川田民俗資料館展示品内訳

【1】民具の部
 1、1升ます(いっしょうます)
 2、1斗ます(いっとます)
 3、かまど(竈)
 4、はがま(羽釜)
 5、せいろ(蒸篭)
 6、きね(杵)
 7、もろぶた
 8、ざる(笊)
 9、味噌繰り(みそくり)
 10、かめ(瓶)
 11、鉄びん(てつびん)
 12、火鉢(ひばち)
 13、五徳(ごとく)
 14、七厘(しちりん)
 15、はんぼ
 16、かさ
 17、脚立(けたつ)
 18、重箱(じゅうばこ)
 19、水のもの組みつけ台
 20、お膳(おぜん)
 21、おひつ(お櫃)
 22、しゃもじ(杓子)

 23、さおばかり(竿秤)
 24、だいばかり(台秤)
 25、たんす(箪笥)
 26、手水鉢(ちょうずばち)
 27、盆棚(ぼんだな)
 28、年棚(としだな)
 29、幟(のぼり)
 30、ゆたん(油単)
 31、裁台(たちだい)
 32、吊り棚(つりだな)
 33、間杖(けんずえ)
 34、蚊帳(かや)
 35、いっきゃく(一脚)
 36、餅とり台(もちとりだい)
 37、石臼(いしうす)
 38、滑車(かっしゃ)
 39、うなぎかご
 40、茶釜
 41、角枡(一斗枡)
 

【2】農具の部
 1、とうみ(唐箕)
 2、馬鍬(まぐわ)
 3、ふり
 4、すき犂)
 5、荷い棒(にないぼう)
 6、フォーク
 7、かます
 8、むしろ(筵)
 9、てかぎ(手鈎)
 10、おけ(桶)
 11、なわ(縄)
 12、こくばかき
 13、いんが(引鍬)
 14、御用籠(ごようかご)
 15、つつみ(土箕)
 16、竹ぼうき
 17、ふるい
 18、せんばこき(千歯こき)
 20、(箕)
 21、除草機(じょそうき)
 22、田植え定規
    (たうえじょうぎ)

 23、大八車車輪
    (だいはちぐるましゃりん)

 24、はしご(梯子)
 25、じょれん(鋤簾)
 26、なえかご(苗籠)
 27、草きり(くさきり)
 28、はごおけ(はご桶)
 29、かりさお(唐竿)
 30、(くわ)
 31、てびき
 32、掛矢(かけや)

 
 42、茶釜

 43、こたつ
 44、ぞうり作り木
 45、もっこ
 46、繰り出し機

【3】川内の歴史コーナー
 1、「川内・徳島・日本」の年譜
 2、川内の貝塚、標高
 3、正保(しょうほう)の国絵図
 4、かわうちの名の由来
 5、村名の変遷
 6、近代の川内歴史
 7、荘園の出現
 8、地主と小作人の関係
 9、川内の人口推移
 10、川内の新田 など



 

