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のほほんエッセイ「トトロのいる教室」2

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前が見えない 謎の飛行物体 監督のひとりごと 望遠鏡 ハワイと万歩計 白いカエル
ザリガニ脱走事件 珍客 トトロの勲章 メダカの不思議 空の色 昆虫記

前が見えない

 その日は、朝から雨が降っていた。
テレビをつけると、大雨洪水警報が出始めていた。
今のうちに帰れば、何とかなるだろう。
職場を後にして、車を走らせる。
半分まで来た時、だんだん雨が強くなってきた。
ワイパーを一番早く動かした。
前が見えない。
前の車のブレーキ灯を頼りに走って帰った。
     
 雨の高速。
ここでも恐怖を味わった。
なぜか。

実は、ワイパーが故障していたのだ。
動かないワイパーなんてあっても何の役にも立たない。  
滝に打たれたような状態で、そのまま車を走らせた。
途中何回か、窓を開けて手で窓を拭こうとしたが、しょせん無駄だった。

 エアコンの調節を間違えたのだろう。
その日、新車が来て試し乗りをしていた。
ちょっと暑くなったので、エアコンをつけてみる。
突然、湯気が立ち込めた。
気がつくと、前が全く見えない。
これにはまいった。
すぐ手でさっさと水をふき取って(早業2,3秒)
その隙間から見える前を頼りに走って帰る。

 国道を走行中。

CDを聞きながら、軽快に走る。
しばらくして、前方に四角い物が落ちているのが見えた。
大きさにして、1mほど。
その正体は後でわかったのだが 、ただのダンボールだった。
この日は、風が強かった。
私は、比較的海に近いところに住んでいるので、別に何の問題もなかった。
「あ!」
声にならない。
いきなりダンボールが飛んできて、フロントガラスを覆ってしまったのだ。
すぐ停車して、ダンボールを取り除く。危ない危ない。

 自然のいたずら。 
自分は、子どもの頃いたずらばかりしていたっけ。
今ごろになって、天罰を食らっているのだろうか。 

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謎の飛行物体

  あれは、昭和63年の秋のことだった。
 いつものように車を走らせ、帰宅する途中のことだった。
 私の職場が、けっこう田舎にあったので、その道中はほとんど車の通りもなく、空も澄んでいた。
  いつものように右へハンドルを切った、まさにその時。
 目の前に、緑色をした物体が空の上からゆっくりと下に下りていった。
 「何だ!これは。」
 私は、車を止めてしばらく見入っていた。
 私には、ちょうどアポロのロケットのような形のものがさかさまに落ちていくように見えた。
 その物体までの距離がわからないのでなんとも言えないが、こちらからはタンカーぐらいの大き
 さに見えた。
 緑色をした船体。
 はっきりと目にすることができた。
 ・・・何かが墜落したのだろうか・・・そう思って、とりあえず、家に帰った。
 ニュースで何かがわかるだろうと思ったからだ。
  この謎の事件は、やはりニュースで取り上げられた。
 かなりの広い範囲で目撃者がいたようだ。
 しかし、別に問題にもされず、時が過ぎていった。
  こんな時、ビデオカメラがあったら、衝撃的な映像だったと思う。
 しかし、偶然でもビデオに撮影しているなんて、ありえないことだ。
 少々、残念な気持ちが残ったまま、今日に至っている。
 それにしても、あれはいったい何だったのだろうか。
 未だに疑問である。

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監督のひとりごと

  私は、バスケットボールの監督をしている。
 今年で12年になる。
 今まで、通算で500試合ほど戦ってきた。
 小学生対象なので、あまり無理はしないようにしてきた。
 それでも、うれしかったことは、全国も関東も各種の招待大会でも、子どもたちががんばって
 くれたので、すばらしい成績を残してくれたことだ。
  しかし、それも今では過去の栄光に過ぎない。
 今は、ちっぽけな街すらなかなか勝ち抜けない。
 違いは、練習量の差だ。
 今の私のチームは昨年全敗だったそうだ。
 だから、勝率5割を越したということは快挙なのかもしれない。
 プロ野球で勝率5割と言ったら、どれだか大変なものかは想像できるだろう。
 小学生とは言っても、勝負の世界はきびしいものなのである。
 就任1年目の阪神タイガースの野村監督の心境が少しはわかる。
 ただ、負ければ責任を取るというようなプロの世界ではないので、気持ちは救われる。 
 プライドを考えると、かなりのダメージが襲うので、私は「プライド」という言葉は捨て去った。
 そして、今はのんびりと指導にあたっている。
  私は、作戦で子どもを勝たせるのは大嫌いだ。
 あくまでも、基本が大事だと考えている。
 バスケットで、どう人間を育てるか・・・である。
 それでも、うれしいことに私のいたチームはすべての市で優勝した。
  
