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はじめ、アメリカで生まれ、育って来たジャズ。でも日本人の私は今ジャズを弾いています。 私はピアノのお稽古でクラシックを習い、学校の音楽教育を受け、テレビで流行歌を聴き、10代はフォーク、ロック、フュージョンなど聴いて来ました。10代の後半、フュージョンが最高に格好よく思え(今でもだーいすき)そのベースにジャズなるものがあると知り、そして今、ジャズピアニストとしてジャズを演奏しています。 でも日本の音楽の中の“ジャズ”として特に言う場合、聴く側にも、いまだに一部演奏する側にも、アフリカ系アメリカ人のあのジャズと言う“構え”があって、気持ち悪い思いをすることもしばしば。 ジャズはアメリカの民族音楽では最早ないと思います。言い換えれば“日本のジャズ”が当然あると思います。今まで耳や目にしたもの、感動したこと、考え方、それからよく解らないものだけど“血”(生まれもった物)などはそれぞれで、それが音になって出てくるし、又、それしか本当は出て来ないと思うから。 ジャズは即興演奏が核となる音楽であるので、そういう物が直接的に要素となる。それにジャズは成長し続ける物。成長とともに形も変わる。 私の音楽はよくEurope的という言い方をされます。Europeに住んだことさえないのに。そう言われるのはジャズがアメリカのblack-feelingな物であるとして、対してそれらしくないジャズという言い方なんだと思いますが、変だと思いませんか?日本人ならではのジャズが存在するのはあたりまえの事だと思うんだけど。 そして私は今、自分自身から生まれてくるままに音楽やっています。これは紛れもなく日本人のジャズだと思うんだけど。スイスで演奏したときにこういうことについていろいろ感じました。それについてはまた今度。 しかし、ジャズっていいものです。こんなにストレートでやわらかく奥深い“美”の表現方法ってあるかしら! |
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高田ひろ子 1999.6.23 |