【4】吉野川の歴史コーナー
吉野川の昔なつかしい写真、過去の台風被害
、河道の変遷などを紹介しています。

【5】昔の遊びコーナー外

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民具の部展示品写真
1升ます(いっしょうます) 一斗ます(いっとます) かまど・はがま せいろ
お米を秤量するのに右記の「一斗ます」のほか「五合ます「1升ます」などが使われました。
酒屋ではいまでも「お酒1升おくれ」といってますよね。
??
昔脱穀された玄米は「み」ですくってこの「一斗ます」で秤量して、俵かカマスに入れられました。 もち米を一昼夜ほど水にひたしておきそれを「せいろ」にいれて「はがま」の上で蒸します。 沸騰した「はがま」の上においてもち米を蒸します。「せいろ」は杉製で蒸した米にはかすかに木の香りがつきます。
きね もろぶた ざる 味噌繰り(みそくり)
蒸されたもち米を臼に入れて杵で2〜3人でつきます。
つきあがった餅を「はんぼ」「もろぶた」等にいれ素早く千切りながらまる餅を作っていきます。 野菜などの水切り、果物の収納などに使われました。この外にも大きさのちがったたくさんのざるが展示されています。 昔の農家は畑で大豆を作って家々で味噌を作っていました。これにふっくらと柔らかく煮た大豆を入れて手回しするとすりつぶされた大豆ができます。これにコウジ、塩などをいれかきまぜて暗くて涼しいところに半年ほどねかせるとできあがりです。
かめ 鉄びん 火鉢(ひばち) 七厘(しちりん)
昔は水道がなかったので水を溜める水がめに利用したり、漬物用のかめとして使用されました。 火鉢の炭火の上に「五徳(ごとく)」という鉄製の三脚を立て、「鉄びん」に水をいれお湯をわかせました。また、魚焼きの網をおきお餅も焼きました。 昔の暖房器具には、火鉢、こたつ、いろりなどがありました。火鉢、こたつは焼いた木炭(炭火)をいれ少し灰で埋めるようにしておきます。温度は炭火の埋め方によって調整しました。 木炭を燃料として、魚とかお餅を焼くのに使用されました。さんま、うなぎなどこの上で焼いて食べるとほんまにおいしいですよ。
はんぼ かさ 脚立(けたつ) 重箱(じゅうばこ)
浅くて、大きい木桶(きおけ)。中に石臼をおいて粉を引いたり、つきあげた餅をいれ、すばやくまる餅をちぎったりするなど使い方はいろいろありました。現代でもちらし寿司を作るときなどほとんどの家庭で使用されています。 現代のかさと違ってほねが40本もあります。材料はかみと竹でかみにはあぶらがつけられています。現代のかさはほねが何本ありますか?手作りだからお金も時間もかかったでしょうね。 一般的には、「きゃたつ」と読みますが、川内では「けたつ」と呼びました。高いところのものをとるのに踏み台として使われました。脚の部分には、足袋とかくつしたなどを入れました。 食べ物を盛る箱型の容器でニ重、三重、五重につみかさねられるるようにるようになっています。お花見、お正月のおせち料理などに使われました。多くは漆塗りで高価なものは蒔絵などがほどこされています。
水のもの組みつけ台 お膳(おぜん) おひつ しゃもじ
お祝い事があるときに板前さんがこの台の上に料理を盛り付けてお客さんにだしていました。宴会の終盤にこの料理を紅白のたすきをかけて寿(おいわいごと)の座敷に”伊勢音頭”を歌いながら運んだようです。 この膳は、祖母が昭和8年に新調したものです。祝言やお正月、客用として使われました。今でもご飯を数えるのに一膳、二膳などといいますね。 昔の農作業は今のように機械化されていなかったので朝早くから夜遅くまで働きました。特に農繁期は忙しく、家族も多かったためこのような大きなおひつが必要だったのです。 左記おひつのしゃもじです。長さが40cm、幅が14cmもあります。
