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《目次》
引き継ぎ時、金庫は空っぽ・・・機密費で平野長官
日本の「貧困率」15.7%、OECD中4位
廃止のはずの「後期高齢者」当面維持・・・長妻厚労相
明治維新の気概でのぞめ
「新・東京裁判」再読(阿川弘之)
竹中平蔵君、僕は間違えた
給付金より2兆円で医療再建を
年金に消費税をあてる罠
道路官僚1万人をリストラせよ
公明党よ、権力に味をしめたのか
原爆投下「しょうがない」久間発言
「従軍慰安婦」を米誌に‘広報した’安倍政権広報マン
引き継ぎ時、金庫は空っぽ・・・機密費で平野長官
[Sunday,November22, 2009]
20日、公表された官房機密費(内閣官房報償費)の月別支出額で、2億5000万円もの機密費が衆院選2日後、退陣が決まった麻生内閣の河村建夫・官房長官(当時)に引き出されていた事実が明らかになった。「政権交代が起きる時って、こういうもんじゃないか」。鳩山首相は淡々と語ったが、民主党内には「時代に合わない。なくしてもいい」との声も。その一方、平野官房長官はこの日も、使途について「公開できるものか考えたい」と述べるにとどまった。
「コメントしたくありませんが、(金庫には)全くございませんでした」
この日の衆院内閣委員会で、平野官房長官は共産党の塩川鉄也議員から、河村前長官と官房機密費の引き継ぎをした際、首相官邸の金庫に現金が入っていたか質問され、一瞬考え込んでそう答えた。
平野長官が公開した資料では、河村前長官は今年度、過去5年間と同様、4月に2億円を、それ以降は8月まで月1億円ずつ請求していた。それが9月1日には5000万円ずつ5回に分けて2億5000万円を請求し、支出を受けていた。この巨費が半月後の政権交代時には消えたことになる。
官房長官が1年間に使える機密費は12億3021万円。例年通りだと9月以降も、6億円以上を国庫から引き出せるはずが、平野長官が引き継いだ時点で、国庫に残っていたのは約3億8000万円だった。
これについて、鳩山首相は記者団に「政権交代が起きる時って、こういうものじゃないか、という思いもある」と語ったが、民主党の中堅衆院議員は「時期から考えると、選挙対策の穴埋めに使ったとしか思えない」と、あきれたように話した。
官房機密費を巡っては、過去の国会で、与野党の国会対策費に使われたのではなどと追及されたほか、外交機密費を官房機密費に「上納」していたという疑惑も取り上げられている。
1993〜94年に細川内閣で官房長官を務めた武村正義さん(75)は「就任直後、真っ先に官僚から説明を受けたのが機密費だった。使途について一切記録に残さないようにと言われた」と語った上で、海外視察や議員同士の勉強会などに使ったことを認めている。
政権交代後、平野長官が使途の公表について明確な見解を示さないことについては、民主党内には「時代に合わないから、なくしてもいい」(ベテラン議員)という意見もある。
最近、平野長官と食事をしたという同党の若手衆院議員は「すべてを公開することはできないとは思うが、痛くもない腹を探られないためにも、ある程度公開できるようなルールを作ったほうがいい」と話した。
日本の「貧困率」15.7%、OECD中4位
[Thursday,October22, 2009]
長妻厚生労働相は20日午前の閣議後の記者会見で、全国民の中での低所得者の割合を示す「相対的貧困率」が2007年調査で15・7%だったと発表した。
経済協力開発機構(OECD)がまとめた加盟30か国の中で4位で、貧困率の高さが際だった。相対的貧困率は、これまでOECDが日本政府の統計資料を基に算出してきたが、今回、初めて日本政府が算出した。
OECDによる加盟30か国の「2000年代の相対的貧困率」調査では、日本は14・9%(04年調査)だったが、今回の日本政府の07年調査では、貧困の悪化が顕著になった。
