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ラス前。シュナイゼルとの決着がようやくついたが、まさか「支配下におく」とは思わなんだ。考えてみれば別に命を奪う必要はないわけで、とにかくルルーシュの駒となれば以後の問題はなくなるということか。
ビデオ映像をトリックとして使うやり方は、これまでも‘ゼロ’としてさんざん利用していた方法だっただけに、この大一番で再びそのトリックを使ってシュナイゼルを出し抜くルルーシュの手腕には、思わず膝を叩いた。やはり稀代の戦略家、ゼロは今だ健在なのだと改めて思い知らされた。
まるで‘人員整理’のようにディートハルトが退場することとなったのは、単なる傍観者は次代を築くに相応しくはないとの意図なのだろう。時代の変わる様を見たいと欲したディートハルトが、時代の変革を容認しなかったシュナイゼルの手にかかってしまうとは、何とも皮肉なものだ。
様々な人にとって決着の時は間近に迫っているが、そのなかで扇やコーネリアが一命を取りとめ、死んだと思われたギルフォードが生きていたのは素直に喜べた。人の生き死にはやはりあまり見たくはないからなあ。
ラスボスへと登り詰めることになったナナリーと対峙したルルーシュであったが、ナナリーがシャルル前ブリタニア皇帝のギアス能力を振りほどき、閉じていた眼を見開くラストカットはなかなか意味深だった。この瞬間のために、ナナリーはこれまで両目を塞いでいたのでは、と思わせるほど、ある種のカタルシスに満ちていた。おそらくは足も動くようになっているであろうナナリーが物語最後で主人公ルルーシュの前に立ちふさがる構図は、なんとなく「機動武闘伝Gガンダム」を髣髴とさせた^-^;。
それはさておき、結局のところルルーシュは一体何に対して「反逆」してきたのだろうか。その答えは最終回に隠されているのだろうが、あえてここでそれについてちょっと考察。
今回のルルーシュとC.C.との会話がテーマに直結しているように感じた。つまり、C.C.と契約してギアス能力を得たことで、ルルーシュは「動き出すことが出来た」と語ったことを考えれば、ルルーシュが反逆しようとしていたのは己が‘運命’だったのではなかろうか。
安穏として変化も進化もなかった現実を過ごすばかりの少年だったルルーシュが、ギアス能力を得ることで、押し殺していた復讐の念と共に現実打破を目指して自分の未来を切り開く原動力となった。つまり、抗えない、受け入れるしかなかった運命の枷を振りほどくことを選ぶことができるきっかけとなったのが「ギアス能力」であり、「ナナリーを守るため、受けいらざるを得ない」と自らに課していた運命との対峙こそが最後の決着に相応しい。だからルルーシュ最後の敵は自分の運命を縛っているナナリーその人となるわけだ。
両親から背負わされていた保護という名の運命に反逆し、そして今度は自らに課した運命に反逆することで、ルルーシュが得ようとするものは一体何なのだろうか。 |
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