さおばかり だいばかり たんす 手水鉢(ちょうずばち)
重さを量るときに比較的小型で軽量のものはこの「さおばかり」が使われました。昔は自転車に魚をのせた魚屋さんをよくみかけたものですが、この「さおばかり」はなくてはならないものでした。 重さを量るには「秤(はかり)」が使われました。玄米が4斗入った俵のように大型で重たいものは「だいばかり」が使用されました。 このたんすは明治33年(1900年)に私の祖母が嫁入り道具のひとつに持ってきたものです。このたんすにはたくさんの錠前(鍵)がついています。たんすが金庫の役割をしていたようです。
昔は今のように水道がありませんでした。各農家には「掘抜き井戸」がありその井戸から汲んできた水をこの手水鉢
の中にいれ便所を使用したあとの手洗い等に使用されました。
盆棚(ぼんだな) 年棚(としだな) 幟(のぼり) ゆたん
盆の期間には、先祖の霊を迎えるため仏壇とは別に庭先に木製の盆棚(精霊棚ともいう)を立て、四隅にシキミをいけ、中央にハスの葉をしき、水、洗い米、ナスなどをお供えします。現在も我が家では使用しています。 常設の神棚と別にお正月の期間だけ新年の神様をお迎えするために設けられます。当家では、平成14年に新築するまでは、和室天井の南側にこの棚を吊るしていました。御神酒、鏡餅を左右に供え、さんばい付け、ごはんなどを祭っていました。棚は、注連縄、いわし、みかん、山草などで飾りました。 荒神社の秋祭り(11/1.2.3)に使われます。のぼりは参道の脇や馬場の両側に立てられます。のぼりにはすべて「奉納三宝荒神社」と書かれています。秋祭りは11/1がショウジリといって、関係者が神社に集り、のぼりたて,神輿の組立、注連縄張、幕張などの準備作業をします。 赤飯などをいれた重箱をこれに包んで親戚、隣近所等にお祝いものを配るときに使用していました。一般的には、ふろしきと言われますが、その昔旅人などがこのゆたんを首にまわして旅をしました。紋は5,3の桐といって一般の庶民がよく使ったようです。
吊り棚 裁台(たちだい) 蚊帳(かや) 間杖(けんづえ)
台所の天井より吊り下げて、お餅とか野菜類を乾燥させたり、各種肥料を保存していました。”ねずみ”も近ずくことができず安全な場所でした。昔の人たちは頭がいいですね。 布地を裁断する長方形の台。
長いほうは、182cmあり1間の布地が広げられるようになっています。当家では主として、冠婚葬祭時にお客さんの接待に使われました。
日本でかやが使われなくなってもう何年になるでしょうか?現代は、アルミサッシが普及したり、クーラがあり、強力な殺虫剤がありなどで蚊帳は過去のものになりました。扇風機もクーラもきらいという方は、風通しのよい環境にやさしいかやを復活させたらいかがでしょう。 昭和40年代の初期頃まで新築等の長さを測定するのに使用されました。やがて、スチール製のスケールに取って代わられます。今でも大工さんはメートル法と尺貫法のいずれも使用しています。
いっきゃく 餅取り台       石臼       滑車
木又は竹などで作り、庭、路地などにおいて夕涼みなどに使われた細長い腰掛台。 杵と臼でついた餅を切って、丸めたりする台。昔は農家一軒で多い家では4石ものお餅をついていました。4石といえば、60sのお米10俵に相当します。餅つきは5、6人でも一日がかりの大イベントでした。 上下の臼の接する面には放射状に刻まれた浅い溝があり、その溝にそば、小麦、大豆、お米などの穀物を入れるとすりつぶされてそば粉、うどん粉、きな粉などの粉になります。昔はどの家にもこの道具がありました。ひき臼ともいいます。 昔の庄屋さんの家で使われていたものです。この滑車に綱をかけて2コの桶を交互に上下して井戸から水を汲み上げました。
うなぎかこ゛ 茶釜(ちゃがま) 角枡(一斗枡)       こたつ

