粋、要約

1

[新訳]GMとともに
アルフレッド P. スローン,Jr
有賀裕子訳
ダイヤモンド社
初版
2003年6月5日

My Year with General Motors  by Alfred P. Sloan, Jr  1963

 20世紀最高の経営書の新訳版。私としたことが、読み終わるまで足掛け4年もかけてしまった。

永遠の名著『GMとともに』 ピーター・F・ドラッカー

●スローンが『GMとともに』を著したのは主として、氏が好ましくないと考える書物、すなわち、ゼネラルモーターズに関する1946年の拙著『会社という概念』に反論するため、あるいはどう控えめな評言を用いても、その「悪影響」を弱めるためだった。(i頁)

■スローンは極端なまでに人を大切にしたのである。(vi頁)

■プロフェッショナル・マネージャーの仕事は、人々に好意を持つことでも、変えることでもない。強みを引き出して、業務に振り向けさせるのだ。人材の価値や仕事の中身を評価する際には、意味を持つのは実績だけである。(ix頁)

イントロダクション

■GMはこの事業部制という組織形態を打ち立てて、方針面では会社の足並みを揃えながら、実行面に関しては各事業部に大きな裁量を与えたのだ。(xxiv頁)

第I部

第1章 大いなる可能性  THE GREAT OPPORTUNITY  I

●1908年、ウィリアム・C・デュラント(1861年〜1947年)、ビュイック・モーター・カンパニーを発展させてゼネラルモーターズ・コーポレーション(当時の正式社名は「ゼネラルモーターズ・カンパニー」)を設立。(5頁)

●1910年9月、デュラントはみずから設立したGMの経営権をわずか2年で失った。(11頁)

第2章 大いなる可能性2  THE GREAT OPPORTUNITY  II

1916年、スローンの「ハイアット・ローラー・ベアリング・カンパニー」は、デュラントの意向により、他の部品企業と合併し「ユナイテッド・モーターズ」となる。その「ユナイテッド・モーターズ」は、1918年、GMに吸収された。

1920年、一度はGMに復帰していたデュラントだが、景気低迷による業績不振で退任した。

■20世紀を迎える頃には、自動車市場に小規模な企業が続々と参入するようになっていた。(25頁)

■ウォルター・クライスラーと巡り合ったのも、フリントの地であった。クライスラーは<ビュイック>の工場長として、また後には最高責任者として、ウェストン社から提出される車軸の設計とハイアットの部品を精査していた。(29頁)

●GM屈指の逸材ウォルター・クライスラーは、ゼネラル・エグゼクティブに就任してから、権限の範囲をめぐってデュラントと衝突した。クライスラーは、自分の意見が受け入れられないとわかると、退社を決意した。(35頁)

●私はかなり以前から、社内の動きに胸を痛めていた。(40頁)

●私は、深い悩みに押しつぶされそうだった。GMのマネジメントについて、針路について・・・・・・。1920年8月には、ついに1ヶ月の休暇をとることにした。しばし会社を離れて、見の振り方を考えたかった。私財はすべてGM株式で占められていたが、それでもまず心に浮かんだのは、クライスラーのように退社するという考えだった。(41頁)

●1920年、GMは土台から崩れ落ちる寸前だった。全米を襲った経済不況、経営コントロールの欠如、さらには、デュラントの退任・・・。(50頁)

第3章 事業部制の誕生  CONCEPT OF THE ORGANIZATION

●私にとって、誰が新社長になるべきかは明らかだった。ピエール・S・デュポンである。(52頁)

●望ましい成果を得るには、命令するのではなく、共感を引き出すほうが効果的だが、それでもCEOには大きな権限が欠かせない。(64頁)

第4章 製品ポリシーの構築  PRODUCT POLICY AND ORIGINS

●1921年、GMは、経営の立て直しと併せて、市場戦略を定める必要に迫られていた。(69頁)

●不況は、経営体力の弱さを際立たせる。1920年から21年にかけての不況も同じだった。(74頁)

●私はいまでも、ゴールへの近道はビジネスの基本を押さえることだと信じている。(76頁)

●あの時に定めた製品ポリシーは時代の移り変わりに耐え、今日でもGMの名声を支えている。@すべての価格セグメントに参入する―大衆車から高級車までを生産するが、あくまでも大量生産を貫き、少量生産は行わない。A各セグメントの価格幅を工夫して、規模の利益を最大限に引き出す。BGM車どうしの競合を避ける。(77頁)

第5章 失われた2年半―銅冷式エンジンの教訓  THE ''COPPER-COOLED'' ENGINE

●1923年6月、シボレー事業部は銅冷式モデルのリコールを決めた。
 6月26日、ケッタリングから私のもとに書簡が届いた。GMを離れて銅冷式プロジェクトを進める道を模索したい、との内容であった。(102頁)

●銅冷式モデルは、ついに本格的な実用化を迎えず、いつしか消えていった。理由はいまもって定かではない。(108頁)

第6章 繁栄の礎  STABILIZATION

●1923年春、GMの社長職がピエール・S・デュポンから私に引き継がれた。(111頁)

●デュポンの在任期間中、製品開発に遅れが生じはしたが、全体としてGMは何より必要としていたもの、すなわち安定を手に入れた。(111頁)

●経営者の力量は、その企業にどのような人材が集まっているかを見れば推測がつく。1923年にGMで活躍していた人々は、その多くがアメリカ産業史に名前を残すことになる。(113頁)

第7章 新しい挑戦の時期  CO-ORDINATION BY COMMITTEE

●1923年秋、自動車販売が初めて年間400万台を超える見通しとなり、GMの社内も期待でわき返っていた。(115頁)

●続いて私は、社長の権限を強めるべきだと主張した。「マネジメントは集団ではなく個人で行うもの」と表明した後であるから、意外ではないだろう。(117頁)

●部品・資材、ひいては生産を標準化するのは、このうえなく重要である。調達委員会の功績で際立つのは、部品・資材の標準化を成し遂げたことである。その効果は永続するだろう。(121頁)

●このようにしてGMは、研究部門(リサーチ・コーポレーション)と事業部の役割を分けた。(127頁)

●改めて述べるまでもなく、GMは価格帯別に車種を投入する方針を大胆に推し進めていた。(128頁)