  職場が変わった今年。
 チームも変わった。
 さあ、この街ではどうだろうか。
 期待しながら、見守っているところだ。
  
  ところで、私は実はバスケットの経験が全くない。
 子どもには、いろいろ指示するが、私の弱点は次の言葉。
 「監督、やって見せてよ!」
 ・・・これは、私に言ってはいけない禁句なのだ。
 実は、ドリブルシュートさえできないのだ。
 (野球だったら、やって見せられるのに・・・。)
 
  では、何でチームがまずまずの成績をおさめてきたか。
 やる以上は、中途半端はいやだし、負けるのは嫌いだからだ。
 必死になって研究もした。(正直言って、逃げ出したかった。)
 最初は、ルールも全く知らなかった。
 「ファール」って、ボールが線の外に出ることだと思っていたほどだ。
 バスケットを知っている人だったら、どれだけひどいものかお分かりだろう。

 ・・・それが、今では12年目。
 よくやってきたものだ。
 少しは、自分をほめてやってもいいかな。
 意外と苦手なことでも、続けていくうちにけっこううまく行くものだ。
 私は、自分ができないから、できない人間のつらさがよくわかる。
 うまく行った時の喜びが、どれだけ大きいかもわかる。
 それが、私を支えているのだろう。
 実業団へ進んだ子。高校や大学で大活躍している子・・・。
 たまに、雑誌に教え子たちが登場することもある。
 こんな「ど素人」監督から巣立った教え子たちから、今も手紙が届く。
 指導者として、実にうれしいことだ。
 
 今年も、子どもたちに「感動の涙」を流させてやろうと思っている。

 
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 望遠鏡

  私は、星を見るのが趣味の一つになっている。
 と言っても、ただぼんやりと眺めているだけだが。
  中学生の頃、やたらと望遠鏡がほしかった。
 裕福な家庭ではなかったので、それはとんでもないことだった。
 だから、私は望遠鏡を自作した。
 最初は、虫眼鏡のレンズを使った。
 鏡筒は、ボール紙を丸めて作った。
 アイピースは、「科学」という雑誌の付録を使った。
 または、顕微鏡のを代用してみた。
 ところが、当然のことながら、単レンズだから色収差が激しく、まるでプリズムのようになって
 しまう。
 それでも月が視界に入った時はうれしかった。
 これは、実際よりかなり赤い月に見える。
 はっきりしたクレーターが見えるわけでもないが、感動したものだ。
 それ以来、レンズだけはお金をためて屈折経緯台の望遠鏡を自作していった。
 赤道儀なんて、私には高価すぎるものだったから。
 でも、既製品と違い、光軸を合わせるだけでも大変なものだ。
 何でもほしい物がすぐ手に入るような環境ではなかった。
 今こそ、タカハシ製(天文をしている人ならご存じだろう)のが1台手元にあるが、これだって
 もちろんローンだったし、買う時は本当に迷ったものだ。
  初めてこの望遠鏡で星を見た時の感動は、忘れない。
 虫眼鏡のそれとは、当然のことながら、比べ物にならない。
 土星のリングなんかは、実に見事。
 いくら、望遠鏡とは言っても、米粒ほどの大きさだ。
 何にも知らない人は、何メートル級の望遠鏡で露出時間を長くしたものやコンポジットした
 ものをごく普通だと思っているようだから、実際望遠鏡で眺めたら、がっかりするのだろうな。
 私は、あの虫眼鏡レンズがはじまりだったから、常に感動の日々だ。
 
  星雲・星団には、当然双眼鏡が向いている。ぼんやりとした様子がわかる。
 倍率もそんなに高くないほうがよい。
 さらに、私は地上用で野鳥の観察をすることがある。
 これが、また大変なのだ。
 釣りと一緒で、気の短い人には向いていないだろう。
 日頃、時間に追われる分、のんびりと過ごすのかも知れない。
 もう、望遠鏡を手作りすることはないだろう。
 でも、天文台なんかが作れたら楽しそうだ。
 まあ、これはしばらく先の話になりそうだ。

 
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ハワイと万歩計

  いつだったか、ハワイで万歩計をつけてみたことがある。
 ショッピングやら何やらで、果たしてどのぐらい歩くのか試してみたのである。
 もちろん、遠出をする時は別だが、ワイキキを中心にあちこち歩き回ると、私の場合はおよ
 そ2万歩ちょっと。バスやトローリーを使うほどの距離ではないので、歩いてしまう。 

