読書録 ピーター・F・ドラッカー Peter F. Drucker  ホーム

 

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感想

1 明日を支配するもの

ピーター F.ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1999年3月18日

 ドラッカー先生の著書を読むのはこれが初めてだった。100歳近い翁の言葉には、自然と重みを感じてしまう。

 日本は問題を解決してきたのではなく、先送りすることにより解消してきた、というようなことが書いてあった。

日本の読者へ

  • この50年間、政治的には、共産主義とソ連の崩壊が最大の出来事だった。これに対し、経済的には、経済大国としての日本の興隆が最大の出来事だった。未来への影響という点では、後者の方がはるかに意味が大きい。(@頁)

第1章 マネジメントの常識が変わる―パラダイム転換

  • 今日、「階層の終わり」をよく耳にする。ナンセンスである。あらゆる組織が、最高権威としてのボスの存在を必要とする。(11頁)
  • 誰にとっても、上司は一人でなければならない。三人の主人をもつ奴隷は自由人であるとのローマ法王の格言は真理である。(14頁)

第2章 経営戦略の前提が変わる

  • これからの時代にあって、確実な者は五つある。
    (1)先進国における少子化
    (2)支出配分の変化
    (3)コーポレート・ガバナンスの変容
    (4)グローバル競争の激化
    (5)政治の論理との乖離 (48頁)
  • (人口問題について)つまるところ、日本とヨーロッパ、とくにポルトガル、スペイン、フランス南部、イタリア、ギリシャなどの南欧諸国は、21世紀末には集団自殺同然の様相を呈する。(49頁)
  • 少子化は、子供用品のメーカーにとってさえ機会となる。子供の数が少なくなるということは、逆に、一人ひとりの子供の存在が大きくなるということであり、親の可処分所得のうち、子供に使う分が増えると言うことである。(56頁)

第3章 明日を変えるのは誰か

  • 急激な構造変化の時代に合っては、生き残れるのは、自ら変化の担い手、チェンジ・リーダーとなる者だけである。
  • イノベーションには、つねにリスクが伴う。しかし、イノベーションを追求することに伴うリスクは、イノベーションを追求しないことに伴うリスクよりもはるかに小さい。(96頁)

第4章 情報が仕事を変える

  • 今日のところ、ITは、トップの経営陣に対し、情報ではなくデータを供給するにすぎない。新しい問題意識や新しい経営戦略を与えるにはいたっていない。(112頁)
  • 企業が収入を得るのは、コストの管理ではなく、富の創造によってである。(135頁)

第5章

  • テイラーの手法は、簡単にみえる。優れた方法というものはつねにそうである。(163頁)
  • 知識労働の生産性を向上させるための条件は、大きなものだけで六つある。
    (1)仕事の目的を考える。
    (2)働く者自身が生産性向上の責任を負う。自らをマネジメントする。自律性をもつ。
    (3)継続してイノベーションを行なう。
    (4)自ら継続して学び、人に教える。
    (5)知識労働の生産性は、量より質の問題であることを理解する。
    (6)知識労働者は、組織にとってのコストではなく、資本財であることを理解する。知識労働者自身が組織のために働くことを欲する。

第6章 自らをマネジメントする

  • 知識労働者たる者は、これまで存在しなかった問題を考えなければならなくなる。
    (1)自分は何か。強みは何か。
    (2)自分は所をえているか。
    (3)果たすべき貢献は何か。
    (4)他との関係において責任は何か。
    (5)第二の人生は何か。
  • もはや、30歳で就職した組織が、60歳になっても存続しているとは言い切れない。そのうえ、ほとんどの人間にとって、同じ種類の仕事を続けるには、40年、50年長すぎる。飽きてくる。面白くなくなる。惰性になる。耐えられなくなる。周りの者も迷惑する。(224頁)
  • 逆境のとき、単なる趣味を越えた第二の人生、第二の仕事が大きな意味を持つ。(230頁)
2 断絶の時代

ピーター・F・ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1999年9月24日

 ドラッカー先生が約30年前、1968年に記した本を新訳し出版したもの。
 
読めば読むほどドラッカー先生の洞察力に畏怖してしまう。サッチャー首相の民営化のみならず、マハティール首相のルック・イーストもこの本の影響を受けているのではないだろうか。このような本に出会えて非常に嬉しく思う。

第T部 起業家の時代

  • この半世紀は継続の時代だった。
  • 発電機がなければ電気産業がありえないように、コンピューターがなければ情報産業もない。しかし電気産業では資金と技術のほとんどが電力を送り、利用することに投入されている。同じように情報産業でも、資金と技術のほとんどは情報を送り、利用することに向けられる。利益のほとんどもそこからもたらされる。
  • 情報産業は高度の知識労働者の雇用も生み出して行く。システム・エンジニアは10年以内に50万人になる。しかし、これらのことは始まりにすぎない。
  • 自然科学の世界の者には、人文科学者たることを要求し、人文科学の世界の者には、自然科学を理解することを要求しなければならない。経済にかかわりをもつ者に対しては、この二つの世界を理解し、自らのものとし、親しむことを要求しなければならない。
  • 技術は自然科学から生まれるものだけではない。知識にかかわるあらゆる分野の体系的な活動から生まれる。そのうえ昔から、大きな変化は、むしろそれぞれの分野の体系の外で生まれてきた。
  • 製品やアイデアよりも、ビジョンが経済、社会、文化に影響をもたらす。
  • 経済大国のなかで、グローバル経済を中心にとらえてきたのは1950年以降の日本だけである。これが日本経済の発展をもたらした。
  • 技術の輸入に関して、長期的に見れば、技術の対価は、自らの技術によって支払わなければならない。

第U部 グローバル化の時代

  • グローバル企業の稼いだ外貨がアメリカの国際収支を支えている。
  • 1860年から1910年にかけて、20年ごとに先進国入りする国が現れた。経済発展はどこでも起こり得ると思われていたが、その後、新たな先進国入りは起こらなくなった。
  • 日本人は人種闘争でジレンマに立たされる。日本は経済的、社会的には白人の世界に属し、文化的、伝統的、皮膚的には非白人の世界に属する。いずれの世界でも、日本人はくつろげない。
  • 新興国は新開地における農産物の輸出によって経済発展の資金を手にした。開拓地が残っていなかった日本は、生糸の輸出によって資金を賄った。
  • 途上国への援助は機会ではなく、問題に注ぎ込まれる。成果の大きなところではなく、必要の大きなところへ向けられる。これが依存を生み出す。
  • 今日の経済発展の範とすべきは、米ソその他の白人国家ではなく、日本である。日本は国内の資金を動員して、外国からの投資、借款に頼ることなく、岩崎流の経済発展を実現した。同時に日本は、国内の人材を動員して渋沢流の経済発展を成し遂げた。
  • 人材の育成と機会への登用に関して、今日、渋沢のような人物は見当たらない。しかし、我々は彼が行ったことを組織の力で行うことができるはずである。
  • 経済発展は貧しい人を豊かにすることではなく、貧しい人を生産的にすることである。
  • 完全雇用を実現できるのは、動的な不均衡である。

第V部 多元化の時代

  • 今日最も無責任な組織は、企業ではなく、大学である。
  • 従業員に忠誠を要求することは、許しがたいことであり、正当性を欠く。組織とその従業員の関係は、契約上のものであって、あらゆる契約のなかで最も狭義に解釈すべきものである。
  • 組織はあまりに複雑であって、経営陣の部屋で何が行われているかはなかなか理解できない。理解がなければ、組織は危険にさらされる。
  • 組織とその経営陣の力の基盤となりうるものは一つしかない。成果である。成果こそが、組織にとって唯一の存在理由である。
  • 意思決定者を、実行から分離させなければならない。さもなければ、意思決定はされず、実行もされない。
  • 今日の若者の組織への反抗は、重大な危機をはらんでいる。悪しきリーダーへの帰依である。
  • 自由の代価として責任が求められる。
  • 200年前ルソーが言ったように、一人ひとりの人間にとって、自由の究極の守りは移動の権利である。

第W部 知識の時代

  • 知識労働者の定年は簡単な問題ではない。定年後は、あっと言う間にぼける。
  • とるべき道は、ゼネラリストからスペシャリストではなく、その逆である。
  • 卒業証書は長期間学校に通ったこと以外のことは、何も意味しない。卒業証書をもって、能力や将来性を判断できるほど、人間の成長過程は一律ではない。
  • 子どもには、好きなようにさせることと、集団でさせることの組み合わせが有効である。
  • 最も必要とされているのは、自らの専門分野の情報を成果に結び付けられる者であり、それを教えることのできる者である。

1983年版への序文

  • 断絶とは、社会と文明における根源の変化である。
  • 教育を受けた知識ある若い人たちにとって、「断絶の時代」こそ「好機の時代」である。
3 創造する経営者

ピーター・F・ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1995年3月15日

  1964年に出版された"Managing for Results"の新訳版。ドラッカーの経営書の三大古典のひとつになるらしい。

 古典といっても、古さを全く感じない。具体例として多くの企業が登場してくるが、IBMについて述べられている内容は、1990年代のガースナーによる改革と同じであった。知識やサービスに重点を置いている。

 「断絶の時代」を読んで以来、すっかりドラッカーのとりことなってしまった。この本も刺激的な内容に溢れていた。訳者の上田さんは、ドラッカーの本を読むと、明日仕事にでかけるのが楽しみになるそうだ。

序章 本書の課題

  • 体系的な知識は、今日の医師に対し、100年前の最も有能な医師以上の能力を与え、今日の優れた医師に、昨日の医学の天才が想像もできなかった能力を与える。(6頁)

第1部 事業の何たるかを理解する

  • 企業にとって、本業の仕事は三種類ある。
    (1)今日の事業の業績をあげる。
    (2)潜在的な機会を発見し実現する。
    (3)明日のために新しい事業を開拓する。
  • 資源と活動のほとんどは、業績にほとんど貢献しない90%の作業に使われる。すなわち資源と活動は、業績に応じてではなく、作業の量に応じて割り当てられる。(20頁)
  • 固定費をカバーしていればよいとの説は、往々にして、無原則な製品擁護論として使われやすい。(56頁)
  • 独占が利益につながらない原因の一つは、いかに大規模の独占企業であっても、独力では新しい市場を創造できないからである。(59頁)
  • 極めてしばしば、明日の主力製品は生み出されるだけで、育てる努力が行われないことがある。その結果、折角つくった市場に競争相手が進出し、耕作や種蒔きをせずに収穫だけしていってしまう。(77頁)
  • 新製品がまあまあの成功を収める確率は20%であり、大成功を収める確率は1%にすぎない。(88頁)
  • 自分が知っている仕事は易しい。したがって、自らの知識や特別な能力には、何も意味がなく、だれもがもっているに違いないと錯覚してしまう。逆に、自分たちには難しいもの、不得手なものが、大きく見える。(128頁)
  • はたして、どれだけの主婦が、洗濯物の白さについて熱心に話をしているだろうか。そのような話題は、主婦の話題の最下位に近い。にもかかわらず、洗剤の広告は、白くなることばかりを繰り返す。(135頁)
  • 顧客が事業であるのと同じように、知識が事業である。物やサービスは、企業がもつ知識と、顧客がもつ購買力との交換の媒体であるにすぎない。(155頁)
  • 上得意の顧客に対し、「わが社は他社にできないどのようなよい仕事をしているか」と聞かなければならない。(164頁)

第2部 機会に焦点を合わせる

  • 未来において何かを起こさせるということは、新しい事業をつくり出すことである。(262頁)
  • 歴史上最も強力な民間企業は、第二次大戦後に解体される前、世界中で100万人を雇用していたという日本の三井家と思われる。(267頁)
  • 企業家的構想が、他の国や他の産業でいまくいっているものを真似するだけのこともある。(268頁)

第3部 事業の業績をあげる

  • 事業の構想とは、つまるところ、本書において繰り返し提起してきた次の三つの問いに対する答えを集約したものである。
    (1)わが社の事業は何か。
    (2)わが社の事業は何でなければならないか。
    (3)わが社の事業は何にならなければならないか。
  • 企業の経営計画は次のことを決定しなければならない。
    (1)追求すべき機会、進んで受け入れるべきリスク、受け入れることのできるリスク
    (2)事業の範囲と構造、特に専門化、多角化、統合化のバランス
    (3)目標を達成するための時間と資金。新事業の設立と買収、合併、合併とのバランス
    (4)経済情勢、機会、成果達成のための計画に適合した組織構造
  • 新しい事業に着手するにあたっては、「成功を利用できるか。小さな成功を大きな事業に発展させるために資金を調達できるか」「成功がもたらしてくれる機会を実現するための技術や、マーケティングの能力はあるか」「それとも、だれかのために機会をつくるだけなのか」を問わなければならない。(295頁)
  • 通常、川下統合、すなわち事業の範囲を市場に向けて伸ばすことは、多角化を意味する。(300頁)
  • これに対し、川上統合、すなわち市場から生産、あるいは生産から原材料への統合は、専門化を意味する場合が多い。(301頁)
  • 企業家的な計画を実現して、業績をあげるためには、次のようなマネジメントの能力が必要である。
    (1)企業家的な計画を、特定の人間が責任をもつべき仕事に具体化する。
    (2)企業家的な計画を、日常の仕事に具体化する。
    (3)一人一人の人間の職務と、組織の精神の中心に業績を据える。
  • 仕事の割り当てが意味をもつためには、期限を定めなければならない。期限のない仕事は、割り当てられた仕事ではなく、もてあそばれる仕事にすぎない。(312頁)

終章 コミットメント

  • 知識労働者たる者は、仕事や技能や技術ではなく、貢献に焦点を合わせなければならない。(323頁)
  • 高価な教育投資が行われている知識労働者に対しては、仕事と成果について、高い要求を課して当然である。しかし、知識労働者の方も、職務がもたらすべき満足と刺激について、高い要求を課すべきである。(325頁)
4 ポスト資本主義社会