第8章 財務コントロールの強化  THE DEVELOPMENT OF FINANCIAL CONTROLS

●GMは、1920年代にさまざまな分野の社内委員会を設けて、全社の足並みを揃えていった。(131頁)

●すでに述べてきたとおり、デュラントは財務について体系的に考えようとはしなかった。体系的に事業を進めるタイプの経営者ではなかった。それでも、デュラントがトップの座にあった間にGMには近代的な財務の考え方がもたらされた。デュラントがデュポン社の人々を財務委員会のメンバーとして迎え、財務事業の遂行を委ねたのである。(132頁)

■1921年1月1日にGMの財務担当バイス・プレジデントに就任したブラウンは、デュポンにいたころ、業務効率を表す指標としてROIの重要性を訴えていた。(132〜133頁)

●ブラッドレーの言葉を引けば、「在庫を削減するには、特に経済環境が厳しい時期には調達を減らすしかない」ということである。(140頁)

●本社に戻ると私は、CEO在任期間でもきわめて異例のことだが、社内に絶対服従を求めた。全事業部長に、直ちに生産を大幅にカットするように厳命したのである。(146頁)

●GMは主としてコスト、価格、台数、ROIに着目して財務コントロールを組み立てていた。(155頁)

●重要なのはその時々の実績ではなく、長期間の平均ROIである。この考え方のもと、GMはROIを単に最大化することよりもむしろ、売上げに見合った範囲でROIを最適化することを目指した。(155頁)

●ROIは事業上のさまざまなファクターに影響されるため、個々のファクターとROIの関係をとらえられれば、事業を深く理解したことになるだろう。この目的に沿ってブラウンは、ROIは利益率と資本回転率から導き出されると定義した(利益率×資本回転率=ROI)。(156頁)

●GMは経営危機を契機に、財務コントロールの必要性に目覚めた。(162頁)

第9章 自動車市場の変貌  TRANSFORMATION OF THE AUTOMOBILE MARKET

■自動車産業の歴史
 第一期(1907年以前):自動車価格が高く、富裕層のみを対象としていた時代
 第二期(1908年〜1920年代前半まで):マスマーケットが開拓された時代
 第三期(1920年代中盤以降):モデルの改良が重ねられ、多様化が進んだ時代
 GMの方針は、第三期のトレンドに合っていた。(166頁)

●そのようななか、フォードは衝撃的な行動、見方によっては自殺にも等しい行動を取った。1927年5月にかのリバールージュ工場の操業を停止し、設備更改のためにほぼ1年にわたって閉鎖を続けたのである。低価格市場は<シボレー>の独壇場となり、やがてクライスラーの<プリマス>を迎え入れる。(182頁)

●基本的な輸送手段の需要は、新車よりはるかに安価な中古車が満たしていた。新車はそのような需要に応える必要がなくなっていたが、ヘンリー・フォードはその事実を見落としていた。(182頁)

第10章 方針の立案 POLICY CREATION

●変貌を続けた自動車市場も、1929年にほぼ一定の姿に落ち着いた。(189頁)

●無計画あるいは軽率に何かを始めるよりは、たとえ事業チャンスを逃すことになったとしても、動かずにいるほうが安心ではないだろうか。チャンスはいずれまた訪れるに違いない。(195頁)

■景気の冷え込んだ1932年、からくも黒字を保つことができた。これは主に財務コントロールの恩恵だといえるだろう。(198頁)

●1937年、私は「方針の立案と実行は分離すべきである」という長年の信念を、全社委員会の運営に、より忠実に反映させたいと考えるようになった。(206頁)

第11章 財務面での成長  FINANCIAL GROWTH

●GMは高い成長力を持った企業である。これまで述べてきた内容は、この一点に集約されるだろう。(211頁)

●GMの株主は、事業の成功によって多大な金銭的利益を得てきた。GMの利益はおよそ三分の二が配当金として分配されている。(212頁)

●1930年代をとおしては、純利益の91%に当たる額を配当に充てた。(220頁)

●売上高は1929年から32年にかけて、15億400万ドルから4億3200万ドルへと71%も減少しているが、在庫も60%、額にして1億1300万ドル抑制されている。(221頁)

第U部

第12章 自動車の進化  EVOLUTION OF THE AUTOMOBILE

●自動車産業の黎明期、エンジニアや発明家たちは何よりもまず信頼性の向上を目指していた。(241頁)

●研究開発に長い歳月を費やした結果、GMは<ハイドラマティック>と流体トルク・コンバーターという2種類のフルATを一般市場向けに提供できるようになった。(253頁)

第13章 年次モデルチェンジ  THE ANNUAL MODEL CHENGE

■年次モデルチェンジが実現するまでには大きな経営努力があった。(263頁)

第14章 技術スタッフ  THE TECHNICAL STAFFS

●GMはエンジニアリングを柱とする会社である。金属を切断して付加価値を生み出すのだ。(275頁)

第15章 スタイリング  STYLING

●スタイリング機能を本社組織に持たせるという試みに先鞭をつけたのはGMである。1920年代末のことだ。(293頁)

■消費者が重んじるのは第一にスタイリング、次いでオートマチック・トランスミッション、高圧縮のエンジンの順だと判断した。(309頁)

第16章 流通問題とディーラー制度  DISTRIBUTION AND DEALERS

■1920年代の経験から、この業界で安定した業績を上げ、繁栄を築き上げるためには、健全なディーラー組織の育成が欠かせないと学んでいた。(313頁)

第17章 GMAC

●自動車産業の歴史になじみの薄い人々は、なぜGMがアメリカ屈指の金融サービスを傘下に持ち、コンシューマー・ファイナンスの分野に進出したのか、いぶかしく思うかもしれない。(341頁)

第18章 海外事業  THE CORPORATION OVERSEAS

 主にオペルについて述べた章

第19章 多角化:非自動車分野への進出  NONAUTOMOTIVE:DIESEL ELECTRIC LOCOMOTIVES, APPLIANCES, AVIATION

第20章 国防への貢献  CONTRIBUTIONS TO NATIONAL DEFENSE

●左翼思想の持ち主は、戦争は「ビッグビジネス」に大きな利益をもたらす、と強く信じているようだ。だがGMに関するかぎり、これは真実とほど遠い。(433頁)

第21章 人事・労務  PERSONNEL AND LABOR RELATIONS

●今日では、北米の給与労働者に向けて従業員持ち株会を運用しており、各従業員に基本給の最大10%までの積み立てを認めている。(442頁)

