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・・・随分時間が経ってしまいました。今年ももう終わってしまいます・・・ 大阪で演奏するのは学生のとき以来2度目。東京と横浜に20年、京都、神戸から九州まで演奏する機会があったけど、なぜか大阪に縁がなかった。中学の友人たちが“私を大阪に呼ぼう”という趣旨で「恵琉馬club」を設立してくれて、去年の「ばんまい」でのソロコンサートに続き、有り難いことに今年もこのコンサートの運営をやってくれた。 カルテットのメンバーに遠く大阪まで楽器と共に来てもらうのは、私がよく知った土地へしかも楽譜だけ持って帰るのと違いご苦労をかけたが、やはりどうしてもアンディ、安ヵ川氏、立飛氏がいなければ始まらない。きちんと皆到着してくれたことに、まず感動したりした。カルテットはよくもまあと思うほど相変わらず素晴らしかった。いつも自画自賛で申し訳無いけど。私の書く曲はミュージックシート一枚。構成や基本的なイメージは説明するけど詳細なアレンジを書いている訳ではない。メンバーの皆は、そのメロディから何か読み取り、それぞれがその曲の柱になってくれるのだ。たいていは解釈がとんちんかんな事はない。皆素晴らしい感性を発揮してくれる。私の曲はたまに少しややこしいものがあるけれど、物凄いテクニックと集中力であっと言う間に曲として出来上がってくるのは鳥肌もの。作曲者の大きな幸せだ。しかも同じ曲が毎回新鮮で味わい深いのだから恐れ入る。 故郷で演奏する、自分の音楽を聴いてもらう、というのは感慨深いものだ。前回はソロ。私のオリジナルはカルテットで演奏することをイメージして作った曲が多いため、ソロでは聴いてもらえないものが多い。今回は、私の音楽活動の核となっているカルテットで、私、オリジナルの音楽を聴いてもらえるといううれしさと意気込みがあった。また、一人で来てソロコンサートをやったときとは違う妙な気持ちも味わった。 今回、恵琉馬clubの皆の友人で私は全く面識の無い方々もたくさん来て下さった。私の音楽を未知の方々に聴いてもらえるのは常々の喜びだ。出来るだけたくさんの人に聴いてもらいたいから。しかも私が育ったのと同じ文化の中で暮らしている人達だから、どう受け取ってもらえるかとても興味深い。 加えて今回は、学生時代以来ほとんど会っていない友人、それから今までの人生の半分以上という恐ろしく長い付き合いの、会って話はするけれど演奏をきいてもらっていない友人たちも足を運んでくれた。皆、私が20年音楽を勉強しプロとして活動して来たのと同じ様に、当然、それぞれもう結構重い歴史を背負って来ている訳だ。皆どんな音楽を聴いて来たのだろう、大きな子供の母であり父であって、社会の中で結構重い責任を負っていたりするのだろうなあなどといろいろ想像する。学生時代の延長線にある自分と、音楽家として今仕事をしている自分が交錯した。それにプラスして恵琉馬も連れて来ていたので新米の母としての自分と三重だったかな。普段は後者の二つを味わっていてそれにはもう慣れたけど、やっぱり最初は妙な感じだった。その時は切り替えようという意識などなかった。音楽を作り出そうとする時、とても大きな集中力が必要だし、恵琉馬を仕事場に連れて行く訳ではないので自然と気持ちが切り替わっていた。コロンと切り替わった自分に驚いたりしたものだ。今回は三つ。スタッフは懐かしい友で、恵琉馬がちょろちょろし、それに、いつも横浜のライヴハウスで会うカルテットのメンバーがそこに居るのだ(これ最も大きかったかな。音楽家としての意識は、思いの外私の多くの部分を占めているのがよく解った。)。三つの異空間の狭間にいるようだった。今回は自分の立場によって気持ちを切り替える意識が必要だった。それぞれ別の脳を使っているみたい。言語が違うような。文字どおり関西弁と関東弁が入り交じっていたし。(ステージで話すとき大阪弁で話せないのは自分でもとても不思議。一歩ステージを降りて友人と対するとするんと大阪弁なのに、大勢の前では自然といわゆる標準語で話してしまう。大阪弁のほうが親密度が増す、それが大阪弁の良い所なのは分かっているんだけど、対多数では標準語に切り替わってしまうようだ。対個人の時、相手が大阪人でなくとも近い人に程、大阪弁が出てしまうのだけど。