  ちなみに、最高記録は3万歩ちょっと。
 その時の行動パターンは、次のとおりだ。
 実に健康的だ。午前中にダイヤモンドヘッドに登って、その後カハラモールへ向かう。
 すいているので、ゆったりと歩ける。
  それからいったんワイキキへ戻り、昼はワイキキからアラモアナ付近を散策しながら歩く。
 アラモアナビーチの木陰に腰をおろす。フードコートで買ってきたランチを食べる。
 少し水につかったら、また今度はダウンタウンへ。さすがに疲れたので、いったんトローリー
 でワイキキへもどり、部屋で一休み。そして、サンセットの頃からビーチを散策しながら食事
 へ。シェラトン・ワイキキのプールサイドで、ハワイアンの演奏を聞く。1時間ほど楽しんだら
 今度は、モアナ・サーフライダーへ。ここでは、カクテルを飲みながらピアノを聞く。
 それから、ワイキキの町をぶらぶらする。にぎやかな通りは、いつも活気があふれている。
 ショッピングしながら、ホテルに戻っていく
 部屋に戻った時、明日の朝食を買い忘れた事に気づく。
 再び、外へ。結局ABCストアで済ませてしまう。
 ・・・これで、この日の歩きは終了。3万2千歩なり。
 ハワイでは、けっこう予想以上に歩いているということがわかった。

 
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白いカエル

  10月も半ばに入った頃。
 いつものように、バスケットの指導に行こうと思って体育館の横を通り過ぎようとした。
 その時、何か白い物体が顔に飛んできた。
 「ピタ!」
 いったい何かと思って、手で払いのけたら、それは何とカエルだった。
 いきなりの奇襲攻撃。
 私は別にカエルは嫌いではないが、それはそれは驚いた。
 よく見たら、その正体は「真っ白な」カエルだった。
 体育館の壁と全く同じ色をしている。
 保護色なのだろうか。真っ白のカエルは初めて見たので、捕まえてしばらくビンの中に入れ
 て、観察してみた。
  別段、何も変わったことはなかった。
 大きさも、ちょうどアマガエルそのもの。
 ただ違うのは、色が真っ白というだけだ。
 珍しいので、子どもたちにも見せてやった。
 まさか、水槽で飼うわけにもいかないので、さっきの場所に逃がしてやった。
 
 
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ザリガニ脱走事件

  私は、小学校の教師をしている。
 昨年は、2年生の担任だった。
 生活科の活動の中で、「ザリガニ釣り」をした。
 幸い、自然の豊かな環境の中に学区があったので、ザリガニ釣りの穴場というところを調べ
 子どもたちを連れて行った。
 竹のさおに、1mほどの糸をつけて、その先にスルメイカをつけただけの簡単な道具。
 でも、つれるはつれるは・・・。
 結局1000匹ほどもつれたであろうか。
 前もって用意しておいた発泡スチロールのケース(スーパーや魚屋で使っているもの)に分けて
 廊下にずらりと並べた。
 当然、子どもたちは大喜び。
 即席水族館の始まりだ。
 あまりたくさんつれたので、何匹かずつを子どもに持たせて、飼うなり逃がすなりさせた。
 それでも、半端じゃない数のザリガニが残った。
 そこで、1年生を招待して、「ザリガニ集会」を開いた。
 大人から見たら、実にくだらないというかもしれないが、現代っ子はこうした自然の中での生活
 経験が少ないので、たっぷりと時間を取らせた。
 ところで、この「ザリガニ集会」だが、これはザリガニのことを調べて発表したり、1年生をお客
 さんに呼んで、ザリガニ釣りを体験してもらったリするものだ。
 当然ながら、1年生たちは大喜び。
 お世話をした2年生たちも満足そうな顔をしていた。
 自分たちの力でやり遂げた集会活動。
 ちびっこたちは、うれしそうに学校を後にして帰って行った。

  「きゃーーー!」
 朝、トイレの方から子どもの悲鳴が聞こえた。
 ・・その直後、子どもが息を切らせながら報告にきた。
 「どうしたの?」
 「あのね、トイレに入ったら、中にザリガニがいたの。」
 「え?うそ。」
 思わず耳を疑ったが、現場を見ると、いた、いた。
 でっかいアメリカザリガニが!
 廊下にある、ザリガニのケースからトイレまで10mほど離れている。
 夜の間にケースを脱走して水のある方(トイレ)をめざして動いていったようだ。
 ・・・ザリガニのやつ、よく水のある方向がわかったな。
 レーダーのような鋭い感覚を持っているのか。
 だが、トイレはやめとけよ、なあザリガニよ。
 しかしザリガニにとっても死活問題だったのだろうな。