●私自身、企業家として、組合運動というものについて少しも理解していなかった。(457頁)

第22章 ボーナス制度  INCENTIVE COMPENSATION

●ボーナス制度は1918年以来、GMの経営哲学にとって、また組織にとって、なくてはならない役割を果たしてきた。(459頁)

■現行の制度ではボーナスは5年間に分割して支払われ、その間に自己都合で退社すると残額を受け取れない。貴重な人材の離職率を比較的低く抑えている。(480頁)

第23章 経営とは何か  THE MANAGEMENT:HOW IT WORKS

●もとより、一度決めればそれが永遠に有効であり続けるわけでもない。状況が変われば最適なバランスもまた変わる。(484頁)

●本社スタッフは事業部よりも長期的な視点から、応用範囲の広い課題を扱うのだ。では、事業部の役割は何かというと、すでに決まった方針や計画を実行に移すことが中心となる。(485頁)

●大胆な提案を社内に売り込むというのは、GMの経営の大きな特徴だといえる。(487頁)

●GMのような組織では、意思決定のために適切な枠組みを用意することが、何にも増して重要なのである。(489頁)

第24章 変化と進歩  CHANGE AND PROGRESS

●GMはいずれの製品分野でも、他社を買収してのし上がった経験はない。(499頁)

●私はまた、組織は放っておいても動いていく、との印象を皆さんに残していないことも、願っている。(499頁)

2

「超」リタイア術
野口悠紀雄
新潮文庫
初版2007年1月1日

 野口氏の著書は本当に勉強になる。

 磯野家をモデルに高齢化社会を語ってあり、非常に分かりやすかった。

●私は、「リタイア」とは、「仕事をやめて、年金だけで生活すること」ではなく、「将来のために現在を犠牲にして働く時代を卒業し、自己実現のために働くこと」であると捉えたいのである。(8頁)

■「ワーク・シェアリング」のモデルは、江戸時代に確立されていたが、それがもたらす結果はあまりパッとしないものであった。(71頁)

■日本の法人税制は、従来は企業の退職給付引き当てに対して、手厚い優遇策を講じていた。しかし、2002年の税制改革で、それを段階的に打ち切ることとした。(116頁)

■「割引率については現実的に近い値を用い、他方で成長率については非現実的な値を想定した」という、まことにちぐはぐな仮定が、すべての誤りの元凶である。(156頁、公的年金について)

■法人税は利益に対してかかるが、年金保険料は、利益の有無に関わらずかかる。(170頁)

■国民年金は、農家や商店の世帯を想定し、妻自身も自営業者として生計を立てられると考えているのに対し、被用者年金は、妻が専業主婦である世帯を想定している。(174頁)

■公的年金は、支払い時点、給付時点のいずれにおいても課税が事実上なされていない。所得税の原則からも支出税の原則からも正当化されない。過剰な優遇策といわざるをえない。(220頁)

■年金未納による不足分は、サラリーマンが保険料の支払いを通じて補填している。(228頁)
その負担額は、ひとりあたり年間3.3万円。(242頁)

●現在の日本の公的年金制度は、「国民年金の給付を被用者年金加入者の負担で支える」という、大きな問題を抱えている。(253頁)

■社会保険事務所は、税務署のような強い執行力を持っていない。(263頁)

●保険料を「社会保険税」とし、その徴収を税務署が行なうこととすべきである。(271頁)

●日本の制度では、高齢者が働き続けることに対して、非常に重いペナルティが加えられているのである。(308頁)

3

「上司が読める」と面白い
渋谷昌三
PHP文庫
初版2007年5月21日

●自分がうまくいっていないときほど寛容になれず、人のやることや人のいうことを素直に聞き入れられなくなってしまうのが、人です。(24頁)

●ひとり旅が好きな人は、職場では「浮く」こともある。(138頁)

4

鏡の法則
野口嘉則
総合法令出版
初版2006年5月23日

100万部突破の著書。こういう本を、こういう本の内容を人は求めているのか。

■現実に起きる出来事は、一つの『結果』です。『結果』には必ず『原因』があり、その原因は、あなたの心の中にあるのです。つまりあなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡だと思ってもらうといいと思います。(17頁)

5 戦う物理学者! 天才たちの華麗なる喧嘩
竹内薫
日本実業出版社
初版2007年8月1日

すっかりテレビ慣れされた竹内薫氏の著書。

●ファインマンとゲルマンは、共同論文まで発表しているが、実はたいへん仲が悪いことでも有名であった。(12頁)

●ファインマンは文章があまり上手ではなかったので、本を執筆する際に、”書く”のではなく”喋った”のである。(14頁)

■ボームは晩年、クリシュナムルティというインドの哲学者と懇意になり、量子力学と東洋思想との類似に驚く。(101頁)

■「物理学者には勤勉さと鋭さが必要である」という持論から、ランダウは世界中の物理学者を、「鋭くて勤勉な物理学者」「鋭いが怠惰な物理学者」「勤勉だが石頭な物理学者」「怠惰な石頭の物理学者」の4段階に分類していた。(128頁)

●1938年、ランダウはメーデーに反ソビエトのビラを配ろうとして逮捕された。しかし、1939年、物理学者カピーツァの力添えにより釈放された。(135〜139頁)

●ランダウは、釈放の数ヵ月後、カピーツァの発見した「超流動現象」をフォノンとロトンを使ってうまく説明した。(141頁)

●1962年、ランダウは自動車事故に遭って頭部に障害を負った。事故後のランダウの精神状態がどのようなものであったかは、はっきり分からない。事故から6年後の1968年にランダウは亡くなった。(145頁)

●1911年、マリー・キュリーは、亡き夫・ピエールの教え子ランジュバンと恋に落ちた。ランジュバンには、妻と4人の子どもがいた。(155頁)

6 ビジネス版 悪魔の辞典 増補改訂版
山田秀夫
日経ビジネス人文庫
初版2007年7月1日

増補改訂ということで、再び読んでみた。時代も変わったし、僕も30代になったし。

■戦略商品  赤字でも売る商品。(98頁)

●研究開発費  売上高と対比されるだけで、成果とは対比されない。(224頁)