そういえば話は違うがスイスのベーシスト,B nzがスイスジャーマン、フランス語、英語を話す時それぞれ声のトーンが違うのを思い出す。私もそうなのかしら。) 実に妙な感じだった。 また同時に、一生懸命私の音楽を“とっても良いよ”と未知の人々に薦めてくれたスタッフへの責任と、その方々に来て良かったわと思ってもらう責任と、学生時代に私が演奏していたのを知っている友人たちに今はこんな事をやってるよと見てもらいたいという思いと、それに鬼のように忙しい中、来てくれた、私の最も敬愛するミュージシャンたちに気持ち良く演奏してもらうリーダーとしての責任(これが前回との大きな違い)が有り、頭の中は大忙し。やり甲斐もあり、楽しくもあり、重くもあった。やることはいつもと全く一緒なんけど。それから“かーちゃんの仕事場初体験”の恵琉馬は興奮気味だったし(「Elma」を聴いた時、照れていたそうだ)。岡山出身の土井啓輔氏(尺八)や広島出身の澄純子さん(vo)のバンドの一人としてそれぞれの故郷で演奏した事はあるけど、きっとこんな感じだったのだろう。呼ばれていった私はとてもいい気持ちで楽しく演奏しただけだったけど。故郷で“コンサート”というのは友人とそのまた友人をも根こそぎぐるんと巻き込んで、その頃の私自身やそれから今の私自身も浮き出て来てとても面白かった。 このような演奏する場がないと音楽は成り立たない。当たり前だがこれが大変なことだ。コンサートを運営、或いはライヴハウスを経営する方々の音楽に対する熱意や、今回の様に演奏家を支援する気持ちに頼っている訳だ。すごい量の雑用や様々な交渉事が金銭的な大問題の後ろにあるのだから、熱意がそれを越えていなければ無理だ。その労に対して私たち演奏する者は演奏以外何もできない。せめて大儲けさして差し上げたいのは山々だけど今は情けないことに難しいのははがゆい。だけどいい音楽はそれに報いることができると信じているしそうでなければ本当に困ってしまう。今回も大変だった。(スタッフの皆、ご苦労様でした。)本当に有り難いことだ。そしてその場を支えているのは言わずもがな聴衆の皆さんであるのです。そしてその聴衆の皆さんをその気にさせるのは演奏家の生み出す良い音楽だ。この螺旋が途切れないように私たちは良い音楽を作るために全エネルギーを傾ける。今回聴きに来て下さった皆さんが一人でも多く喜んで下さって、また聴きたいと思って下さっていることを、そしてまたどこかで演奏するチャンスが沢山あることを切に願っている。 ◆事情があってコンサートの時に書いて下さったアンケート、私は見ることが出来ません。もしおのコラムをご覧になったら、申し訳無いですがもう一度このHPに感想、ご意見を送って頂けないでしょうか?お願いします!◆ |
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高田ひろ子 2001.12.27 |
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Wamホールの次の日の昼下がり、この日は安ヵ川氏とデュオコンサート。昨日と違って聴き手の皆さんは手の届く近さにいる。呼吸を感じられる距離だ。ホールとは別の緊張とリラックスが有る。“ばんまい”は木で作られた自然食をだすレストラン。天井が高くナチュラルなリバーブがあるいい音空間で、逆にカルテットなどは難しいかもしれないと思い、安ヵ川氏と二人で演奏することにした。昨日やらなかった私のオリジナルや安ヵ川氏のオリジナル、スタンダードなどを含めて大好きな美しい曲を集めて聞いて頂いた。私は彼とのデュオが大好きだ。大きな安心感とどういう展開になるのかという期待はもちろんのこと、いつも“音楽”に誠実なのが気持ち良い。見栄も張ったりもなければ変なこだわりもなく実にストレートだ。彼の今の音が赤裸々に出て来て心を打つ。この日は加えて、聴いて下さっている皆さんのいいエネルギーをもらってとても良いデュエットだった。彼とのデュエットももっとたくさん聴いてもらいたいけどその場がなかなか無いのがとても残念だ。 |
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高田ひろ子 2001.12.27 |