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題名 |
感想 |
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歴史からの発想 停滞と拘束からいかに脱出するか
堺屋太一
日経ビジネス人文庫 文庫版初版 2004年3月1日 |
1983年にプレジデント社から出版されたものの文庫版。
■外国では、数ヶ月程度のものは「籠城」とはいわないのが普通である。少なくとも1年、一般には収穫期を2度以上過ごしたものを言う。フビライの元軍に包囲された襄陽は5年持ちこたえた。十字軍の城、アッコンは7年間、ペルシャのラムアッサール城は、17年間戦い続けた。
■組織論は「人材に頼らず組織を強化するための学問」(ベルギーナ)。(242頁) |
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鬼と人と 下巻
堺屋太一
PHP文庫 文庫版初版 1993年5月20日 |
一刻=2時間とずっと思ってましたが、真夜中を子の刻、日の出を卯の刻、真昼を午の刻、日没を酉の刻とするので、季節と昼夜によって一刻は長かったり、短かったりするということを本書で初めて知りました。 |
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鬼と人と 上巻
堺屋太一
PHP文庫 文庫版初版 1993年5月20日 |
1989年にPHPから出版されたものの文庫版。
信長と光秀の独白という形で話が進んでいく。心で思ったことを堺屋氏が文章にしている。
武田の恵林寺は、六角承禎をかくまっていたので、信長によって焼き討ちされたのですね。快川紹喜が火の中で言ったといわれる「心頭滅却すれば火もまた涼し」を聞いた信長が、火の中で誰がいったいその言葉を聞けるのか、聞けるわけないだろう、と心の中で思っていた。そりゃそうだ、と私も思った。 |
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日本の盛衰
堺屋太一
PHP新書 初版2002年10月29日 |
20世紀を振り返って日本の盛衰について述べた本。「盛衰」は「じょうすい」と読むんでしょう、「源平盛衰記」のように。
経済企画庁長官在任中と退任後は、あまりパッとした活躍がないように思える堺屋さん。 しかし、歴史を分かりやすく伝える表現力は、堺屋さんが一番。
知価革命とか知価社会という言葉は、堺屋さんの新しい読者である私も聞き飽きたんで、違う言葉を考えて下さいな。 『時代末』とか『大変な時代』というのがいいと思いますが。 「知価」などと言われると、インテリの時代かと思ってしまうので、「大風おこりて雲飛揚す」というような、麻のように乱れた社会に乗じてひたすら上昇してゆく、という感じの言葉をお願いします。
■建設国債 後に国有財産が残るからよい借金だと思われていたんですね。
■戦前の政治家 政治家は金に汚いとされていたので、軍人が頼りにされていた。 |
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あるべき明日
堺屋太一
PHP研究所 初版1998年8月5日 |
高度経済成長をもたらした規格大量生産型の社会を捨て、あるべき明日に向けて、いま何を決断すべきか述べた本。日本のかたちを説明するために、まず歴史の話からはじまり、次に他国と比較する。現代の日本を相対的に説明するために、「過去の日本」と「他国」を例に出す論法は、堺屋さんの本に多く見られる。
本書では、あるべき明日を造るためには「首都機能の移転」を決断することが最も良いことだ、といような結論に達している。堺屋さんがそのように言っているということは、小渕内閣も首都機能の移転に積極的だということになる。だから自民は都知事候補に明石さんを推し、思い通りに事を運ぼうとしたのだろうか。 首都機能移転と明治維新を重ね合わせると、幕府側が石原慎太郎で薩長土側が政府になると思う。慶喜公のように石原慎太郎は自ら首都を放棄することがありえるだろうか。
- 江戸時代は、効率を犠牲にしても安定を追及した。(36頁)
- 火縄銃を造りながら、そこにあるネジ釘を、船舶や建築に応用する発想は江戸時代を通じてついぞ起こらなかった。これがデッドコピーの弱みである。(48頁)