7

医療の限界
小松秀樹
新潮新書
2007年6月20日

 小松秀樹氏の三作目。
 現在、
日本の医師がおかれている立場、医療の現実を記した著書。仕事上のミスが犯罪となってしまう、そんな職業であり続けるかぎりは、医師不足は解消されないでしょうね。

●医師の団体には、日本医師会を含めて、強制加入の団体はない。(41頁)

●日本では恨みで医事紛争になる。アメリカではお金が目的となる。(59頁)

●小児の脳性まひは出産に伴う事故でも発生するが、胎児そのものに問題がある場合もある。この区別は困難。訴訟では産科医が敗訴することが多い。賠償金は莫大。産科医は訴訟をきっかけに産科医療から離れる場合が多い。

■「インシデント」とは、エラーがあっても、実際の被害につながらなかったケースのことをいいます。(106頁)

■法律家の見解では、手術は同意がなければ、障害行為とみなされる。(118頁)

■医師は、指示や処方を間違えても途中で安全網に引っかかることが多い。しかし、看護師は最終的に投薬や点滴をする立場にあるため、しばしば医療事故の当事者になる。刑事責任を問われる看護師は多いのです。(122頁)

■一般的な話ですが、無能な人間が権力を持ち、しかも勤勉だとひどく有害です。(141頁)

●日本医師会は、開業医の診療報酬を高く保つことに努め、それなりに成功した。(151頁)

■イギリスではサッチャー政権による長年の医療費抑制政策で、医療従事者の士気が崩壊しました。(153頁)

●アメリカの医療には公平という概念はありません。医療保険が高価なため、中間からやや下の階層では、医療保険を購入できない。(161頁)

8 食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字(上)
山田真哉
光文社新書
初版2007年4月20日

1時間で読める本。内容も分かりやすい。

■貸借対照表とは、会社がいま持つ”財産”と”その財産を獲得した背景”とを、ひと目で見ることができるよう、表にしたものです。(214頁)

9 坊ちゃん
夏目漱石
集英社文庫
初版1991年2月25日
 2007年春、松山に行く前の予習として読んでみた。33歳にして初めて『坊ちゃん』のみならず夏目漱石の本を読んだが、とても面白いではないか。この時代を超えた面白さは、これからも松山の観光事業を支えていくことだろう。
10 「数」の日本史 われわれは数とどう付き合ってきたか
伊達宗行
日経ビジネス人文庫
初版2007年6月1日

物理学の伊達宗行氏のが記した数の日本史。

 27頁の1万年前からの地球の気温の図が良かった。今の地球は、7000年振りの温暖紀を迎えているのですね。

●12進法には、12が2,3,4,6と4つもの数で割り切れる、暦との整合性が良い、という優れた点がある。(20〜21頁)

●中国では、5世紀、祖沖之が円周率を3.1415926まで求め、その先は、最終桁の6と7の間にある、という計算をした。(69頁)

●平安末期に書かれた「二中歴」にある十五立という方陣が紹介してあり、これは、縦、横、斜めいずれの和も15となる。
8 1 6
3 5 7
4 9 2
(136〜138頁)

●江戸時代の円周率は、3.16が主流であった。(170頁)

●関孝和は、円周率を円に内接する多角形の手法で11桁まで求めた。次に級数で表すことを考えたが不成功に終わった。これを引き継いだ関の一番弟子建部賢弘は、1722年に42桁まで求めた。これはオイラーよりも15年早い。
 さらに建部の弟子松永良弼は、1739年に52桁の正しい円周率を著書に記した。(250〜251頁)

●関孝和は微分、積分を発見したという説があるが、それはない。(252頁)

●幕末、和算を知っていた日本人は、洋算を教えに来た西洋人の教師を驚かせた。洋算を習うのは初めてなのに、そこからえら得る結果を知っていた。(254頁)

●フリーマン・ダイソンは『日本の数学 何題解けますか』という著書の推薦文に「和算家たちは、私たちに数学と芸術が分離されていない素晴らしい普遍的言語を表現してくれた」と書いた。(265頁)

11 中国名詩選(上)
松枝茂夫編
岩波文庫
初版1983年9月16日
曹操の短歌行はいいですね。年を取るとともに良さが分かってきました。
12 眉山
さだまさし
幻冬舎文庫
初版2007年4月10日

徳島を舞台にした小説。

「世の中に祭り多しといえども、寺社仏閣や権威がらみでない祭りは少ないんだよ」

13 最後の相場師
津本陽
角川文庫
初版1988年1月10日

 単行本は『裏に道あり 「相場師」平蔵が行く』という題名。最後の相場師と呼ばれた是川銀蔵をモデルとした小説。
 
次は、是川銀蔵自身の著作、そして、三猿金泉秘録や本間宗久の本を読まねば。

●三猿金泉秘録の中の言葉「野も山も、皆いちめんに弱気なら、あほうになって米を買うべし」(8頁)

■一旦閉山すれば、再開はほとんど不可能とされるのが、鉱業関係者の常識である。良好な状態で閉山しても、復旧に一か年を要し、新規鉱山を開発するほうが、コスト面で得策とされるほどであった。(212頁)

■84歳の老人が、住友鉱のひと相場で稼ぎ出した200億円は、明治の証券取引所開所以来、いかなる仕手も達成したことのない規模の大戦果であった。(332頁)

14

相場師一代
是川銀蔵
小学館文庫
初版1999年10月1日

 先に是川銀蔵をモデルにした津本陽著の『最後の相場師』を読んだが、それならば、ということで、自伝を読んでみた。

■1990年10月19日、ニューヨーク市場は508ドルという大暴落を演じたが、出来高は6億株もあった。普通は考えられないこと。そして、大暴落の二日目は、さらに株価は下がるはずだが、ニューヨーク市場は下げ止まった。これが、経済の実態から隔離した大暴落であったことを証明する要因。(31頁)

●経済には永遠の繁栄もなければ、永遠の衰退もない。(109頁)

■3億円を元手にはじめた日本セメント株の仕手戦で、30億円儲けた。(221頁)

■鉱山は、一度閉山すれば、再び操業に入るまで鉱内の整備などで長い時間がかかる。(225頁)

●勝つ事のみ知りて負けることを知らざれば、害その身に至る(230頁 家康の遺訓からの引用)

●天井では、欲に迷い、勝ちに乗じ、分限不相応の金高を買い重ねる(236頁)

