アメリカ政府がテクノロジーと引き換えに宇宙人と密約!?
MJ-12
1984年12月11日〜/アメリカ
参考地図:アメリカ合衆国ニューメキシコ州ダルシー
1984年12月11日、テレビプロデューサーのジェイム・シャンデラ(Jaime Shandera)(図1)は厳重に包装、封印された匿名の郵便小包を受け取ったという。中には未現像の35mmフィルムが入っていた。
シャンデラは少し前から接触を受けていたUFO研究家ウィリアム(ビル)・L・ムーア(William(Bill) Moore)(図2)にフィルムを託し、現像してもらった。
フィルムには二つの日付の文書が写っていた。
一つは1952年11月18日の日付で、ロスコー・H・ヒレンケッター海軍少将がドワイト・D・アイゼンハワー次期大統領に対して行ったブリーフィング用の文書。
もう一つはその付属文書で、1947年9月24日の日付の、ハリー・S・トルーマン大統領からジェームズ・フォレスタル国防長官に宛てたものだった。この文書はフォレスタルに対し、核科学者のヴァネヴァー・ブッシュ博士と協議の上、大統領にのみ直接責任を持つ、ロズウェル事件の調査をする委員会を設置する権限を与え、これを“マジェスティック12(トゥエルブ)”(MJ-12)と名付けるように求めたものだった。
MJ-12委員会は12名の著名な科学者、技術者、軍人、情報専門家から構成されていた。
その後シャンデラ、ムーア、そして核物理学者のスタントン・T・フリードマン(Stanton Friedman)(図3)が文書の真偽を確かめていたところ、ムーアとシャンデラは国立公文書館にあるファイルを閲覧するように示唆された暗号の手紙を受け取り、1985年7月にトワイニング中将に宛てた1954年の覚え書きを発見した。そこには1954年7月16日にアイゼンハワー大統領が出席して開かれた国家安全保障会議の席上でMJ-12委員会がブリーフィングを行ったと書かれていた。
この話の裏付けを取るため、軍事情報機関の高官にコンタクトを取ったとされたが、実は米空軍の下っ端の下士官リチャード・L・ドティーという空軍調査部の元エージェントだった。
ドティーは1980年の偽のUFO目撃報告事件に関与したことがあり、すでにMJ-12に言及した空軍調査部の文書をムーアに渡していた(空軍によればそれは偽造文書だという)。1983年にはテレビ・ディレクターのリンダ・モールトン・ハウに、墜落したUFOから回収された宇宙人について述べた大統領へのブリーフィングを見せた。ハウとの会見の中ではMJ-12にもふれ、「MJはマジョリティーの意味で、宇宙人とのコンタクトを担当し、情報隠蔽工作を指揮する機関のことである」と述べた。しかし宇宙人とのコンタクトのフィルムの提供や、宇宙人との直接インタビューなどを約束しながらもハウをはぐらかし続け、1988年に空軍を辞めている。
1987年5月29日、3人はMJ-12文書を公開した。イギリスのUFO研究家ティモシー・グッドが自分も写しを持っていてマスコミに公表するつもりだと発表したためだった。
MJ-12文書は懐疑論者達から猛攻撃を受けた。
使われたタイプライターがずっと後に製造された点、日付の書き方が不統一の点、トルーマン大統領のサインが別の文書からの複写だった点、そして日付の形式と文書に押されたスタンプがムーア自身のスタンプとそっくりであることなどが次々と指摘された。
トワイニング中将に宛てた覚え書きは実在するものの、あるはずの透かしが入っていなかったり、記録番号が不自然なことから、何者か(発見者のムーアが疑われている)が公文書館のファイルに忍び込ませた偽文書だと言われている。
1980年、空中現象調査機関APROの代表であったポール・ベネウィッツは、UFOとは関係のない空軍の秘密の無線通信を、宇宙人と軍との通信であると思い込み、傍受を続けた。空軍はしだいにベネウィッツの傍受に気付き出した。
1980年9月、ムーアは自身が「ファルコン」と呼ぶ「宇宙人に関する情報を公開したいと望む小規模なグループの代表」を名乗る人物からの要請で、ベネウィッツの活動について報告することになった。これによって空軍特別調査部は、ベネウィッツがどれだけ空軍の秘密の活動の実態を知っているのかを調査しようとしていたのだ。この接触は1985年半ばまで続いた。
この特別調査部の特別調査官はリチャード・L・ドティー軍曹である。(ファルコンはドティー軍曹であろうか?)