ピーター・F・ドラッカー

上田惇生、佐々木実智男、林正、田代正美訳

ダイヤモンド社
初版1993年7月22日

 "POST-CAPITALIST SOCSIETY"の日本語版。「21世紀の組織と人間はどう変わるか」という副題がついている。企業の経営論ではなく、国レベル、世界レベルでの政治、組織について述べた本。「断絶の時代」とは「対位旋律」となるそうだ。「本書は行動への呼び掛けである」と日本語版への序文に述べられている。

 「新しい社会とは、非社会主義社会であり、かつポスト資本主義社会であることはたしかであり、それは組織社会たらざるをえない」と序章に書いてある。冷戦中ならば、社会主義と資本主義のそれぞれがポスト…だったのだが、冷戦終結により、両者ともに次代の社会たりえなくなり、代わって「組織社会」が誕生する。この組織社会、「ポスト資本主義社会」の描写が本書の目的となっている。

 「知識」を重要視するドラッカーと、「知価革命」の堺屋太一の考えは似ているのか、それとも似て非なるものなのか疑問に思っていたが、どうやら違うものらしい。40頁に堺屋太一の考えを否定する内容が載っていた。

 生産管理において科学的管理法を一番はじめに唱えたのはフレデリック・ウィンスロー・テイラー(1856〜1915)であったが、彼は熟練労働者を否定し、また労働者の利益を第一に考えたので、労働組合と企業の所有者の両者を怒らせた。しかし、アメリカは第一次、第二次大戦中にこのテイラーの方法論を体系的に導入した。これにより、未熟練の労働者が短期間で一級の労働者となり、そしてこのことが戦争を勝利へと導いた。

  • 日本を今日のような経済大国に導いた経済と産業の力は、まさに工業化社会時代において行うべきことを、優れた規律と一貫性と卓越性のもとに行った結果、手にすることができたものである。そして、まさにそれゆえに、新しい時代、すなわちポスト工業化の時代、ポスト社会主義の時代、ポスト資本主義の時代が要求するものは、とくに日本に対して厳しいものとなる。(6頁)
  • 今や、知識の仕事への適用たる「生産性」と「イノベーション」によって価値は創出される。(32頁)
  • いずれにせよ、今が「未来をつくる」ときである。なぜならば、まさに今、すべてのものが流動的であって、不安定だからである。(45頁)

T部 社会

  • 事実すでにアメリカの大学では、伝統的な「教育ある人間」は、そもそも「教育ある人間」とさえ見なされなくなっている。そのような人間は、趣味人として一段下に見られている。(92頁)
  • 革新とは、シュンペーターが言ったように「創造的破壊」である。(112頁)
  • ポスト資本主義社会は、組織社会である。そしてそれは、「従業員社会(エンプロイーの社会)」である。組織社会と従業員社会は、同一の現象を別の角度から見たにすぎない。(122頁)
  • これからは、「忠誠心」は、給与によって獲得することはできない。知識従業員、すなわち知識労働者たる従業員に対し、業績と自己実現のための卓越した機会を提供することによってのみ獲得できることになる。(126頁)
  • 経営管理者と呼ばれる人のほとんどが、実際は経営管理など行なっていない。彼らは、命令を上から下へ、情報を下から上へ伝えているにすぎない。(190頁)
  • 知識社会においては、あらゆる人間が、自らの目標、貢献、行動について責任を負う。こうした組織には「部下」など存在せず、同僚が存在するだけとなる。(191頁)

U部 政治

  • 伝統的な政治理論、すなわち18世紀から19世紀はじめの政治理論の視点から見れば、日本は明らかに「国家主権」の国である。(222頁)
  • 予算編成が歳出からスタートするならば、租税に節度はなくなる。歳出は、政治家が票を買うための手段となる。(229頁)
  • 部族主義は、グローバリズムの対極ではない。部族主義は、グローバリズムの核である。(262頁)
  • 何ごとであれ廃棄することは難しい。しかし時間的には、しばらくの間の辛抱である。廃棄から半年もたてば、誰もが「なぜ早く止めなかったのか」と言うようになる。(275頁)
  • 愛国心とは、国のために喜んで「死ぬ」意志である。(286頁)

V部 知識

  • 知識の経済活動への適用には、三つの方法がある。「カイゼン」への適用と「開発」への適用と「イノベーション」への知識の適用である。(306頁)
  • イノベーション、つまり既存の知識を新しい知識の生産のために応用することは、アメリカでよく言われるような「インスピレーション」ではなく、ガレージに一人こもってやって最もうまくいくというものでもない。(313頁)
  • 知識が中心的な資源となった社会においては、勉強しない生徒やできの悪い生徒は、学校の責任である。(343頁)
  • 「教育ある人間」は、未来を創造するためとは言わないまでも、少なくとも現在に影響を与えるために、自らの知識を役立たせられる能力をもたなければならない。(350頁)
  • 研究者は研究管理者を必要とし、研究管理者は研究者を必要とする。両者の均衡が崩れるならば、仕事は行なわれず、欲求不満が生まれるだけとなる。(355頁)
  • ただ一つだけ予言することができる。これから起こる最大の変化は、知識における変化だということである。すなわち、知識の形態と内容、意味、責任、そして「教育ある人間」たることへの意味である。(360頁)
5 すでに起こった未来

ピーター・F・ドラッカー

上田惇生、佐々木実智男、林正、田代正美訳

ダイヤモンド社
初版1994年11月25日

 1993年に出版されたTHE ECOLOGICAL VISION Reflection on the American Conditionの日本語版。副題として「変化を読む眼」というものがつけられている。1946年から1992年の間にドラッカーが書いた論文が13本収録されており、内容も広範にわたっているが、すべて「社会生態」に関するものだそうだ。

 経済に関するもの、はるか昔の灌漑農業にかんするもの、日本に関するものなどの論文のほかに「ある社会生態学者の回想」として自分自身の回顧録も載っている。

 論文集なので、難解な記述が結構あった。

  • 社会学者にはアメリカを特徴づけるものが競争であると信じ込ませようとする者がいる。しかし、それは間違いである。アメリカを特徴づけるものは、民間の自発的な集団を通じた競争と協力の共生である。(20頁)
  • まともな経済学者が、目的意識にもとづく動的な不均衡状態の創造を、可能かつ意味あるものとして受け入れるようになったのは、1950年代初頭のトルーマン大統領による「ポイント・フォー」宣言を決定的な境目として、経済政策の目標としての「経済発展」の概念が登場した後のことであり、ごく最近のことである。(43頁)
  • 利益とは資本主義特有のものではない。(62頁)
  • シュンペーターは、イノベーション、すなわち資源を陳腐化した古いものから新しい生産性の高いものへと移す企業家精神こそ経済の本質であり、とくに現代経済の本質であると主張した。(72頁)
  • ケインズの最も有名な言葉は、「長期的には、我々はみな死ぬ」だった。これは最も内容のない言葉の一つである。たしかに、長期的には、我々はみな死ぬ。(78頁)
  • 先進国・途上国を問わず、マネジメントにとって、企業家精神によるイノベーションが、管理的な機能と同じように重要な意味をもつようになる。(118頁)
  • アルフレッド・ラッセル・ウォーレスの言葉、「人間は意識的な進化が可能な唯一の動物である。すなわち人間は道具を発明する」(165頁)
  • コミュニケーションをするのは受け手である。コミュニケーションの送り手が、コミュニケーションを成立させるのではない。(213頁)
  • 物書きのあいだで昔から言われている警句:「文章の難解さは、そのもとになっている思考の混乱を意味する。したがって、整理すべきは文章ではなく思考である」(216頁)
  • 日本には偉大な神学者・論理学者・哲学者・数学者は現れていない。日本古来の文化は、他のいかなる国とも違ってまったく知覚的だからである。(240頁)
  • 重要なことは、「すでに起こった未来を確認することである、すでに起こってしまい、もはやもとに戻ることのない変化、しかも重大な影響力をもつことになる変化でありながら、まだ一般には認識されていない変化を知覚し、かつ分析することである。(313頁)
6 イノベーションと企業家精神

ピーター・F・ドラッカー

小林宏治監訳、上田惇生、佐々木実智男訳

ダイヤモンド社
初版1985年5月16日

  1985年当時は「起業家」ではなくまだ「企業家」という言葉の方が一般的だったようだ。現在この本はダイヤモンド社からドラッカー選書として「イノベーションと起業家精神」という名で上下二巻で出版されている。

 イノベーションの源泉として人口構成の変化が挙げられている。ハンチントンの「文明の衝突」にもフランス革命とそのときの若年層の人口増大の関係が指摘されていたが、社会が変わるときは、人口構成が密接に関係するようだ。

  • 本書は私の著作のうち、さらにまた私の知るかぎり世のあらゆる文献のうち、企業家精神とイノベーションについて、その全貌を体系的に論じた最初のものである。(XV)
  • しかるに、十分な目的意識のもとに、体系的に経営管理された企業家精神をもつローテク企業は、雇用を創出し、経済の発展に大きく貢献しているのである。(22頁)

I部 イノベーションの実践

  • 企業家とは、変化を探し、変化に対応し、変化を機会として利用する者である。(43頁)
  • もちろん日本の成功は、イノベーションによってもたらされたものである。ただしそれは科学的・技術的なイノベーションではなく、社会的なイノベーションである。(51頁)
  • 成功したイノベーションのほとんどは、きわめて平凡である。それらは、変化を利用したにすぎない。(55頁)
  • 産業の構造変化は、その産業の外にいる者に対して、きわめて希ともいうべき大きな機会を与えてくれる。ところがそれらの変化や機会は、産業の内にいる者の目には、脅威として映るだけである。(134頁)
  • 産業の外部で起こるあらゆる変化のうち、人口構成の変化ほど明瞭なものはない。(148頁)
  • タイミングが最も重要である。認識の変化をイノベーションの機会としてとらえるには、創造的模倣は役に立たない。早い者勝ちである。(179頁)
  • 知識にもとづくイノベーションであれば、市場を創造することができる。(200頁)
  • 体系的に物事を考えることができ、目的意識の明確な企業家であれば、七つの明確に把握できるイノベーションの機会の分析に力を入れるべきである。
    (1)予期せざるもの
    (2)調和せざるもの
    (3)プロセス・ニーズ
    (4)産業や市場の構造変化
    (5)人口構成の変化
    (6)認識の変化
    (7)新しい知識(226頁)
  • イノベーションは簡単なものにしなければならない。かつ焦点を絞らなければならない。さもなければ、混乱が生ずる。(234頁)
  • しかし、いずれにせよ、成功するイノベーターは保守的である。彼らは成功するためには、保守的たらざるをえない。そして彼らは、リスク志向ではなく、機会志向である。(241頁)

U部 企業家精神の実践

  • 「夜が明けたら絞首台に上がるかもしれないというほど、人間の心を集中させるものはない。」ジョンソン博士は好んでこの言葉を口にした。(260頁)
  • イノベーションというものは、初め小さなものからスタートする。しかし、終わるときは大きくなっているはずである。(285頁)
  • 最も重要な禁止事項は、経営管理部門と企業家部門とを一緒にすることである。(298頁)

V部 企業家的戦略

  • 企業家的な戦略は、四つある。
    (1)総力をもって攻撃すること
    (2)手薄なところを攻撃すること
    (3)生態学的地位を確保すること
    (4)製品や市場の性格を変えること(354頁)
  • 生態学的戦略に成功したものは、名よりも実をとることになる。それらの企業は、名もないなかで贅沢に暮らす。(391頁)
  • 専門技術の地位を確保した企業は、絶えずその技術の向上に努めなければならないということである。彼らは絶えず前に進んでいかなければならない。絶えず自らを陳腐化していかなければならない。(401頁)
  • 顧客にとっての効用や価値や現実から出発すればするほど、成功のチャンスも大きいのである。(424頁)
7 非営利組織の経営―原理と実践―

ピーター F.ドラッカー

上田惇生、田代正美訳

ダイヤモンド社
初版1991年7月18日

MANAGING THE NONPROFIT ORGANIZATIONの日本語訳。

 非営利活動をただの自己満足に終わらせることなく、組織を発展させていくために何を為すべきか述べた本。社会に貢献するためにはこうしなさい、という内容ではなく、完全な組織論中心の内容であった。

  • いまも機能している最古の非営利機関は、日本にある。奈良の古寺がそれである。(i頁)

I部 使命が第一

  • 最も犯しがちな過ちは、立派な意図をたくさん盛り込んで使命としてしまうことである。使命は簡潔、明瞭でなければならない。(8頁)
  • 「これでは不十分だ。もう一度見直してやり直そう」というべきである。完全にやり遂げない限り、何もしたことにはならない。(27頁)
  • やる気のある人には、第二のチャンス、さらには第三のチャンスまで、積極的に与えるべき。(52頁)

II部 使命から成果へ

  • プロクター・アンド・ギャンブルなどの企業は、新製品を市場に出す場合、必ず他社に先駆けて出し、市場を支配するという明確な戦略をとってきた。この戦略は、うまく当たれば大きな成功をもたらすが、相当な危険をはらんだものでもある。(88頁)
  • IBMは、つねに創造的模倣者であり続けてきた。つねに市場を支配することを狙っているが、最初の製品が正しいことはあまりないという理由で、他社に先頭を切らせてきた。(88頁)
  • 日本企業は、先陣を切った同業他社の過ちや悪癖、特に傲慢さなどに乗じようとする。(88頁)

