2002/02/12 Webmasterは心の狙撃手になれるか

韓国好きな友人がボードマネージャをつとめるBBSで、韓国映画「シュリ」に登場する銃の話題で盛り上がった
オーストリア製の自動小銃AUGがそれだ
ガンマニアとしても名高いWebmasterであるが、苦しい経済事情によりこのところ新しいエアガンには縁がない
出張旅費を節約して、一丁買い求めてみようか

本当ならば実銃が欲しいところだが、さすがに本物、高額な関税がかかっているだけあって旧ソビエト製の粗悪なオートマティックや、その中国製コピーでも数十万円ほどの高値がついている
実弾にしても一発一万円ほど、ちょっと手が出ない
もし手を出したとしても、せっかく出した手が直ちに後ろへ回る、というのも困る(このサイトの更新が難しくなることもあるが、それよりも上司から叱られることが怖い)
となると海外へ出かけて実弾射撃を体験してみたいが、Webmasterの飛行機嫌いは有名だ
何時間も飛行機に乗ることなど不可能である

そこでクロスボウや吹き矢にも興味が出てきた、これならば国家権力に身柄を拘束される心配はない
どちらも射程距離に関しては銃弾の足元にも及ばないが、ほぼ無音で攻撃が出来るのが大きな利点だ
消音器を装着したクローズドボルト方式の自動火器も、非常に静かな射撃が可能なのだが、機関部の動作音だけはいかんともしがたい
無音でかつ大きな攻撃力が要求される局面も、実際には多数存在する
そこで爆薬弾頭のついた矢を使えば、クロスボウとて大きな攻撃力を発揮出来るし、先端に毒を塗った矢も大きな脅威となりうる

クロスボウでは米国バーネット社のコマンドあたりが有名で、スコープを装着した状態ではちょっとした狙撃銃である
高性能な無音武器としての出来は素晴らしいが、その大きさは少々やっかいだ
特に町中で使用するときなどはかなり人目につくので、Webmasterは最近吹き矢に注目している
大きさもカバンに収まる程度なので隠匿しやすく、また攻撃力も前述した毒矢を使えばかなりのものだ
熟練した射手であれば20メートル程度の距離でも命中が可能だそうだ
陰に隠れて毒矢を吹く、Webmasterにぴったりではないか

先日のこと、Webmasterがひそかに想いを寄せている職場の看護婦さんに、また嫌われてしまった
出張検診が終わり、皆片付けの作業に入っている検診会場で、一足先に片付けを終えたWebmasterは件の看護婦さんに声をかけた
以下からは会話のやり取りの再現である(完全ではないが、ほぼ正確と思っていただいて間違いはない)
凡例:Webmaster(Wm)、看護婦さん(看)と略記

Wm「○○さーん、使用済みの採血針ちょーだい」
看「えー、何に使うのー?」
Wm「いやぁー、吹き矢の先端に付けようと思って」
看「○○くん、どうしてそんなこと考えつくのー?、信じられなーい。感じ悪い」

高価なブランドもののカバンを使いこなす件の看護婦さん、廃棄処分にするようなものを再利用するなどというのは、おしゃれな人物には到底理解し難い行為なのであろう
しかし採血針を再利用して吹き矢の矢にするというのは、次に挙げるふたつの利点があり、そのふたつが攻撃兵器として重要な点である

・先端を鋭利に加工する必要がない〜感染症防止の観点から、採血針は一人毎に必ず交換して使用されるため、たとえ使用済みであっても先端は鋭利な状態を保っている
・毒を塗る必要がない〜即効性には欠けるが、長期的な展望では肝炎の発症を期待できる

不景気な世の中だ、新しいものを購入すれば経済発展の助けにもなる
しかしお金を出して次々新しいものを買うというのはいかがなものか
身の回りを少し見渡すと、再利用が可能にもかかわらず辺りに打ち捨てられているものがあることに気づくだろう
Webmasterは使い捨て文化に疑問を持っている、しかし再利用の精神を分かってくれない件の看護婦さんをせめることは出来ない
日本全体が使い捨ての文化に覆われている状況からみれば、Webmasterのようなケチな人物は希有な存在なのだろう
しかしWebmasterはものを大事に使ってあげたい、商品としての寿命ではなく、モノとしての寿命を大切にしたい

幼少の頃、近所の原っぱでよく遊んでいた
隣に病院が建っており、原っぱを掘り起こすと大量の使用済み注射針が出土するので、それらを遊び道具として楽しんだことを思い出した
子供の稚拙な技術で作ったガラクタのような弓矢ではあったが、先端に注射針を付けた矢が的につき刺さるのが面白く、暗くなるまで遊んでいたものだ
そんな幼少の頃の体験が、現在のWebmasterのリサイクル精神につながっているのだろうか

経済の発展に寄与するのはWebmasterの収入ではやや難しい、しかし長期的な地球資源の節約には役に立てそうだ
ケチなやつと笑われようとも、物は大事にしたい
しかしそれでも、想いを寄せている看護婦さんに嫌われてしまったのはとても悲しかった
件の看護婦さんの「心」を狙撃できる日が、また遠くなってしまったことが感じられ、暗く落ち込んだ

嫌われたつらさに耐えられず、その日はつい、呑めない酒を呑んでしまった
なんだか少し、苦かった




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