| おとうさんの介護日誌(16) かあさんが自宅介護になって退院して もうすぐ2ヶ月になる。体調は相変わらずだが 比較的落ち着いているようだ。私は主婦業とヘルパー業に忙しい毎日を過ごしている。 近頃 かあさんは時々“喜久男が好き・・”とつぶやく。私は “喜久男と呼べば・・喜代子と答える・・二人は若い・・”往年の流行歌に似せて 節をつけて言う。かあさんはニッコリする。 かあさんの声は小さいので 耳の遠い私には聞きづらい。そこで 「大好き」という手話を かあさんに教えた。自分を指さし そして相手を指さし 手のひらで 自分のあごを ゆっくり撫でる。“かあさん こうすれば・・私はあなたが好き・・つまり アイ ラブ ユウ と言う意味だよ・・”と教える。 不自由な手で かあさんは時々それをやる。私も同じようにする。 こうして互いの“愛”を確かめることが 安心なんだろう。記憶力の衰えた かあさんには 毎日そうした“愛”の確認が必要なんだろう。哀れに思うが それが“生きる力”になるんだと思う。人は誰かに愛されなければ 生きて行けないと言うことだ。それが私にとっても 私自身の不自由な足と手をガマンして かあさんの介護をしてやれる力を呼ぶ。厄介な下の処理(おむつの取り替え)もガマン出来ると言うものだ。 “かあさん・・立って歩けるようになったら とうさんと手をつないで 散歩しようね・・だから手や足を 出来るだけ自分で動かそうと努力して 早く歩けるようになろうね”私がそう言うと かあさんは“分かった”と言う。 明日への希望・・例えささやかな希望でも それが“生きる力”になる。人は 希望が無ければ生きて行けないと言うことだ。 “愛と希望” それが人にとって どんなに必要か・・私は かあさんの介護をやりながら 改めてそれを痛感した次第です。 |