■「相場は天井において最も強く見え、底において最も弱く見えるもの」三猿金泉録 (286頁)

●要するに、富士山の登山にたとえれば、二合目、三合目で買えということだ。(303頁)

15 小説 渋沢栄一(上)
津本陽
幻冬舎文庫
初版2007年2月10日

津本陽が描く渋沢栄一

大沢源次郎宅に踏み込むときの土方歳三とのやりとりは、いいですね。

■1867年のフランスでの万国博覧会では、日本は、中国、シャムと同等できわめて狭い展示場であったため、運んだ品物をすべて展示できなかった。(212頁)

■慶応三年も末近くなった頃、フランスの新聞が日本の事情を連載するになり、大政奉還も報道された。(261頁)

■栄一は、慶応三年の春、フランスに渡航し、明治元年11月3日に横浜に帰着したので、ヨーロッパに滞在したのは1年7ヶ月であった。(283頁)

■海外で富岡製糸場で生産した絹糸が上質であると評判になり、注文が殺到した。(390頁)

16 小説 渋沢栄一(下)
津本陽
幻冬舎文庫
初版2007年2月10日

これは明治の経済史の勉強になる。

■第一国立銀行は、三井、小野の両勢力がたがいに牽引しあっていた。(62頁)

■王政復古ののち、巨額の国庫資金を無利子無期限で運用してきた政府為替方小野、三井、島田のうち、三井だけがこの大変動を乗り切った。(92頁)

■古河市兵衛は、小野家に預けていた金を放棄し、裸一貫で小野組を去った。(100頁)

●第一国立銀行は、三井組の影響を排し、完全に栄一の指揮統率によって運用されることとなった。(109頁)

■岩崎弥太郎は、西南の役で1000万円の利益を貯えたといわれた。(150頁)

■明治15年、日本銀行が創立されたのちは、国立銀行の紙幣発行の権限は消滅することとなった。(200頁)

■渋沢喜作は、世間の噂にのぼるほど、米相場で失敗した。(306頁)

●栄一はフリー・メーソンの主義で、実行を重んじるということと、いまひとつは欧米人の性向に似合わない謙譲の徳を強調していることに感心した。(371頁)

17 信長の傭兵
津本陽
角川文庫
初版2006年9月25日

 単行本では、『鉄砲無頼記』→『続・鉄砲無頼記』となるが、文庫本では、『鉄砲無頼伝』→『信長の傭兵』と続編からは、前編が全く想像できない書名となった。
 書名に『信長』の文字を入れたほうが売れるのかな。

●高屋城は応神陵の南、安閑天皇、山田皇女の陵といわれる古墳址に築かれている。(33頁)

■鉄砲の玉の説明(35〜36頁)
 割り玉は、鋳型に鉛を流し込んだ後に笹の葉を入れる。この玉を撃ったら二つに割れて飛ぶ。茶筅玉は、玉に何本も串を刺す。

■細川藤孝は、室町幕臣三淵晴員の次男に生まれたとなっているが、実は足利十二代将軍義晴の四男であるともいわれる。(168頁)

●硝石は鼠、いたちなどの小動物、小虫、枯葉などが腐蝕してまじった、古い土の表面にある。(229頁)

18 甲陽軍鑑入門
小和田哲男
角川文庫
初版2006年11月25日

甲陽軍鑑から読み取れる史実を検証した著書。

■信玄の初陣、海の口城攻めが史実でないことは、『高白斎記』や『妙法寺記』(『勝山記』)といった信憑性の高い史料に出てこないことから明らか。(139頁)

■長坂釣閑が長篠の合戦に参陣していない。(146頁)

■近世上杉家が編纂した「上杉家御年譜』という上杉家の正史では、川中島で信玄に斬りかかったのは、謙信の家臣荒川伊豆守だったとしている。(226頁)

19 日本相場師列伝
鍋島高明
日経ビジネス人文庫
初版2006年11月1日

 日経金融新聞連載の「ニッポン相場師列伝」を一冊にまとめたもの。

■ジョセフ・ケネディは、「株で金儲けするのは簡単だ。政府がこれを制限する法律を作る前に稼いでおいた方がよい」と語った。(8頁)

20 オリンピア ナチスの森で
沢木耕太郎
集英社文庫
初版2007年7月25日

ベルリン・オリンピックについて記した本。

ベルリン・オリンピックの記録映画の監督をしたレニ・リーフェンシュタールへのインタビューに始まり、そしてインタビューの場面で終わる。

■オリンピックの歴史(55〜57頁)
 1896年、近代オリンピック第一回アテネ大会は、参加選手が300人に達しないささやかなものであった。マラソンでギリシャのスピンドル・ルイスが劇的な勝利を遂げたので、開催国ギリシャでは盛り上がった。
 しかし、第二回パリと第三回セントルイスは、万国博覧会とともに開催したため付録の見世物のようになり、あえなく失敗。1912年の第五回ストックホルムでようやく軌道に乗ったかに見えたが、1916年ベルリン大会は、第一次世界大戦で中止。
 第十回のロサンゼルス大会は、ヨーロッパから遠かったので、参加国が激減。しかし、東アジアや中南米の参加を促進した。
 そして、第十一回ベルリン大会で、史上空前の参加国と選手役員を集めることになった。

■開会式で日本選手団は色のくすんだ服に戦闘帽をかぶって入場行進した。(66頁)

■入場行進でフランスはオリンピック式の右手を斜めに掲げる挨拶をした。ドイツの観客はそれをナチス式の挨拶と勘違いし熱狂的な拍手をあびせかけた。(67頁)

■聖火リレーが始まったのはベルリン大会から。(74頁)

■1万メートルで4位に入った村社講平は、大柄なフィンランド選手に囲まれて走る姿がドイツ人観客の心をうち、大声援を受けた。(82頁)

■棒高跳び用の棒は、日本産の竹がよかったので、日本で棒高跳びが盛んになった。(96頁)

■読売新聞の川本信正は、吉岡隆徳に「暁の超特急」という愛称をつけ、吉岡も好んで、色紙を求められると「努力」という文字を書き、そこに「暁の超特急」という判を押した。(140〜141頁)

■ロサンゼルス大会では、契約の問題からラジオによる実況中継ができなかった。そのため、日本放送協会は、「実感放送」を編み出した。競技を思い出しての放送のため、100メートル走の実況が30秒以上あった。(187〜188頁)

