蝦蟇山舎は、神奈川県の屋根といわれる丹沢山地の南斜面の尾根の一画の秦野市東部、寺山地域にある。
 神奈川県の西部、丹沢山地と大磯磯丘陵に挟まれて、小さな盆地を形成している秦野市街は、古くから東道(古い時代の東海道)や大山・富士山詣のための大山道が交差し、現在でも東名高速道路など我国の主要な交通網が通る地である。
 ここでは、古くから旅人が訪れ、豊富で、良質な湧水が多く、弘法大師にまつわる弘法山山頂の「乳水」(井戸)や、小田急小田原線の秦野駅近くの「弘法の清水」(臼井戸、右の写真の上から3段目)など、古くから言い伝えのある名水や湧水が沢山存在し、環境省から「秦野盆地湧水群」として名水百選(1985年)に指定された地でもある。
 平安時代末期の波多野荘は、藤原一族の近衛氏の荘園であったいわれており、これらの名水、湧水などにまつわるお話は「当時の荘園の水事情を伝える伝説」となって、いまでも市民の間で伝えられている。(秦野湧水群のご案内)
 鎌倉時代に至って、丹沢から湘南地域に向かって流れる金目川の上流域にある「寺山地域」に、波多野氏が館を構え、旧東海道の一部の「矢倉沢往還と大山街道がこの地域の直下で交差し、またこの「大山街道」と現在の「関東ふれあいの道」(神奈川県No.15 「弘法大師と丹沢への道」)が寺山地内を通っており、多くの人々が訪れている地域である。
 この波多野氏の館跡(城址)のある寺山地域は、秦野盆地を見下ろす眺望の開けた地域であり、「蝦蟇山舎からは、間近にみえる大山や表丹沢の尾根の連なりはもちろん、右の写真(最下段)にみるとおり、毎年ほぼ春分の日と秋分の日の年2回、富士山頂への落日が観察できることなど、風光明媚な土地となっている。
 この豊かな名水や湧水をもつ秦野市は、本年市政50周年を迎え、この春記念事業として、多くの市民が参加したイベント「丹沢・湧水シンポジウム」が開催され、これに参加した市民の総意として、あらためて、
  
自然豊かな、私たちの「ふるさと秦野の環境」を
  健全な状態で、将来世代へ引き継ぐ

ことの必要性が認識され、こうした環境の保全とその活用に向けた努力を進めることがアピールされた。
 市民自身が、この秦野にある名水、湧水を、「市民共有の財産」として認識し、自らの意志と努力でこれを保全し、具体的に活用することを、参加した市民自身が自ら宣言した意義は大きい。
 筆者の試行している「蝦蟇山舎づくり」も、もともと水のない丹沢の南斜面の一画に、「水に拠って生きる蝦蟇(ヒキガエル)」を象徴として、生き物とふれあえる住まいづくりを意図したものであり、微力ではあるが、このふるさと秦野の環境保全に少しでも貢献することができればと考えている。 
 画面の都合で、秦野市全体のご紹介はできないが、秦野市の名水、湧水にご興味のある方は、小田急小田原線の秦野駅南口の右側出口の階段下に、写真(上から2段目)に示した案内地図が掲示されているので、これを参考に、是非、名水・湧水ハイキングを試みて下さい。

(平成20年3月1日改訂)

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蝦蟇山舎づくり      の意味

蝦蟇山舎からみた春分の日の
             富士山頂への落日

秦野駅南口設置の名水・湧水案内板

秦野盆地の全景

弘法大師の伝説が残る弘法の清水
                  (臼井戸)