わたくしテリーの出身は鳥取県の境港市という、西日本でも有数の漁港……といえば聞こえはいいけど、実際は港以外にナニもないド田舎だったりします。
最近でこそ《水木しげる大先生の出身地》として脚光を浴びる同市ですが、娯楽といえばパチンコ屋か、町に2〜3件の無国籍パブくらい。そのあまりの娯楽のなさゆえに、若いウチからSEXに励みすぎ10代で“できちゃった結婚”するヤツとか、フィリピン娘に入れ込んだ挙げ句、現地に飛んで全財産つぎ込むアホがゴロゴロいました。

鳥取県境港市全景。人口約37,365人(平成7年度国勢調査)
そんな娯楽不毛の地にも、映画館がひとつだけ存在しました。もちろん、全市民の約8割が肉体労働者という土地柄ですから、こジャレた洋画なんぞ流しません。こういう地にお似合いの映画といえば、そう、燦然と輝く“三角マークのアレ”でございます。
その〈境東映〉は、境港のメインストリートにほど近い場所にありました。本当は東宝系の劇場も存在したんですが、場所が市の中心部から離れていたうえ、地元空港の拡張計画予定地のど真ん中という三里塚状態。こちらが物心つく頃には取り壊され、以降は境東映の独占状態が続くことになったんです。
まぁ、それでも小坊が足しげく通える作品を流してくれりゃいいけど、だいたいやってるのはヤクザ映画か東映ポルノ路線。たまに東映以外だと思えばにっかつロマンポルノとかニューセレクトあたりの洋ピンで、しかも劇場の非常口は薄い木戸一枚だけで仕切られ、あえぎ声なんかもうダダ漏れ!! おまけに街中にはこれでもかとポスターが貼られ、「ここはエロの街かよ!」と子供心に恥ずかしさ満点。よくぞ市民団体の抗議をくらわなかったものかと。
しかし「門前の小僧、習わぬ経を読む」とは言いえて妙。ポスター、そして劇場から流れる淫猥な雰囲気がやがて血となり肉となり、俺の性的嗜好はまさに『徳川女刑罰史』や『残酷・異常・虐待物語・元禄女系図』というか、変態まる出しの大人になってしまったのです。あ、いや半分ウソですが。
そんな感じで、いたいけな少年を性獣に変えるナンギな境東映ではありましたが、それでも年に数回はお子さまプログラムを上映する良心もあり、そのときは清純な子供よろしく、小遣い片手に朝イチで劇場に駆けつけたものです。
上映される作品はもちろん『マジンガーZ対暗黒大将軍』や『飛出す人造人間キカイダー』『長靴をはいた猫 80日間世界一周』などの「東映まんが祭り」がメイン。しかし田舎の治外法権をいいことに『モスラ』や『キングコング対ゴジラ』『緯度0大作戦』などの東宝チャンピオン祭りもやるいい加減さ。もはやポリシーなんてカケラもありません。
ちなみに『キンゴジ』(もち短縮版)を上映していたとき、社会科見学で境港を訪れていたドリーが観れぬ腹いせにポスターを盗もうとし、引率の教師に説教チョップを喰らったことを後年、本人から聞きまして。当時オレが観たことを自慢するや「おまえにキンゴジは500年早い!!」と理不尽キックをあびせられました。理性のないヤツはすぐ暴力に訴えてイヤですね。
しかし、境東映の謎と不思議はそれに留まりません。当時は本編上映前にニュース映像が流れるのが半ば常識だったんですが、『巨人軍物語・進め!!栄光へ』を観に行ったとき、ニュース映像が始まったと思ったら、いきなりナレーションが、
「我が同盟国ドイツはフランスを侵攻し…」
とかヌカしはじめた。『日本ニュース』っスわ。昭和52年にですよコレが。
映画会社の垣根を超えた謎のプログラム編成。時代をも超越したニュース映像を流す無気味な映画館だったけど、それでも重宝しましたよ。なんたってソコ以外で映画を観るには、電車で1時間もかかる隣の米子市(ドリーの地元)まで行く必要があるんですから。親の許可とるのも大変で。かといって年に1、2度、親子同伴で米子に出て「今日は映画観ていいぞ」なんて許しが出たときに限って、公開中の映画は『アドベンチャーファミリー』みたいな、人生に果たして必要なのか疑わしいヤツばっかだし。当時は純粋に宇宙戦艦ヤマトとか観たいじゃないスか。
そんな境東映も、自分が中学に入ったあたりから映画が徐々に“ビデオの時代”へと移行し、高校の頃にはその役目を終えるかように“閉館”となってしまいました。
映画館も今や郊外型シネコンがスタンダードになり、映画を楽しむ環境もどんどんよくなっていきます。仕事がら通う試写室もきれいなところが多く、巨尻が狭い座席に食い込む他は、ストレスを感じない映画観賞が当たり前となった今日この頃。
そんなときふと、あの境東映のボロボロの内装やモギリのオバちゃんの無愛想な顔を、なんだか懐かしく思い出してしまいます。
…ところで、境東映閉館には後日談があるのです。
うちの兄貴が境東映の経営者の息子とダチでして。そいつと兄貴がバンドやるとき、廃棄処分となった上映用サウンド機器を改造し、ギター用のアンプとして使っておりました。もちろん業務用ですから、そのモノモノしさたるや『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のオープニングでマーティーが使ってたアレと同じ!! かなりいい音響かせてたのを思い出します。
ところがあまりにハイパワー過ぎて、すぐに内蔵ヒューズが切れるもんだから、最後にゃチョコレートくるんでる銀紙をヒューズ代わりにするムチャへと突入。そして、そんなことしてたら遂に起こった大爆発!!
愛する映画館がオレにくれた最後の思い出は、危うく「肉親の死」になるところでした。やっぱりロクでもない劇場じゃねぇかよ!!
(2002年6月22日掲載)