読書録 小和田哲男…静岡大学教授

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題名
初版発行日

感想
・印象的な内容(一部要約したものあり)

1

歴史に学ぶ
「乱世」の守りと攻め

小和田哲男

集英社文庫

 集英社文庫からでている「歴史に学ぶ」シリーズの第6弾。今回は静岡大学の小和田哲男先生が担当している。NHKの歴史番組でよく見かける小和田先生の今の肩書きは、静岡大学教育学部長となっている。てっきり文学部の人だと思っていた。小和田先生の教えを受けるためには、教育学部は行かなくてはならないようだ。

 毛利元就、上杉謙信、真田昌幸、北条氏、徳川家康を例にとり、生き残りの戦略、組織論について解説してある。上杉謙信について、直江津港を中心とした交易に重点をおいていたことを強調してあった。

  • (戦国時代)「七度浪人せざれば武士とは申せず」などという言葉があるくらい、浪人、再就職はあたりまえであった。(3頁)
  • (戦国時代)陸上輸送の面では太平洋岸の東海道が進んでいたが、海上輸送の面は日本海側のほうが進んでいた。(59頁)
  • 北条氏は、評定衆という有力家臣の合議制を採り、戦国大名としては民主的なルールを確立していた先進大名の一つであったが、最後の最後になって「小田原評定」という諺によって悪名を残してしまったことになる。(157頁)
  • (人材登用に関する家康の言葉)
    ややもすれば己が好みにひかれ、わがよしと思ふ方をよしと見るものなり。人には其長所のあれば、己が心を捨て、ただ人の長所をとれ。(208頁)

 

2

戦国10大合戦の謎

小和田哲男

PHP研究所
初版1995年3月24日

 厳島、桶狭間、川中島、三方ヶ原、長篠、山崎、賤ヶ岳、小田原、関ヶ原、大坂の陣について、小和田先生が解説されている。「作戦・陣立て・用兵―真実はこうだった」というのが副題になっている。

 厳島、桶狭間、長篠、関ヶ原については、僕もその地を訪れたことがあるので、本書の内容がよく理解できた。

3

この一冊で戦国武将101人がわかる!

小和田哲男

三笠書房 知的生きかた文庫

 ちょっとした武将列伝であるが、どちらかといと戦国武将の知られざる横顔に焦点をあてたものが多かった。福島正則が恐妻家であったといような面白い話も多くあった。

4

通勤電車で楽しむ日本史の本

小和田哲男

三笠書房 知的生きかた文庫

 源平から幕末までの出来事で注目すべきものを集めたもの。

 鉄砲伝来で有名な種子島が砂鉄の産地であったとは知らなかった。砂鉄がとれ、鍛冶職人も多くいたことが、鉄砲の製造につながった。

 静御前が頼朝と北条政子の前で歌った二首はいい歌なので覚えておこうと思うのだが、時が経つとついつい忘れてしまう。
 吉野山 みねの白雪 ふみわけて 入りに人の あとぞ悲しき
 賤や賤 しずの緒環 くりかへし 昔をいまに なすよしもがな

5

日本の歴史・合戦おもしろ話

小和田哲男

三笠書房 知的生きかた文庫

 合戦で傷ついた兵士の傷の手当ての仕方には驚いた。葦毛の馬の糞を煮て飲ませたたり、傷口に小便をひっかけたりと、怪我した上にこんな仕打ちに合わされるとは、死んだ方がましではないかと思ってしまう。

6

日本の歴史101の謎

小和田哲男

三笠書房 知的生きかた文庫

 縄文時代から太平洋戦争終結までの日本の歴史について101の謎について解説した本。

 江戸時代、銭湯は男女混浴だったのだが、寛政の改革で有名な松平定信はそれを中止しようとした。といってもどこの銭湯でも浴槽は一つしかなかったので、日にちで、今日は男湯の日、明日は女湯の日といようにしたのだが、女湯の日の方が少なかったため、我慢仕切れなくなった女性が男湯の日にも銭湯に通うようになり、結局男女混浴は江戸時代を通して保たれることとなったそうだ。

7 歴史おもしろかくれ話

小和田哲男

三笠書房知的生きかた文庫
文庫版初版
1990年12月10日

  静岡大学の小和田哲男が1984年に書いた『誤伝の日本史』の文庫版。

■よしもと
 「よしもとみたい」と関西で言えば、「面白い人」という意味になるが、愛知では「胴長短足」という意味になるそうだ。桶狭間で討たれた今川義元が馬にも乗れないくらい胴長短足だったことに由来するそうだが、本当だろうか。愛知の人に確かめてみたい。

■秀頼の娘
 豊臣秀頼の息子国松は、大阪夏の陣後に斬られたのだが、娘の方は、縁切寺として有名な鎌倉東慶寺にあずけられ、天秀尼として長命したようだ。

8

「人望」の研究

小和田哲男

ちくま新書
初版2001年8月20日

 戦国時代を中心に歴史上の人物を引き合いに出し、「人望」について研究した著書。

 歴史上、最も人望のあった人と言えば、やはり徳川家康に落ち着くようである。

 

 

 

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