III部 成果をあげるためのマネジメント

  • 一人の人をスタッフ部門に長く置くべきではない。ローテーションを組んで、定期的に現場の仕事に戻すべきである。昔から、いかなる将校も、2、3年おきに実戦部隊の指揮官として戻すことが、強い軍隊をつくるための原則となっている。(151頁)
  • 意思決定をするということは、リスクを冒すことである。(155頁)
  • アメリカの政治学者メアリー・パーカー・フォーレットがこういっている。組織内に反対意見がある場合、誰が正しいかと考えてはならない。何が正しいかさえ考えてはならない。どの意見も正しい。それぞれが違う質問に対して答えているととらえるべきなのである。それぞれが、異なる現実を見ているのである。(157頁)
  • アリストテレスまで遡り、後には初期キリスト教会の行動原理までなった格言がある。「本質における一致、行動における自由、そして、すべての面での信頼」というものである。(158頁)

IV部 人事と人間関係

  • やめていくCEOのコピーのような人物を後継者にすえてはならない。(195頁)

V部 自己開発

  • 安楽な日常に埋没しそうになったら、何か違ったことをやるように自分を駆り立てるときがきたということだ。「燃え尽きた」というのは、たいていの場合、飽きてしまったことを白状しているのである。(241頁)
  • 私は、いつもこの問い、「何をもって記憶されたいか」を自らに問うている。これは、自分自身を刷新することを促す問いである。(248頁)
  • おそらく、自己開発の基本として最善のものは自分自身を採点する習慣である。しかもそれは、私の個人的な経験からいえることだが、謙虚さを学ぶための最良の訓練ともなる。(273頁)

 

8 プロフェッショナルの条件

ピーター F.ドラッカー

上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2000年6月29日

  初めて読むドラッカー【自己実現編】として上田惇夫さんが、今までのドラッカーの著書から編集したもの。ドラッカーの入門書として世界各国で発売されるそうだ。

 ドラッカーの著作は古さを感じない。30年以上前の著作も本書に含まれているが、現代と照らし合わせても矛盾した内容ではない。むしろ昔書かれたものが、現代を的確に表している。最近書かれたものは、来るべき未来を示しているに違いない。

 この本を読んで「ドラッカーの著書を全部読んでみたい」と思うようになった。

日本の読者へ

  • 今日日本は、140年前と50年前のふたつの転換期に匹敵する大転換期にある。ただし前の二つの転換とは違い、今回のそれは失政、混乱、敗北の類がもたらしたものではなく、主として成功の結果もたらされたものである。(A頁)

はじめに

  • 企業、政府機関、NPOのいずれであれ、マネジメントの定義は一つしかありえない。それは、人をして何かを生みださせることである。(H頁)

Part1 いま世界に何が起こっているか

  • 「再検討」などと言っていられない。それどころか今後ますます組織は、成功してきた製品、方針、行動について、その延命を図るのではなく、計画的な廃棄を行わなければならない。(34頁)

Part2 働くことの意味が変わった

  • われわれが強い衝撃をもって最初に学んだことは、知識労働においては、資本は労働(すなわち人間)の代わりにはならないということである。(52頁)
  • 企業、政府機関、病院のいずれの世界においても、今日の若い高学歴者の最も困った点は、自らの専門分野の知識で満足し、他の分野を軽視する傾向があることである。(78頁)

Part3 自らをマネジメントする

  • 知識労働者たる者は、自らの組織よりも長く生きる。したがって、他の仕事を準備しておかなければならない。キャリアを変えられなければならない。(111頁)
  • 私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。(119頁)
  • 時間の記録に出てくるすべての仕事について、「全くしなかったらば、何が起こるか」を考えればよい。「何も起こらない」が答えであるならば、明らかに結論は、その仕事をただちにやめよということになる。(127頁)
  • 成果をあげるにためには、自由に使える時間を大きくまとめる必要がある。(133頁)
  • 人には驚くほど多様な能力がある。人はよろず屋である。だが、その多様性を生産的に使うためには、それらの多用な能力を一つの仕事に集中することが不可欠である。(138頁)
  • 古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。(141頁)

Part4 意思決定のための基礎知識

  • 大部分の問題は、何もしなくてもうまくいくわけではないが、かといって、何もしないと取り返しがつかなくなるわけでもない。(166頁)
  • 行動しなくても生き延びることはできる。だが行動すれば、状況は大きく改善される。(166頁)
  • 情報型組織は、自由寛大な組織ではない。規律の厳しい組織である。それは強力かつ決定的なリーダーシップを必要とする。(181頁)
  • まったくのところ、イノベーションに対する最高の賛辞は、「なぜ、自分には思いつかなかったか」である。(199頁)

Part5 自己実現への挑戦

  • 成長のプロセスを維持していくための強力な手法を三つあげるならば、教えること、移ること、現場に出ることである。(234頁)

付章 eコマースが意味するもの

  • IT革命におけるeコマースの位置づけは、産業革命における鉄道に相当する。まったく新しく、誰も予期できなかった発明である。(243頁)
9 乱気流時代の経営

ピーター F.ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1996年6月6日

  1980年に出版されたManaging in Turbulent Timesの新訳版。1980年に出版された旧訳版は堤清二さんが監訳者となっている。

 「断絶の時代」を読んだときほどの衝撃は受けなかった。それは、私自身が「乱気流の時代」をはっきり認識できてないことによるのだろうか。

 乱気流の時代とは危険な時代であり、その最大の危険は現実を無視したくなるという誘惑にある。幻想と現実のギャップから生じる。しかし、新しい現実を理解し、受け入れ、利用するものに対しては、大きな機会を与える。

はじめに

  • 本書が説くものの根底には、一つの共通するテーマがある。それは、「賢くあろうとするな。真面目であれ」である。未来を予言しようとすると罠にはまる。行うべきことは、現在あるものをマネジメントすることである。そして将来ありうべきものや、あるべきものを自ら創造するように働くことである。(C頁)

第T部 現在をマネジメントする

  • インフレ下において利益を生むことは、インフレという言葉の定義からして不可能である。なぜならば、インフレとは、政府の手による富の破壊だからである。(5頁)
  • 歴史の転換は、1875年ごろ、フレデリック・W・テイラーが、生産性はマネジメントの力によって向上させることが可能であることを発見したとき起こった。テイラー以前においては、より多くの生産を得るための方法は、より激しく、より長く働くことだけだった。しかしテイラーは、より多くの生産を得るための方法は、より賢く働くこと、すなわちより生産的に働くことであることを明らかにした。しかも彼は、生産性が働く人たちの責任ではなく、経営管理者の責任であることを明らかにした。(12頁)
  • 経営管理者たる者は、まずはじめに自分自身に対し、次に上司に対し、同僚に対し、そして最後に部下に対し、半年ごと、あるいは9ヶ月ごとに、「仕事を進めていくうえで、われわれあるいは私は、どのように役に立っているか。どのような邪魔をしているか」を問う必要がある。(25頁)

第U部 明日をマネジメントする

  • 皮肉なことに、これからのイノベーションは、これまでとは違い、既存の大企業から出てこざるをえない。(76頁)
  • しかし、折角の適切な製品も、例外なく、やがては不適切な製品となる。遅かれ早かれ、単なる商品となる。あらゆる製品が、年をとり、結局は陳腐化する。いかなる製品といえども、30年、40年の間、適切な製品であり続けることはない。(88頁)
  • しかしマネジメントは、何よりも、事業の明日をつくるという責務を負わされている。しかも、その明日なるものは、ますます長期化し、分野によっては10年を超える。(91頁)
  • 最も優れた企業でさえも、戦略についての打率は、イノベーションのそれと同じように、三割程度であって、とくに高いわけではない。しかし、さらに野球にたとえるならば、優れたマネジメントは、自らの三振やヒットを自覚している。そして、何にもまして、何が得意か、何を改善する必要があるかを知っている。(96頁)

第V部 構造変化をマネジメントする

  • 大企業がもちうる唯一の利点、すなわち、投資のための資金を自ら調達できるという能力も、いまや大きく価値を減じつつある。明日の多国籍企業は、投資の能力ではなく、マーケティングの能力によって繁栄する。ここにおいて、中堅企業こそ明らかに優位に立つ。(142頁)
  • 子どもを育て上げたあと、事務所や工場の求人に応募してくる女性は、すでに10年以上にわたって、家庭内において「長」の役を務めてきた人たちである。しかし企業に採用された彼女たちは、現場管理者の下に置かれ、自らの意思で何かしたことの一度もない子供のような扱いを受ける。彼女たちに必要なのは、教師や補助者である。(165頁)
  • 先進国においては、何らかの方法で働く期間を延長しない限り、インフレ圧力が強まる。高齢者は、貯蓄よりも消費への性向が強い。若い働く人たちの給料から天引きされた年金基金への拠出は、高齢者の購買力に変わり、即インフレ圧力となる。(170頁)
  • 知識労働者は、いかなる年齢においても退職したくないという気持ちから、40代ないしは50代で第二の仕事を探すようになる。一度も仕事を変えたことがなければ、65歳で新しい職を探すことは容易でない。(174頁)
  • 問題は、経済ではなく心理である。技術的、構造的な変化に対する抵抗は、恐怖から来る。未知のもの、見捨てられることへの不安、一人になることや放り出されることへの恐れから来る。(200頁)

第W部 乱気流をマネジメントする

  • 日本とドイツは、グローバル経済の需要に合わせて、供給をコントロールしようとした。そして成功した。イギリスとアメリカは、国内の政治目標に合わせて、需要をコントロールしようとした。そして失敗した。(232頁)
  • 大陸中国が、25年以内に大市場となり、大輸出国となることはほとんどありえない。(241頁)
  • 今後は、中堅企業、あるいは小企業でさえ、特定の地域ではなく、世界全体をマネジメントできるように、トップマネジメントを組織する必要がある。(248頁)
  • アメリカでは、働く人たちが、年金基金を通じて、アメリカ企業の株式の三分の一ないし五分の二を保有する。彼らこそが、唯一の所有者であり、「資本家」の伝統的な定義に該当する。(252頁)
  • ほとんどの企業、そしてさらには、多くの公的サービス機関において、従業員は「不完全雇用状態」にある。彼らには、彼らの能力や権威や経済的地位にふさわしい責任が与えられていない。(265頁)
10 経営者の条件

ピーター F.ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1995年1月26日

 1966年に出版された"THE EFFECTIVE EXECUTIVE"の新訳版。ドラッカーの経営書の三大古典のひとつ。

 経営書といっても、経営者や組織に向けて書かれたものではない。ひとりの人間が自己革新をいかに進めるべきかを説いた本。

まえがき

  • ほかの人間をマネジメントできるなどということは、証明されていない。しかし、自らをマネジメントすることは、常に可能である。(B頁)

第1章 成果をあげる能力は修得できる

  • あらゆる組織に、成果をあげる地道な人たちがいる。(2頁)
  • エグゼクティブは、自分が生き、仕事をしている現実の状況を変えるために、断固積極的な行動をとらない限り、日常業務に追われる運命にある。(14頁)
  • 組織の内部に生ずるものは、努力とコストだけである。企業にはプロフィットセンターがあるかのごとくいわれるが、単なる修辞にすぎない。企業には"努力センター"があるだけである。(18頁)
  • 外部の世界における真に重要な事象は、傾向ではない。変化である。(22頁)
  • 人類の歴史は、いかなる分野においても、豊富なのは無能な人間であることを示している。われわれは、せいぜい一つの分野に優れた能力をもつ人間を、組織に入れられるだけである。(24頁)
  • 行うべきは、基本的な意思決定である。諸々の戦術ではなく、一つの正しい戦略についての意思決定である。(31頁)

第2章 汝の時間を知れ

  • 繰り返し起こる危機は、ずさんさと怠慢の症候の一つである。(57頁)
  • 時間の浪費は、しばしば人員の過剰から起こる。(58頁)

第3章 どのような貢献ができるか

  • 成果をあげるためには、貢献に焦点を合わせなければならない。仕事から目を上げて、目標に向かわなければならない。(70頁)
  • われわれは、貢献に焦点を合わせることによってのみ、
    @コミュニケーション
    Aチームワーク
    B自己開発
    C人材育成
    という、成果をあげるうえで必要な四つの人間関係上の基本条件を満たすことができる。(86頁)
  • 上司が部下に何かを言おうと努力すればするほど、部下が聞き違う危険は大きくなる。部下は、上司が言うことではなく、自分が聞きたいと期待していることを聞き取る。(87頁)

第4章 強みを生かせ

  • 成果をあげるエグゼクティブは、人間の強みを生かす。(96頁)
  • 他人に成果をあげさせるためには、決して、「彼は私とうまくやっていけるか」を考えてはならない。「彼はどのような貢献ができるか」を問わなければならない。(99頁)
  • 若い知識労働者は、早い時期に「自分は自分の強みがものをいうような適した仕事や職務についているか」を自問しなければならない。(111頁)
  • 頭の切れる野心的な若い部下は、力強い上司をまねる。したがって組織において、力強くはあっても腐ったエグゼクティブほど、ほかの者を腐らせる者はいない。そのような人間は、自分の仕事では成果をあげることができるかもしれない。ほかの人間に対し影響を与える力のない地位に置くならば、害はないかもしれない。しかし、影響力のある地位に置くならば破壊的である。(116頁)
  • 成果をあげるエグゼクティブは、何にもまして、上司の強みを生かすべく努力しなければならない。(124頁)
  • 「何もさせてくれない」という言葉は、惰性のままに動くための言い訳ではないかと疑わなければならない。(129頁)
  • 人間集団の基準というものは、リーダーの仕事ぶりによって決定される。(132頁)