OECD調査で貧困率が高かったのは、メキシコ(18・4%)、トルコ(17・5%)、米国(17・1%)の順。逆に低いのはデンマーク(5・2%)、スウェーデン(5・3%)、チェコ(5・8%)だった。
厚労省によると、日本の1998年調査の相対的貧困率は14・6%で、以後、年々悪化傾向にある。子どもの貧困率も01年に14・5%を記録した後、04年に13・7%と改善の兆しを見せたものの、今回14・2%と再び悪化した。
◆相対的貧困率◆ 国民一人ひとりの所得を順番に並べて、ちょうど中間の額の人を定め、更にその額の半分に満たない人が、全体でどれくらいいるかを示したもの。この際に用いられる「所得」は、等価可処分所得といい、所得から税金などを差し引いた世帯の可処分所得を、世帯の人数の平方根で割った数値となっている。貧困の水準を示す絶対的貧困率と異なり、国内の低所得者の割合を示す指標になっている。
長妻厚生労働相は3日、民主党が先の衆院選の政権公約(マニフェスト)で掲げた現在の後期高齢者医療制度の廃止問題について、もとの老人保健制度(老健)は復活させず、新制度を創設するとともに、来年度中の現行制度の廃止は断念する方針を固めた。
複数の政府関係者が明らかにした。
民主党内には、政権交代を印象づけるため、現行制度の早期廃止を目指す意見もある。しかし、それには老健復活が前提となり、長妻厚労相としては、全国の自治体や医療関係者の反対が強い旧制度復活は現実的でないとして、時間をかけて新制度を策定し、移行する方針を固めたものだ。
関係者によると、長妻氏はすでに先週、「新たな制度の案を二つ検討するよう」省内の担当者に指示。これに伴い、今月26日にも召集が予定される次期臨時国会と、来年の通常国会への廃止法案の提出は見送られることになった。
民主党は昨年6月、後期高齢者医療制度を即時廃止し、老健を復活させる法案を、社民、国民新、共産の3党とともに参院で可決。マニフェストでも現行制度の廃止を掲げた。長妻氏も就任後の記者会見で廃止を明言したため、代わりの制度として老健が復活するのかどうか、注目されていた。
老健制度に戻さない最大の理由は、運営主体が都道府県ごとの広域連合から市町村に戻り、事務作業が膨大になるなどとして、市町村などからすでに反対意見が出ているためだ。
長妻氏は今後、自治体の意見なども考慮し、マニフェストで掲げた国民健康保険と被用者保険を統合する「地域保険」の制度設計に着手するものとみられる。
ただ、民主党内ではなお、老健復活を盛り込んだ廃止法案を臨時国会か通常国会に提出するよう求める声がある。連立を組む社民、国民新両党も同様の立場で、調整は難航する可能性もある。
明治時維新の気概でのぞめ
[Sunday,September6, 2009]
新しい政権がなすべきことは、平成の「明治維新」です。・・・家老の子は家老になり、足軽の子は足軽になる。適材適所よりも出発点の身分で役職を割り当てる武士の社会が260年も続いた。実は、同じことが現在も起こっています。では誰が「武士」なのか。言うまでもなく官僚です。実際に彼らと話していると、平然とこう言い放ちます。
「我々は公務員試験に合格した身分だから、こうした地位につくのは当然でしょう。今更、能力とか適性とか言われても困ります」・・・・・・象徴的なのは厚労省です。かっては厚生省も労働省もマイナーな役所だったが、今やGDPの2割を扱う巨大官庁になりました。ここ2、3年、年金記録問題、医療問題、雇用問題など次々と出てくるのに、なにひとつ片付かない。「××年入省」という身分だけで、局長職につけ、一、二年で異動させるからです。