1980年10月26日、カートランド空軍基地は、地域でトップクラスのUFO専門家(ムーアだろうか?)にドティー軍曹を同行させ、ベネウィッツのインタビューを行った。
その後ベネウィッツは基地に招かれて将校や科学者に対して自分の集めた証拠を提示したが、空軍は「これ以上調査をしないと決定した」と告げた。
空軍は秘密の通信実験を隠すため、わざと宇宙人や地下基地などのでたらめな情報を流し、ベネウィッツの情報の信頼を落そうと企てた。
その結果、ベネウィッツが1982年頃から発表しだした「ベータ報告」なるものは、「宇宙人は、宇宙人と人間の混血種を作っている」「ニューメキシコ州ダルシーの西方に2,000人以上の宇宙人が住んでいる」「宇宙人がアメリカ政府の同意の下、人間を誘拐して何かの機器を埋め込んでいる。その数は全世界で200万人になる」「宇宙人の胎児がキャトル・ミューティレーションによって得られた牛などの体液によって育てられている」などという内容になった。
自身の誇大妄想癖と、空軍のでたらめな情報により一層妄想を膨らませ、勝手に身の危険まで感じるようになったベネウィッツは、1985年後半には精神に異常をきたしてしまった。
かつてイギリス空軍チックサンズ基地で働く米空軍情報分析官であったウィリアム・S・イングリッシュ(William S. English)(図4)は、1976年6月19日に評価のために渡された、625ページにわたる「グラッジ/ブルーブック#13」という文書について語った。
米空軍のUFO研究プロジェクト「グラッジ」およびそれを引き継いだ「ブルーブック」の報告書の欠番で(欧米では13という数字を嫌うため)、存在しないと言われてきた報告書であったが、その内容は捕獲された宇宙人の死体の写真をともなう検死・解剖結果、その乗り物と武装などに詳細に書かれており、J・アレン・ハイネック博士のサインも入っていたという。
数週間後に突然職務を解任されたイングリッシュは、1980年頃よりこの件にからんで何度も命を狙われることとなったと語った。
しかし自分の経歴や関わった事件の公式記録などに関してかなり矛盾した回答をしており、信憑性を疑われている。
14,000時間の飛行経験を持つ旅客機のパイロットでUFOマニアでもあったジョン・リアは(図6)、1987年8月にベネウィッツに会い、彼の主張と、ムーアらによるMJ-12文書を合わせ、さらには多くの噂、空想(妄想)を融合し、同年12月29日にインターネットの掲示板に「リア文書」として発表した。
その内容は「キリストを創造したのは宇宙人」「1969年から1971年にかけてMJ-12はEBE(イーバ/宇宙人のこと)と密約を結び、EBEから技術の提供を受けるかわりに、人間の誘拐と人体実験、キャトル・ミューティレーションを容認することとした」「MJ-12は映画『未知との遭遇』や『ET』などによって宇宙人の良いイメージを大衆に浸透させ、徐々に宇宙人が地球にいることを公表しようとしていたが、宇宙人側の裏切りによってその計画が水泡に帰した」「現在はEBEに対抗する兵器をSDI(戦略防衛構想)の名の下に開発している」などというものであった。
またリアは、ケネディ大統領が宇宙人との間の密約を公表しようとしたのを一因として暗殺されたと主張した。そしてザプルーダフィルムの映像を証拠に、致命傷を与えたのはパレードでケネディの車を運転していた運転手だと語った。運転手が肩越しにピストルを突き出してケネディを撃ったというのだ。しかし鮮明なフィルムを見れば、それは助手席の男の髪の毛が光って見えているだけなのがわかる(図7)。
リア文書発表と同じ頃、リア文書の中でもほのめかされていた「ダルシー文書」が研究者達のもとに電子メールで届けられていた。この文書はMJ-12と宇宙人の共同施設であるダルシー研究所で、1979年に反乱を起こして脱走したトーマス・キャラブロというCIAエージェントが、信頼できる友人に託しておいたものが公開されたのだと言われている。
内容はダルシー研究所で行われていることの説明、内部の写真、内部を写した6分間のビデオが含まれるというが、明らかになっている一部の内容は、銅やマグネシウムなどについて語られたもの、宇宙人の目的と、牛の血の用途、クローンによる「疑似人間」と、「雌雄同体生物」が創られていることなどであった。
1989年、ミルトン・ウィリアム(ビル)・クーパー(Milton William Cooper)は、海軍の情報将校だった1972年に見た秘密文書「マジョリティー作戦」に関する情報を、インターネットに発表した。彼の証言は基本的にベネウィッツ、リア、イングリッシュらの説の繰り返しである。
「宇宙人達は、自分達が取り決めを守る証としてクリルという人質を残していったが、数年後に病死した。」
「アイゼンハワー大統領は1972年、宇宙人問題に関して32人の『ジェースン協会』を設立した。そのトップ12人はMJ-12(マジョリティー・トゥエルブ)と名付けられ、あらゆる事柄に絶対的権限を持っていた。MJ-12は世界中の非合法な麻薬取引を行っている。ケネディ大統領が宇宙人の存在を公表しようとしたため、彼を暗殺した。」
「日米欧三極委員会のメンバーも加わった陰の政府が組織され、北極の氷の下の原子力潜水艦の中で『政策委員会』の会合を行っている。また、「宇宙人のテクノロジーを利用して、選ばれた者だけが地球外の植民地で暮らせるようにする計画があり、労働力としての奴隷を集団移送した。」などという明らかに「第3の選択」の焼き直しの内容まであった。
また“マジェスティック12”は“マジョリティ12”の存在を隠すための偽情報であるという。
クーパーは「グラッジ/ブルーブック#13」の報告書をはじめとした秘密書類を、イングリッシュより前の1972年に見ているとも語った。しかし、なぜ当時所属していた部隊のあったというハワイにその書類があり、下級兵士だった彼がそれを見ることができたのかは腑に落ちない。
矢追さんの番組で大きく取り上げられ、子供心にずいぶんショックを受けた事件である。
少々複雑ではあるが、時系列を追って見ていくと、ムーア、ドティー軍曹あたりが黒幕で、オカルト好きのリアとクーパーが、イングリッシュの話を取り込んで話を大きくしていったように思える。
荒唐無稽な内容だからといって一笑に付してしまうことはしたくないが、数々の証言者、文書などの信憑性が著しく欠けるのだから、信じろという方が無理である。
今後もこの項は継続して資料をあたり、より正確に、分かりやすく修正していきたいと思う。
追記
クーパーは2001年11月5日、数年にわたる税金滞納のかどで逮捕される際、アリゾナ州の自宅を訪れた警察官らと撃ち合いになり、射殺されたようである。
- 参考資料(敬称略)
- 並木書房・政府ファイルUFO全事件(ピーター・ブルックスミス(大倉順二訳))
- 宝島社・トンデモ超常現象99の謎(と学会・山本弘、皆神龍太郎、志水一夫)
- 日本テレビ・1989年9月23日土曜スーパースペシャル(矢追純一)