第5章 最も重要なことから始めよ

  • かえって、いかなる成果をあげられない人の方が、しばしば、はるかによく働いている。(139頁)
  • 古いものの計画的な廃棄こそ、新しいものを強力に進める唯一の方法である。(145頁)
  • 優先順位の決定に関しては、いくつかの重要な法則がある。それらの法則は、分析ではなく、勇気にかかわるものである。(1)過去でなく未来を選べ(2)問題ではなく機会に焦点を合わせよ(3)横並びではなく独自に方向を決めよ(4)無難で容易なものではなく、変革をもたらすものに照準を高く合わせよ。(150頁)

第6章 意思決定とは何か

 この章では、ベル・テレフォンのセオドア・ヴェイルとGMのアルフレッド・スローンのとった意思決定を解説してある。両者の共通点を探ることにより、意思決定のプロセスはいかにあるべきかを述べてある。

  • ヴェイルは、社長に就任するやただちに、「われわれの事業はサービスである」をベルの公約にした。(156頁)
  • スローンによれば、大企業にも、指揮の統一性と中央による統制が必要だった。(163頁)

第7章 成果をあげる意思決定とは

  • 意思決定のプロセスにおいて、他の選択肢を考えてあれば、次に頼るべきものとして、十分に考えたもの、検討済みのもの、理解済みのものをもつことができる。(207頁)
  • コンピュータの強みは、論理的な機会であることである。これに対し人間は、論理的ではない。知覚的である。(220頁)
  • コンピュータの出現が、意思決定に対する関心に火をつけることになった理由は実に多い。しかしそれは、コンピュータが意思決定を乗っ取るからではない。コンピュータが計算を乗っ取ることによって、組織の末端の人間までが、エグゼクティブとなり、成果をあげる意志決定を行わなければならなくなるからである。(228頁)

終章 成果をあげることを修得せよ

  • 本書は二つの前提にたっていた。
    (1)エグゼクティブの仕事は、成果をあげることである。
    (2)成果をあげることは修得できる。(230頁)
  • エグゼクティブの成果をあげる能力によってのみ、現代社会は、二つのニーズ、すなわち個人からの貢献を得るという組織のニーズと、自らの目的の達成のための道具として組織を使うというニーズを調和させることができる。(239頁)

 

11 チェンジ・リーダーの条件

ピーター F. ドラッカー 
上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版2000年9月28日

  初めて読むドラッカー【自己実現編】プロフェッショナルの条件に続く、初めて読むドラッカー3部作の第2弾。初めて読むドラッカー【マネジメント編】チェンジ・リーダーの条件−自ら変化をつくりだせ!−というのが日本語の題名となっている。英語の題名はTHE ESSENTIAL DRUCKER ON MANAGEMENT。

 組織論でよく、軍隊が引き合いに出されるが、それは次の理由に因るものらしい。
 大企業登場以前、大きな組織は軍隊しかなった。よって、大企業の創設者たちは、軍の指揮命令系統を組織構造の範とした。こうして、最上層の少数の者が命令し、最下層の大多数が従うという組織構造が出来あがった。

 

  • 政府が行政指導によって、企業その他の組織を誘導する時代は終わった。同時にグローバルな競争から産業や社会を守る時代も終わった。(@頁)

Part1 マネジメントとは何か

  • マネジメントとは、組織に特有の機関である。(6頁)
  • マネジメントの進化とその歴史、すなわちその成功と失敗の数々は、マネジメントとは、何にもまして、ものの考え方であることを教えている。(17頁)
  • 組織にとって、成果はつねに外部に存在する。企業の成果は顧客の満足であり、病院のそれは患者の治癒であり、学校のそれは生徒が何かを学び10年後にそれを使うことである。組織の内部には、コストが発生するにすぎない。(19頁)

Part2 マネジメントの課題

  • 現代社会においては、組織こそ、人間にとって生計の資を得、社会的な地位をもち、コミュニティの一員となり、自己実現と生きがいを得るための手段である。(25頁)
  • 企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである。(28頁)
  • イノベーションとは、既存の製品に新しい用途を見つけることでもある。イヌイットに食物の凍結防止用として冷蔵庫を売ることは、新しい工程の開発や、新しい製品の発明に劣らないイノベーションである。(31頁)
  • 「われわれの事業は何か」と真剣に問うべきなのは、むしろ成功しているときである。成功はつねに、その成功をもたらした行動を陳腐化する。新しい現実を作り出す。新しい問題を作り出す。「こうして幸せに暮らしました」と言って終わるのは、おとぎ話だけである。(35頁)
  • 必要なのは天才ではなく、勤勉さである。賢さではなく、問題意識である。(61頁)
  • マネジメントの能力を回復するには、取締役会を活性化しなければならない。それはCEOの責任である。(71頁)

Part3 マネジメントの責任

  • 年金基金の投資期間は、加入者が退職するまでの期間であって、三ヶ月や半年ではなく、平均15年である。(85頁)
  • 需給確定型年金基金は、概して運用成績がよくない。(86頁)
  • 年金基金は、保有する株式を売却できない。といってオーナー経営者にもなれない。にもかかわらず、企業の所有者である。(90頁)

Part4 マネジメントの基礎知識

  • 組織が危機に瀕したとき、その命運を決するのは明快な命令の有無である。船が沈没しかけているときに、会議を開く船長はいない。命令する。船を救うために、全員がその命令に従う。意見も参画も関係ない。危機にあっては、階層と服従が命綱である。(116頁)
  • 組織のなかでも、特に研究を要するのが、トップマネジメントである。(119頁)
  • マネジメントと起業家精神がコインの裏表であることは、そもそも初めから認識されてしかるべきだった。(133頁)
  • 実際問題として、特に知識労働に関しては、設備投資は、労働力の削減どころか増大をもたらす。(140頁)
  • 民間の企業では、異動や昇進をした者に対し、何を期待するかを明らかにし、その結果について体系的な評価を行うことがほとんどない。(153頁)
  • 1870年代に初めて現れた指揮命令を基本とする組織は、殻によって維持される有機体にたとえられる。これに対し、今日出現しつつある組織は、骨格、システム、関節としての情報を中心として設計される。(157頁)
  • 組織はチームをつくりあげ、一人ひとりの人間の働きを一つにまとめて共同の働きとする。組織に働く者は、共通の目標のために貢献する。彼らの働きは同じ方向に向けられ、その貢献は、隙間なく、摩擦なく、重複なく、一つの全体を生み出すよう統合される。(159頁)
  • 上司が言ったり行ったりすること、何気ない言葉、習慣、あるいは癖まで、部下にとっては、計算され意図された意味あるものと映る。(161頁)
  • 間違った人事をされてしまった者を、そのままにしておくことは温情ではない。意地悪である。(181頁)

Part5 起業家精神のマネジメント

  • 一般に受け入れられている予測というものは、実は、未来についての予測ではなく、最近起こったことについての報告であることが多い。(202頁)
  • 未来に何かを起こすには、勇気を必要とする。努力を必要とする。信念を必要とする。その場しのぎの仕事に身を任せていたのでは、未来はつくれない。目の前の仕事では足りない。(210頁)
  • (ベンチャー企業について)利益よりも、現金、資本、管理のほうが先である。(228頁)
  • 起業家戦略には四つある。総力戦略、ゲリラ戦略、ニッチ戦略、顧客創造戦略である。(241頁)
  • 創造的模倣戦略は、ある単純な理由から、ハイテク分野でもっとも有効に働く。すなわち、ハイテクのイノベーションを行う者は、市場志向であることがほとんどなく、技術志向、製品志向だからである。(248頁)
  • 専門技術戦略によって得られるニッチ市場には、ほかのあらゆる生態学的なニッチと同じように、時間的にも領域的にも限界がある。(258頁)

 

12 イノベーターの条件

ピーター F.ドラッカー

上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2000年12月14日

 ドラッカーの過去の著作から上田惇生さんとドラッカーが編集した初めて読むドラッカーシリーズの【社会編】イノベーターの条件、副題は「社会の絆をいかに創造するか」となっている。

 過去出版された【自己実現編】、【マネジメント編】と比べて、この【社会編】は、非常に重い内容となっている。政治の問題、教育の問題などがこの本の中心になっている。個人や企業の話ではなく、世界政治の問題となると、軽い気持ちでは読めない。

Part1 激動の転換期にある社会

 Part1の初めの1章、2章はそれぞれ1942年、1939年に書かれたものである。にもかかわらずファシズム、マルクス主義について、その失敗の理由を解説してある。ナチスドイツとソ連は健在だったのだが、それらが理想としていたものの達成は不可能であることを鋭く指摘してある。

 第2次大戦後、またはソ連崩壊後になってようやく世間で言われだしたようなことが、第2次大戦中に確信的に述べられている。その洞察力に恐ろしささえ感じてしまう。

  • ローマ皇帝史において、タキトゥスが明らかにしたように、いかに善良、賢明、正義の人であろうとも、制御も制限もない無責任で定義不能な権力をもたされるならば、きわめて短時間のうちに、専横で残虐、非人道的で放埓な存在、すなわち暴君となる。(10頁)
  • 軍国主義においては、国全体が一つの軍隊である。民間人はひとりもいない。腕に抱かれた赤ん坊さえ民間人ではない。(38頁)
  • ヒトラー、スターリン、毛沢東ら今世紀の悪の天才は、破壊はしたが、何も生み出さなかった。(46頁)
  • 今日、先進国のなかで食糧を大量に輸入しているのは日本だけである。(46頁)
  • すでに先進社会は、18、19世紀はもちろん、今世紀初めの社会と比べても、一人ひとりの人間にとってはるかに競争的な社会になっている。かつては、自分の生まれた階層から脱出する機会はなかった。ほとんどの人間が仕事も地位も父親の後を継いだ。(55頁)
  • 知識社会では、最大の投資は機会や道具ではない。知識労働者自身が所有する知識である。(58頁)
  • 知識社会の本質とは、まさに、一人ひとりの人間が住むところ、行うこと、さらには所属先が流動的であることである。(62頁)
  • 組織というものは、それ自身のために存在するのではない。それは手段である。それぞれ社会的な課題を担う社会のための機関である。生き物のように、自らの生存そのものを至上の目的とすることはできない。(72頁)
  • 責任には必ず権限が伴う。逆にいえば、権限のあるところに責任がある。(77頁)
  • 組織とそのマネジメントの力の基盤となりうるものは一つしかない。成果である。(84頁)
  • 起業家社会では、成人後も、新しいことを一度ならず勉強することが常識となる。(91頁)

Part2 断絶後の経済

 マクロ経済からグローバル経済への転換についての解説。

  • 日本は、絹と茶を中心とする一次産品の輸出によって経済発展した。ドイツは、電子、化学、光学という当時のハイテクにとびつくことによって経済発展した。アメリカは、日本のしたこととドイツのしたことの両方によって経済を発展させた。(116頁)

Part3 模索する政治

 第2次大戦以降の世界各国の政治思想についての解説。

  • ファシズムのルーツは、ダーウィンに始まる生物学的決定論にある。(135頁)
  • インフレは、年金に頼る退職者にとって最大の脅威である。(203頁)

Part4 問われる知識と教育

 19世紀までの知識は、ただの自己満足に過ぎなかった。教育の場でも、知識の応用などまったく考えずに、ただ教育されていた。しかし、今日、知識とは成果を挙げる為の手段に移行している。教育の場では、応用分野別に知識は組織されるようになった。また、知識は社会に適用され仕事に使われてはじめて意味を持つ。ということが書いてあった。

 応用分野別に知識が組織されるというのは、大学の学部、学科を見たとき、昔と比べて、表現は悪いが訳の分からない名前の学部学科が増えたということだろう。

  • 自己実現の能力とは積み重ねによるものである。(230頁)
  • 20世紀の大都市は、19世紀の偉大なイノベーション、すなわち、人を仕事の場に運ぶ能力によって実現された。汽車や電車、自転車や自動車が人を動かした。この20世紀型の大都市が、同じ20世紀に行われた偉大なイノベーション、すなわち仕事を人のいる場所に運ぶ能力によって大きく変えられる。これからは、人でなく思考や情報が動く。(240頁)
  • コンピュータは、17世紀末のドゥニ・パパンの時代に始まった物理的な世界という、分析的かつ概念的なプロセスの究極の表現だった。(244頁)
13 「経済人」の終わり

ピーター F.ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1997年5月29日

 1939年に初版が刊行されたTHE END OF ECONOMICMAN The Origins of Totalitarianism の新版。邦題『「経済人」の終わり−全体主義はなぜ生まれたか−』。『イノベーターの条件』の中にあった本書の一部を読んで、是非全体を読んでみようと思った。

 本書は、ドラッカーの若かりし頃の著書であり、文章のそこかしこに、血気盛んさを感じることができる。

 全体主義の崩壊を示した本書は、チャーチルに激賞されたという。

新版(1994年)への序文

  • 本書は、第二次大戦後、政治的に認知されていた二つの説に反していた。一つは、ナチズムはドイツ人の歴史、国民性など諸々のドイツ的特質に起因する「特殊ドイツ的」現象であるとする説。もう一つは、ナチズムは「資本主義最後のあがき」であるとするマルクス主義者の説だった。(A頁)

1969年版への序文

  • ヒトラーは、自分がヨーロッパによる世界帝国の実現にとって最後の機会であること、そしてまさに世界の政治の中心がヨーロッパを離れようとしていることを認識していた。(xvi頁)

はじめに

  • 本書は政治の本である。本書には一つの政治的目的がある。自由を脅かす全体主義に抵抗し、自由を守る意思を固めることである。(1頁)

第1章 反ファシズム陣営の幻想

 西側諸国のファシズム陣営に対する見方の甘さを指摘してある。一過性のものではない。対峙しなければならない存在であると。

  • 革命はすべて、人を日常の慣習から引きずりだし、凶悪な本能を解き放つ。野蛮性、残虐性、血生臭さは、あらゆる革命に共通する。(9頁)
  • ファシズムは、積極的な信条をもたず、専ら他の信条を攻撃し、排斥し、否定する。(14頁)
  • ファシズムは、理念や存在が相互に対立関係にあるとき、それらの双方を同時に否定する。(16頁)