民主党は「霞ヶ関改革」を唱えていますが、マニフェストを見る限り、どこまで本気なのか、やや不安を覚える部分もあります。例えば、「天下りの根絶」は、「国家公務員の定年を段階的に65歳まで延長する」こととセットになっています。その裏には「身分だから能力・実績に関係なく、65歳まで高級をとる権利がある」という官僚の特権意識を感じてしまいます。また民主党は、「子供手当て」や「高速道路無料化」などのバラマキ政策を打ち出す一方で、減税論は語りません。むしろ扶養家族控除の廃止など増税論が目立ちます。・・・・・日本だけが、国民のお金を官僚が吸い上げてバラマキを行い、官僚の権限を増している。高速道路無料化にしても、それが意味するのは、高速道路を“国道”として採算という概念をなくし、官僚が好きなように造り、管理するということです。統制を強める官僚組織に本当の風穴をあけるためにはどうすればいいのか。私は、「幹部公務員を“身分”ではなく能力で選ぶ」ことを提唱してきました。具体的には、本省の課長クラス、地方の局長クラスは・・・・降格も退職もあり得る。民間企業なら当たり前のことを官僚社会でも行う。それが改革の第一歩です。民主党が守るのは、国民か、官僚か。21世紀維新の真価が問われます。
(9月10日号週刊文春 総選挙特大号「明治維新の気概でのぞめ」作家 堺屋太一より)
「新・東京裁判」再読(阿川弘之)
[Thursday,April9, 2009]
本誌(2008年10月、文藝春秋)の「新・東京裁判」は中々読み応へある座談会であった。・・・その中から防衛大学校教授戸部良一氏の発言を一部引用する。
「私が東京裁判について感じるのは『負けたらこうした仕打ちを受けるのだ』ということです。当たり前のことですが、やはり負けてはいけないし、負けるような戦争をしてはならない」
まさに仰せの通り。それじゃ日本は、いつ何処で「負けるような戦争を始め」る方向へ踏み込んで行ったのか、振り返ってみれば結局、満州事変がそもそもの発端といふことになるだろう。・・・・事変は昭和6年の9月に起った。・・・その影響は21世紀のこんにちにまで及んでゐる。「あの鉄路爆破爆破こそ現場の暴走、下克上の最たるもの」と、半藤老探偵(半藤一利)が史実に基づいて指弾するのに対し、戸部教授は謀略に関与した主要人物の実名を挙げる。関東軍参謀石原莞爾中佐と石原の上司板垣征四郎大佐、彼らの企図をあらかじめ察知し得たはずなのに敢えて制止しようとしなかった関東軍指令官本庄繁中将、その要請に応じて、天皇の御裁可を得ないまま兵を満州領内へ進め、「越境将軍」ともてはやされた朝鮮軍指令官林銑十郎大将、以上4名。
「これは大元帥である天皇に対する命令違反にほかなりません。林も石原も、本来なら陸軍刑法で処罰されてしかるべきでした。これが処罰されないどころか、喝采と栄誉をもって受け入れられた(語句の一部省略)」
謀略で始まったくさの後始末が不適切で、罰すべき人物をきちんと罰しなかった結果は、国家のことなど二の次、支那事変の泥沼化から対米開戦、ミッドウェイ以後の敗戦に次ぐ敗戦、ソ聯の裏切りによる満州の惨状に至るまで13,4年間、国民に災厄を与へ続けるのです。
今年は極東軍事裁判の判決が出てから丁度60年、・・・・・それに気づいて私は2ケ月前の「文藝春秋」を取り出し、「新・東京裁判」を読み直しにかかったのだが自分流にあれこれ考へながら座談会記事を再読してゐるうち、・・・別の話が一つ頭に浮かんで来た。勝海舟晩年の片言隻語である。うろ覚えなので、巌本善治編「新訂海舟座談」(岩波文庫)を操ってみたら、勝が、「ナニ、忠義の士というものがあって、国をつぶすのだ」と言ひ、「国というものは、けっして人が取はしない。内からつぶして、西洋人に遣るのだ」と言ってゐた。
私は東京裁判を「復讐の儀式」と規定する半藤利一説に大賛成で、あれを国際正義の顕現、原告は文明などと肯定的に見る気は全く持ち合せない。しかし、市谷の法廷で裁かれたA級被告の中に、日本の国を内からつぶしてアメリカに渡してしまった「忠義の士」がかなり大勢混ってゐるのも亦否定しがたい事実であろう。その戦時中の言動を回顧すれば、彼らを今、復讐劇の犠牲者としてのみ遇することにはためらひを覚える。
