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Webページというものに対する考え方というのは、各人各様の考え方があることは間違いない事実だろう。 Webmasterの考え方もまたひとつの見解でしかないのだが、このところの掲示板の騒動を見るにつけ何かしらの主張をしておく時季が来たことは間違いのないところだろう。 いきなり法律の話で恐縮だが、Webページによくある「リンクは許可制です、ご希望の方はメールにて連絡を」「公序良俗に反するサイトからのリンクは固くお断りします」「リンクはトップページにお願いいたします、コンテンツへの直リンクは禁止します」といった文言だが、これらに法的な裏づけはないそうだ。 ページの構成言語を表示出来、かつネット環境に接続されているマシンの全てからページの内容が把握出来る以上、ブラウザの機能(記載されたアドレスに接続することが出来る)の主要な部分であるリンクを禁止することなど出来ないことが容易にわかる。 当然、検索エンジンに捕縛?されたコンテンツへ飛んでくるのもまた禁止などできないわけだ。 WebmasterはWebページを全ての窓が開け放たれ、入り口に鍵のかかっていない出入り自由の建物に例えている。 前述の「コンテンツへの直リンクは禁止します」を「入り口から入ってくるのはいいのですが、窓から入ってくるのは禁止します」といった例えが妥当だろう。 さて、この”建物”だが、実物の建築物にも見るとおりいろいろな種類のものがある。 ・個人が住んでいる家 ・町内会館から大規模コンサートホールのような不特定多数の集まる公共の建物 ・博物館や美術館のような趣味を同一にする人々が集まる空間 ・海なら海上スポーツや漁業、海運業が連想され、同じ場であっても異なる目的を持つ人々が集まることが出来る場もある。 Webmasterが運営する本ページはどういった部類にあたるだろうか? ここに集まってくれている人は様々な方達だ。職場の同僚、オークションを通じて知り合った呑み仲間、古くからの友人、ライブで知り合った仲間など全てWebmasterと面識があり親交が続いている人たちばかりだ。 道を歩いていて出入り自由の建物があったとしよう。Webmasterはどういう行動を取るだろうか。 博物館や美術館であればこれはちょっとお邪魔して収蔵品を眺めてみたくなる。 野球やサッカーの試合会場であれば、そのまま通り過ぎる。 夕暮れ時に銭湯や居酒屋を見たときの行動は読者諸兄の想像する通りだ。 親しい友人が集まっていれば、Webmasterも参加し酒を酌み交わすことだろう。 分かっていただけただろうか。 出入り自由の建物でも、個人の嗜好や目的、人間関係によって立ち入る先と立ち入らない先があることを。 全く面識のない人たちが談笑している家にいきなり入り、「この場所はなんだ?」「よろしく頼む、時にこの件について知りたいのだが」と発言するような行動規範をWebmasterは持ち合わせていない。 あるいはこうだ。親しい友人がとある建物の中で見知らぬ人と話している。そこへ早速入っていったからといって直ちに仲間の輪に加えてもらえるだろうか? 別の例も考えられる。Webmasterと共通の趣味を持つ友人が、(Webmasterと違う趣味を持つ)見知らぬ他人と話しているからといって、いきなりその輪に加わることをするだろうか。 そんなに他人が入ってくるのが嫌なら鍵をかけておけ、という意見ももちろんあるだろう。 パスワードを設定して、入ってくる人間を限定することはもちろん出来る。 ただし現在使用している掲示板では不可能なことと、Webmasterの技術的困難も大きいことからそういった方策は考えていない。 考えてみて欲しい。鍵のかかっていない建物には2種類あることを。 ひとつはなにも盗るものがない建物、もうひとつはなにかを盗ろうとする人間が居ない建物だ。 ここがその両方を備えた場所であることは明らかだ。 実体の見えないネットの中の話ではあるが、運営しているのは他ならぬ”人”である。 実体が見えないと書いたが、Webmasterにはここに来てくれた人の顔がすべて見える。 さっきまで一緒に呑んでいた仲間が家に帰るなり書き込んでくれたこと、同僚のマシンのメモリ増設作業のお礼を言われたこと、前日あったライブの話題で盛り上げてくれたこと、風邪でへとへとになったりお金の遣い過ぎであえいでいるWebmasterを激励してくれたこと。 形こそ実体のないネット上に、実体を持つ我が愛すべき友人や恩人が集ってくれるこの”撃剣霊化の要塞”だ。 身内と敵と使用人、それが人の種類の全てだという言葉もある。 敵視する気は毛頭ないが、まったく知らない場へわざわざ出かけていってそこに入り込んでみたいという欲求を理解するのは難しい。 ”頭の悪い人”に関する定義は多々ある。先日あるシンガーの考えに触れる機会があったのだが、そこには「想像力の欠如した人間」とあった。 場の空気を読む、というのも想像力の範疇に入ると思う。 場の空気を読むというのは、いい年になったWebmasterにすら難しいことだ。 最後に今回の出来事で大事な友人を傷付け、心労をかけてしまったことに深くお詫びをしたい。 その人物にはまったく責任がないことながら、昨夜お詫びのメールをいただいてしまった。実はそのときまだWebmasterは起きていたのだが、なんと返事すべきかの言葉もなく本日のこの主張を読んでいただくこととなった。 Webmasterの想像力もたかが知れている。もう少しましな反応が出来れば友人を傷付けることなく場を治められたかもしれない。自重し、自戒しよう。 また、日ごろこちらへお越し頂いている方々の目に触れる場で汚い言葉をはいてしまったこともまたお詫びしたい。 常々言葉を大切にして生きていきたいWebmasterの行動としては最低だった。 汚点を消してしまいたい気持ちもあり、本発言アップ時に前後して掲示板の該当発言を削除させていただきます。 最後になりますが、改めまして本サイトの読者の皆様にごあいさつをさせていただき、発言を締めさせて頂きます。 |