第2章 大衆の絶望

 資本主義に取って代わると思われていたマルクス主義に対する信条の崩壊が、ヨーロッパでファシズムが台頭することとなった理由である。マルクス主義は、階級のない世界を実現できなかった、そして資本主義の中での単なる反対勢力に成り下がった。

  • マルクス主義の成功は、自由と平等のない資本主義に打ち勝ち、階級のない社会を実現できるかどうかにかかっていた。そして、まさにマルクス主義は、階級のない社会を実現できず、それどころか自由のない硬直的な階級をもたらさざるをえなかったがゆえ教義としての力を失った。(28頁)
  • 階級のない社会を確立することができなければ、社会主義の目的は、労働者の社会的、経済的地位の向上に限定されざるをえない。そうなれば、社会主義は労働組合主義へと変質する。(33頁)
  • まさに、人間を経済的動物(エコノミック・アニマル)とする概念が、完全に自由な経済活動を、あらゆる目的を実現するための手段としてみるブルジョア資本主義社会およびマルクス社会主義社会の基盤である。(48頁)

第3章 魔物たちの再来

 魔物とは、社会を支配する目に見えない不合理さのことであり、それらは第1次大戦と世界恐慌によって、ヨーロッパ人の知るところとなった。

  • 大衆は、世界に合理をもたらすことを約束してくれるのであれば、自由そのものを放棄してもよいと覚悟するにいたった。(81頁)
  • 大衆がファシズムとナチズムに群がり、ムッソリーニとヒトラーに身を投じたのは、それらが理性に反し、伝統を否定していたからである。(86頁)

第4章 キリスト教の失敗

  • 教会は、社会的領域においては、マルクス主義に似た役割しか果たすことができない。それは既存の秩序における鋭い批判者であるにとどまる。(114頁)

第5章 全体主義の奇跡 ―ドイツとイタリア

 過去の歴史の中で、ドイツとイタリアは国家統一のために血を流したが、イギリス、フランス等は民主主義獲得のために血を流した。そのことが、ドイツとイタリアが民主主義よりも、国家社会主義を選択した原因になるようだ。

  • ヒトラーもムッソリーニと同じように、既存の社会的、経済的秩序を政治目的に利用しようとした。彼は、その著『わが闘争』に見られるごくわずかな経済学的な記述のなかで、自由競争、民間主導、規制排除への並々ならぬ意気込みを開陳していた。(127頁)

第6章 ファシズムの脱経済社会

 この章に書かれていることが、全体主義の崩壊を予見している。資源を輸入し、製品を輸出するのであれば、外貨を獲得できる。しかし、軍国主義下にあっては、輸入した資源は、輸出不可能な軍事製品に変わる。外貨が獲得できなくなる。

 しかし、資本が軍事産業に投下されることが、直に不況を生み出すことはない。所得が、つまらないものに消費されるのと、軍事製品製造に使用されるのとでは、違いはあまりない、という理由による。

  • ドイツとイタリアの全体主義においては、個々の人間の位置づけと役割を、非経済的な満足、報酬、報奨によって規定している。(134頁)
  • ファシズムは、資本主義と社会主義のいずれをも無効と断定し、それら二つの主義を超えて、経済的要因に依らない社会の実現を追及する。(136頁)
  • あらゆる経済活動と社会活動を軍事体制下におくという軍国主義は、産業社会の形態を維持しつつ、社会に対し非経済的な基盤を与えるという、きわめて重要な社会的役割を果たしうる。しかも同時に、完全雇用をもたらし、失業という魔物を退治する役割を果たす。(145頁)
  • 軍国主義は、マルクス主義のいう資本主義における収奪者による労働者の完全な奴隷化と同じである。(148頁)
  • はるか先の経済的満足のために、今日犠牲を払うことなど、説得はおろか強制することもできない。(166頁)

第7章 奇跡か蜃気楼か

 ユダヤ人迫害に至った理由は、全体主義下においては、階級闘争以外で敵をつくらなければならなかったことにある。何かを否定することによって存在できる全体主義だが、ブルジョア階級を敵視すれば、マルクス主義と同一になるため、それに近い存在として、ユダヤ人が標的となった。そして、敵は常に存在していなければならないので、常にユダヤ人は憎むべき存在であり続ける必要があった。よって、反ユダヤ人政策は、とどまるところを知らず、、、というようなことが記してあった。
 しかし、1939年においては、ホロコーストなど全く予見できなかったようであり、最終解決と言う言葉が文章中に出てきたが、虐殺を意味してはなさそうだ。

  • 軍国主義による脱経済社会は、失業という名の魔物を退治することには成功した。しかしそれは、現代社会のもう一匹の魔物たる戦争を合理的で意義あるもの、望ましいものとして位置づけられなければ意味を失う。(186頁)
  • 人種的反ユダヤ主義の本当の原因は、当時のブルジョア階級をめぐる社会構造が、ユダヤ人を邪悪なブルジョア資本主義と自由主義の代表としてとらえることを、必然とまではいかなくとも、可能にしたことにある。(199頁)
  • ナチズムによるユダヤ人問題が「最終解決」に至ることはない。(207頁)
  • 自らを目的化し、かつ正当化する完全に集権化された組織は、計画書を聖とする。そこで、計画書が失敗すれば、すべて失敗する。(219頁)

第8章 未来

 ドイツはイギリスと同盟を結びたがっているのだが、結局はソ連と同盟し、西側と戦う、という結論にドラッカーは達しているようだが、明確に戦争になるとは言い切っていない。

 歴史を知る者から見れば、なんとでも言えるのだが。

14 産業人の未来

ピーター F.ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1998年6月18日

 1942年に出版された"The Future of Industrial Man"の新訳版。

 本書は、ドラッカーの著作のなかでも、最も面白く、最も知的興奮を覚えさせられる、と訳者あとがきにあるが、最後まで読んでも、そうは思わなかった。さすがに1942年の話になると、時代が違いすぎるのだろうか。私が、最も面白く、知的興奮を感じさせられたのは『断絶の時代』である。

  1. 産業社会のゆくえ

 産業社会について述べてあるのだが、意味がはっきり掴めない。ドラッカーの思想を述べてあるようなので、難解であった。

  • 事実そのものは意味をもたない。何も創造しない。何も解決しない。たんに存在するだけである。(5頁)
  • ファシズム全体主義とは、自由の放棄によって社会を機能させようとする試みである。(17頁)

第2章 機能する社会とは何か

  • ローマ皇帝の歴史において、タキトゥスが次々に明らかにしたように、いかに善良、賢明、正義の人間であっても、制御も制限もない無責任かつ定義不能な権力をもたされるならば、きわめて短時間のうちに、専横で残虐、非人道的で放埓な存在、すなわち暴君となる。(33頁)

第3章 19世紀の商業社会

 

  • 市場を完全に発達させた国がイギリスだった。そしてイギリスに、世界における社会的、経済的、文化的リーダーの地位を与え、19世紀を代表する国家にしたものが、その完成された商業社会だった。(55頁)

第4章 産業社会における権力の正統性

 権力はひとりひとりに存在するものであり、ということが述べてあった。

  • アメリカとヨーロッパの違いは、理念上の違いにあるのではない。(74頁)
  • シュンペーターは、民間の主導権を中心に据えている。企業家的マネジメントこそ、資本主義を正統なものとし、かつ動かすものとしている。資本は従属的な地位にあるにすぎない。(82頁)
  • 今日の経済は二つの部分からなる。一方は、工場、設備、機械、経営陣、労働者からなる実体であり、一方は有価証券、請求権、財産権からなるシンボル経済である。(84頁)
  • 正統な権力が少なくとも母国イタリアには存在しなかった時代において、マキャベリは、清廉、誠実、良心的な王よりも、悪人のほうが立派に統治できることを見抜いた。(86頁)
  • 現実には、今日の労働組合は、少なくともその内部構造に関しては、企業の経営陣よりもさらに非民主的である。株主がいつでも株式を売却できるのに対し、従業員は組合員としてとどまらなければならない。(102頁)

第5章 ナチズムの試みと失敗

 ナチズムの失敗は、全体主義の方向を平和ではなく戦争に向けた事にある。平和に向けていたら、ヨーロッパで全体主義は受け入れられ、自由のない社会が構築されたかもしれない。ということが書いてあった。

  • そもそもナチズムは、自由をもたらし、自由を守るふりをしない。ナチズムは、つねに自由の抹殺こそ望ましいとする。(117頁)
  • (ドイツにおいて)すでに産業社会に働く膨大な数の人々が、自由を捨てて奴隷になってもよいという気持ちになっていた。彼らが求めていたのは安定だった。(121頁)

第6章 自由な社会と自由な政府

 自由について、責任という視点から述べてある。

  • 自由とは解放ではない。責任である。(125頁)
  • 自由な社会とは、社会の中心領域が社会を構成する人びとの責任ある意志決定によって秩序だてられた社会のことである。(142頁)
  • 自由とは、不完全さと責任という人間の二元性を基盤とする。(143頁)

第7章 ルソーからヒトラーにいたる道

 ルソー、マルクス、ヒトラー等の思想について述べてある。理解しようとするのはなかなか難しい。

  • 理性主義は積極的な政治行動と無縁である。役にたつのは、反対するときだけである。(168頁)

第8章 1776年の保守革命

 1776年のアメリカ独立について解説してある。

第9章 改革の原理

 アメリカがどうあるべきか、という話が中心になっている。

  • 実のところ、戦争は建設的な政治行動にとって、絶好の機会である。(258頁)
  • 戦後における精神の荒廃こそ、自由にとって最大の脅威である。(259頁)
15 現代の経営 上

ピーター F.ドラッカー

ダイヤモンド社
初版1996年1月19日

 1954年に書かれた"The Practice of Management"の新訳版。上下2巻になっており、本書はその上巻。経営書として最も著名な古典であり、非常に多くの人に読まれているらしい。

 本書は、とにかく目標について述べてある。マネジメントは目標管理である、という記述はなかったかもしれないが、本書の内容を一言でいえばそうなると思う。

序論 マネジメントの本質

 オートメーションという言葉には、古さを感じてしまうが、技術の発展はより多くの技術者と経営管理者を必要とするようになる、という洞察はまさに現代の状況を的確に示している。

  • 卓越したマネジメントの能力と絶えざるマネジメントの改善のみが、われわれに進歩をもたらし、独善と自己満足と怠惰を回避させてくれる。(5頁)
  • 企業とは、その構成要素たる資源の総計よりも大きな、より優れたものを生むべき存在である。(16頁)
  • 人間にとって成長ないし発展とは、何に対して貢献すべきかを自らが決定できるようになることである。(17頁)
  • 企業は、業績をあげられなければ、従業員ではなく社長を代える。(18頁)
  • 事業のマネジメント、経営管理者のマネジメント、人と仕事のマネジメントという三つの機能は、それぞれ別個に分析し、研究し、評価することができる。(22頁)

第T部 事業をマネジメントする

  • 事業の目的として有効な定義はただ一つである。それは、顧客を創造することである。(48頁)
  • 企業には二つの基本的な機能が存在する。マーケティングとイノベーションである。(49頁)
  • 経済活動はその本質として、未来に焦点を合わせる。そして、未来について唯一確かなことは、その不確実性、すなわちリスクにある。(63頁)
  • サービスこそ、顧客の満足と愛顧を得るための最も容易にして最善の方法である。(98頁)
  • 事業が存続し、利益をあげるためには、目標と自己管理による方向づけ、経営管理者の仕事設計、組織の文化、マネジメントの組織構造、明日の経営管理者の育成に関して、目標を設定することが必要である。(120頁)
  • つまるところ、事業のマネジメントは、いかに経営学が健全であり、いかに経済分析が慎重であり、いかに諸々の手法が優れていたとしても、つねに人間的な要因に戻る。(140頁)

第U部 経営管理者をマネジメントする

  • ほとんどの企業において、経営管理者は最も高価な資源である。最も早く陳腐化する資源であって、最も補充を必要とする資源である。(164頁)
  • 経営管理者は、上司によってではなく、仕事の目標によって方向づけされなければならない。(207頁)
  • 昔から「ボトルネックはボトルのトップにある」という。(247頁)
  • あらゆる職業において、最高の仕事をする人たちとは、自らが訓練し育成した者たちを、あとに残す最も誇るべき記念碑と見る人たちである。(291頁)
16 現代の経営 下

ピーター F.ドラッカー

上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1996年2月16日

 『現代の経営』の下巻。

第V部 マネジメントの組織構造

  • 最悪の間違いは、ほとんどの場合、事業の成長、とくに事業の成功の結果生ずる。(7頁)
  • 最低の士気は、いかなる反対も許さず、すべての意思決定を自分で行おうとするワンマン社長によって経営される中小企業に見ることができる。(61頁)

第W部 人と仕事のマネジメント

 IBMを例にとり、人をどのようにマネジメントするかを説いてある。人は、仕事により、多くの技能を得ようとし、それを仕事に生かそうとする。仕事により成長した人は、その仕事に誇りを持つようになる。

  • 人には、他の資源にはない資質がある。すなはち、調整し、統合し、判断し、想像する能力である。(116頁)
  • 企業が働く人たちに対し、第一に要求すべきは、企業の目標に向けて進んで貢献することである。(122頁)
  • 学ぶ力は、年によって低下はしないことが明らかになっている。(124頁)
  • 「変化は進歩」であることが必要である。(125頁)
  • 人は多様な作業を行う能力をもたされるとき、仕事ぶりも仕事からの満足も向上することが認められている。(176頁)