偶々「海舟座談」を思ひ出したのがきっかけで、私はそんな風に考えた。まとまった所見ではないけれど、あの戦争とあの裁判とを私なりに考え改めてみることが出来て、それだけでも「新・東京裁判」再読の意義はあった。これを企画した編集スタッフと、半藤戸部両氏含めて6人の出席者に、おくればせながら謝意を表したい。
(文藝春秋、2008年12月号、「葭の髄から・140」より)
竹中平蔵君、僕は間違えた
[Saturday,March7, 2009]
未曾有の世界不況は日々深刻さを増している。・・・医療崩壊、食品偽造、雇用の不安、高い自殺率、異常犯罪の多発――、どうして日本はこんな国になってしまったのだろうか。・・・この十年、日本社会の劣化を招いた最大の元凶は、経済グローバリズムの跋扈、・・・それを是認し後押しした責任は小泉改革に代表される一連の「改革」にある。・・・当時(1993年ごろ引用者補注)日本をとりまく経済状況は大きく変わろうとしていた。・・・こうした流れに日本も立ち遅れてはならないというのが、私たち「改革論者」の共通した思いだった。細川護熙内閣の「経済戦略会議」の答申、「日本経済再生への戦略」(99年2月)は市場に関するあらゆる規制は撤廃すべきであり、自由な市場の下でこそ、グローバル経済に対応できるという考えに基づいている。・・・・
この提言は@労働市場の流動化とセーフティネットの充実、A民営化・自由化による「小さな政府」モデルの導入」、Bグローバル経済への対応という三つの柱を盛り込んでいる。・・・
(1)労働市場改革
これは従来型の硬直的な雇用システムを抜本的に見直し、中国など低賃金国に対抗できる柔軟な雇用システムと労働市場の自由化を目論んだものである。・・・しかし、これは非正規雇用の増大を招き、現在の「派遣切り」にまでつながる、大きな痛みを残す「改革」となってしまった。・・・日本の競争力の源泉であった現場の一体感や技術の熟練を重視する日本型雇用システムの利点を、私は改めて強調したいのである。・・・格差拡大も生じてしまった。わずか十年ほどの間に、年収二百万円に満たない低所得層は二百万人も増え、現在では一千万人を超えている。OECDの報告でも先進国では米国に次ぐ第二の貧困大国である。・・・
(2)「小さな政府」の罪
オバマ大統領が就任演説で言及したように、「小さな政府」か「大きな政府」かの選択が重要なのではなく、政府が機能しているかどうかが重要なのである。その意味で「小さな政府」という目標そのものに誤りがあった。・・・「手厚い社会保障システム」が「財政赤字の急膨張」などを生んでいるとしていた。しかし、実際に起きた事態はむしろ逆で、・・・医療費や公的扶助などの社会保障費削減を続けた小泉改革のほうこそ、医療崩壊などの社会不安を引き起こした。・・・構造改革の目玉とされた郵政民営化については、私は一定の評価を与えてよいと考えている。・・・しかし、一方で、・・・社会に生きる人々への視線が欠けていたのである。たとえば、山村でお年寄りがコミュニケーションの拠点としていたような小さな郵便局までを、非効率という理由で廃止してしまった。これでは社会のぬくもりをなくしてしまう。そこまで目くじらを立てて「効率化」を図ることにどれだけの意味があったというのであろうか。・・・
医療費制度改革については・・・これも市場原理の暴走といわれても仕方ないだろう。・・・人間の生命という、経済原理を越えた価値を扱う医療は、そもそも市場原理にはなじまない。必要な医療費はきちんと負担していくしかないだろう。・・・
(3)グローバリズムの陥穽
