- 多摩蘭坂
- 東京都国立市と国分寺市の間にある坂。不遇時代の清志郎が2〜3カ月住んでいた。「BLUE」収録の同名の歌によってRCの聖地のごとく、ファンの間で有名になる。
- 「多摩蘭坂」は当て字で、正確には「たまらん坂」。近くの一橋大学の学生が自転車で通学するときに「坂がきつくてたまらん!」と言っていたところからだと言う説明書きが付近にある。
- 最初、よほどきつい坂をイメージしていたのだが、実際は案外なだらかで長い坂である。まあ自転車で上るとちょっときついかもしれないけどね。昔はもっときつかったという話もある。
- 住所でいうと東京都国分寺市内藤1丁目5-48付近。JR中央線・国分寺駅、国立駅からそれぞれ徒歩10分ぐらい。
- 坂の下に酒屋さんと生協多摩蘭坂店、坂の上にユニクロ(衣料品店)、公園がある。京王バスの多摩蘭坂停留所もある。それ以外はほんとに何もないとこですよ。
- RCファンによる落書きが書かれた石垣は、2002年になってマンション建設のために取り壊された。石のいくつかはファンクラブによって、ファンに配られたらしい。
- 多摩蘭坂のQuickTimeVRムービー
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268KB(撮影2001年12月23日(日)) マウスでドラッグするとグリグリ動くよ! - MPEG4で圧縮してあるので、おそらくQuickTime ver6以上が必要です。アップルのサイトから、無料のQuickTimePlayerをダウンロードしよう。
- シロウト作業なので出来はあんまりきれいじゃないけど、雰囲気だけはつかめるよね。
- フィルムスキャン対応スキャナ導入にともない、画質が上がりました。
- ゆがみを少々補正しました。
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大きな地図で見る - 現在の多摩蘭坂(GoogleStreetView)
- 多摩蘭坂の上から
撮影1990年頃
- 道の左右に緑が生い茂っている。
- ここが多摩蘭坂を登りきる手前なんだけど、以前見たテレビ番組では、もう少し坂を下って左に入った所を以前住んでいた所と言っていた。
- 登りきる手前というより、下りきる手前という気もするが。
- 今でもRCを夢見るヤツらがこの辺りの部屋を借りて住んでいるらしい。
- 多摩蘭坂を登りきる手前の横道(があった所)
撮影2001年12月23日(日)
- 「多摩蘭坂を上りきる手前」にある横道。この奥に清志郎は住んでいたと思ってたんだけどな…?
- 以前は道が奥まで延びていてボロアパートなどがあったのだが、撮影時はマンションの建設予定地として道自体がふさがれている。マンションの建設は石垣の上だけだと思っていたので、ちょっと驚いた。
- 多摩蘭坂の石垣のメッセージ
撮影1990年頃
- 石垣にはファンによる落書きがいたるところに書いてある。
- 1999年、数年ぶりに訪れたところ、まだこの写真のメッセージは消えずに残っていた。案外消えないもんだね(笑)。
撮影2001年12月23日(日)
- 「キヨシローの音楽に出会えたことで得たものがいっぱい。アリガトー!!」
- 清志郎が住んでいたアパートへの道?
撮影2001年12月23日(日)
- 以前見たCS放送か何かの番組で清志郎が「ここを入ったところに住んでいた」と語られていた道。
- 前述のとおり、坂を上りきる手前と言うより、下りきる手前といった感じ。
- 清志郎の勘違いか、歌詞として事実と変えていたのかも知れないが。
- 左の電柱から続いているのが石垣。
- 道を入ったところ
撮影2001年12月23日(日)
- その道を入った所から逆に多摩蘭坂方面を見たところ。左のアパート名が「坂田」(RC時代のマネージャと同名)というのも面白い。
- 多摩蘭坂の由来が書かれた柱
撮影2001年12月23日(日)- 多摩蘭坂の由来が書かれた柱。
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〜この坂は、国立から国分寺に通ずる街道途中の国分寺市境にあたります。大正時代国立の学園都市開発の際、国立と国分寺をつなぐ道路をつくるために、段丘を切り開いてできた坂です。諸説ありますが、一橋大学の学生が、「たまらん、たまらん」と言って上ったとか、大八車やリヤカーをひく人が、「こんな坂いやだ、たまらん」といったことからこの名がついたといわれています。当字で「多摩蘭坂」とも書きます。〜
- 大学通り
撮影1990年頃
- 清志郎とチャボを育んだ町、国立市の目抜通り。多摩蘭坂もすぐ近く。
- チャボ著「だんだんわかった」に書いてあるが、桐朋学園に通うときに、ちょっとした反抗心からわざわざ学校に遠い側の道を通っていたそうだ。それが写真左側の道。
- 雑草の生い茂った花壇と並木の両脇は商店街になっている。
- 「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」の舞台もこの付近。道の先には一橋大学がある。桐朋学園はそのちょっと先。
- 国立に住んでいた清志郎はこの界隈の喫茶店や本屋、楽器店などに出入りしていたと言う。
- チャボの通った高校(桐朋学園)
撮影2001年12月23日(日)北側、正門付近
- 小中高一緒になっていて、チャボは中学から通ってたんじゃなかったっけ。でもチャボ自身は高校生活は大嫌いだったらしい。
- ちなみにここが国立市中区3−1。
撮影2001年12月23日(日)
- 南側から見た校庭。小中高が一緒の敷地にあるのでとてもだだっ広い。
- 国立市中区3−1
- 「初期のRCサクセション」に収録された曲だが、前述のように桐朋学園を中心とした一体がこの住所。
- この写真は大学通り沿いで撮ったもの。左側が桐朋学園方面、右が大学通りになっている。
- 悪たれ小僧
- 第一期頭脳警察のラストアルバム「悪たれ小僧」のジャケットにパンタがベッドで寝そべっている絵だか写真だかがあるのだが、そのベッドは実はチャボのベッドなのだそうだ。
- おそらくは撮影がおおくぼさんで、自宅の物を持ち込んで使用したのだと思う。もしくは仲井戸邸で撮影か?