第X部 経営管理者であることの意味

  • 行動の黄金律は、行ってはならない行動だけを規定する。(265頁)
  • いずれにしても経営管理者たる者は、今後、その機能やレベルにかかわらず、ますます戦略的な意思決定を行うようになる。直感による戦術的な意思決定の能力に依存することはできなくなる。(284頁)
  • つまるところ、いかなる一般教養を有し、マネジメントについていかなる専門教育を受けていようとも、経営管理者にとって決定的に重要なものは、教育や技能ではない。それは真摯さである。(298頁)
17 未来への決断

ピーター F.ドラッカー

上田惇夫、佐々木実智男、林正、田代正美訳

ダイヤモンド社
初版1995年9月7日

 "MANAGING IN A TIME OF GREAT CHANGE"の日本語訳。論文集であるが、一冊の本にまとめることを念頭に書かれたものであるので、前後のつながりに違和感は少ない。

 変化する未来に備え、その未来をつくり出すための決断を促すことが、本書の目的となっている。
 『ポスト資本主義社会』を参照、という内容が多かった。

  • 情報が権力に取って代わりつつある。(6頁)
  • もはや、職業やキャリアをこれまでのように考えることはやめなければならない。新しい課題を次から次へと引き受けていくのだというふうに考えなければならない。(10頁)

T部 マネジメント

 履歴書を書くならば、過去の経歴よりも、自分に何を期待できるか、ということを書かなければならない。

  • 体系的かつ意識的に廃棄を行わない限り、組織は次から次へと仕事に追われることになる。行ってはならないことや、もはや行うべきでないことに最高の資源を浪費することになる。(38頁)
  • 組織は、顧客志向ではなく、市場志向でなければならない。(40頁)
  • 必要なのは天才ではない。勤勉さである。(43頁)
  • 成功するイノベーションは、すでに生じている変化を利用する。(46頁)
  • この可能性を現実へと転化するには、企業の強みと能力を機会にマッチさせることが必要となる。(50頁)
  • 今後10年ないし15年後には、ほとんどの組織が、自らの組織にとって収益源でない支援的な業務、トップ・マネジメントへの道になっていない業務のすべてを外部委託するようになる。(80頁)

U部 情報型組織

  • イノベーションとは、ジョセフ・シュンペーターが言ったように創造的破壊である。(91頁)
  • 組織は社会やコミュニティや家族と異なり、目的に従って設計され、目的別に専門化した存在である。(99頁)
  • リーダー的な地位を得るためには、他者にはできないこと、あるいは少なくとも、他社にはかろうじてしかできないことが、容易にできなければならない。(149頁)

V部 経済

  • アメリカはサービス貿易で巨額の黒字をあげている。(168頁)
  • ケインジアン、マネタリスト、サプライサイド、新古典派のいずれのものであれ、経済を刺激するための政策が効果をあげた例はない。(175頁)
  • 政府による景気刺激策は、景気の循環的な回復過程と偶然に一致したときのみ成果をあげる。しかし、そのような偶然は稀である。(175頁)
  • すでに証拠が明確に示しているように、政府は経済の天気をコントロールすることはできない。(175頁)
  • 東アジアにおいて、日本市場向け製品を生産するために行った投資は、前述したように、日本の国内に失業をもたらすどころか、逆にきわめて多くの雇用を生み出した。(182頁)

W 社会

  • 知識労働者は、正規の教育によって仕事と職と社会的地位を得る。(260頁)
  • これからは、教育ある人間とは、いかに学ぶかを学んだ者、そして一生を通じて学び続ける者、とくに正規の教育によっていかに継続して学ぶかを学んだ者を指すことになる。(262頁)
  • 知識社会では、現実に適用される知識が基本となる。(264頁)
  • 知識社会では、成果をもたらすのは個人ではない。成果をもたらすのは組織である。(269頁)
18

マネジメント
【エッセンシャル版】

ピーター.F.ドラッカー、
上田惇夫訳

ダイヤモンド社
初版2001年12月13日

 1974年出版の"Managemant:Tasks, Responsibilities, Practices"の抄録を訳しなおしたもの。

 イノベーションとマーケティング、組織、成果、目標管理等について、第一人者の声が収録されている。
 他の著書に比べて、厳しい内容が多かったような気がした。

まえがき

  • 経営書のほとんどが、もっぱらマネジメントの仕事を扱っている。それらはマネジメントを内から見ている。これに対し、本書はマネジメントの使命、目的、役割から入る。(vii頁)

Part1 マネジメントの使命

  • 企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。(16頁)
  • 真のマーケティングは顧客からスタートする。すなわち現実、欲求、価値からスタートする。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う。(17頁)
  • 人にとって、働くことは重荷であるとともに本性である。呪いであるとともに祝福である。(59頁)
  • 一般に、働くことと働くものの歴史は、とりたてて幸福なものではなかった。しかし例外はあった。働くことが成果と自己実現を意味した時期や組織があった。その典型が、国家存亡のときだった。(67頁)
  • 家族的マネジメント、参加型マネジメントなどの自称万能薬を含め、これまでの理論のほとんどは、「権限」の組織化に焦点を合わせてきた。これに対して、日本企業、ツァイスのアッベ、IBMのワトソンは、働くことのマネジメントの基礎として「責任」の組織化を行った。(72頁)
  • 責任を持たせるために必要な保証とは、約束ではなく実行である。(77頁)
  • 組織の目的は、人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある。(80頁)

Part2 マネジメントの方法

  • あらゆるマネジャーに共通の仕事は5つである。@目標を設定する。A組織する。B動機づけとコミュニケーションを図る。C評価測定する。D人材を開発する。(129頁)
  • もっとも一般的なまちがいは、職務を狭く設計し、優れた者であっても成長できなくすることである。(131頁)
  • 組織には、人を間違った方向へ持っていく要因が4つある。すなわち、@技能の分化、A組織の階級化、B階層の分離、C報酬の意味づけである。(137頁)
  • 私が初めて目標管理を提唱して以来、この言葉はスローガンとさえなった。今日では文献も多い。講座、セミナー、映画さえある。目標管理を採用している組織は多い。しかし、自己管理を伴う目標管理を実現しているところは少ない。自己管理による目標管理は、スローガン、手法、方針に終わってはならない。原則としなければならない。(141頁)
  • 強みよりも弱みに目を向ける者をマネジャーに任命してはならない。(147頁)
  • コミュニケーションとは、@知覚であり、A期待であり、B要求であり、C情報ではない。(157頁)
  • 目標管理こそコミュニケーションの前提となる。(163頁)
  • 多くの場合、研究開発活動に間断なく評価を加えることも成果に悪い影響を与える。(169頁)
  • 管理の目的は情報収集ではなく行動である。(170頁)
  • 理想的な組織とは、会議なしに動く組織である。(195頁)
  • 人が過剰な組織では、成果は生まれず仕事ばかり増える。(196頁)

Part3 マネジメントの戦略

  • トップマネジメントに課される役割は、各種の能力、さらには各種の性格を必要とする。少なくとも4種類の性格が必要である。「考える人」「行動する人」「人間的な人」「表に立つ人」である。(225頁)
  • 技術系の人は、「うまくいかなくなりそうなものは、いずれうまくいかなくなる」というマーフィーの法則を口にする。だが事態が複雑な場合には、さらに第二の法則、ドラッカーの法則と呼ぶべきものが働く。すなわち、「何かがうまくいかなくなると、すべてがうまくいかなくなる。しかも同時に」(245頁)
  • イノベーションなる言葉は、技術用語ではない。経済用語であり社会用語である。(266頁)
19

ネクスト・ソサエティ

ピーター F. ドラッカー
上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版2002年5月23日

『Managing in the Next Society』の日本語訳。

 表紙の帯に「書き下ろし」とあったが、本書に掲載されている内容は、全て雑誌に掲載済みの論文やインタビューである。

■製造業の地位低下は新たな保護主義を生む。
 日本やドイツのように製造業が過剰雇用の国では特に、雇用を守るために製造業が政府から保護されるようになる。
 また、製造業の地位低下を防ぐために、製造業の従事者が少なくなるほど連携をとりあい、政府に圧力をかけるようになる、というようなことが書いてあった。

第T部 迫り来るネクスト・ソサエティ

  • いまから20年後あるいは25年後には、組織のために働く者の半数は、フルタイムどころかいかなる雇用関係にもない人たちとなる。特に高年者がそうなる。(4頁)
  • 国富の生計の担い手としての農業の地位の低下は、第2次大戦以前において、今日では想像すらできない保護主義をもたらした。(7頁)
  • 製造業の地位の変化が、新たな保護主義をもたらすことは間違いない。(8頁)
  • アメリカのこの20年を見ても明らかなように、人口は予想もしない方向に急激に変化する。(17頁)
  • 知識は専門化して、初めて有効となる。ということは、知識労働者は組織と関わりを持たざるをえないことを意味する。組織とは、多分野の知識労働者を糾合し、彼らの専門知識を共通の目標に向けて動員するための人の集合体である。(21頁)
  • 知識社会とは非階層の社会であって、上司と部下の社会ではない。(22頁)
  • テクノロジストは、仕事に身体を使っても、報酬は学校教育で得た知識によって決まる。(23頁)
  • 知識労働者には二つのものが不可欠である。その一つが、知識労働者としての知識を身につけるための学校教育である。もう一つが、その知識労働者としての知識を最新に保つための継続教育である。(24頁)
  • 仕事が生計の資だった肉体労働者と違い、知識労働者にとって仕事は生きがいである。(26頁)
  • 過剰雇用の成熟産業に金を注ぎ込む政策は害をなすだけである。それらの金は、一時解雇された高年者を助け、若年者を再教育し再雇用するために使わなければならない。(37頁)

第U部 IT社会のゆくえ

  • 今日IT革命は、産業革命における1820年代の段階にある。ジェームズ・ワットの蒸気機関が産業用として初めて綿紡績に使われた1785年から、およそ40年が経っていた。IT革命において、産業革命における蒸気機関に相当するものがコンピュータである。いずれも導火線であり、象徴だった。(72頁)
  • IBMやP&GのOBは古巣を懐かしむ。ところがマイクロソフトのOBは古巣を嫌う。(92頁)
  • 医療技術の進歩は平均寿命にほとんど寄与していない。平均寿命に寄与したのは労働環境の改善のほうである。(97頁)
  • はるか昔、私はプロフィットセンターなる言葉をつくった。いまではそれを恥ずかしく思う。(110頁)
  • GEのジャック・ウェルチは短期の業績を綿密にチェックしていた。ただし彼のいう短期とは半年ではなく三年だった。そして同時に、人事をはじめ長期的な視点からマネジメントしていた。知力戦略と呼んでもよいものだ。(134頁)

第V部 ビジネス・チャンス

  • アメリカでは、起業家精神とはアイデアのことだと思っている。イノベーションとは研究開発、つまり技術のことだと思っている。しかし、起業家精神とは体系的な作業であり、イノベーションとは技術よりも経済に関わることである。(153頁)
  • ウォーレン・バフェットは、会社の内容を知りたいときアナリストに聞かないといっていた。彼らは利益を問題にする。利益が問題なのではない。バフェットは銀行のローン・アナリストに聞くという。キャッシュフローを問題にするからである。(156頁)

第W部 社会か、経済か、

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P. F. ドラッカー経営論集

ピーター F. ドラッカー
上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1998年7月30日

 ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスに掲載された論文の中から13本を集めたもの。

  • 今世紀に登場した日本という経済大国は、いかなる技術分野でもパイオニアではなかった。日本の発展は、マネジメント上のリーダーシップによっていた。(1988年 24頁)
  • 会社の成果は、顧客の満足である。(1988年 38頁)
  • 組織は、つねにイノベーションをもたらすよう組織される。イノベーションとは、シュムペーターの言う創造的破壊である。(1992年 43頁)
  • 日本の会社では、製品開発をサッカー型のチームで行った。サッカー型チームでも機能別部門はそれぞれの仕事を行う。しかしそれらの部門は、最初の段階から一緒に仕事をする。そしてサッカーのチームがボールとともに動いていくように、機能別部門も仕事とともに動いていく。(1992年 61頁)
  • 日本でこの10年に最も成長した会社は、アメリカのセブン・イレブンやデニーズからライセンスを取得した小売りやレストランのチェーンである。(1984年 74頁)
  • シュムペーターが理解していたように、コンドラチェフの不況を無縁のものとするものは、抽象的な経済法則ではない。それは起業家のエネルギーである。(82頁)
  • そもそも政府に未知の分野について計画を立てられるはずがない。(1984年 83頁)
  • 知識労働者やサービス労働者は、自らが教えるときに、最もよく学ぶという事実がある。(1991年 123頁)
  • かつて会社は、ピラミッドのように永続することを目指してつくられた。今はテントにすぎない。(1993年 132頁)
  • 昇進のハシゴはなくなる。縄バシゴさえなくなる。あるものはツタである。そこで、これからは、ナタが必要になる。(1993年 132頁)
  • 私は管理者という言葉もあまり使いたくない。部下の存在を想定しているからだ。エグゼクティブという言葉を使いたい。支配ではなく、責任を意味しているからである。(1993年 147頁)
  • マーシャルやスローンは、要求は大きかったが、大事なことは仕事の能力だということを知っていた。必要な能力さえ秀でていれば、他のことは組織として補いようがある。(1985年 182頁)
  • すでに昔から知られているように、組織の中の人間というものは、他の者がどのように報われるかを見て、自らの態度と行動を決める。(1985年 188頁)
  • 予期せぬ成功や失敗は、イノベーションの機会として、優れて実り豊かである。なぜならば、競争相手が無視してくれ、あるいは敵視さえしてくれるからである。(1985年 194頁)
  • 工場は、最終段階から逆にたどって設計すべきものであり、大きな流れの一環としてかんりすべきものだった。(1990年 250頁)
  • 意思決定のための6つの手順
    (1)問題の分類
    (2)問題の明確化
    (3)目的の明確化
    (4)妥協策の峻別
    (5)実行の担保
    (6)解決策の有効性の検証(1967年 260頁)
  • (意思決定について)圧倒的に多く見られる間違いは、一般的な問題を特殊な問題の連続としてみてしまうことである。(1967年 263頁)