グローバリゼーションへの対応は主に経済と金融システムにグローバル・スタンダードを取り入れようとするものであり、・・・当時一種の救世主のようなところがあった。・・・私を含め、どんどんグローバル資本を取り入れろという意見が改革論者の中では支配的だった。だが、グローバル資本を無原則に取り入れることが、どれほど危険なことかは、そこでは論じられなかった。グローバル資本の暴走は、国をも越えた。・・・投機的な思惑で企業を切り売りすることで短期的な儲けだけさらって逃げていくグリーンメーラー的なファンドに対してはもっとはっきりした形で規制することが必要だろう。
・・・・・
社会へのまなざしが必要
しばしば、「改革の必要性は分かる。だが改革した後、日本の社会はどうなるんだ」この手の質問を受けた。それに対し私は常に「それはマーケットが決めてくれますよ」と答えていた。・・・しかし、その答えの中に最大の誤りがあったのではないか、と気付いたのは、小渕総理が急逝し、政府の仕事を離れて、しばらく経ってからのことだ。「改革なくして成長なし」の小泉内閣を少し離れた立場から眺めながら、急速に変わり行く日本社会に、一体何が起きているのか、と自問せずにはいられなかった。・・・
財政難を理由に、医師不足を放置したことによる医療崩壊、消費者の安全さえも犠牲にして利益を追求した食品偽装。人とのつながりの欠如を感じさせる犯罪も目につくようになった。かっての「改革論者」「新自由主義者」として私は自責の念を持ちつつ、「社会」というものの重要性を改めて痛感した。・・・あるべき社会とは何かという問いに答えることなく、すべてを市場まかせにしてきた「改革」のツケが、経済のみならず、社会の荒廃をも招いてしまった。それがこの十年の日本の姿であった。・・・私は人間の幸福はデジタルな論理からは生まれないと思い直している。マーケットメカニズムや金融工学のように体系化でき、全てが論理的に説明できる方法論からは、こぼれ落ちてしまうものがあまりにも多い。その中で一番大きな欠落は、社会へのまなざしだった。
構造改革論者の急先鋒であった私の懺悔すべき点は、「社会」へのまなざしを欠いていたことに尽きる。現在、日本は未曾有の経済的危機に直面している。この難局を乗り切り、かっての「改革」の愚を繰り返さないためにも、今こそ「日本社会にとって守るべき価値は何か」を国民が真剣に議論し、そのうえで、真に必要な改革の方向を模索すべき時である。
(文藝春秋 3月特別号 中谷巌「竹中平蔵君、僕は間違えた」より抄出。下線は引用者)
(【冗談】:最初、「へいぞう(平蔵)」を漢字変換すると、なんと「屁遺贈」と出た。改めて「漢字変換ソフトの凄さに」ビックリ仰天。このWEBの「大笑い!旧式漢字変換ソフトの見事なユーモア」を思い出した)
給付金より2兆円で医療再建を
[Saturday,January3, 2009]
日本の医療はまさに瀕死の状態にある。・・・高齢化社会を迎えることは、・・・「ヒト」と「カネ」の両面から医療の充実が不可欠だった。ところが、国はこの四半世紀、財政赤字の削減のためだけに、医療費抑制・医師削減政策を続けてきたのだ。
しの端緒は1983年、時の厚生省保険局長・吉村仁氏による「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」なる小論だった。この主眼は、・・・医療費の増大は国家財政を圧迫するだけであり、かつ医師が増えればそれだけ医療費もかかるので医師数増加にブレーキをかけねばならない、という暴論だった。・・・これにトドメを刺したのが小泉内閣による市場原理型の医療制度改革だった。小泉首相は「国民、医療機関、保険者の三方一両損だ」と切って捨て、後期高齢者制度まで策定した挙句、・・・アメリカ型の「小福祉・小負担」医療よりも劣悪な、「小福祉・中高負担」の医療崩壊を招いたのである。・・・これまで厚労省は、産科医・小児科医の不足や、地域医療の現場からの医師減少は「地域差」であり「診療科間の偏在」だ、とごまかしてきたが、「偏在」が誤った世論誘導であることは明らかだろう。