- バックサイド・ハンター(サディスティック・マーリヤ)(岬兄悟)

- Amazonで購入
- GKDなどにみられる俺のおバカな文体のもととなった、岬兄悟というSF作家がいるのだが、その人の作品に「バックサイド・ハンター! 次元調査員サディスティック・マーリヤ」という時空探偵もの小説がある。出版社は角川文庫だ。
- 主人公のマーリヤと、相棒のチャボ清太郎というのが出てくるのだが…もうおわかりだろう、チャボ清太郎は顔が清志郎そっくりという設定なのだ。ちなみにマーリヤは松任谷由実そっくりなのだそうだ。
- この作品、細川ふみえ(ふーみん)主演でビデオ映画化されたのを知ったが、ぜんぜん松任谷由実じゃないやん。チャボ清太郎役って誰だったんだろうなぁ? 当然見ていない。
- 作者の岬兄悟は、学生時代ブルースバンドをやっていたようで、「彼女とストンプ」というコバルト文庫かなんかのバンドものの作品では、ストリート・スライダーズのこともちらっと出てくる。店のスケジュールだとスライダーズがやる予定だったのだが、なぜか主人公のバンドが出演して「この店はけっこういい加減なんだよ」とかいうだけなのだが。でもこれってまだスライダーズがあんまり有名じゃない頃だよなぁ? 敵役の変態パンクバンドを紹介する例えでスターリンの事も出ていたような気がするんだけど、これは記憶違いか。
- この人のラヴ・ペアシリーズ(魔女でもステディ、女神にグッバイ、地底ドドンパ男など)はすごいバカな内容で脱力するので各自読んでみること。ショートショートも良い。
- 清志郎はなんて歌ってるんだ?
- 清志郎の特徴といえば、オーティス・レディングゆずりの「ガッタガッタ!」というスキャットだが、ライブではその他にも曲の合間にソウルマンゆずりのフレーズをはさむことが多い。知らない人にはたいてい何言ってんだかわかんないと思うので、気づいた分だけご紹介する。
- ・スローバラードのエンディング付近でよく使われてるのが「For my baby, for my sweet little baby」
- ・Sweet soul musicでよく使われてるのが「Sock it to me all night long」。Sockってのは本来、殴るとか一発お見舞いするとかいう意味。俗な使われ方で、陽気にやろうとか、性的に“やっちゃう”という意味もあるので、当然清志郎やソウルマン達はこちらの意味で使っているのだろう。
- ・ギビツミって曲もあるけどそれが「Give it to me」。そのまんま「ぼくにおくれ…」ってことだろう。「Give it to me one more time」なんてようにも歌われている。
- 肝沢幅一って誰だよ?
- 主にハードフォーク時代のRCの作曲者名に、この名前がある。「きもさわ・ふくいち」。プロダクションが用意した作曲家かと思われるかも知れないが、その実は清志郎のペンネームである。なんでも、父親が沢田研二のことを、どう読み違えたのか「きもさわ・ふくいち」と呼んでいたことに由来するそうである。それ自体ウソ臭いエピソードだけど。
- 「愛しあってるかい」という本では「今、初めてヴェールを脱ぐ幻の作曲家」として架空のインタビュー記事を載せ、この写真とともに「芸大の作曲科を出てジュリアード音楽院の夏季講習に参加した」なんて書いてあるもんだから、ファンの間でも混乱している感がある。
- じゃあこの写真の男は誰なのかというと、どうやら沖縄県の初代知事かなにからしい。以前NHKの番組で放送されたのだ。もちろんRCとまったく関係ない番組だ。いきなりこの顔が大写しになった時は「あ、肝沢幅一だ!」って声を出してしまった(笑)。初代知事といっても、明治に入ってからの初代知事なのか、戦後初の知事なのか、正確なところはわからないが、とにかくこの写真が肝沢幅一の写真でないことは間違いないのでありました。
- こけしさん、みかんさんて誰さ?