 

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見えざる革命

ピーター F. ドラッカー
上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版1996年11月28日

 1976年に旧版が出版され、改めて1996年に新版が出版されたThe Pension Fund Revolutionの新訳版。

 「年金が経済を支配する」というのが副題になっている。

 年金とインフレについて取り上げられている。

■インフレと未来のための費用(88頁)
 消費刺激はインフレをもたらす。とるべき施策はただひとつ。われわれの資源を消費ではなく、生産的な投資へ向ける。これはシュンペーターとマンデルは同じ結論に達している。しかしこれは、古典派、ケインズ派、シカゴ学派とは対立する。

■好不況の波(108頁)
 企業が、手元流動性、内部留保、投資余力を最も必要とするのは、景気の悪いときである。一国の経済にとっても、景気の悪いときに企業に利益をあげてもらいたい。景気回復の決め手となるものは企業の投資余力だからである。
 しかし、現在の年金基金のあり方は、この投資余力を奪う。しかも、投資を控えるべき景気の過熱しているときに投資を助長する。こうして、年金基金は好不況の波を増幅させる。

■成長の10年(154頁)
 成長の10年が来ると、成長は無限に続くと信じられる。しかも、つねに不況によって終わり、大量の滞貨を残す。成長の10年が終わるたびに、ゼロ成長に関するさまざまな予言が再び人気を得る。
 ところが、成長の10年のあとには、両大戦間の時代を例外として、必ず活気に満ちた経済成長が続く。あるいは始まる。
 ただし成長の10年は、その余波として、つねに経済の構造変化をもたらす。

■これからの成長(154頁)
 これからの成長は消費よりも投資を主役とする。

第1章 誰も気づかなかった革命

  • アメリカだけが、マルクス経済学にいう価値の源泉たる労働者が生産活動の成果を手にするという意味において、真の社会主義を実現した。(5頁)
  • 今日、年金基金が大企業の支配的な所有者へと発展した結果、法人税が、アメリカの労働者に対する懲罰的な課税と化す一方、所得の大きな不労所得者に対する補助金となっていることが理解されていない。(50頁)
  • 実際には、法人税の撤廃、少なくとも年金基金の所有に帰すべき法人所得に対する課税の撤廃こそ、最も効果的に所得の公平をもたらす。(51頁)
  • 人口構造の変化は、生産性と資本形成を大問題にする。人口構造の変化は、経済をインフレ圧力のもとに置き、ケインズ学派のいう「過剰貯蓄」ではなく「貯蓄不足」を経済の安定にとっての慢性的な脅威とする。(52頁)

第2章 年金問題に伴う問題

  • 長く働かせるための施策こそ、最も必要とされている。長く働く人に損をさせてはならない。褒賞を与えなければならない。(69頁)

第3章 社会的機関と社会的問題

  • 生産性とは、被用者からすれば汚い言葉である。しかし所有者からすれば、マネジメントに報酬を与える理由そのものである。(173頁)
  • イギリスや日本のように、将来の年金を政府の負担に頼る制度は、ほぼ確実に永続的なインフレを招く。(186頁)
  • 途上国は、主として労働集約的な仕事を引き受ける低賃金だからではない。労働力をもっているからである。(192頁)

第4章 政治的教訓と政治的課題

  • インフレは、将来に備えた拠出の価値を奪うだけではない。それは、現に働いている人たちの将来における年金の価値と意味を下落させ、将来のために現在の購買力を我慢する意志を損なう。(236頁)
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ドラッカー名言集
経営の哲学

ピーター F. ドラッカー著、上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2003年7月31日

DRUCKER SAYINGS ON MANAGEMENT by Peter F. Drucker

 本書は、ドラッカーの7000に及ぶ名言の中から、マネジメントに関するもの約200を精選したもの。選んだのは、編訳者の上田惇生氏。
 文章じたいは短いので、原文と日本語訳を併記してあればなお良かったのだが、英語版もいずれ出版されるとのことなので、買って読むことにしよう。

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 本書が出版されたとき、名言を抜き出しただけなので、買おうかどうか迷ったのだが、やはり買ってしまった。

■マネジメントにとって最大の責任は、組織の生存を確実にすることである。『乱気流時代の経営』(16頁)

■まずマネジメントが行うべきことは、自らの組織があげるべき成果を明確にすることである。これは、実際に取り組んでみれば明らかなように、最も難しく、最も重要な仕事である。『明日を支配するもの』(17頁)

■事業の定義の見直しに成功する人は、予期せぬ失敗を部下の無能や偶然のせいにしない。システムの欠陥の兆候と見る。予期せぬ成功を自らの手柄とせず、自らの前提に問題が生じていると見る。『未来への決断』(36頁)

■知っている仕事はやさしい。そのため、自らの知識や能力には特別の意味はなく、誰もがもっているに違いないと錯覚する。逆に、自らに難しいもの、不得手なものが大きく見える。『創造する経営者』(54頁)

■独占者がリーダーシップを失うのは、顧客に選択権が与えられていないからである。独占の顧客は、第二の供給者を待望する。出現してくれさえすれば、そこへ群がり集まる。『創造する経営者』(90頁)

■知識労働者の生産性を向上させる条件は、大きなものだけで六つある。仕事の目的を考えさせる。生産性向上の責任を負わせる。イノベーションを行わせる。継続して学ばせ教えさせる。量よりも質が問題であることを理解させる。彼らをコストではなく資産として遇する。『明日を支配するもの』(105頁)

■生産性向上のための最善の方法は、他人に教えさせることである。知識社会において生産性の向上をはかるには、組織そのものが学ぶ組織、教える組織とならなければならない。『ポスト資本主義社会』(110頁)

■目標は、自らが属する部門への貢献によって規定される。『マネジメント』(158頁)

■目標管理は、マネジメント全体の方向づけや仕事の一体性のためには不要としても、自己管理によるマネジメントのためには不可欠である。目標管理の最大の利点は、支配によるマネジメントを、自己管理によるマネジメントに代えることにある。『現代の経営』(160頁)

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ドラッカー名言集
仕事の哲学

ピーター F. ドラッカー著、上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2003年7月31日

 

DRUCKER SAYINGS ON INDIVIDUALS by Peter F. Drucker

 本書は、ドラッカーの名言の中から「社会的な存在としての一人ひとりの人間とその仕事」をテーマに約200を選んだもの。

■今日我々はまったく異質の、しかし同じように大きな革命の最中にある。知識が生産手段になったことである。(1頁)

■成功の鍵は責任である。自らに責任をもたせることである。『非営利組織の経営』(17頁)

■卓越するには特別の才能が必要である。だが成果をあげるには、人並みの能力があれば十分である。『経営者の条件』(35頁)

■貢献に焦点を合わせることが、仕事の内容、水準、影響において、あるいは上司、同僚、部下との関係において、さらには日常の業務において成果をあげる鍵である。『経営者の条件』(46頁)

■誰もが、自分の強みはよくわかっていると思う。しかし、たいていは間違っている。わかっているのは、せいぜい弱みである。『明日を支配するもの』(56頁)

■仕事上の役割として、意思決定者と補佐役のどちらのほうが成果をあげるかという問題がある。補佐役として最高でありながら、意思決定の重荷に耐えられない人が大勢いる。『明日を支配するもの』(64頁)

■最初の仕事はくじ引きである。最初から適した仕事につく確率は高くない。しかも、得るべきところを知り、向いた仕事に移れるようになるには数年を要する。『非営利組織の経営』(76頁)

■起業家として成功する者は、女神の口づけやアイデアのひらめきを待ってはいない。彼らは仕事をする。大穴は狙わない。『イノベーションと起業家精神』(95頁)

■組織の摩擦のほとんどは、たがいに相手の仕事、仕事のやり方、重視していること、目指していることを知らないことに起因する。問題は、たがいに聞きもせず、知らされもしないことにある。『明日を支配するもの』(116頁)

■優れたリーダーは強力な部下を求める。部下を前進させ、誇りとする。部下の失敗に最終的な責任をもつがゆえに、部下の成功を脅威とせず、自らの成功ととらえる。『未来企業』(139頁)

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ドラッカー名言集
変革の哲学

ピーター F. ドラッカー著、上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2003年8月28日

DRUCKER SAYINGS ON CHANGE by Peter F. Drucker

■実は、処女作『経済人の終わり』(1939年刊)から最近著『ネクスト・ソサエティ』(2002年刊)に至る私の全著作のテーマが、この継続と変革のバランスだった。(2頁)

■技術変化が劇的でない事業ほど、組織全体が硬直化しやすい。それだけに、イノベーションに力を入れることが必要である。『現代の経営』(20頁)

■イノベーションを行なう人たちは、小説の主人公のようではない。リスクを求めて飛び出すよりも、時間をかけてキャッシュフローを調べる。『イノベーションと起業家精神』(49頁)

■賢明な企業は、イノベーションのためのアイデアが見込みのないことが明らかになるまで、プロジェクトそのものではなく、プロジェクトたずさわる人とチームを支援する。『マネジメント・フロンティア』(84頁)

■イノベーションを未来のために行なってはならない。「25年後には、大勢の高齢者がこれを必要とするようになる」と言うのでは十分ではない。「これを必要とする高齢者はすでに大勢いる。25年後にはもっと大勢いる」と言えなければならない。『イノベーションと起業家精神』(101頁)

■変化はコントロールできない。できることは、その先頭に立つことだけである。『明日を支配するもの』(128頁)

■長いあいだ成功をおさめ、挑戦を受けたことのない支配的な地位の生産者や供給者は、傲慢になりがちである。新規参入者が現れても、取るに足らぬ素人と見る。そのくせ、その新規参入者が増大を続けても、対策を講じることができない。『イノベーションと起業家精神』(157頁)

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ドラッカー名言集
歴史の哲学

ピーター F. ドラッカー著、上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2003年10月2日

DRUCKER SAYINGS ON SOCIETY by Peter F. Drucker

 本書は、『新しい現実』からの引用が多かった。新訳版の出版を期待してます。

■組織とは、共通の目的のために働く専門家からなる人間集団である。社会、コミュニティ、家族などの伝統的な社会集団と異なり、組織は目的をもって設計され、形成される。『ポスト資本主義社会』(54頁)

■ケインズ的福祉国家の理論が正しければ、国家が金で困るはずがなかった。歳出が経済を刺激し、資本形成と税収は急上昇したはずだった。そのうえ、瞬く間に巨額の財政黒字が実現したはずだった。『未来への決断』(140頁)

■ケインジアン、マネタリスト、サプライサイド、新古典派のいずれのものであれ、景気刺激のための政策が効果をあげた例はない。政府による景気刺激は、景気の循環的な回復過程と一致したときのみ成果をあげる。そのような偶然は稀である。偶然の一致をもたらすための政策は、存在しない。『未来への決断』(164頁)

■アメリカの従業員は、賃金に加えて、年金基金を通じ産業の所有者としての利益を手にする。資本の所有者および供給者、資本市場の支配者となりつつある。アメリカだけが、マルクス経済学にいう「価値の源泉たる労働者が生産活動の成果を手にする」という意味において、真の社会主義の最終段階に達した。『見えざる革命』(198頁)

■問題は、資本市場における意思決定権が、企業家すなわち未来に投資する者の手から、受託者としての資産管理者、すなわち慎重の原則に従い過去に投資する者の手に移ったことにある。そこには、これから成長しようとする小さな若い事業を餓死させる危険がある。『見えざる革命』(201頁)

■大恐慌以来、失業は、現代社会に特有の最も危険な病とされてきた。高齢化社会では、失業に代わってインフレが、現代社会に特有の最も危険な病としての地位に座る。『見えざる革命』(203頁)

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未来企業

ピーター. F. ドラッカー
上田惇生+佐々木実智男+田代正美訳

ダイヤモンド社
初版1992年8月20日

MANAGING FOR THE FUTURE by Peter F. Drucker

 ハーバード・ビジネス・レビューやエコノミストに掲載された論文を一冊にまとめたもの。

 1990年前後に書かれた内容には、日本を礼賛するものが多かった。

序章

■ウィーン市場の崩壊後、10年を経ずして、ドイツの宰相オットー・フォン・ビスマルクが、国民健康保険と強制老齢年金保険を発明した。(4頁)

I部 経済

■偉大な世代の最後の生き残りと言うべきミルトン・フリードマンは、さらにケインズの答えを進めて、「それさえしなくてよい。貨幣供給量を確実に増やしさえすればよい」とした。サプライサイド派は、もっと単純だった。減税しさえすればよいとした。これ以上に素晴らしく気持ちよいことがあり得るだろうか。(35頁)

■「日本の成功の原因は何か」が、今日最も議論されている話題である。しかし、日本の資本コストに言及する人は、ほとんどいない。(81頁)

■世界中で、日本人ほど意思決定に優れた人々はいないのである。(94頁)

U部 人

■知識労働者とサービス労働者という、労働力において新たに支配的な存在となった人たちの生産性が、先進国の経営管理者にとって、今後数十年にわたって、その直面する最も大きなかつ最も難しい課題となる。(111頁)

■しかし、知識労働やサービス労働の生産性の向上をはかる場合に、まず問うべきは、「何が課題か。何を達成しようとしているか。なぜそれをするのか」でなければならない。(117頁)

■リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定めて、それを維持する者である。もちろん、妥協することもある。効果的なリーダーは、自分が世界の支配者ではないということを痛いほど知っている。(147頁)

V部 マネジメント

■結局のところ、昇進してゆく上司の部下になることが、成功のための最高の方法である。(199頁)

■上司を低く見るならば、上司はそれを見抜き、根にもつ。あるいは、あなたが上司の頭や知識を問題にしたのと同じように、今度は上司があなたの頭や知識を問題とし、あなたが無知で愚鈍で想像力に欠けると見るようになるに違いない。(203頁)

■アルフレッド・P・スローンは、1920年代から30年代にかけて、彼自身が実際に顧客に接することによって、GMを世界第一位のメーカーに作り上げた。(226頁)

■コスト削減には、仕事そのものをすっかり廃止してしまうことが、抜きん出て有効な方法である。しかもそれは、恒久的なコスト削減を実現してくれる唯一の方法であるかもしれない。(240頁)

■あらゆる仕事、あらゆる活動について、概ね3年ごとに、「本当にこれをする必要はあるか、それともやめるべきか」を問わなければならない。(244頁)

W 組織

■研究開発は、一つの活動からなるものではない。三つの活動からなる。改善、管理的進化、イノベーションである。この三つは相互補完的ではあるが、全く異質である。(347頁)

■「管理的進化」は、新しい製品やプロセス、サービスを利用して、さらに新しい製品やプロセスやサービスを生み出すことである。そのモットーは、「成功した新製品は、次の新製品の踏み台となる」というものである。(347頁)

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新しい現実

ピーター. F. ドラッカー
上田惇生、佐々木実智男訳

ダイヤモンド社
初版1989年7月13日

THE NEW REALITIES  In Government and Politics/ In Economics and Business/ In Society and World View  by Peter F. Drucker 1989

日本語版への序文

■貿易から投資へのこの移行もまた、すでに一世紀あるいはそれ以上の経験をもつ欧米諸国よりも、日本にとって重大な意味を持つ。(V頁)

【第1部】政治の現実

■もちろんスターリンは、晩年、精神状態が異常だった。しかし、1940年代後半におけるユダヤ人弾圧は、たんに偏執病によるものだけではなかった。政治の天才、スターリンは、その頃すでに、マルクス主義の失敗を自覚していた。彼は、瀕死の社会主義と、麻痺した党を活性化する道を反ユダヤ主義に求めた。(8頁)

■ウィーン市場崩壊の10年後の1883年から1888年にかけて、ドイツでは、宰相ビスマルクによって、国民健康保険制度と、老齢年金保険制度がつくられた。これが、社会保障という安全網を政府が提供する「福祉国家」のはしりだった。(9頁)

■むしろ自民党の政治と組織の構造は、1930年代のルーズベルトの民主党や、1920年代のカルビン・クーリッジの共和党にきわめてよく似ている。(32頁)

■第2次大戦後、軍備こそ、最大の成長産業だった。(62頁)

■軍備は、個々の戦闘を勝利にもっていくことはできても、戦争そのものの行方を決することはできない。しかも、核兵器、化学兵器、細菌兵器の時代では、自国を守ることもできない。そして戦争は、カール・フォン・クラウゼビッツのかの有名な言葉のような「他の手段をもってする政治の延長」ではなくなってしまった。それは政治の失敗を意味するにすぎなくなった。(64頁)

■その数年後の冷戦のおかげによって、IBMは、世界のコンピュータ市場において、主導的な地位を占めることができるようになった。すなわち、カナダの北極地帯における早期警戒システムの政府調達があったからこそ、IBMは、最初の実用コンピュータを大量に生産することができた。(68頁)

【第2部】政府と政治プロセス

■アダム・スミスは、政府なるものは、その本質からして、経済を運営することはできない、と言った。しかも下手に運営することさえできないと言ったのである。(82頁)

■フランスの社会党もまた、1988年首相の座を奪い返したとき、民営化の継続を約束した。そして事実、労働組合側の反対を押し切って、フランス最大の国営企業、自動車会社ルノーの民営化を決定した。(84頁)

■第2次大戦後の政府計画や政府活動のうち、最大の失敗を二つあげるならば、いずれもアメリカのものであって、いずれも膨大な資金を要したものである。一つは低所得者向け住宅であり、一つは社会福祉である。(96頁)

■イタリアの数理経済学者ウィル・パレートは、今日パレートの法則として知られているものをまとめた。彼は生涯におよぶ所得分配に関する研究の結果、政府による所得再配分は不可能であると結論した。(98頁)

■今世紀のはじめ、シカゴの衣料商ジュリアス・ローゼンワルドは、シアーズ・ローバックという赤字通信販売会社を買い取った。10年を経ずして同社は、世界で最大かつ収益最高の小売業に成長した。(127頁)

【第3部】経済、環境、経済学

■売上げは、市場への投資に対する見返りである。投資がなければ売上げはない。また、市場が成長し、あるいは変化しているとき、投資が増加しなければ、売上げはなくなる。(175頁)

■ミルトン・フリードマンやサプライ・サイダーは、ポストケインズ経済学であって、反ケインズ経済学ではない。(226頁)

■しかし、今日必要とされているモデルは、経済を一つの生態系、環境、形態としてとらえるものでなければならない。(226頁)

■企業家精神や発明やイノベーションは、経済をおそるべき短期間のうちに変えてしまう。したがって、主人はマクロ経済学ではなく、企業家精神や発明やイノベーションのほうである。(236頁)

■現代数学において、今日、もっとも急速に進歩しつつある分野が、複雑性の理論である。(239頁)

【第4部】新しい知識社会

■労働組合の凋落の最大の原因は、労働力の重心が、製造業の工業労働者から知識労働者に移行したことにある。(278頁)

■問題に目を奪われて機会を見失ってはならないことはマネジメントの原則である。(292頁)

■知識社会には、個人が奉仕を通じて、主人の役割を果たすことのできる場が必要である。(298頁)

■マネジメントは、まさに伝統的な意味におけるリベラルアート、一般教養である。(335頁)

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実践する経営者

ピーター F. ドラッカー著、上田惇生編訳

ダイヤモンド社
初版2004年4月15日

Advice for Entrepreneurs by Peter F. Drucker

 ドラッカーの過去の著作、論文などから経営者への助言をまとめたもの。

■この100年間に、実に50倍という富の創出能力の増加分のほとんどが、レジャー、医療、教育の分野に回された。では、これらは今後も成長分野としての役割を続けるか。レジャーについては、ほぼ確実にノーである。医療も、可処分所得に占める割合は、高齢者の増加と医療の進歩にもかかわらず頭打ちになるおそれがある。しかし、教育は成長を続ける。特に成人教育が成長する。教育は労働集約的な産業から資本集約的な産業へと変わる。(20頁1992年)

■成長戦略は、市場、人口、経済、社会、技術に注目し、予期される変化とその方向性を知らなければならない。「すでに起こった変化のうち、長期的なインパクトをもつのは何か」を検討しなければならない。(27頁1979年)

■ウォルマートの成功は、小売の定義を販売から商品移動に変えたことによっていた。そのため、リアルタイムの情報にもとづき、工場から店舗フロアまでの全プロセスを統合することができるようになった。(92頁1993年)

■イノベーションに優れた会社は、イノベーションがアイデアから始まることを知っている。アイデアは赤ん坊に似ている。小さく未熟で、形も定まらない。有望ではあるが、実績はない。(103頁1982年)

■イノベーションに優れた会社は、イノベーションの成果を投資収益率(ROI)の枠外に置く。(107頁1982年)

■知識労働者の生産性と自己実現を向上させる方法:責任を持たせる、貢献を自ら評価させる。(118〜120頁1975年)

■知識労働者をマネジメントするということは、貢献に焦点を合わせさせることである。(119頁1975年)

■知識労働者は、自己実現できなければ疎外される。(123頁)

■やがて経営陣に昇進する可能性のない仕事は、すべてアウトソーシングが普通となる。(125頁1989年)

■まったく行うべきでないことを、より効果的に行おうとすることほど非生産的なことはない。(131頁1989年)

■計画とは、今日の資源を明日のために使うためのプロセスである。(163頁1988年)

■リーダーシップは、平凡で退屈なものである。その本質は、行動にある。(197頁)

■リーダーとは、目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する者である。(199頁1988年)

■リーダーシップは、賢さに支えられるものではなく、真摯さに支えられるもの。(201頁1988年)

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企業とは何か

ピーター F. ドラッカー著、
上田惇生訳

ダイヤモンド社
初版2005年1月27日

CONCEPT OF THE CORPORATION by Peter F, Drucker 1993, 1946

既訳書に『会社という概念』(1966年)、『現代大企業論』(1966年)のふたつがある。

ドラッカーの書いた小説はともかくとして、『CONCEPT OF THE CORPORATION』は、主要著書で唯一日本語版に入手困難になっていたものだが、この度、上田惇生氏の手により、新訳が発刊された。

第T部 産業社会は成立するか

第1章 企業が基盤となる産業社会

■レッセフェールは、調和を重視することによって恐るべき活力をもたらした。(17頁)

第U部 事業体としての企業

第2章 事業を遂行するための組織

■大量生産工場に限らず、企業の経済的な機能と社会的な構造を規定するものは、人間組織である。(24頁)

■自らのマネジメントに天才やスーパーマンを必要とするようであっては、いかなる組織といえども存続はできない。ごく平均的な人間によるリーダーシップで十分なように組織されていなければならない。(26頁)

第3章 分権制の組織と原理

第4章 分権制をいかに機能させるか

第5章 社外パートナーとの連携

第6章 分権制はすべての答えか

■つまるところ組織にとっては、リーダーを育てることのほうが、製品を効率よく低コストで生産することよりも重要である。(115頁)

第V部 社会の代表的組織としての企業

第7章 個の尊厳と機会の平等

■機会の平等とは、往々にして誤解されるような、結果の完全平等ではない。(130頁)

●この実験(1920年代末、イリノイ州ホーソンのウエスタン・エレクトリックでの労働条件を意図的に悪化させた実験)が明らかにしたことが、働く者の満足を左右するものは、仕事の内容ではなく仕事の重要度への認識だということだった。仕事の定型度や単調さではなく、仕事の認知、意味、意義の欠落が問題だった。(143頁)

第8章 産業社会の中流階級

第9章 働く者の位置づけと役割

■大量生産の新展開に次いで働きかけを行うべき第二の分野が、働く者と製品との関係の見直しである。戦時生産に特有の愛国的な熱気とドラマ性に裏打ちされた製品への愛情に似たものを、平時生産においても生みださなければならない。(175頁)

第W部 産業社会の存在としての企業

第10章 企業の存続と社会の利益

■産業社会においては、人間組織だけが、社会の利益のために細心の注意をもって維持すべき生産要素である。(196頁)

■1920年代に急速な成長軌道に乗ったとき、GMの経営陣は市場の完全支配を目指さず、強力な競争相手が残ることのできるよう、自らのシェアを抑えることにした。それは、博愛的な善意や政治的な配慮のためでなく、自らのマネジメントと利益のためだった。(202頁)

第11章 生産活動の目的

第12章 完全雇用の可能性

■不況の原因について知るところは少なくとも、その治療については多くのことがわかっている。時間はかかったが、いまでは、慢性的失業とは生産資源の不完全利用と同義だということが明らかになっている。そして、このことがわかったからには、不況から脱するには生産することであることが明らかである。(245頁)

終章 成功を原因とする失敗 エピローグ(1983年)

●(本書の内容で)GMを怒らせたのは、経営政策というものは一時的なものでしかありえず、常に陳腐化の惧れがあるというこの考えそのものだった。(269頁)

■GMが本書の提言を無視したのに対し、日本の企業はそれを受け入れた。今日私は、日本の経済大国への道のりと競争力の向上に多大の貢献があったとされている。(274頁)

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ドラッカー 20世紀を生きて 
私の履歴書

ピーター・ドラッカー著、
牧野洋訳・解説

日本経済新聞社
初版2005年8月8日

MY PERSONAL HISTORY by Peter F. Drucker 2005

2005年2月に日経新聞に連載されたドラッカーの『私の履歴書』。

ドラッカーの父は度々シュンペーターを助けた、ドラッカーはヒトラーやゲッペルスに何度も直接取材をした、ロンドン時代にケインズの講義に出席した、ニューヨーク大学時代にハンガリーから逃れてきたアンドリュー・グローブの就職の世話をした、といったドラッカーの通常の著作では登場しないエピソードが満載であった。

■原稿の書き方
 まず手書きで全体像を描き、それをもとに口述で考えをテープに録音する。次にタイプライターで初稿を書く。通常は初稿と第二稿は捨て、第三稿で完成。要は、第三稿まで手書き、口述、タイプの繰り返しだ。これが一番速い。(18頁)

●ドラッカーの両親が開くホームパーティーの常連客には、シュンペーター、ハイエクがいた。(33頁)

●第二次大戦中、米国陸軍省のコンサルタントとしてパッカード・モーターの経営建て直しを担当した際、品質管理が分かる人間が必要だと思い、政府にいた統計学に詳しいエドワード・デミングを引き抜いた。これをきかっけにデミングはQCの世界へ入っていった。(101頁)

●私はよく「経営者にとって完璧な秘密兵器があるとすれば、それは何ですか」と聞かれる。そんな時は「アルフレッド・スローンの補聴器です」と答えることにしている。スローンが話をする時には補聴器のスイッチを切らなければならず、そのたびにとてつもなく大きな音が響き渡る。すると、部屋の中のだれもが話をやめ、彼は会議を牛耳れた。(107頁)

●マネジメントの発明者は誰かと聞かれたら、メアリー・パーカー・フォレットかアルビン・ドッドのどちらかと答える。(130頁)

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