こういった一連の医療“改悪”をリードしてきた官僚と、それを追認してきた政治の責任は重い。医療政策をめぐる官僚の対応を見ていると、戦時中の大本営を思い出す。「甘い分析」と「遅い基本方針の転換」、これが医療行政を貫くキーワードだ。その結果、私たち勤務医は、ガダルカナルに取り残された兵士さながらの白兵戦を強いられている。・・・・
これまで医療現場では患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)が盛んに問われてきた。しかし、すでに医療者のQOLが破壊されてしまっている。医師不足を解消し、医療関係者の待遇改善をしない限り、日本の医療は守れない。
道路と命、どっちが大事か
そもそも日本の国民医療費は決して多くない。・・・・パチンコ産業の規模とほぼ同額の約33兆円の医療費総額のうち、公費(税)負担は約10兆円にすぎない。その一方で、道路建設を含めた公共事業には特別会計から50兆円もの巨費を投じている。不急の「道路」と緊急の「命」どちらが大事かは言うまでもない。公共事業のムダを即刻見直してその財源を医療費に回すのが、正しい国のあり方だろう。
麻生首相が打ち出した定額給付金なる愚策も撤回して、その2兆円を医療費に回すべきだ。私なら、この2兆円規模の緊急医療対策として三つの方策を考える。第一に、医師不足解消策だ。・・・第二は医療クラークの人件費に充てることだ。・・・第三は、地域医療への援助だ。・・・これまで国は民間金融機関救済のために、20兆円もの巨額な公的資金を注入してきた。その一方で、国民の生命・安全を救済するための財源はないというのだろうか。
(文藝春秋新年特別号「2009 逆転の日本興国論 「医療」 本田宏(済生会栗橋病院副院長)より)
年金に消費税をあてる罠
[Wednesday,August27, 2008]
そっもそも、消費税の理由として、年金をダシにするロジックがおかしいのだ。
本当に年金が大変ならば、国庫負担引き上げでなく、保険料を上げる手もある。日本人の消費税アレルギーを考え、しかも、いままで保険料の引き上げはずっと甘受してきたのだから、そのほうが容易だろう。
現在の年金制度は、抜本的制度改革をしないと絶対に維持できない以上、その際に今回の2・3兆円分を調整するという手もある。
つまり、急を要するレベルの話でもないのに「消費税アップ」のムードづくりのために持ち出したともいえる。
もうひとつ、年金と消費税を結びつけるロジックには見落とせない罠がある。
年金は全国民をカバーするため、「小さな政府」になっても、最後まで政府の業務として残るだろう。だから年金の財源に消費税をあてるということは、実は、消費税を国税としてずっと維持するという意味になる。
しかし、消費税は本来の性格としては地方税である。基本的サービスをするのは地方だから、消費税は地方の財源にするのが望ましく、海外ではオーソドックスなやり方だ。現在進められている地方分権という点から見ても、消費税の地方への財源委譲は不可欠である。
ところが財務省は、本音を言えば、自分たちが苦労して導入した消費税を手放したくない。そこで年金と結びつけ、国税としてずっと維持していきたいのだ。
地方分権という旗を振りながら、財源委譲ができないよう楔を打ち込んでおくのはアンフェアだと指摘しておきたい。
財務省、あるいは自民党の一部議員も、増税なしには財政が立ち行かないと喧伝しているが、ここまで見てきたように、埋蔵金は確実にある。大蔵省出身の伊吹文明自民党幹事長(当時)も、「埋蔵金はふるいにかければ10兆から15兆円ある」と認めた。今年度と来年度の埋蔵金を足すと15兆円、ここまでは確実に掘り出されるだろう。そこから先は議論もあるが、これから3年間の「改革の配当」なども視野に入れれば、最大50兆円強なる。