- 倫理には腐敗と退廃がある。腐敗とは、悪いと知りながら私利私欲や気の弱さのために悪事をやってしまうことであり、退廃とは何が正しいか分からなくなることだ。権力をもつ組織が陥る罪悪としては倫理の退廃の方がはるかに恐ろしい。「一億玉砕」を真剣に言った戦争末期の軍人たちは完全に退廃していた。(61頁)
- 社会主義とは、善良にして有能な官僚が定める最適規格によって大量生産をすれば、最小の資源で最大の生産ができるはずだ、という発想から生まれた体制である。(65頁)
- どうして、これほど苛立たしい事ばかり起こるのか。その意味することをひとことで表現すれば「近代」という時代が終った「時代末」の現象である。(181頁)
- 日本以外の国では転職は一般的であり、転職によってその人の経歴にキズがつくようなことはない。実は戦前の日本もそうだった。これからもそうなるだろう。(206頁)
- 「土地余り、人不足」の「文化」を確立するためにも、首都機能を過密な東京から空間豊かな適地に移すことが望ましい。(240頁)
- 「組織の盛衰」で著した立派な組織が死に至る三つの病、@機能組織の共同体化、A環境への過剰適応、B成功体験への埋没。(267頁)
- 今、この病み疲れた日本の形と気持ちを一新するためには、首都機能の移転に優る施策はない。官僚機能が、この巨大な東京を離れて小都市に移ることこそ、「官主文化」から脱却する最も確実な道である。それは同時に、土地多消費人手節約的な文化を創ることにもなるだろう。(287頁)
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都会国・日本像
堺屋太一
PHP文庫 |
1994年に出版されたものの文庫版。都会国というテーマで、堺屋さんが自説を語ったもの。日本における都会の成り立ち、他国の都会との比較、そして、日本が都会国として今後どのように進むべきか述べてある。本書の内容も、官僚の統制をなくし自主競争社会をつくることが発展を約束する、という堺屋さんの考えに基づいている。
都会は若者の集まるところ、というのは間違いである。高度経済成長期に若者が集まっただけであり、やがて彼らが年をとり、都会が老人の町になってしまう。というようなことが書いてあった。これでは、町全体が老人ホームになってしまうではないか。
- 世間ではよく「大都市で上げた税収を地方に分配している」というが、「過去からの補助金」を含めて考えると、むしろ都会の方が有利な仕組みになっている。(61頁)
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組織の盛衰
堺屋太一
PHP文庫 |
1993年4月にPHP研究所より刊行されたものの文庫版。堺屋さんが「この本をかくのに長い時間をかけた」と言っているだけあって、本書で述べられている組織論には、説得力があり、そう簡単に覆されるものではないように思える。
- 軍人共同体と化した帝国陸海軍の機能低下をもたらした原因の第一は、やはり成功体験への埋没である。(59頁)
- 海軍はさらに悪い。常に艦隊決戦を前提とした作戦を立て、主力は戦艦だという思想からついぞ抜けられなかった。(60頁)
- 太平洋戦争の全期間を見れば、喪失した飛行機の数は、米軍一に対して日本軍二十以上にもなっている。日本軍が太平洋戦争で敗れたのは決して物量だけではない。(65頁)
- 組織に属する個人が優秀なら、その組織は優秀だと錯覚し易い。しかし、優秀な個人を集めた共同体化した機能組織ほど危険なものはない。旧帝国陸海軍の無残な敗北は、それを物語っている。(66頁)
- 近代において、参謀の地位を確立した最初の組織はプロイセン陸軍、のちのドイツ参謀本部である。ここには、参謀の人事評価について注目すべき基準があった。まず各人の評価を「能力」と「意欲」に分け、参謀として最も要職につけるべき人材は、「能力大にして意欲小」なる者、次は「能力・意欲共に大」なる者、第三は「能力・意欲共に小」なる者とし、絶対に要職に付けてはならないのは、「能力小にして意欲大」なる者としている。(153頁)
- 文部省、厚生省、警察の三つは、消費者側の意見を聞くことがないし、聞く必要もないと思っている。(173頁)
- 組織は成功体験には溺れ易いが、失敗には学び難い。(207頁)
- 何故に「地位が人をつくる」のか。それは本人の自覚や修練、周囲の補助補完によるところもあるが、何よりも重要なのは地位が情報環境を決定することである。(258頁)
- 「三比主義」(「前年比」「他社比」「予算比」)のより重大な欠陥は、量だけでノルマを課すため質の悪化を招くことである。(293頁)