■女子水泳選手は、ベルリンに到着し選手村に案内されると、プールに直行した。これはベルリンで評判となったが、彼女等は練習がしたかったのではなく、旅の垢を落としたかった。(199頁)

■ロサンゼルス大会では、ホッケーの参加国がインド、日本、アメリカの参加国であった。全敗したアメリカも銅メダルを獲得した。(206頁)

■水泳日本選手は、練習ではフンドシを用いた。(246頁)

■「前畑ガンバレ」の河西三省アナは、実況の日、朝から調子が悪く、周囲から「河西さんガンバレ」と言われていた。(294頁)

■ベルリン大会の記録映画には、前畑のレースが入っていなかったので、配給元の東和商事は、ニュース・フィルムの女子200メートル平泳ぎの映像を挿入した。(298頁)

 

 

2007年4月〜6月

No 題名 著者 出版

■→そのまま引用  ●→抜粋、要約

1

隋唐演義 一 群雄雌伏ノ巻
田中芳樹編訳
中公文庫
初版2004年1月25日

 日本ではあまりなじのない隋唐演義ですが、読んでみるととても面白い。
 長年かけてつくられた物語は、いろいろなところに伏線が張られています。これは、読む際、疲れますが。

第1〜2回
 581年、陽堅は周を簒奪し、国号を隋とした(15頁)
 600年、文帝(陽堅)は、太子・勇を廃した(37頁)

第3回
 李靖は、龍王の代理で行雨天符を使って雨を降らせたとき、茶を恵んでもらった村に、良かれと思って雨を多めに降らせたら、その村一帯は大洪水となった。(50〜56頁)
 李靖は、雨を降らせる作業のお礼に、龍母から女性を二人を差し出され、どちらか選ぶように言われた。怒ったような表情の少女を選んだが、それは武の女性であった。二人とも選べば、文武兼備の大宰相になれた。(56〜57頁)

第4回
 577年、秦叔宝が生まれた。その叔宝は、唐公李淵の命を救った。(61頁)

第5回
 秦叔宝は、文帝の刺客に命を狙われた李淵を助けることになる。叔宝は、命を助けた際、名を名のらずにその場を去っていった。
李淵はその場を通りかかった単雄忠を刺客と間違え射殺してしまう。これも後々の伏線。

第6回〜
 叔宝は、罪人護送の役目中に、金が底をつき、宿代が払えなくなる。馬を売って金に換えようと思い、その馬を売った先が単雄信。
馬を売った直後に、旧知の王伯當と再会する。その際、王伯當の義兄弟・李密とも対面する。

第10回
 金に困りすっかり落剥していた叔宝だが、馬を売って金を得たので、宿代を払い、帰途についた。その道中、病に倒れたところを東嶽行宮の観主・魏徴に助けられる。病から回復したときに、叔宝を追いかけてきた単雄信と再会した。

第11回
 叔宝は、病気療養中の単雄信の家で、叔宝を探しにきた樊建威と再会

第12回
 叔宝、今度は強盗と間違われる、誤って人を一人殺していまい、罪を帯びる。
 叔宝と張公謹の出会い。

第13回
 叔宝は、羅芸の妻となっていた叔母と再会。

第14回〜15回
 いろいろあった叔宝、実家に到着。

第16回
 叔宝と李靖の出会い。
 李靖は、楊素がかこっていた張出塵を妻とする。

第17〜18回
 叔宝を中心とする話

第19〜20回
 隋王朝の話

2

隋唐演義 二 隋の煬帝ノ巻
田中芳樹編訳
中公文庫
初版2004年3月25日

 叔宝の母の誕生祝に英雄が集まる場面は、梁山泊に無頼漢が集まる水滸伝のようであった。
3

隋唐演義 三 太宗李世民ノ巻
田中芳樹編訳
中公文庫
初版2004年5月25日

 三巻で隋が滅亡。

 文庫本の一巻で登場した英雄達もみな偉くなり、一軍の将となった。李密の上昇から転落が印象的。

■煬帝の忠実な側近である王義は、日に日に破滅が近づくのを知り、自分の無力を恨むだけだった。(100頁)

●煬帝は、白絹で絞殺された。享年50歳、西暦618年。

●李密は、李世民を助けた魏徴、秦叔宝、徐世勣を斬首しようとしたが、諫められて、牢に入れるにとどめた。(172頁)

■李密は、自分の才略に自身を持ち、つい先日までの苦しい逃亡生活のことも忘れて、もはや半ば天下をとったかのように思っていた。(179頁)

●李密は、武徳元年10月、唐に帰順した。(188頁)

●武徳元年、李密は、長安から脱出する途上、殺された。(205頁)

4

隋唐演義 四 女帝武則天ノ巻
田中芳樹編訳
中公文庫
初版2004年7月25日

 唐建国の英雄達も年をとり、四巻の途中からは、武則天、玄宗李、安禄山が登場してくる。李白も登場。

●李靖らの武勲は、「漢の衛青、霍去病が匈奴を討って以来、750年ぶりのもの」と賞賛された。(90頁)

●663年、海路東征して百済を滅ぼした将軍・劉仁軌は、白江口において百済の残党と倭国の強大な連合軍を一戦に壊滅させた。(134頁)

●668年、李勣は、高麗を滅ばした。(135頁)

5

隋唐演義 五 玄宗と楊貴妃ノ巻
田中芳樹編訳
中公文庫
初版2004年9月25日

■後漢末の「黄巾の乱」が九ヶ月で平定され、首都が賊軍に占領されることもなかったのに比べ、安禄山と史思明による「安史の乱」は、規模といい劇的なことといい、中国史上最大級の叛乱であったから、皇族から庶民にいたるまで大小無数の悲喜劇を生んだ。(212頁)

●李白は、当塗県の近くで舟に乗り、月に向かって酒を飲み大酔し、水中の月を取ろうとして、水に落ちて死んだ。(235頁)

6 世界のイスラムジョーク集
早坂隆
中公文庫
初版2007年3月25日

 イスラムの文化をジョーク話をまじえて、紹介した本。

●アラブ人はコーラを飲むが、ペプシが多い。これは、コカコーラの親会社にユダヤ資本が入っているから。(50頁)