消費税1%で2兆5千億円の税収なのだから、埋蔵金が50兆円以上出てくれば、この数年は消費税を上げずにやっていけるだろう。その間に、与野党でしっかりと抜本的制度改革の議論をしてほしい。また、日銀も金融政策を改め、海外=インフレ、国内=デフレの構図を脱却し、経済成長率を高め、増収をめざす道も探るべきであろう。
将来の増税については、否定はしない。だが埋蔵金を隠したままでは国民は納得せず、不幸な結果を呼ぶだろう。だから、緊急増税でなく、きちんとした税理論に基づき、地方分権など今後の国のかたちまで見据えた上で議論すべきだというのが、経済学者としての私の良心である。
(文藝春秋9月号、橋洋一“新「霞ヶ関埋蔵金」50兆円リスト”より)
道路官僚1万人をリストラせよ
[Tuesday,July1, 2008]
・・・・・日本には、これ以上の道路建設はもはや必要ないのではないか。人口減少を割り引いても便益が高いと見込まれる路線を厳選して、建設費を欧米並みの1兆円程度に納めるときに来ているのだろう。
環境問題からの制約もある。鴨下環境大臣は、5月のG8環境大臣会合で、「2050年までに温室効果ガスの排出量を50パーセント減らす」と約束した。道路を2倍近くに増やして、排気ガスを2分の1にできるのだろうか。1人が移動するのに出る二酸化炭素量は、マイカーが電車の9倍、バスの3倍にのぼるため、国が本気で排出量を削減するならば、そのうちにマイカーの使用規制は必至であろう。
住民の本音は、「何でもいいから便利になるのはありがたいけど、道路よりも、電車やバスが便利なのが一番」。地方自治体の本音は、「カネがまわってこないのは困る」。一部政治家の本音は「工事がなくなって献金がまわってこないのは困る」。国土交通省の本音は「ガソリン税の使い道がなくなるのは困る」。誰もそのものが切実にほしいわけではないのに、道路は増え続ける。道路を巡る同床異夢の中で、いちばんヘンなのは国である。
日本はすでに成熟期を経て、少子高齢化による低成長あるいはマイナス成長の時代に入る。欧州では、鉄道とバス、自転車も組み合わせ人にも環境にも財政にも優しい交通政策を展開している。日本も、道路官僚1万人と天下り4千人をリストラして、まず道路建設ありきの政策を改める時にきている。さもなくば、過疎で老人ですら住めなくなったゴーストタウンに、ぴかぴかのゴーストロードだけが増えることになってしまう。
(文芸春秋7月号 若林 亜紀 「道路官僚1万人をリストラせよ」より)
公明党よ、権力に味をしめたのか
[Sunday,August19, 2007]
今度の参院選で公明党は5つの選挙区で候補者を立て、愛知、神奈川、埼玉の3つの選挙区では得票数こそ過去の実績を上回ったものの、議席を失いました。・・(中略)・・・投票率が高くなると勝てない公明党の限界が見えたと思います。・・(中略)・・公明党が自民党と連立を組むことになったとき、創価学会の秋谷栄之助会長(当時)は学会の機関紙・聖教新聞の中で、「自民党が暴走しないように、自民党を指導しに行く」旨を表明しました。・・(中略)・・その後の公明党は、自民党の暴走を止めるブレーキの役割を果たしてはいません。
それどころか、安倍首相が有権者の声に耳を傾けようとせず、ワガママで政権にしがみつくことを表明するや、公明党は早々とそれに乗っかり、支持を表明してしまった。・・(中略)・・
いまの安倍自民党の本質は、「明治憲法への回帰」にあります。顔立ちのソフトな印象とは裏腹に、安倍首相は極めて先鋭的な全体主義と軍国主義を露骨に押し出してきています。
全体主義とは愛国心を法的義務として教育基本法や新憲法草案に盛り込むなどの姿勢に代表されます。右向け右で国民の良心を縛り、まるで北朝鮮のような体制をつくろうとしている。また、解釈改憲で集団的自衛権の行使を容認し、アメリカの求めに応じて自衛隊の海外派兵へ道を開こうとする姿勢は、アメリカの「2軍」として自衛隊が海外で活動することにつながりかねない。