  ところで、このザリガニたちは何と教室の中にも遊びにきた。
 いきなり、床でガサゴソ音がするものだから、びっくりした。

  ご存知と思うが、ザリガニは生ぐさい。
 だから毎日水を取りかえるのだが。
 その数日後、エビフライがおかずに出た。
 ・・・私は、なぜか食べる気がしなかった。
 
 ザリガニ・フィーバーが終わるのを待って、ザリガニたちを元の住処に戻すこととなった。  

 
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珍客

  その日、私は朝からぐあいが悪かった。
 頭痛がひどくて、我慢していた。
 昼食を取った後、床でゴロンと横になって休んでいた。
 何人かの子が、心配そうに様子を見に来てくれた。
 気のきいた女の子は、自分のハンカチをぬらして、額にのせてくれた。
 まだ、2年生の子どもとはいえ、私は大変心を打たれた。
 ・・・と、しばらく目をつぶったまま、2,30分横になっていた。
 「ピチャ、ピチャ!」
 ・・・確かにほっぺたをなめているやつがいる。
 「何だ?」
 まさか子どもではないとは思ったが、目を開けてびっくりした。
 どこから入ったのか、それは茶色い犬だった。
 いきなり顔の前にアップで目に映るものだから、びっくりしたの何の。
 
  そう、学校というところは、時にこういう珍客が現れるのだ。
 この前は、いきなりハトが飛び込んできた。
 オニヤンマやギンヤンマが入ってきた時には、大騒ぎ。
 スズメバチの時は、緊急避難したりもした。
 ザリガニというのもあった。
 そう言えば、いつだったか夜中に警備保障のアラームがなった。
 連絡を受けて、駆けつけてみれば、廊下をカニが散歩していたということもあった。
 
  珍客は、忘れた頃にやってくる。

  
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 トトロの勲章

  私は、いつも毎日外で子どもたちと遊んでいた。
 トイレに行く時も、入り口まで子どもたちがくっついてくる。
 その様子が「トトロ」のようだと言われたことがある。
 「先生!遊ぼうよ」
 低学年の子どもたちは、私を「トトロ」のように慕ってくれていた。
 だから、よほどのことがない限りは、休み時間は子どもたちと遊んであげるようにしていた。
 正直、ちょっとひと息入れたいな・・・とは思ったが、子どもたちの誘いに乗ってあげた。
 朝、職員室にいると、廊下のところでちょこんと待っていて、毎日迎えに来てくれた子ども
 たち。こんな私のことを慕ってくれるのだから、当然かわいくて仕方ない。
 全校一のにぎやかクラス。
 全校一のいたずらクラス。
 ・・・でも、いつも教室には笑いが絶えなかった。
 この1年間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。
 
  3月末。運命の時期。
 異動の時期がやってきてしまった。
  離任式の時、クラス代表の子が手紙を読むのが恒例となっている。
 当然、クラスの中でもしっかりした子が、大体その役をになう。
 一人の女の子が、「お別れの言葉(作文)」を読み始めた。
 何行めかで、突然この子は泣き始めた。
 しばらく、「シーン」とした中、この子のすすり泣く音だけをマイクが拾っていた。
 でも、この子は泣きながらでも、最後まで立派に作文を読んでくれた。
 「ありがとう」
 私は、それを言うのが精一杯だった。
 前を見ると、他の子もポタポタ涙をこぼしてくれていた。

 「毎日、学校が楽しい」
 子どもたちはそう言ってくれた。
 私もだよ!
 いつも前に後ろに子どもたちがぶら下がるので、私のトレーナーは首のところがみんな
 伸びてしまっている。
 それが、「トトロの勲章」だと思っている。

 
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メダカの不思議

  全国的に、メダカが減っているという。
 
自然環境の悪化が原因のようだが、意外なところにメダカは生息していた
 たいてい、こういう魚はきれいな水しか住まないのだと思っていた。
 私の街でメダカを探索してみたら、いたいた。
 最初、きれいな水のところばかりを重点的に探していたが、発見することはできなか
 った。
  もう、いないのかなあ。やはり環境汚染のせいなのか・・・とあきらめかけていた時
 偶然、よどんだ汚い色をした水路に光るものが見えた。
 「え?こんなところに?」
  目を疑ったが、明らかにメダカだった。
 さっそく捕まえて、今では水槽の中で悠々と泳ぎ、産卵を繰り返している。
 大体、あんな汚い水の中で生きながらえてきたのだから、店で買ってきたものよりも
 丈夫だ。
  小学校では、5年生がメダカの学習をする。
 買うと、1匹50円はする。
 以前50匹買って、飼育をしてみたが、半年も経たずに結局3匹になってしまったこと
 があった。(今回は、お金をかけないですんだ。)それにしても、このメダカたちは、ず
 いぶんとたくましい。
 結局、ほとんどその数を減らさずに、今でも元気に泳ぎ回っている。

