読書録 中村修二     ホーム

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感想

1

考える力、やりぬく力、私の方法

中村修二

三笠書房
初版2001年2月25日

 著者の中村修二さんは、青色LEDの開発で有名な人。日亜化学という小さな会社で、世界各国の企業や研究機関が莫大な開発費を注ぎ込んでもなし得なかった青色LEDの開発をやってのけた人である。さまざまな賞を受賞しており、西澤潤一さんも受賞しているモートン賞も中村さんは受賞されている。現在は、カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授である。

 本書を読むと、青色LEDの開発は決して偶然ではなく、長年の苦労と努力のたまものであることが伺える。徳島大学の大学院を出て、「なんでこんな会社来たんや」と言われつづけた日亜化学に入社し、少ない予算の中で、自分流のやり方で周りの声を気にせずに、ひたすら開発に取り組んで、世界を出し抜くような製品を世に送り出された。

 くる日もくる日も、装置の溶接ばかりやり、このまま人生が終わってしまうと思ったこともあったそうだ。

 表題にある「私の方法」とは、過去の文献に頼らない、装置は自作し自分で好きなように改造する、夜更かしはせず夜8時には帰宅する、というものだった。夜8時には帰宅する、ということが以外であった。年間360日働いていた、ということを先に聞いていたので、家にも帰らず開発に没頭していたと思っていたのだが、私生活は結構普通だったようだ。

  • 自分を信じて突き進む勇気さえあれば、成功は現実のものとなる。大きな成功はつい目と鼻の先に転がっているのだ。(20頁)
  • 「物を作ることが人生だ」と言った人がいるけれでも、本当にそのとおりだと思う。(67頁)
  • 私に言わせれば、営業や上司に言われたことをコツコツとひたすら研究し、しかもそれを製品化にまでこぎつているわけだから、売れないのは私の責任ではない。(97頁)
  • 日本は大手企業に入ることが、まるで人生の目的みたいになっている。ここで出世して、あわよくばサラリーマン社長になるのが夢ということなのだろうが、こういう状況だから、日本では世界に通用するようなベンチャー企業が育っていかないのだ。(226頁)  
2 怒りのブレイクスルー

中村修二

集英社
初版2001年4月10日

 青色LEDの開発で有名な中村修二氏の2冊目の著書。本書では、青色LEDの開発手法について、前著の『考える力、やりぬく力、私の方法』よりも詳細に説明されている。また、かつて勤めていた日亜化学の社長との対立なども少しだけ書いてあった。日亜化学からは退職金を受け取っていないそうだ。

■理論物理学

 中村修二氏は本書の中で何度か、「本当は理論物理学をやりたかった」と述べられている。理論物理学を断念したのは高校の進路指導で「物理なんかやっても就職できない」と言われた事にあるそうだが、そのときのことを悔んでおられる。徳島大学工学部時代も朝永振一郎先生の本や、欧米の研究者の本を原著で読んだりしていたそうだ。

  • 成功のパターン「孤独と集中」(139頁)
  • メモをとらず、頭の中だけで考える。従って実験ノートもあまりないが、特許が実験ノートの代わりになっている。(150頁)
  • 明治維新後、日本はずっと先進諸国の「下請け」をしてきました。(217頁)
3

赤の発見 青の発見

西澤潤一、中村修二

白日社
初版2001年5月19日

 赤色LEDを開発した西澤先生と青色LEDを開発した中村先生の対談を『赤の発見 青の発見』という題名で一冊にまとめたもの。中村修二氏は、青色LEDだけが有名だが、西澤潤一氏は、LEDだけでなく他にもいろいろな発明品がある。きっと本書の題名に不満を持って怒りまくったに違いない。

 技術者同士の対談なので、話が専門的な内容となっている。物性科学、材料工学の知識がない人は、読んでいてパニックになることだろう。

■電子顕微鏡と光学顕微鏡
 開発にあたっては、電子顕微鏡よりも光学顕微鏡の方が役に立つ。光学顕微鏡とさっと見て、中まで分かるような勘を養うことが非常に大事なのだそうです。

  • 化合物半導体のマーケットは、1/4が電子デバイスで、3/4がオプトデバイス。(中村 140頁)
  • 私はよく「闘う」とか「喧嘩する」とか書かれてきたんですが、こっちから喧嘩しに行ったことはない。すべて、まわりから吹っかけられてきたもの。(220頁 西澤)

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