- 人間の哀しさは、自分が本当にしたいことが分からない点にある。(325頁)
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歴史に学ぶ「勝者」の組織革命
堺屋太一
集英社文庫 |
乱世での織田信長、豊臣秀吉の組織作り、乱世から治世に移行するときの、島津、毛利、上杉の生き残り戦術、また封建社会打破のための高杉晋作の組織革命について、堺屋さんが持論を展開していく。
秀吉の周りには常に人が集まり、人材も豊富だったと思っていたのだが、どうやら、史上希な急成長を遂げた組織だけあって、常に人材不足に悩まされていたようだ。
- 名将とは、常に自軍の長所を活かし、敵軍の短所を衝く。凡将は、自軍の短所に不満を持ち、敵の長所に脅える。(52頁)
- 名将はまず味方の利点を知って策を練り、凡将は先に味方の欠点をみて脅える。(67頁)
- 徳川時代の初期、元禄までの100年間に土地開発や特産品産業が発達、商業が全国的に拡大した。この100年間に日本の人口は約2倍になり、国民総生産(GNP)は3倍になったとみられている。(220頁)
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未来への助走
堺屋太一
PHP研究所 初版1999年10月21日 |
堺屋さんが経済企画庁長官に就任してから、雑誌に掲載された文章や公演の原稿をまとめたもの。日本は明治維新、終戦に続く転換期を迎えている、という考えに基づき、堺屋さんは行動されている。古いシステムを壊し、新しく強い経済システムを作ることに邁進されていることがよく分かる。
- 万国博が系列をつくった。
- 人間が持っている四つ目の劣情、嫉妬だけは許してはいけません。社会の成功者を妬むという、人間の陥りやすい嫉妬に正義感を与えることで共産主義やナチズムは成り立っています。
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欣求楽市
堺屋太一
毎日新聞社 初版1998年3月20日 |
戦国時代と戦後50年を対比。信長の勢力拡大と高度経済成長を見事に照らし合わせている。これは非常に面白い。
戦国時代は乱世であったが、自由な時代であったことも事実であり、能力のある人間が力を発揮できる機会を与えられている時代であった。あのまま戦国時代が続いていれば、産業革命も日本で起こったのではないか、と記してある。確かにそうかもしれない。 |
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時代末 上・下
堺屋太一
講談社 初版 上 1998年11月27日 下 1998年11月27日 |
昭和の歴史を描き尽くした作品。すばらしい。堺屋太一さん乾坤の作品に違いない。
「昭和16年体制」という言葉が出てくる。製品の規格化、教育の画一化が昭和16年より進められ、戦時、終戦、経済成長期を経て今日に至っている。その結果、平等という精神を日本の場合、機会の平等ではなく、結果の平等においてしまった。
昭和16年以降の日本人は、自由競争を望まず、遅い人に合わせてみんな一緒に歩いていた。この方法は、右肩上がりの時代では、みんな豊になれるので有効だったが、そんな時代が終わり停滞社会となると、機能しなくなり、弊害が目立つようになる。いいときはみんないい、しかし、悪いときはみんな悪くなる、というとんでもない現象が時代末後の平成の世に現れている。 |
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日本を創った12人 上・下
堺屋太一
PHP新書 |
堺屋さんが選んだ日本を創った12人。聖徳太子から松下幸之助まで、時代を越えて選んである。
渋沢栄一さんも選ばれているのだが、なにやら、調整型の人間であり、談合体質を作り上げた人物として取り上げられている。僕の印象では、起業家渋沢栄一だったのだが、本書では、全く反対の人物のように書かれている。言われて見れば確かに、経営の表舞台に立たずに、影で支えていた渋沢さんを私利私欲の無かった人と捉えるのではなく、責任回避の立場を取りつづけた人と解釈しても間違いではないと思う。
機関車のように突進した岩崎弥太郎と、まわりを包み込むように進んでいった渋沢栄一のどちらが、資本主義にふさわしいかと言えば、岩崎弥太郎に違いないだろう。しかし、日本的なやり方を創った渋沢栄一の方が、当然その後の日本で尊敬の対象になっている。 |