 
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空の色

  水彩絵の具で、パレットの上にいろいろな色を少しずつ出して混ぜると時にきれい
 な色に出会うことがある。
 思いがけない色の組合わせで、不思議な色ができるものである。
  まさに、ハワイの空の色は「青」一色ではおさまらない。
 昼間の高く明るい空の色は、日本のそれよりも鮮やかだ。
 でも、もっと変化に富んで、その表情を変えるのが、夜明けであり、夕方でもある。
 夜明けの空の色を感じたくて、ワイキキの東側(ダイヤモンドヘッド方面)を眺めて
 みると、真夜中の黒い世界からだんだんとむらさきの世界、赤い世界へと変化して
 いく。そして、ダイヤモンドヘッドの上から太陽が昇ってくるのだ。
 私は、その時正直言って眠くて仕方なかった。
 でも、それを見るだけの一見の価値はある。
 しかし、こんな早朝に起きている人はほとんどいないだろうから、残念だ。
 ワイキキの日の出も、おすすめだ。
  もちろん、サンセットの頃も感動的だ。
 朝とは逆で、昼間の青い色から夕焼けの赤い色に染まり、やがて気がつくと紫色に
 なり、夜の帳が下りていくのだ。ヨットハーバーのあたりで、サンセットを味わうもよし、
 海辺のホテルでカクテルを片手にハワイアンを聞きながら・・・というのもよい。
 夕陽をバックにしたショーも味わい深い。

  空の色自体が、観光だと言ってもよい。
 同じ地球上なのに、空の明るさが違って感じられるのは、なぜだろうか。 

 
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昆虫記

  私は、風邪をひいてしまった。
 「OOは、風邪をひかない」って言うけれど、ひいてしまった。
 それの原因は2つ。
 1つ目。
 バスケットの大会があって、声を出しすぎた。
 まあ、ノドを痛めたくらいかなあと思っていたが、甘かった。
 2つ目。
 外に走り出たときのことだ。
 小さなハエのような虫が大群となって発生していた。
 走って飛び出した私は、思いっきりそれを吸い込んでしまったのだ。
 1匹や2匹ではなかった。
 この直後からだ。
 すっかり熱を出して、風邪をひいたのは。昆虫ののろい?
  
  夏の日の夜、なぜか1日だけ小さなハネアリが集団発生する日がある。
 こういう時は、決まってプールの上に何千何万という虫がういている。

  子どもの頃、夏にはカブトムシやクワガタムシを夢中になって捕まえに行ったものだ。
 朝日が昇らない頃から、いつもの所へ向かう。
 なぜ、そんな暗いうちかというと、早いもの勝ちだから。
 仲間が行く前に捕まえてしまわないと、1匹も取れないのだ。
 私は、半端な捕まえ方はしなかった。
 捕まえたカブトムシは、「鳥かご」に入れた。
 虫かごぐらいじゃ、何匹も入らないから。
 だいたい1日で、3,40匹は取れたかな。
 今じゃ考えられないことだ。
 商売すればよかったのかもしれないな。
 
  クワガタの場合は、そう簡単にはいかない。
 なかなか、見つからないのだ。
 ある日、どうしても捕まえたくて、夢中になって探していた。
 栗林に入って、木の幹をチェック。
 「いた!」
 慌てて手を出すと、クワガタのやつ、ポトッと下に落ちて身を隠す。
 それがオオクワガタだったときは、それはそれは悔しかった。
  また、ある日は、「よし!」と思って、手を出すとやけにやわらかい。
 でかいメスのクワガタだと思って、ぎゅっとつかんだのは、なんとゴキブリだった。
  また、別の日は木の穴の中を木の棒でつつこうと思って、木の棒を拾ったらやけに
 ぬるぬるしていた。・・・げ!子どもの蛇をつかんじゃった。
 この時はさすがに、びっくりした。
 人間って、何かに夢中になっていると、こんなこともあるんだろうか。
 それとも、ただのドジなのか。
 残念ながら、私は後者の方らしい。

 
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