| 永禄の頃? | 豊前国田川郡副田庄(現福岡県田川郡添田町)に生まれる。 副田庄の有力豪族佐々木(副田・添田)氏の一族 |
| 幼少の頃から修験の武術家に剣を学ぶ。 | |
| 天正十(1582)頃? | 故郷を離れ、修行の旅に出る。 山陽道を上り、諸流の武芸者を尋ねる。 |
| 中条流鐘捲自斎に剣を学ぶ。 | |
| 中条流の免許を受け、独立する。 大太刀の工夫をして巌流を創始する。 |
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| 天正十五(1587) | 秀吉が故郷を侵したことを聞いて副田に帰る。 豊前武将一揆に参加して、岩石城に立て籠もる。 落城後、筑前国嘉摩郡の小谷村に蟄居する。 村の人のために播州から持ち込んだ柿の種を植える。 |
| 慶長七(1602)頃? | 細川忠興に見いだされて小倉藩剣術師範となる。 |
| 慶長十七(1612) | 舟嶋で宮本武蔵と勝負して敗れる。 蘇生後、細川家の藩士数名に斬殺される。 |
※あくまでも、諸史料を元にした推定であって、史実ではありません。