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| 1. はじめに 私どもの息子・琢也(小学6年生)は、大きな病気をすることも、持病もなく健やかに成長しておりましたが、平成13年1月26日に原因不明の劇症肝炎亜急性型で亡くなりました。 発症後の経過を申し上げますと、琢也は、平成12年12月31日に白目が少し黄色くなり、トヨタ記念病院を受診し、急性肝炎の疑いで同日入院致しました。急性肝炎ということで治療を受けておりましたが、突然、平成13年1月15日未明に劇症肝炎亜急性型と診断され、内科的治療のみでは生存率約10%と宣告され、同日夕方に生体肝移植のため名古屋大学付属病院に転院いたしました。転院の翌日には、昏睡状態となり、生体肝移植の予定日の1月18日には、脳死を宣告され肝移植を受けることなく、同月26日に死亡致しました。 勉強に運動に頑張り、あと数ヶ月後の中学生生活を楽しみにしていた12歳になったばかりの息子が亡くなり、私たち両親はあまりに突然のことで通夜・葬儀から続く仏事を一つひとつ行っていくのに精一杯の毎日でした。 なぜこんな悲しいことが起きたのか、劇症肝炎という病気を勉強していくうちに、入院していたトヨタ記念病院の治療・対応に対して疑問に思うことがでてきました。医療過誤の報道を見聞きするたびに大変なことだという思いはあっても、自分たちの身に起こることとは思わずに過ごしていましたので医療裁判のことも良く分からず、私たちは裁判をすべきかどうか悩みました。また、医療裁判をしても亡くなった琢也が生き返るわけではないのですし、私たちはどうしたらよいのかと考える日々が続きました。 しかし、琢也の死を無駄にしてほしくない、二度と同じことがトヨタ記念病院で起きないように教訓として欲しい、再発防止策を考えて欲しいなどの思いから、治療に当たった医師・病院側らの責任を追求するため、医療過誤裁判を始めることにし、平成14年4月12日に名古屋地方裁判所に提訴致しました。 3年余の期間、多くの方々にご支援やご協力をいただいて医療過誤裁判を闘ってまいりましたが、この度、名古屋地方裁判所の提案により、和解として裁判を終結することに致しました。以下、和解の経緯、和解条項、私たち両親の思いなどをご覧頂きたいと存じます。 2. 和解の経緯 裁判は、数多くの争点に関し、原告・被告双方でそれぞれの主張をしてまいりましたが、最終的には、劇症肝炎を含む急性肝炎に適用がないばかりか、肝性脳症を増悪させる恐れがある特殊組成アミノ酸製剤:モリヘパミンを10日間投与し続けた点に関して問題があるとの裁判所の判断が、和解勧告の根拠でした。 原告としては、主張の一部が認められたとは思いましたが、私たちが主張している各争点について納得のできる判決を得るまでは裁判を続けるつもりで提訴していましたので、和解という形での解決の意味が分からず困惑いたしました。 しかし、裁判所からの説明で、判決の場合は賠償金の言い渡しがなされるだけであるのに対し、和解では和解条項として原告らの“思い”も文言として入れることができると伺いましたので、私たちなりに、原告の“思い”を要望事項として書面にまとめ、裁判所へ提出致しました。 3. 和解条項について 和解条項の文言については、原告と裁判所、裁判所と被告との間で6回の打合せをし、「裁判所作成和解案」と、私たち作成の「原告案」との間の調整をはかりながら交渉を繰り返して決定に至りました。 医療過誤裁判では、どのような和解条項例があるのか知識のない原告らにとって、和解条項の文言に関しての交渉は、容易なことではありませんでしたが、交渉の過程で、医療裁判のご経験が豊富な大阪の石川寛俊弁護士に多大なご助言をいただきましたことは、大変恵まれたことだったと思っております。 最終的には、和解条項の主たる内容は、原告提出の和解条項最終案を取り入れていただく形で、次のものとなりました。以下和解条項について説明させていただきます。 和解調書の全文を見るにはここをクリック→和解調書 和解条項 被告らは,森永琢也君が劇症肝炎亜急性型で亡くなられたことにつき、@深く哀悼の意を表する。 被告らは、適切な医療が実現されることに対する原告らの思いを真摯に受け止め、今後ともA肝疾患の治療には万全の注意を払い、日々の研鑽、技量の向上に努めるとともに,患者が,B適宜,遅滞なく,医療上の内容情報を知ることができ,治療方法を選択することができる適切な医療を提供することに努めることをC原告らに約束し、以下の通り和解する。 1. 被告らは、本件和解金として、原告らに対し、連帯して、300万円の支払い義務のあることを認める。 以下略 和解条項は種々の制約があり、上記のような抽象的な表現になりましたが、私たちは、上記の和解条項を以下のような意味を込めて提案し和解いたしましたので、原告らの思いを次のように補足させていただきます。 @の「深く哀悼の意」の“深く“は、治療を懸命にやっていただき、薬石効なく亡くなったのではなく、死に至る深刻な経緯がありましたので、関係者全員で、深く悲しみ、謙虚に受けとめて頂くという意味で“深く”という言葉が必要と考えました。当初案には“深く”の文字はありませんでしたが、原告ら両親の希望で加えて頂きました。 Aの「肝疾患の治療には万全の注意を払い」は、肝疾患の治療中の投薬には、万全の注意を払っていただきたいとの考えから入れていただいた文言です。これは、1月6日から15日まで投与され続けていた“モリヘパミン”は、劇症肝炎を含む急性肝炎に適用がないばかりか、肝性脳症を増悪させる恐れがあることを裁判所も認めてくださったことに基づくものです。 また、「日々の研鑽、技量の向上に努める」は、トヨタ記念病院は20年前にできた劇症肝炎の診断基準に拘泥し、当時、多くの施設で施行されていた劇症化防止の免疫抑制療法や抗ウイルス療法などの適切な治療を施さなかったことに関して、今後はこのようなことが無いように研鑽・努力をして欲しいとの期待を込めて加えていただいた文言です。 更に、劇症化の診断後の治療に関しても平成13年1月15日朝に琢也に施行された血漿交換が、 ☆ 血漿交換の回路の閉塞で予定量が実施できずに中断されたこと ☆ 閉塞後も新しい回路を使って血漿交換が再開されなかったこと ☆ また、血漿交換単独では肝性昏睡物質の除去効果が少なく血液濾過透析との併用が効果的であるとの知見が当時の医療水準であったにも拘らずこれが施行されなかったこと など、肝補助療法が不十分であった点から、トヨタ記念病院では、これらの治療がこれからは確実にできるようにして頂きたいとの意味が込められています。 Bの「適宜,遅滞なく,医療上の内容情報を知ることができ,治療方法を選択することができる適切な医療を提供することに努める」に関しては、今後、トヨタ記念病院では、 ☆ 入院中の患者(家族ら)が自らの病状を知り、説明が受けられるようにカルテなどの医療情報の開示が適宜、迅速(開示承認手続きなどを経ず、リアルタイム)にできるようになること ☆ 受けたカルテ等の開示から、現在自らに行われている治療上の内容情報を知り ☆ 今後の治療方法を選択できるように、適切に医療情報を提供して欲しい。 との意味を込めて書いております。 私たちは、患者の諸検査の結果がどのような数値で、どのように危険な状態なのか、現在どのような治療をしているのか、今度どうなっていくのか、重篤な状態になった時にはどんな治療法があるのか、トヨタ記念病院ではどんな治療ができるのかなど、琢也の治療中に聞けなかったという思いからこの文言を織り込んでいただきました。 C「原告らに約束し」に関しては、当初案にはこの部分は「確認し」となっておりましたが私たち原告といたしましては、上記の改善・改革が継続的に行われていくことを、今後、トヨタ記念病院に問い合わせをしたいと思っておりますので、このことを約束してもらっておく必要があり、両親の強い希望で、条項内に「約束し」の文字を入れていただきました。 4. 今後の活動 この度の和解で、被告らトヨタ記念病院側も和解条項の中で肝疾患の治療に対して幾つか[0]の約束をしてくれましたので、私達と致しましては、この事件を教訓としていただき、今後は同じ事が二度とトヨタ記念病院で起きないようにと願い、適切な医療の提供がなされることを期待しております。 この裁判は、私たち原告と被告らとの当事者間の問題ではありましたが、本件が和解解決したことにより、被告側が肝疾患の治療に関して約束した事柄は、これから、トヨタ記念病院を受診する地域の多くの人々に役立つ内容だと考えております。また、世の中の医療の向上に少しでも寄与することになると考えますし、亡き琢也も理解してくれることだと思っております。 今後は、トヨタ記念病院が約束してくれた再発防止活動を長期に亘り見守って参りたいと考えております。 KKRホテル名古屋での報告集会 また、これまでの経緯と今後の活動の決意をお伝えすべく、去る8月7日には、支援者や友人らにお集まりいただき、名古屋地方裁判所隣のKKRホテル名古屋におきまして和解報告集会を開催させていただきました。お忙しい中、ご出席くださいました皆様方には大変感謝申し上げております。 なお、『人のために病気を治す医師になりたい』と琢也が小学校の卒業アルバムに残した遺志を受け、琢也が亡くなりました折に小児医療への貢献のためにと大阪コミュニティー財団内に“森永琢也基金”を設立いたしておりましたが、この度の和解金は基金への追加寄付と、ユニセフ(国連児童基金)への寄付と致しましたことも合わせてご報告させていただきます。 末筆ながら、今日までの皆様方のご支援、ご協力に重ねて厚くお礼を申し上げます。 平成17年10月 森永 泰 彦 森永 智香子 |
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