昔の川内には、堀、池がたくさんあってうなぎもたくさんいました。釣ったり、はえなわといった手法で捕らえたうなぎをこのかごに入れて持ち帰りました。 かわいい茶釜ですが、ガスがない時代には活躍しました。おくどさんで木などを燃やしてお茶を沸かしていました。 前述の丸枡と用途は同じですが、丸枡より古い時代に使われたようです。角より丸を作るのが難しかったからです。 燃料は、炭とか豆炭を使っていました。七輪とかおくどさんで炭をおこして寝る30ぐらい前にこたつに入れておくと寝る頃には布団の足元が暖かくなっています。
   ぞうり作り木       もっこ      繰り出し機
昔はくつが高価だったので各農家の家は縄でぞうりを編んでいました。 野菜、肥料、苗代でとれた稲苗などを運ぶのに使用されました。天秤棒の両端にそれぞれ吊るしてパランスをとりながら(ヨイショ、ヨイショと)運びました。 前述の味噌繰り出し機と同じですが、こちらはモーターを使いベルトで回転して繰り出すので能力が格段に違います。
農具の部展示品写真
とうみ 馬鍬(まぐわ) ふり すき
とうみは人工的に風をおこし、その風により遠くへチリを飛ばし選別する用具です。とうみ以前は「み」が使われました。風のある日に穀物をみから落とすことによって、重たい穀物は足の下に落ち、軽いチリは遠くへ飛ばされます。とうみはこの原理を応用したものです。 マンガ、マングワなどとも言われます。台木に8-10本の刃をつけたもので牛馬に引かせて田をならしたり、土塊を砕いてシロ作りをするのに使われました。当家は牛に引かせていました。 今でも野菜畑の土を砕くのに使われています。たくさんある農具の中でも横に振る農具は珍しく、横ふりとも言われます。 田畑を耕すときに使われました
このすきも牛馬に引かせて使いました。
荷い棒(にないぼう) フォーク かます むしろ
苗どりされた苗束を田んぼに運ぶときとか、水汲み桶、こえたごなどを肩にかついで運ぶときに使われました。 明治時代になってアメリカの農法が導入されるようになって登場しました。堆肥を扱うのに使用されました。牛を飼っていた頃牛のえさ(枯れ草など)をフォークで牛小屋の大きなはご桶に入れたものです。 かますは、むしろを二つ折にして両端を縫い合わせたものです。主として穀物類の入れ物に使われました。地域によっては塩とか化学肥料の入れ物としても使われました。 穀物類(特にお米)の乾燥には欠くことができませんでした。現代は乾燥機がありますが、昔は取り入れたお米を庭先にこのむしろをしき、お米を何日も乾燥しました。また、ござの代わりなどにも使われました。
てかぎ おけ なわ こくばかき
米俵に突き刺して移動するのに使います。持ちやすいように握りの丸みが工夫されており、手にもつとしっくりとなじみます。 おけも用途は広く、醸造用おけ、水おけ、漬物用おけなどに使われました。おけとたるとの違いはふたがついているかどうかです。たるにはふたがついています。 昔の農家はなわは「なわないき」で作っていました。今ではいろんなロープが売られていますが、なわも農作業にはなくてはならないものでした。 県南や一部徳島市、鳴門市の周辺では「こまざらえ」、県の西部では”こくばかき”といいます。稲株やなどをかきだしたり、落ち葉や塵を集めたりするのに使われます。
いんが 御用籠(ごようかご) つつみ 竹ぼうき
耕作用具の一種で作条、土寄せ、畝たてに使用されます。名称も全国的には、オンガ、サクヒキ、ヒキグワ、テンガなどいろいろです。 かごの中にバレン、笹等をひいて魚の買物、乾燥、保管その他日常生活の中でいろんな物品の運送等に利用されました。少々、手荒に扱っても重いものを入れてもいいように丈夫な割竹で長方形に編まれています。 土箕と書いて「つつみ」といいます。苗を運んだり、肥料を施したり、芋ゃ野菜を運んだり、畑で拾ったいしころを捨てるなど幅広く使われました。昔、「つつみに大根一杯」、「つつみに芋一杯」とかいって、目測の計量にも使われたようです。 昔は、竹ぼうきに限らず竹製品が農家には一杯ありました。
ざる、つつみ、御用かごなど……最近は竹製品が姿を消し、合成樹脂の代用品が販売されていますが、その使い心地からいっても竹製品の比ではないでしょう。
ふるい せんばこき 除草機(じょそうき)
穀物類の選別に使われました。選別の方法は2つあって、1つは重量の違いによって取り分ける。(み、とうみ)
2つ目の方法は、穀粒の違いを利用する用具で網目の大小によって選別を行うものです。これがふるいです。川内では「けんど」と呼ばれていました。
稲、麦を扱く(こく)のに使われました。はじめは、竹の歯が使われたようですが、まもなく鉄に替わったようです。脱穀は、「カリサオ」からこの「センバコキ」に替わり「足踏式脱穀機」より発動機付脱穀機に変わっていきます。今では、稲刈りから脱穀まで行える「コンバイン」が主流です。 もみすり後の玄米や大豆などの各種穀物の選別、精製用具です。みの先端部を上方に大きくしゃくりあげて、穀物を中空に放り出すようにしてゴミを風力選別します。ゴミと一緒に実を外へ飛ばさないようにすかさずみをさしのべる…なかなかコツがいりますよ。
あなたも一度挑戦してみてください!
