読書録 陳舜臣

                                  ホーム

 陳舜臣さんの本の特徴は、他の人と異なった視点から描くように心がけてあることだと思います。特に辺境民族を野蛮な民族としてではなく、非常に文化的であり純粋な気質を持っている人たちとして描いています。

 

題名

感想

40

中国傑物伝

陳瞬臣

中公文庫
文庫版初版
1994年9月18日

 中国の16名の傑物について述べた本。

■呂不韋の愛妾を子楚に譲ったという話は、『戦国策』にはなく『史記』のみにみられる記述とのこと。(64頁)

■「相国」という官職は、呂不韋のためにつくられた。後に漢の蕭何や曹操などがこの官職に就いた。日本では、太政大臣の唐称として用いられ、平清盛が相国入道などと呼ばれた。(68頁)

■諸事は皆、先に(霍)光に関り白し、然る後に奏御せよ
 日本で天皇御覧の前にすべての奏文をみる摂政太政大臣を「関白」と称したのは、(漢の)宣帝のこのときの言葉による。(112頁)

■前漢の名君宣帝は、王道と覇道とをまじえるのが漢家のしきたりであると言った。王道とは儒家の理想主義であり、覇道とは法家の現実主義にほかならない。(123頁)

■三国時代の主役たち、魏の曹操もその参謀長の司馬仲達も、蜀の劉備もその丞相の諸葛孔明も、すべて「法家」系統の人であった。(126頁)

■科挙は隋の煬帝の大業二年(606)にはじまったといわれる。(174頁)

39

秦の始皇帝

陳瞬臣

文春文庫
文庫版初版
2003年8月10日

 秦の始皇帝について書いた随筆。

 一人称の朕が、始皇帝による皇帝独占の言葉となったことは知ってましたが、印象の璽も始皇帝によって、皇帝の印象だけを指すように決められたようですね。

■秦の成果主義(30頁)
 戦で首を三つとったら、三つ分階級が上がる。

■中国の製鉄法は、オリエントから伝わったのではなく、中国独自のものらしい。(34頁要約)

■徳をもって天下を治めるのが王道、力をもって天下を治めるのが覇道です。(39頁)

■坑儒は、なかったであろうというのが、現在、定説に近い考えになっています。(106頁)

■始皇帝は、やがて朕を使わなくなり、自分のことを真人というようになりました。(133頁)

38

山河在り 下

陳瞬臣

講談社文庫
文庫版初版
2002年11月15日

 関東大震災以来、緊張としばらくの緩和を繰り返した一齣を描いた作品の最終巻。

■張作霖と張学良と楊宇霆
 満洲に勢力を張っていた張作霖は、日本の傀儡に近い存在であったが、だんだん言うことを聞かなくなったので、関東軍参謀の河本大作が鉄道爆破で殺してしまった(1928年6月4日)。

 以前読んだ、児島襄著の『日中戦争』では、鉄道爆破は計画通りだが、張作霖の列車通過中に爆発したのは、全くの偶然だと書いてあった。

 というような理由で、張作霖を殺してはみたが、後の計画があった訳ではなかった。張作霖の後を継いだその子張学良は、反日姿勢をとるようになり、奉天軍の実力者で親日の楊宇霆を騙まし討ちにし、満洲を反日に染めていった。

■満洲事変
 中国では9.18事件と呼ぶ。1931年、日本軍が計画的に柳条湖で鉄道爆破し、中国がやったと称して兵を動かした。

■上海事変
 1932年1月28日勃発。日本海軍が満洲事変の陸軍に対抗して起こした事変。満洲事変と違い、日本は損害も多く、また中国蒋介石側も対共産作戦を優先させたかったので、3月2日に停戦となった。

37

山河在り 中

陳瞬臣

講談社文庫
文庫版初版
2002年11月15日

 辛亥革命以降の中国は、分裂状態であり、日本や英米が自分に有利となるようにいろいろな勢力を応援していた。いろいろな勢力がくっついたり、離れたり、味方になったり、敵になったりと、本書を読んだだけでは、完全に理解するのはできなかった。他の著書も読んで勉強しなければ。

 中国と欧米諸国は昭和時代になっても不平等条約を結んだままであり、明治の日本と同じだった。中国としては、かつての日本と同じ立場なので、味方になって欲しいと思っていたようだが、実際は欧米諸国以上に中国に対して、強い要求をするようになった。

36

山河在り 上

陳瞬臣

講談社文庫
文庫版初版
2002年11月15日

 陳瞬臣さんの著書には昭和初期の日本とアジアを描いた『残糸の曲』というのがありますが、本書も同じ時代を描いたものです。

 関東大震災から、満洲事変、上海事変を留学生の温世航を主人公として描いてあります。
 
幕末、明治初期を描いた島崎藤村の『夜明け前』と似た感じです。

■関東大震災
 震災は世界中で同情を集め、中国の反日学生でさえ、見舞金を集めて日本に送ってきた。(150頁)

35

万邦の賓客 中国歴史紀行

陳瞬臣

集英社文庫
文庫版初版
2001年8月25日

■発見された甲骨片によると
 
殷の紂王の時代、それまでと打って変わって、人の首を切って供え物にする習慣がなくなった。紂王は、後の世に伝えられているような悪逆な王ではなかった。(13頁)

■五胡十六国時代
 胡は差別的なので、最近の中国では「十六国時代」と呼ぶようになった。(24頁)

■安史の乱のころの広州
 北で起こった乱は、南にはほとんど影響を与えず、広州はずっと商売に励んでいた。(40頁)