●イスラエル国の入国スタンプがパスポートにあると、シリアやレバノンなど、一部のアラブ国家に入国できなくなる。入国スタンプを押すとき「別の紙に押してください」と頼まなければならない。(120頁)

7 日本人のしきたり
飯倉晴武編著
青春新書
初版2003年1月25日
●戒名の習慣は、仏教国の中で、日本にしかない。(155頁)
8 どの民族が戦争に強いのか?
三野正洋
光人社NF文庫
初版2006年4月6日

●ドイツにとって、第一次、第二次大戦で、本当に頼りになったのは日本だけであった。(52頁)

●昭和20年10月、『日米英会話必携』という本が、初の100万部を超す大ベストセラーとなった。(176頁)

9 誰が戦争を起こすのか?
三野正洋
光人社NF文庫
初版2006年8月10日

●チェンバレンとダラディエの戦争を恐れる政策が、ヒトラーの増長を促したとも言える。(76頁)

●バルフォア協定(宣言)
 1917年月2日、英外相バルフォアがユダヤ人に対して、「第一次世界大戦が終了しだい、パレスチナの地にユダヤ国家の建設を認める」としたもの。(98頁)

10 清宮革命・早稲田ラグビー再生
松瀬学
新潮文庫
初版2007年4月1日

 清宮さんは、早稲田の監督になったときは、33歳だったんですね。

 学生やアディダス相手にパソコン使ってプレゼンテーションをしていたことに驚嘆させられた。

 早稲田の監督やってたとき、ずっとサントリーから給料もらっていた。さすがサントリー。

●清宮の一つ後輩の今泉清は、UFOが見える(77頁)

●練習の目的を明確化することで集中力が上がる。アナログをできるだけデジタル化して、学生に伝える。例えば、フォローが遅いではなく「1秒遅い」と指摘する。(フィットネスコーチ後藤氏の言葉 88頁)

11 素粒子と物理法則
R.P.ファインマン、S.ワインバーグ、小林K郎訳
ちくま学芸文庫
初版2006年6月10日
●ディラックは、「物理の学生は、物理学に出てくる方程式がどんな意味を持っているかなどということは気にしてはいけない、方程式の美しさだけを問題にすべきだ」と言ったことがある。(118頁)

 

 

2007年1月〜3月

No 題名 著者 出版

■→そのまま引用  ●→抜粋、要約

1

三国志平話
二階堂善弘、中川諭[訳注]
光栄
初版1999年3月5日

 三国志演義よりも前に成立した著書。中国では紛失されており、日本の国立公文書館内閣文庫に所蔵されているだけ、とのこと。

 完成度は低いが、自由度は高い。張飛が金持ちで、関羽が貧乏。金持ち張飛が関羽にごちそうしたが、貧乏関羽はお返しが出来なくて恥ずかしい思いをした、というエピソードは面白い。

 前書きや注がとても充実しており、それだけでも読む価値はある。

【あらすじ】
 天帝の裁判で、韓信が曹操、彭越が劉備、英布が孫権、漢の高祖が献帝、呂后が伏皇后、蒯通が諸葛亮と生まれ変わる。

 いわゆる三国志のように進んで行き、張飛が金持ちで関羽が貧乏だったり、さらに話は進んで、龐統が劉備に不満を持って黄忠と魏延とともに劉備に敵対しそして降伏し、于禁は関羽に捕らえられることなく長安に戻ったり、そして最後は晋が統一して終わりではなく、劉禅の外孫劉淵が北の地で漢を建て、その漢が晋を滅ぼして終わる。

---
 西晋を東晋へ追いやった匈奴の漢が、劉備の一族であったという設定となっている。

 「はじめに」に書いてありましたが、演劇の台本なんですよね。演劇の台本だと思えば、後に完成する『三国志演義』の物語展開も納得できます。
会ったその日に義兄弟の契りを結んだり、一騎打ちが多かったり。

2

植村直己 妻への手紙
植村直己
文春新書
初版2003年10月20日

 植村直己がその妻公子氏に宛てた手紙をまとめたもの。

目次
T結婚という目標
 ヒマラヤからの手紙
 スイスからの手紙
U北極点を目指して
 グリーンランド、カナダからの手紙
 極北の越夏地からの手紙
 カナダ、アラスカからの手紙
V見果てぬ夢
 シアトルからの手紙
 エベレストからの手紙
 南極からの手紙
 ミネソタからの最後の手紙
夢中で暮らした十年間 植村公子

3

清宮克幸・春口廣対論 指導力
松瀬学
光文社新書
初版2006年3月20日

 ラグビーファンなら知っている両名の対論。
 私は関東学院大を贔屓していましたので、清宮さんに憎たらしさを覚えていました。しかし、いずれは清宮さんにジャパンの監督となってもらい、強い相手から勝利をもぎ取ってほしいと願っています。

 清宮さんになって早稲田が強くなったのは、いい選手を集めたからだと思っていましたが、指導力が良かったんですよね。ラグビー部のスポーツ推薦枠が当初は二人しかなかったというのも少々驚きました。

 春口さんで印象的なのは、学生の就職先までしっかり考えていたことです。学生の就職が有利なるように少しでも控え選手を試合に出させようとするなど、勝負師というより教育者ですよね。 自分自身も考えさせられました。

4

博士の愛した数式
小川洋子
新潮文庫
初版2005年2月1日

 フィクションをあまり読まない僕ですが、手にとって見ました。素晴らしかった。
・交通事故で脳に障害を負い80分しか記憶ができなくなった数学者。交通事故のあった1975年以前の記憶には問題なし
・家政婦とその子ども。
・完全数28を背番号に持つ阪神タイガース江夏豊
 博士は阪神時代の江夏しか記憶に残っていない。
 従って博士にとっての印象的なエピソードは、21球ではなく、延長11回江夏自身がサヨナラホームランを打ってノーヒットノーラン達成の試合。
・1992年のセリーグ混戦。八木の幻のサヨナラホームラン。その後の阪神の低迷。
・広島―阪神戦を観戦したときの感激
・整数論
・e^(πi)+1=0

●220の約数の和は284、284の約数の和は220。220と284は友愛数。(32頁)

●28は、自身の約数を足すと1+2+4+7+14=28…完全数(69頁)

