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題名 |
感想 |
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沈まぬ太陽(一) アフリカ篇・上
山崎豊子
新潮社 初版1999年6月25日 |
いろいろ話題を呼んだ「沈まぬ太陽」の第1巻。
1960年代からこの物語ははじまる。その時代を生きていない僕にとっては、高度成長期の日本は夢と希望にあふれていたと思ってしまうのだが、すべてがそうだったわけではないようだ。所得倍増計画という景気のいい話が労使間の紛争に火をつけていたと、この本を読んで初めて気付いた。 |
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2 |
沈まぬ太陽(二) アフリカ篇・下
山崎豊子
新潮社 初版1999年6月25日 |
この「沈まぬ太陽」は近くの図書館で借りて読んでいるのだが、2巻がずっと貸し出し中だったので、1巻を読んで2巻を読むのに1ヶ月以上間があいてしまった。
1巻では主人公恩地が組合委員長として正義感を発揮し、経営陣の怒りを買い、どんどん不幸になっていくのだが、2巻では、落ちるところまで落とされているので、似た境遇の人たちのふれあいなどが描かれている。アフリカで孤独に過ごす日本人どうしの触れ合いには、何がしかあこがれのようなものを感じてしまう。苦難を分かち合える人がいることははたから見れば、結構幸せそうに見える。 |
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3 |
沈まぬ太陽(三) 御巣鷹山篇
山崎豊子
新潮社 初版1999年7月30日 |
1985年の日航機墜落事故について記されている。御巣鷹山の惨状は、写真や映像ではとても直視できそうにない。"墜落の衝撃により、シートベルトで腹が裂かれ、頭部は前の座席に激突し砕けた" 今まで、軍記もの、戦争ものなど今まで多くの本を読んできたが、御巣鷹山ほど悲惨な場面はなかった。 |
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4 |
沈まぬ太陽(四) 会長室篇・上
山崎豊子
新潮社 初版1999年8月25日 |
4巻では、国民航空を立て直すために、首相の命を受け国民航空に乗り込んできた国見会長が主人公となる。
小説という形をとってある特定の企業の実態を暴くということには、確かに賛否両論あるだろう。取締役の愛人関係などもまことしやかに記されている。どこまでが真実なのだろうか。
この巻ではじめて「行天が仰天した」という表現が出てきた。 |
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沈まぬ太陽(五) 会長室篇・下
山崎豊子
新潮社 初版1999年9月10日 |
5巻は、日本航空の政治家との癒着や幹部の腐敗についてひたすら綴ってある。日本航空の幹部は悪人ばかりだと言わんばかりの書き方がされている。
小説として描かれていることから、善と悪の区別がはっきりしすぎており、真実を偏って表現されているように思える。ただ、著者はジャーナリストではなく小説家であり、また、虐げられていた人に代わって日本航空を懲らしめてやろうという気持ちで、「沈まぬ太陽」を書いたようなので、偏りがあるのは当然のことかもしれない。
あとがき
- 御巣鷹山事故のご遺族から、離断された無惨な遺体、遺体確認の地獄の苦しみ、突如として齎された大きな喪失感、電卓で生命の代価を算出される補償交渉の実際を伺うにつけ、御巣鷹山事故をこのまま風化させてはならない、事故の真相を書き留めて、無念の思いで亡くなられた520名の声なき声に報いるべきだと覚悟を新たにした。(306頁)
- 今回は非常に勇気と忍耐の要る仕事であったが、その許されざる不条理にたち向い、それを書き遺すことは、現在を生きる作家の使命だと思った。(308頁)
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大地の子 一
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年1月10日 |
この作品は、多数の関係者を取材し、小説的に構成したもので、登場する人物、関係機関なども、すべて事実に基いて再構成したフィクションである。
NHKドラマの『大地の子』は感動的な名作であった。いつか原作を読んでみようと思っていた。しかし、先に読んだ『沈まぬ太陽』の第5巻『会長室編』で山崎豊子に対して悪い印象を持ったりしたので、読んでなかった。 それでも昨年(2000年)12月の『大地の子』の再放送で再び感動がよみがえったので、遅れ馳せながら読むことにした。
冒頭に「この作品は、多数の関係者を取材し、小説的に構成したもので、登場する人物、関係機関なども、すべて事実に基いて再構成したフィクションである。」とあるように、残留日本人孤児は陸一心のように迫害を受けながら生きたに違いなく、また、一心の養父陸徳志のように、敵国の人間に対しても慈愛を持って接してくれた人もいたに違いない。 |
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大地の子 二
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年1月10日 |
終戦間際、関東軍は本土決戦に備え、日本に帰還を始めたが、満州開拓団は置き去りにされたままだった。ソ連参戦の時期には、関東軍のほとんどは撤退した後で、無防備な開拓団がただ南へ向けて逃避行を続けるだけであった。すでに第二次大戦は終わったのにも関わらず、ソ連からの攻撃を受け、虐殺、暴行、強姦、拉致などありとあらゆる災厄を開拓団が日本の戦争責任を償うかのように一身に受けた。 |
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大地の子 三
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年2月10日 |
中国残留日本人孤児のなかには、満足な教育を受けなかったため、自分が日本人である事を知らずに生きてきた人達は多くいたようであり、この小説では、陸一心こと松本勝男の妹あつ子がその象徴となっている。 |
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大地の子 四
山崎豊子
新潮文庫 文庫版初版 1994年2月10日 |
陸一心が日本の父の家を訪れた際、「仏壇の前に座った時、いままで味わったことのない心の安らぎを覚えた」とある。多くの中国残留日本人孤児の方々もきっとこのような気持ちを持たれたのではないだろうか。自分の出自からの解放、という気持ちは普通の日本人として生きてきた私にとっては、ただ推測するしかないが、それでもこの『大地の子』を読んで少しは気持ちが分かるようになった。
最後の三峡下りの父と子の対話の場面は、物語を締めくくるにふさわしい感動的な場面であった。
感動的な『大地の子』であるが、この本にも賛否両論があるようだ。 |
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