■盗掘
 三国時代、魏は軍資金集めのために、専任の官職を設けて、盗掘をしていた。従って、魏の曹操や曹丕は、自分の墓を豪華にさせなかった。この時代から、墓は簡素化されていった。(55頁)

■中山王劉勝
 劉勝は、紀元前113年に死んだが、子供が120人いたと言われている。劉勝の死後270年たって生まれた劉備は、劉勝の末裔と称したが、たいしてありがたい血筋ではない。(74頁)

■ダライ・ラマ
 中国とチベットの関係では、歴代のダライ・ラマが複雑にからみあって、さらにイギリス、ロシア、アメリカの意思も入って、簡単には解決できそうにない、と本書を読んで思いました。

■中国人の口癖
 「われわれ黄帝の子孫は」。(288頁)

34

中国任侠伝

陳瞬臣

文春文庫
文庫版初版
1975年8月25日

 中国の春秋戦国時代の任侠伝を集めた短編集。始皇帝暗殺未遂で有名な荊軻などが取り上げられている。

33

中国畸人伝

 中国の変わり者の話を集めた短編集。畸人伝と言ってもさまざまであり、自由気ままに生きた人ばかりではなく、権力闘争から知恵を働かせて自分の身を守った王戎、人生の中でほんの数年間、集中的に遊びまくった杜牧など、一言では言い表せない人物の話が集められている。

32

随縁護花

 

26
31

小説十八史略
全六巻

講談社文庫

 中国の五帝の時代から、宋の滅亡までの壮大な物語。

 中国史の入門書として最適。

24
25

諸葛孔明
上・下

中公文庫

 通常の三国志では、三顧の礼から孔明が主役になるのだが、その孔明を生い立ちから追っていったのがこの小説。

22
23

耶律楚材
上・下

集英社文庫

 宋に生まれ元に仕えた耶律楚材。君主のためにもなり、民のためにもなった補佐役の生涯。

20
21

残糸の曲
上・下

朝日新聞社

 神戸生まれの華僑を主人公とし、昭和初期の日本とアジアについて描いてあります。陳舜臣さんの作品の中で一番好きです。

19

東眺西望

講談社文庫

 

18

中国詩人伝

講談社文庫

 

16
17

中国歴史の旅
上・下

集英社文庫

 

15

人物・日本史記

文春文庫

 短編集。山上憶良、坂上田村麻呂など。選ばれた人物をみると、渡来人であったりその子孫であったりする。舜臣さんと共通する部分を持った人たちです。

14

仙薬と鯨

中公文庫

 随筆集。

8
|
13

秘本三国志
全六巻

文春文庫

 陳需の三国志が元となっており、また、陳舜臣さん特有の辺境の民族にも光をあてる物語構成となっているので、三国志演義を基本とする吉川三国志等とは趣を異にしている。孟穫の扱いが他の三国志と全く違う。

6
7

曹操 上・下

陳舜臣

中央公論社
初版
上 1998年11月10日
下 1998年11月10日

 「秘本三国志」で講談本とは一線を画し、史書を基本に三国志を小説化した陳舜臣が、このたび曹操について後に加えられた悪名を排除し、彼の実像を描いたもの。「魏の曹一族」という題名で雑誌に連載されていたのだが、曹操が死んだところで、ひとまず筆を置き、単行本として出版された。続編も書く予定だそうだ。

 物語は曹操が歴史の表舞台に登場する前の、彼が24歳で頓丘県令を勤めていたときから始まる。通常の三国志では、乱世に颯爽と登場する曹操だが、本書では、自分の能力を持て余すひとりの青年として登場する。奸雄曹操ではなく、人間曹操が一貫して描かれている。

5

日本的 中国的

祥伝社ノン・ポシェット

 

1
|
4

チンギス・ハーンの一族 全四巻
1 草原の覇者
2 中原を征く
3 滄海への道
4 斜陽万里

陳舜臣

集英社文庫

 チンギス・ハーンからフビライ・ハーンまでの100年に及ぶモンゴルの興隆を陳舜臣が描いた作品。

 陳舜臣が描く歴史ものの特徴は、単なる軍記ものに終わらずに、民族、宗教についての記述が豊富な点にある。「秘本三国志」では、賽外民族そして、仏教伝来とネストリウス派キリスト教の伝来に焦点をあて、物語に組み込んでいた。この「チンギス・ハーンの一族」でも物語は、エルサレムでのイスラム教徒とキリスト教徒の話からはじまる。史上最大の世界帝国となったモンゴル帝国を描く上では、民族・宗教など世界史的視点をもたなければいけないようだ。世界史的視点が描かれているので、「元寇」の扱いは小さかった。

第1巻 草原の覇者

 モンゴル統一後のチンギス・ハーンのもと、モンゴル軍が一枚岩となって西へ東へ大遠征を繰り返す様が描かれている。

第2巻 中原を征く

 チンギス・ハーンの死と後継者問題が浮上するが、この2代目を巡っての争いは大きいものではなかった。帝国はさらなる拡大を続ける。

第3巻 滄海への道

 チンギス・ハーンの孫の代となり、帝国の版図もとてつもなく大きくなっているので、人名や地名が出てきても、よく理解できない。帝国内部にいた人も、きっと今どこでどういう戦いが繰り広げられているか、すべて把握することは難しかったのではなかろうか。

第4巻 斜陽万里

 元を相手にし宋王朝で孤軍奮闘する分天祥について多く書かれている。フビライ・ハーン死後、帝国は急速に終焉を迎えるが、その様はあまり詳しく描かれいない。「チンギス・ハーンの一族」は、モンゴルが力強いうちに幕を下ろすほうがふさわしい、とあとがきにある。

ホーム