読書録 司馬遷 ホーム

No 題名 著者 出版 ■→そのまま引用  ●→抜粋、要約
1

史記1 本紀
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年4月6日

 小竹兄弟の翻訳による司馬遷の『史記』。単行本としては、昭和31年から32年にかけて出版された。
 
1巻には、五帝、夏、殷、周、秦、始皇、項羽、高祖、呂后、孝文、孝景、孝武それぞれの本紀が納められている。

 始皇本紀、項羽本紀、高祖本紀が見所。

●不死を願った始皇帝は、真人になりたいと思うようになり、自分自身のことを朕といわずに真人と言うようにした。(158頁)

●俚諺に「前事を忘れないのは、後事の戒め」とある。(181頁)

●項羽の軍は鴻門の下にあり、沛公の軍は覇上にいて、相去ること四十里であった。(213頁)

■太史項言う。わたしは周生(漢代の儒者)から、「舜の目は重瞠子(二つ瞳)」であり、「項羽も重瞠子」であったと聞いた。(234頁)

●高祖本紀での項羽の最後
 漢王は騎将灌嬰に追撃させて、項王を東城(安徽・定遠)で殺した。(266頁)

2

史記2 書・表
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年11月7日

 古来、「書」はとばして読む人が多かったらしいが、やはり私もそうしてしまった。
 「表」は太史公の文章の翻訳文のも載っており、「表」はなかった。戦後間もない頃に出版された本なので、表を載せることが難しかったか。

3

史記3 世家 上
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年9月7日

 「世家とは、爵禄を世襲する家柄、諸侯のたぐい」とのことだが、上巻は、主に戦国時代のそれぞれの国の史書となっている。

●周書に、『起たんと欲すれば、先んずるなかれ」とある。(278頁)

4

史記4 世家 下
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年10月5日

 下巻の前半は、上巻に続き国の史書となっているが、後半は、英雄の家柄について述べてある。

 相国蕭何、相国曹参、留侯張良、丞相陳平、絳侯周勃などの漢の名臣、そして、孔子や陳渉についての世家も見所。

●孔子のことばに、「三人が行動を共にすれば、かならずその中にわが師とすべき言動を見出すことができよう」とある。(113頁)

5

史記5 列伝 一
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年5月8日

 この『列伝 一』には、商から戦国時代までの人物の列伝が納められている。

 兵家の司馬穣苴、孫子、呉子、敵討ちに執念を燃やした伍子胥、権謀術数の蘇秦と張儀、中国史上最高の名将ではないかと私が思う白起、斉の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君、楚の春申君などの列伝が見所。

■そもそも事は秘密の保持によって成就し、言葉の漏洩によって失敗する。(26頁)

●司馬穣苴「将たる者は、陣中におるかぎり、君命でもきかないことがある」(34頁)

●孫武「わたくしは、すでに命を受けて、将となっています。将たる者は、陣中におるかぎり、君の命といえども、きかないことがあります」(37頁)

●孫臏「糸のもつれをとく者は、拳でたたかず、喧嘩を助ける者は、素手で打ったりはしません。急所を打ち虚をつき、形勢反転すれば、おのずからとけるものです。」(39頁)

■古語に言う、「よくおこなう者は、いまだかならずしも、よく言わず。よく言う者は、いまだかならずしも、よくおこなわず」と。(47頁)

●俗諺に『たとえ鶏口となるも、牛後となるなかれ』とある。(119頁 蘇秦列伝)

●易経に『狐、水を渉り、その尾を濡らす』とある。(280頁 春申君列伝)

●古語に、「断ずべきときに断ぜざれば、かえってその乱を受く」とあるが、これは春申君が朱英の言を用いなかったことをいうものであろうか。(292頁)

6

史記6 列伝 二
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年6月7日

  刺客列伝、淮陰侯列伝が見所。
7

史記7 列伝 三
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年7月6日

 匈奴列伝、衛青・霍去病の列伝が見所。

●驃騎将軍(霍去病)の率いる部衆は、いつも選ばれた精鋭であった。(231頁)

8

史記8 列伝 四
司馬遷
小竹文夫、小竹武夫訳
ちくま文庫
初版1995年8月6日

 大宛列伝、そして太史公自序が見所。

●漢と月氏の同盟のために、張騫が月氏へ向けて出発した時、一行は百余人いたが、十三年後、ただ二人だけが帰還できた。張騫が自ら足を踏み入れた国々は、大宛、大月氏、大夏、康居であり、その近隣の大国五、六カ国のことも伝聞し、天子のためにこれをつぶさに言上した。(114頁)

●孝経「孝は親に仕えるに始まり、君に仕えることに中し、身を立つるに終わる。名を後世にあげてもって父母の名を顕す。これ孝の大なるものなり」(274頁)

■太史公言う。わたしは黄帝より以来、太初年間にいたるまでのことを歴述し、百三十篇をもっておわることとする。(307頁)

やはり史記は素晴らしかった。

ホーム