
『宇宙からのメッセージ』をオンタイムの発火点とし、『復活の日』『魔界転生』『里見八犬伝』等々、意識したときには既にイヴェントムービーの巨匠だった。『仁義の墓場』も『現代やくざ・人斬り与太』も『県警対組織暴力』も後年、新世界界隈の映画館で追いかけたクチだ。
ナマのお姿を拝見したのは、京都文化博物館の「日本映画講座」のときが最初だった。当時の最近作『いつかギラギラする日』のことで、監督に面と向かって噛みついた。
「あの作品では、特定民族や社会的弱者をアウトローに賭け合わせてるが、それはあまりにも安易で表現が差別的だ」
監督は少し苦笑しながら言った。
「それは虐げられし者の隠喩として受け止めてほしい。脚本の丸山(昇一)君と討議に討議を重ねてキャラクターを膨らませていったんだ。決して差別を助長する意図はないんだよ」
世間知らずの若造が知ったふうな口を…と思われたことだろう。
そして2度目の邂逅は『バトルロワイアル』の公開を控えた2000年10月。オレはこの商売を始め、インタビュアーとして監督と再度向かい合う機会を得た。
挨拶もそこそこ、監督に文博でのことを述懐し、
「あのときは生意気なことを言いました」
と頭を下げた。けど監督は、
「そのキミとこういう場で再会するなんて、人間、不思議な縁があるもんだ」
と豪快に笑い飛ばしてくれた。
インタビューなんて名目でしかなく、本当はそのことを監督に詫びるのが目的だったのかも知れない。もっとも10年も前になるオーディエンスの戯言を当然覚えているワケがないだろう。でもそれがオレなりの“仁義”だったんだよ。
上の写真はちょうどインタビューのときにテリーが撮ったもの。メディコムトイでバトロワのシリーズが発売されるとのことで、「フィギュア王」経由でサンプル品を送ってもらい、監督にプレゼントした。「これは秋也だろ? よく特徴をつかんでるなぁ」と大ウケ。その瞬間を捉えた会心の一枚だ。
「反体制の意識なくして、何が映画監督かよ」
「僕が今まで描いてきたヤクザ社会は“コップの中の嵐”にすぎない。けど、ここに描かれている問題は大人全体、ひいては世界全体へと大きく響いてくるんだ。テーマはでかいよ」
『バトルロワイアル』のR15問題、そして作品の主題について触れたときに出た発言が、今も印象深い。
現在、オレの携帯電話の待ち受け画面には、監督とツーショットをご一緒させてもらった画像が貼り付けてある。
人一倍元気そうに見えてたのに、あのとき既にガンと闘ってたのだ。
深作欣二、享年72歳。
その名、市川崑監督と並び、映画を見始めてから間もなく覚えたブランドネーム。青臭いこと言うけど、オレの映画人生が多少なりとも有意義なものだとしたら、それは深作監督、あなたが残してきた作品があったから。