こうした安倍自民党の極端な「全体主義」と「軍国主義」を、本来ならば「人権」と「平和」を掲げる公明党が止めなければいけないのに、止めようとしないのはなぜなのか。公明党は権力の味を覚えてしまったのではないか。・・(中略)・・
宗教家には「殉教」という言葉があります。日本の政党の中で唯一、己が正しいと信じる主義のために「殉教」できる政党です。それが福祉予算という利権を与えられてか、自民党という強大な権力の前に、いやにおとなしいのはどうしたことでしょう。・・(中略)・・
創価学会の幹部や最前線の人たちに私の疑問を率直にぶつけると、みんないまの路線に疑問を感じてはいるんです。けれども、車は急には止まらなかった。その車が今回、惨敗という衝撃でぶつかって止まった。
今こそ公明党が、人権と平和という立党の原点に立ち返るときではないか。
(8月17日週刊朝日、「公明党よ、権力に味をしめたのか」より)
原爆投下「しょうがない」久間発言
[Monday,July2, 2007]
久間防衛相が30日、米国の原爆投下に関し「しょうがない」と発言したことに対し、広島県被団協(坪井直理事長)の畠山裕子事務局次長(68)は「原爆で亡くなった人々は仕方なく死んだのか。被爆者の気持ちが日本政府に伝わっていなかったと思うと、悲しくて言葉が出ない」と述べた。
こうした声を受けて社民党の福島党首は久間防衛相の辞任を求める談話を発表した。
民主党の菅代表代行も島根県出雲市で、国民新党の亀井久興幹事長と共に記者会見し、「防衛相として全くふさわしくない」と述べた。
これに対し、自民党の中川幹事長は遊説先の奈良市内などで、記者団に、「原爆投下とソ連参戦の関係などは、歴史観の問題で、一個人の意見だ。久間氏も(補足の)コメントをしたようなので、これで誤解が解けると思う」と述べた。
「従軍慰安婦」を米誌に‘広報した’安倍政権広報マン
[Thursday,May3, 2007]
従軍慰安婦問題で安倍首相への批判が世界に広がっている。・・・・・それにしてもなぜ今従軍慰安婦問題米マスコミで大きく取り上げられるのか。実は火付け役がいる。安倍首相の広報担当補佐官、世耕弘成氏だ。世耕氏が訪米したのは2月19日。米下院で提案されている「従軍慰安婦に関する対日謝罪決議案」について、「安倍首相の真意を説明に行く」と官邸関係者に大見得を切って出発した。しかし、「世耕氏の行動はピントはずれ」下院は祝日のため1週間休会、議員たちは地元に戻っていた。それを知っていて、世耕氏は訪米したのです。結局、ファーストクラスでの訪米で官費を200万円以上浪費しながら、一人の議員にも会えなかった」(官邸関係者)
何とか会えたのが、国務省のスティーブンス次官補代理。ヒル次官補の部下だ。「こんな下のランクの役人にわざわざ会いに来る国会議員なんていません。しかも、スティーブンス氏は慰安婦問題自体を知らなかった。それで、逆に『大変な問題だ』と思われてしまうのです」(同前)
さらに世耕氏の行動は裏目に出る。彼は騒ぎの発端となったニューヨーク・タイムズをはじめ三大TVネットワークなど大手マスコミをまわったのだ。在米記者の話。
「慰安婦問題は下院で何度も提案されている人権問題のひとつにすぎず、誰も関心がなかった。それをわざわざ首相補佐官が各マスコミをまわるものだから、寝た子を起こしたのです。そもそも法的拘束力のない決議案なので放っておけばよかったんです」
帰国後、世耕氏は安倍首相に「トータルで60人に会いました」と報告。しかし、説得すべき議員には一人も会わなかったことはひた隠し。最近は記者たちに、「訪米中、慰安婦の問題は一切話してない」とウソをついている。
官邸記者が嘆く。「補佐官を5人も起用したものの、みんな仕事がない。だからこんな事態が起きる」「広報のプロ」を自任する世耕氏の真価が問われる。
(週刊文春、3月22日号「THIS WEEK」より)
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