●完全数は、連続した自然数の和で表すことが出来る。(71頁)
 6=1+2+3
 28=1+2+…+7
 496=1+2+…+31

5

消された王権・物部氏の謎 オニの系譜から解く古代史
関裕二
PHP文庫
初版2002年3月15日

 古代史は面白い、ということを再認識させられる一冊であった。

6

神武東征の謎 「出雲神話」の裏に隠された真相
関裕二
PHP文庫
初版2003年12月17日

 出雲から大和へ行った人々が大和王朝をつくり、そして、その大和王朝が後に出雲を征服した、という推論は素晴らしい。島根県出身の私とすれば、むしろ嬉しいと表現すべきか。

7 時生
東野圭吾
講談社文庫
初版2005年8月15日
 親から子へ、子から親へのメッセージが印象的でした。
 生まれてきたことには意味があり、そして、きっと素晴らしい人生が待っているんですよね。

●宮本拓実が母・麻岡須美子の手紙を読んだ後に感じたこと
 自分はなぜ生まれてきたのか、その疑問に対する答えがここにはあった。(445頁)
●時生が母となる麗子に言った言葉
「がんばって生き続けてください、きっと素晴らしい人生が待っているから」(529頁)
8 眠る盃
向田邦子
講談社文庫
初版1982年6月15日

 母が、学童疎開する向田邦子の妹に、元気な日は葉書にマルを書いてポストに入れるよう言って聞かせた『字のない葉書』。どこかで読んだことがあると思ったが、中学の教科書に載っているようだ。約20年ぶりの再会であった。

 『鹿児島感傷旅行』は、共感するものがあった。

●日本語のドンブリの語源は、バンコクの街を流れるメナム河の対岸の街トンブリにある。(101頁)

■美しい人は、少し不幸で愚かであって欲しいと願うのも、また正直な女の気持ちである。(164頁)

●石鹸ゴムは、よく消えるが削りカスが出た。その削りカスを丸めて飛ばしあいをするので、石鹸ゴムを持ってきてはいけません、と先制に叱られた覚えがある。(247頁)

9 知っておきたい日本の神様
武光誠
角川文庫
初版2005年11月25日
これは勉強になります。
10 頭がよみがえる算数練習帳
竹内薫
ちくま新書
初版2006年9月10日
 つるかめ算の解き方など、復習というか勉強になりました。しかし、読んでしばらくすると、もう忘れてる。頭が一瞬よみがえっても、長続きしませんな。
11 ノルウェイの森 上
村上春樹
文庫版初版2004年9月15日
 「小説とコミックの部屋」のへろさんに触発されて読みました。
12 ノルウェイの森 下
村上春樹
文庫版初版2004年9月15日
 最後まで読み終わったあと、再び、第一章を読みました。
13 世にも美しい数学入門
藤原正彦、小川洋子
ちくまプリマー新書
初版2005年4月10日

 『博士の愛した数式』の小川洋子さんと数学者藤原正彦氏の対談。

●ノーベルの恋敵に数学者のミッタク・レフラーという数学者がいた。ノーベル賞に数学部門をつくると、ミッタク・レフラーが獲るので、ノーベルは、数学賞をつくらなかった、という説がある。(28頁)

●戦後、GHQや日教組の支配下で日本の昔のものは全部ダメだった、戦前は暗黒だった、封建時代はもっと暗黒だったとか、まちがった歴史を、いまの70歳以下の人たちは、みんな教えられている。(31頁)

●行列式は、ライプニッツよりも10年早く関孝和が発見した。(56頁)

●虚数を初めて認めたのは、16世紀のカルダノという人。「虚数によって受ける精神的苦痛は忘れ、ただこれを導入せよ」と言った。(115頁)

14 偽装請負 格差社会の労働現場
朝日新聞特別報道チーム
朝日新書
初版2007年5月30日

 キヤノン、松下電器産業、クリスタルで行われたことを示しながら、製造業での偽装請負と格差社会について述べた本。

 内容は勉強になる。また、この記事を書いた人たちは、とても高給取りであることを認識しながら読むと、いろいろと考えさせられる。200頁で語られている「合成の誤謬」を防ぐためには、自分のことを棚に上げることも大事なこと、だということだろうか。

15

駅を楽しむ!テツ道の旅
野田隆
平凡社新書
初版2007年5月10日

これは楽しい本でした。

●一畑電鉄の出雲大社前駅は、和風建築の国鉄大社駅に対抗する意味で洋風建築にした。(130頁)

●境線鬼太郎列車の発着駅米子駅の0番ホームは、霊番と称されていたが鉄道事故を連想するので中止となった。(136頁)

16 泣かないで パーティーはこれから
唯川恵
幻冬舎文庫
初版1999年4月25日

 本書も「小説とコミックの部屋」のへろさんに触発されて読みました。

 ある日突然勤務先が倒産した女性を主人公とした小説。

17 夜の河を渡れ
梁石日
光文社文庫
初版2006年4月20日

 新宿で生きる在日を主人公とした小説。
 単行本としては、1990年に出版されています。

■賭けごとはエスカレートしていく性質をもっている。はめをはずしたとき、感情的な人間より理性的な人間の方が狂いだす傾向が強い。(30頁)

18 墨攻
酒見賢一
新潮文庫
1994年7月1日
 本書は、墨子教団がどのように活動をしていたかを小説化したもの
19 日本フォーク私的大全
なぎら健壱
ちくま文庫
初版1999年1月21日

 60年代、70年代のお客さんは、とても勢いがあったんですね。今では考えられません。
 本書を読んだ後、URCのアルバム買いました。

●岡林信康にフォークを教えたのは、高石ともや。(23頁)

●1971年7月28日、日比谷野音で、野次を飛ばず男に怒った岡林信康は、ステージからその男へ頭から飛び込んで行った。(47頁)

●演歌とは、明治には始まった自由民権運動での書生節、壮士節の唄のことであり、演説調であったので、演歌と呼ばれた。現在の演歌は、本来の演歌とは異なる。(78頁)

■高田渡は酒を飲みながら歌うから、よくステージで寝てしまう。(83頁)

●加川良は、1971年の『フォーク・ジャンボリー』では、岡林信康の後に続く存在になっていた。(121頁)

●井上陽水は、酒が飲めないはずだったが、1984年にウィスキーのコマーシャルに出演した。(287頁)

●フォーク・ソングを直訳すれば民謡となる。(291頁)

 

 

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