- 清志郎の私小説「十年ゴム消し」に登場する「こけし」と呼ばれる人、スローバラードの共作者の「みかん」。一体誰なのかといえば、その時その時の清志郎の彼女のあだ名であるようだ。
- みかんさんについてはDISCOGRAPHYのスローバラードのレビューを読んで欲しい。
- こけしさんというのは、現夫人の旧姓・石井景子さんの「いしーけーこ」を逆さにして、「こーけしーいー」とか呼んだのの名残じゃないかというのが俺の説なのだが、そうではなく、また別な人らしい。
- いずれにせよ、他人の女性関係をつっつくのは本意じゃないので、詮索するのはこの程度にしておきます。
- NHK、アントニオ猪木
- 1980年代、NHKに「YOU」という番組があった。糸井重里が司会で、若者文化を取り上げていた番組だ。当時小学生だったので詳しくは知らないが、RCも何度か取り上げられていたようだ。RCの写真のパネルを見ながら、スタジオの若者達に意見を聞くという特集もやったらしい。「あなたなら誰に国民栄誉賞をあげたいですか?」との問いに、「キヨシロー!」と答えていた会場の女の子もいたっけ(笑)
- 82年頃の年末か正月だっただろうか、「YOU」のスペシャルが放送された。RCの他に、漫才ブームの頂点にいたビートたけし、プロレスで絶大な人気だったアントニオ猪木という若者人気が高かった三組がゲスト(この日の楽屋の模様はおおくぼさん撮影によるRCの写真集にも載っている)。今から考えてもすごい組み合わせだ。清志郎と猪木。互いのことをどう思っていただろう。
- RCは「キモちE」など2曲ぐらいを演奏。猪木の肩車の上で清志郎が歌うというシーンも見られた。「オナニーしているやつより」と歌った部分は客席の歓声で消されていたらしいが。
- NHKはこれ以外にもことあるごとにRCのライブなどを放送していた覚えがある。箱根のライブ、ヤングミュージックフェスティバルのゲストとして出演した時の科学博会場でのライブ、そしてNHKFMの渋谷陽一の番組でもアルバムが出るごとに特集が組まれていた。おかたいイメージのNHKなのに、RCみたいな一見イカレたロックバンドが取り上げられるのは興味深い。糸井さんや渋谷君はもちろん、いわゆる文化人と呼ばれるような人たちからの評価が高かったというのもその一因かも知れない。
- 「YOU」で共演した、今でこそ「1、2、3、ダー!」ばかりやってるプロレス界の目の上のたんこぶのような猪木ではあるが、当時は一連の異種格闘技戦などによって、絶大な人気を誇っていた。直木賞作家・村松具視も大の猪木ファンで、「私、プロレスの味方です」「当然、プロレスの味方です」「ダーティーヒロイズム宣言」などといったプロレス本を出版していた。その中に「アントニオ猪木の試合の興奮は、まるでRCサクセションのコンサートのようだ」といったような一節があった。当時両方のファンだった俺はだいぶ喜んだものだ。
- また「ダーティーヒロイズム宣言」の中でも、昔のニヒルな歌手(田川譲二)の話から、「(そうやって女性ファンからの歓声を唇を歪めて無視してみせたりするようなサディスティックな肌触りは)RCサクセションのギタリスト、チャボなどにその筋の毒気が受け継がれているのではないか」と書かれていた。かなりRCのことを注目していたのがうかがえる。
- バンド名の由来
- HISTORYのページに書いてあるからべつに書かなくてもいいかな〜? とは思うんだけど、あらためて項目を設けておくことにする。
- 1966年、高校生の頃に組んだアコースティックグループがThe Cloverといい、解散後に結成したのが「Cloverの残党」という意味のThe Remainders of The Clover。
さらにそれを解散、メンバー変更で再結成したのが「The Remainders of The Cloverの続き」という意味のThe Remainders of The Clover Succession。だけどあんまり長過ぎるんで先頭を略してR.C. SUCCESSIONになったのだ。 - その後、80年代になって一大ヒットをしていた時には、おそらくその由来をいちいち話すのがめんどくさかったんであろう、「“(バンドを)ある日作成しよう”と思ったから、それを文字った」というようなことをいい加減に答えていた。そのため、多くのファンはその説をだいぶ長い間信じていたらしい。後年、「GOTTA」という本が出るまでは。