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「大変」な時代
堺屋太一
講談社 初版1995年9月5日 |
政治・経済の55年体制が崩壊しているこの「大変」な時代について、常識破壊と競争を中心に堺屋さんが述べた本。この本が出版された1995年は、「景気は底を打った」という言葉が楽観的に信じられていた時期であったが、本書はそれに警鐘を鳴らす意味もあってか暗い話が多かった。
アメリカ式自由競争は「プロレス型」、日本式競争は「大相撲型」、ヨーロッパは「サッカー型」という例え話で、各国の競争に対する姿勢を分かり易く説明してあった。
- 多くの人々が「大変な時代になった」と思うのは、時代の「不連続感」があるからだろう。(15頁)
- 子どもが減れば、国民社会全体の教育負担は軽減する。(23頁)
- 情報関連のもっとも劇的な失敗例はハイビジョンだ。なぜかというと、ハイビジョンであれば他のテレビと違って格段におもしろいというソフトが発見できなかったからだ。(135頁)
- 日本の製造業の合理化とは、工場生産コストを国内流通コストに付け替えたもの。(188頁)
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歴史に学ぶ「変革期」の人と組織
堺屋太一
集英社文庫 |
本書は集英社から刊行された「歴史の群像」「日本を創った戦略集団」から再編されたもの。本書で述べられる変革期とは、成長期から停滞期へ、創業者から二代目へ、といった守成が大事となる時期である。元禄期の徳川綱吉と柳沢吉保の政治、忠臣蔵の人間学、明治から昭和において財産を守り抜いた芝川一族などが変革期にとった行動を学ぶべきものだとして紹介してある。
- 忠臣蔵が有名なのは、赤穂浪士たちの行動が日本人の典型だからではなく、非常に珍しいからである。徳川260年間に改易された大名は200家もあったのに、「主君のため」「お家のため」にと実力行使に出たのは、赤穂浅野家の場合だけだった。忠臣蔵的忠誠心の発揮率は、わずかに0.5パーセント。(152頁)
- 激しい変革期に対して巧妙に対応するのは難しい。だが、誰も驚き慌てるほどの大変革の中で、あえて動かぬことはそれ以上に難しい。(240頁)
- 見込んだ男を娘の婿養子として家業を継がせるのは、古くからの関西商家の伝統だ。このため関西では強い権力をもつ家付き娘が多く、それが社会全体の風潮にも影響して女性の力が強かった。(258頁)
- 苦言まことに余が病に当たる良薬、一時の齟齬は屈するに足らず。(260頁)
- 伝統を誇る大組織が衰亡する原因の中でも、最も多いのは「見切り」の悪さである。(264頁)
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「次」はこうなる
堺屋太一
講談社 初版1997年8月27日 |
日本の「次」について暗い話が集められている。少子化、官僚、平等主義を例にとり悪い話が延々と続く。他の著書にない悲観的な内容だった。
- 非確定論的なカオス理論が物理学の世界でさえ認められるようになったいまでは、個人の感情や主観がまちまちなのは当然であり、個人が個人が自分の主観を満足させることこそ意義がある、とされている。(31頁)
- 規格大量生産体制の重点が、1970年代に大量から規格に転換した結果、高コスト化が猛烈な勢いで進みだした。(43頁)
- 現在、日本には、世界の自動販売機の七割、世界の自動ドアの七割、そして世界の建設業の七割が集まっているという。(91頁)
- 若者が減少すると、未来を夢見て現在の苦労は厭わない山中鹿之助型人物は減少する。(133頁)
- だいたい公共事業の恐ろしいところは、いったん施設を建設したら、以後年々多額の維持管理費が必要となることだ。(139頁)
- 能力があって意欲のない人間ほど、生意気でいやなやつはいない。逆に能力がなくて意欲のある人間ほどかわいいものはない。(294頁)
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歴史からの発想
堺屋太一
新潮文庫 |
堺屋太一さんが1983年に書いたものの文庫版。戦国時代と昭和時代を照らし合わせる堺屋史観はこの当時からすでに完成されていたようだ。
大蔵省の役割について、予算を削除することしかできないあまり権限のない省庁だと書いてあった。 |