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ドイツの教育学者、シュタイナーの理論に前々から興味があり、恵琉馬が幼稚園に入る年頃になって、時々それ関係の本を読んでいる。その理論は、人間は宇宙の一部分という考えに基づいている。人間のリズムは、宇宙のリズムに対応していると、数値的に立証していて、その見事な一致には驚かされる。恵琉馬が生まれた時、この命はどこか宇宙に浮かんでいたものが、地球上のこの体の中に宿ったのだなと、感じたものだ。又、体を形作っている炭素の一粒一粒はもともと、宇宙のどこかから飛んできたものだと何かで聞いたことがある。なんだかわくわくするではないか! シュタイナーの理論は、教育理論というよりもっと広義で、まさに哲学。私はさわりを読んだに過ぎないが、シュタイナーを研究した人が、その一部をわかりやすく書いている本も多数出版されている。それらを読んでいて、不思議な事に気がついた。 赤ちゃんは、皆、「ラ」の音で泣くというのはご存知の方も多いと思うが、シュタイナーは「ラ」の音を、子供が“天から持ってくる音”という。また、“9歳ごろに主観と客観が分かれて閉じた内的世界を持つようになる”のだそうで、それまでは“外の世界とうちの世界を行ったり来たり”していて、その頃、音程では5度(主観によって色づけされていない、感情と離れたもので調性はない音程)がふさわしいとしている。確かに、5度というのは、原始的な心地よさがあり、私は自分の曲でかなりたくさん、その響きを使っている。コード(和音)というものは、5度の枠があり、その真ん中の3度が少し上にあるか下にあるかで、メジャー・マイナーの両極の個性を持ってしまう。その事からも3度はとても具体的で、生々しい。それに対して5度はそういった具体的なものを内包しているような、広さを感じる。 先程の「ラ」を中心に上下に5度ずつ、音を広げると(上に)ラ→ミ→シ、(下に)ラ→レ→ソの音が導き出される。低い方から並べると“ラシレミソ”のペンタトニック(5音音階・・世界中の民族音楽に見られる、原始的な音の並び。)。この音列で子供にうたを歌ってやるのは、乳・幼児期の子供にとって無理なく、自然なのだそうだが、なんと、偶然にも“Elma”がそれ、そのものなのだ。本当にびっくりした。 “Elma”という曲は、まだ小さい恵琉馬を抱っこして、子守唄のように口ずさんだメロディをもとに、作った。ラソシ、ラソシ、ラソシレミソラファ♯ミレというメロディーだが、ひとつのファ♯を除けば下から「レミソラシ」で出来た5音音階である。(並び替えれば、“ソラシレミ”でGのキーのペンタトニック。) しかも、驚いた事に、メロディーの中心の音がまさに“ラ”なのだ。 私は曲が浮かぶ時、不思議とキーがGであることが多い。なぜだろうといつも思っていた。なぜGなのか、解せなかった。Gというキーが好きなわけでもない。時々、褒め言葉として、私のピアノは“野生的”と言ってくださったりする方がいるが、やはりそう、原始的なのかも・・私って。親知らず4本とも健全に生えているし、花粉症にもならないし。 あのメロディーが自然に生まれた時、私は、恵琉馬の泣き声に呼応し、生まれたばかりのその、特別なオーラのようなものを感じながら、宇宙とつながっていたのかも知れない。 |
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高田ひろ子 2004.11.03 |