- ほかにも「愛しあってるかい」という宝島の本で「ソウルフルな名前にしたかったから、赤ワニ続々という意味の“Red Crocodile Succession”からとった」だとか、「やーらしいサックしよう」だとか適当な説が飛び交っていたのだ(笑)。
- ちなみにALFEEも同じ頃、ほかに由来があるにもかかわらず、「ある日(結成したから)」とか言っていたっけ。NHKの音楽番組「レッツゴーヤング」で司会の倉田まりこだか石川ひとみだかが、「じゃあRCサクセションとおんなじなんですねぇ」と言ってたのを覚えている。
- だ〜か〜ら〜
- 忌野清志郎です。清志朗ではありません。ましてや狂四郎なんかではありません。
- 読みもキヨシロウです。キョウシロウではありません。
- 仲井戸麗市です。中井戸麗一ではありません。
- 読みもレイチです。レイイチではありません。
- 細かいことかもしれませんが、いまだよく間違いを見かけるもので……。
- カラオケで歌えるRCの歌
- 通信カラオケの普及のおかげで最近はカラオケにもRC関係の歌が増えてきた。以前はせいぜい「雨あがり」と「ルージュマジック」程度だったが、機種によってはそうとうレアな歌まで収録されるようになった。
- 俺も自分のバンドの歌の練習や、純粋にレジャーとして、時々一人でカラオケボックスに行って歌っている。個人練習でスタジオ借りるよりも安いしね。
- 思えば、LDカラオケの時代のルージュマジックの映像はひどかったな。あれは曲ごとに映像が撮影されてるんで、一応歌に則した内容の映像が付くんだけど、ルージュマジックのは、最初は普通だった男が、途中から清志郎みたいな厚化粧を始めるというものだった。ありゃあ見ていて情けなかった(苦笑)。最近の通信カラオケでは一部にRCの実写ライブ映像が流れたりもするね。
- カラオケと聞くと毛嫌いする人もいまだいるようだが、歌を歌うという単純に楽しい行為を「生演奏じゃないから…」などといった理由で否定してしまう方がもったいない行為だと思う。そりゃ、職場の付き合いで嫌々カラオケスナックのようなところへ連れて行かれ、まわりに合わせて歌いたくもない演歌なんか歌わされるようなシチュエーションは嫌だけど、それってカラオケが悪いんじゃなくて、そういうシチュエーションが悪いだけだよね。まあ、俺は昔っから客の接待とかでも平気でロック系のばっかりかまわず歌ってたけどね。
- さて、肝心のカラオケ収録曲だが、全部書き出してみてもしょうがないので、一部だけ紹介しよう。詳しくは各カラオケメーカーのサイトで調べて欲しい。他にもRCのナンバー、清志郎が提供した曲を別の歌手が歌っていることもあるので、そちらも要チェックだ。
- ・CyberDAM
- RCのナンバーは、雨あがりの夜空に、君が僕を知ってる、よそ者、わかってもらえるさ、サマーツアー、金もうけのために生まれたんじゃないぜ、宝くじは買わない、ぼくの好きな先生、多摩蘭坂……など20曲程度。
- 清志郎のソロ関係として、ルージュマジック、プライベート、パーティーを抜け出そうなど10曲弱。
- 古井戸が飲んだくれジョニィ、ポスターカラーなど数曲。チャボのソロは1〜2曲(ない店もある)。麗蘭がやはり2曲ぐらい。
- スマップがカバーした、弱い僕だからも入ってると思う。アレンジかなり違うけどね。先頃亡くなった本田美奈子のあなたと熱帯とか、吉川晃司のHoney Pieなんかも探せばあるかな?
- 逆にRCでカバーしたバリー・マクガイヤのEve of destraction(明日なき世界)、ジョン・レノンのImagine 、ストーンズのPaint it black(黒くぬれ)、ボブ・ディランの風に吹かれて、ウィルソン・ピケットのIn the midnight hourなんかも入ってるね。
- ・UGA
- ウガ、ウガウガ! というカエルのCMのアレ。ここは曲数が多いことが売りらしいので、やたらいろんなのが入ってる。前に調べたときはかなりレアな曲を含めて、RCだけで50曲ぐらい入ってたかな? 雨あがりなんて、わけわかんないディスコバージョンとかなんとかがいっぱい入ってた。清志郎とかも調べればいっぱい入ってると思う。ただ、音はDAMに比べてあんまり良くないですよ。曲数が多い分、個々の曲の音色を作り込んでない感じ。
- 他にもJOY SOUNDとかいろいろあるんで、調べてみてね。