田植えが終わって次の工程は除草です。スリとかコロという名称の除草機を使って苗の筋ごとに縦横に押していきます。昔の米作りはこの草取りだけでも大変だったことがわかります。今は除草剤を使用しているので非常に楽になっています。
田植え定規(たうえじょうぎ) 大八車車輪 じょれん なえかご
昭和40年代に田植機械が導入されるまで使用されました。田の面にこの定規をおき、定規についた印にそって苗を植えます。植え終わると定規を後ろに移動しながら繰り返します。この定規は1人作業用です。 大八車は江戸時代から使われた木製の荷車です。本体はありませんが左右の車輪のみです。大正の頃より鉄製の台車(リヤカー)にその主役を譲り、現代は「軽トラ」が主流です。大八車の意味は、”八人の代わりをする車”だそうです。 土砂をすくう農具で田畑とか、河川、掘などから土砂をすくうのに使われました。河川では貝とりにも使われたようです。今でも用水の清掃などに使われています。 苗鳥された苗束を田んぼまで運ぶのに使用されました。材質は針金製ですが竹のものもありました。苗束が落ちない程度で水切りができるよう荒くできています。
草きり はごおけ かりさお 鍬(くわ)
草きりは押して切るので押し切り、ハゴ切りとも言われます。農家にとって万能の道具で一家に一台はなくてはならない道具でした。牛馬の餌にするハゴ切り、堆肥を作るときのヒゴエの切断など用途はたくさんありました。 牛馬のえさのことを「はご」といいますが、このおけに毎日のえさを牛馬に与えていました。昔は農家に最低1頭の牛馬がかわれていました。押し切りで草をきってえさをやるのを子供が手伝っていました。 麦、そば、粟、豆などの脱穀に使われました。地域によっては麦打ち、ふり棒、くるり棒とも言われます。小麦や大麦を脱穀する際には、刈り取った麦をセンバコキにかけ脱穀して、その後殻のついた麦を庭先に持ち出し、このカラサオを回転させながら麦を叩いて殻を落としました。麦の脱穀には欠かせませんでした。 ながもののれんこん、ゴボウなどを掘るのに使われました。
水車 掛矢(かけや) クレワリ はちくま
人が足でみずぐるまを踏み、羽根を回転させて水を堀から田んぼへ汲み上げていました。その後発動機によって汲み上げるバーチカルポンプが登場しました。今では、パイプ配管がされているので必要なときにバルブをあければ1年中田畑へ水を引き込むことができます。 樫(かし)などの硬い木で作った大きな槌(つち)。今でも杭を打ち込むときなどによく使われます。戦国時代には、敵の城門の扉を打ち砕くのに欠かせませんでした。 耕したあとに出る土のかたまりを砕くのに使われました。使い方が簡単で重量もあまりないので婦女子や子供にも使用されたようです。裏作に作っていた麦の播種語(はしゅ)後の鎮圧にも使われました。 川内では、一昔前までは裏作として麦を作っていました。麦を乾燥した後”かりさお”で麦をたたき、このはちくまでがらをかき集めて残った麦を”とうみ”み”などで麦とガラを選別していました。
鋤(すき) 手引き(てびき)     石油発動機     索耕犂
石をこじおこしたり、ものを砕いたり長手の野菜を掘ったり用途は広かったようです。刃も頑丈にできています。 これは牛馬に引かせる犂(すき)同じように鋳物の刃先をつけて人が後ずさりしながらひく農具です。野菜作りの畝を
作るときに非常に便利です。今でも手引きを使用している農家はたくさんあります。
大正時代に入ってから人力で動いていた農業機械が電気ゃ石油を使った動力で動かされるようになりました。エンジン動力をベルトで介し脱穀や精米などの農機具を動かしました。 麦などが生長してくると畝間に入って土寄せに使用しました。牛馬がこれを引きます。
立ち蓑 負い蓑 馬具 おおころ(方言)
外出時、立ち作業などに使用
れました。シュロの木の皮でつくられています。軽さと通気性の良さが特徴です。現在で言えば、雨がっぱといったところです。
田植え作業などの腰をかがめた作業に使われました。シュロとは別にわらで編んだ蓑もありました。昭和20年代からナイロンやビニール製の雨がっぱが普及して使用されなくなりました。 農耕用の馬に使われていた馬具一式です。牛にもこの馬具に似たものが使われていたようです。鞍(くら)とか、頭絡(とうらく)とかいろいろな道具から構成されています。 昭和30年代頃まで川内もお米の裏作として麦を栽培していました。だから、農家には、たくさん麦の耕作用農具がありました。牛馬を使って、除草等に使われました。
あいころ あいかき    籾均し(もみならし)

おおころに同じです。 おおころに同じです。 乾燥機ができるまでは、収穫した稲(もみ)は農家の庭などて゛むしろの上で乾燥しました。むしろの上のもみをこれで一日何回も均して均一に乾燥するようにしました。

33、クレワリ
34、はちくま
35、すいしゃ(水車)
36、鋤(すき)

37、石油発動機
  (せきゆはつどうき)
38、索耕犂
  (さっこうり)
39、立ち蓑(たちみの)
40、負い蓑(おいみの
41、馬具(ばぐ)
42、おおころ
43、あいころ
44、あいかき)
45、籾均し
  

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