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前にも書いたがバンツの友人のオランダ人ヴォーカリスト、シルビア然り、隣人の調律師・ベネ然り、彼らの生活は驚くほどシンプルで、質素。電気機器は洗練された便利な道具ではあっても、必要最低限で、ましてやステイタスなんてものとは無縁。物に支配されていない。よく物事を考えていて、価値観はそれぞれに確固としてある。 環境や社会の情況が「考える」時間を与えてくれている。時間的に長く働きすぎないように、労働時間は法律で決まっている。街は日本のように騒音が溢れていない。スーパーでさえ静寂に満ちている。目から入る情報も同じ。町並みは余計な色がなく、調和が取れていて美しい。ヨーロッパには考える時間と静寂がある。(もちろん人口が違うが、日本は人が多いからこそ、皆できれいな街に静かに暮らすことを目標にしなくては!) 彼らは日常的に自然と、環境問題や政治のことに話は及ぶ。大人が社会を作っているのだから、当たり前のことだ。よく考えてよく遊ぶ。日本ではそういった話は暗いとか重いとか、簡単に片付けてしまって、うっとうしがる悪しき風潮がある。だから、政治家があんなにひどくてもやっていられるのだ。但し、日本でもジャズミュージシャン同士では日常的に話すよ・・。実はとても真面目なのだ。 考えると、10代20代のとき、私は、自分自身が環境や政治に直接関わっていると、意識していたかというと、恥ずかしいことにそうではなかった。あまり深く考えずになんとなく暮らしていたように思う。しかし、ジャズ音楽を深めていくことで、自然と物事を深く見るようになっていった。即興演奏主体のジャズはその人の内面が露呈してしまう。取り繕うことが出来ない。音楽的に深まる事と人間的に深まることは同期している。 また、音楽により色んな人と知り合い、ヨーロッパを訪れてはバンツやその友人たちとも話をし、日本の価値観以外の物にも触れて、色々考えるようになった。日本の中にいて当たり前と思っていたことが、当たり前ではないことはたくさんあった。加えて私は母になった。自分中心で考えていた人生が、自分以外の者・自分の子供が快く暮らせるかどうかが大問題になった。子供の人生に関わる、と考えると、当然、環境・政治は他人事ではない。 「日本を離れると日本が見える」とよく言うが、まさにその通りだと思う。自分のこともよく見える。だから、外国に行く事は―海に囲まれた日本人にとっては特に!―とても大事で、必要なことと、本当に思う。パック旅行だと、その国の文化にほんとうに触れるのは難しい。1箇所の滞在時間が十分ではないことが多いだろうから。しかしそんな中でも、語学に長ける人は訪れるその国の言葉を、そうでないなら、英語を少し身に付けておくと、色々と違ってくる。どこの国でも英語を話す人は日本語を話す人の比ではない。また片言同士だと会話がどうにか成り立ち、楽しい。もし訪れた国の人と仲良くなれたら、旅をした甲斐があるというものだ。遠い国に友がいるなんて、それだけでわくわくする。旅をした甲斐、どころか、財産とも言える。海に囲まれた私達はそうやって積極的に、他の国の人や文化に触れる機会を持つべきだと思う。それも出来れば、なるべく若いうちに!大画面テレビを買うより、どこかの国を訪れよう。人生にとってきっと大きな意味があると思う。 |
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高田ひろ子 2008.02.05 |