平成疑問かなづかひ−假名遣標準化計劃

形聲文字の分岐

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 同一文字もしくは形聲音符を同じくする漢字同士で假名遣が異る例は少なからずある。また表面的には問題なささうでも、類推を誤る例もある。これらを列擧してみた。すべて『學研 漢和大字典(第一版)』によってゐるので、他の辭書と異る場合もある。


1、四つ假名

(じゃ)

親字漢音呉音慣用音
しゃじゃ

(じょ)(ぢょ)

親字漢音呉音慣用音唐音
余餘畭   
畭舍(舎)捨しゃしゃ   
しゃじゃ   
しょしょじょ   
徐敍(叙敘)蜍しょじょ  徐行(じょかう)
ちょぢょ 掃除(さうぢ)
茶(荼)ぢゃだ、ちゃ 
   
途塗づ、ど   

()(とく)

親字漢音呉音
寺侍恃時蒔
持痔峙
たいだい
とぅとぅ
とくどく

 ()の形聲音符は()

()()

親字漢音呉音

 ()の形聲音符は()。異體字の「()」は、形聲音符を()に誤ったものであり、假名遣も合はない。

(ぢょ)(じょ)

ぢょ
汝如洳茹恕絮じょ
奴努怒孥弩駑呶帑

 女([漢]ぢょ[呉]にょ)と汝([漢]じょ[呉]にょ)など、漢音のザ行ダ行共に、呉音のナ行となる事あり、假名遣判別の役にはたたない。汝の訓は「なんぢ」なので音「じょ」と紛れやすいからう。

(じゃぅ)(ぢゃぅ)

親字漢音呉音
襄驤壤(壌)攘穰(穣)禳讓(譲)じゃぅにゃぅ
釀(醸)孃(嬢)ぢゃぅにゃぅ
曩嚢だぅなぅ

 漢音の ザ行 ダ行共に、呉音の ナ行となる事あり、假名遣判別の役にたたない。(ぢょ)(じょ)なども同樣。

(しん)(ちん)

診疹畛袗軫しん
珍趁ちん

 診の呉音は「ぢん」であるが、常用音ではないため假名遣の問題はなからう。ちなみに診などの形聲音符は(せむ)と無關係である。

せむ
衫杉參慘驂さむ
滲蔘しむ

(ずい)(たん)

ずい
湍端たん

(ぢむ)

親字漢音呉音
ちむぢむ沈香(ぢむかぅ)
しむしむ沈徳潛(しむとくせん)沈約(しむやく)

 後者は姓名や地名のみ用ゐる音である。遼寧省の瀋陽(しむやぅ)沈陽(しむやぅ)とも書くが、チンヨウとは讀まない。

(じつ)と衵

親字漢音呉音意味
じつにち 
ぢつにち婦人の肌着
じつにち柔かい普段着

 (あこめ)は國訓のため音を確定しづらいが、「じつ」が相當か。

*壬と賃

壬衽(袵)荏じむ
ちむ

(ぢゅう)

親字漢音呉音慣用音
丶駐註ちゅうちゅう 
柱住ちゅうぢゅう 
主麈注しゅちゅう

 琴柱(ことぢ)()も音由來。(わぅ)の形聲音符は(しゅ)ではない

*杼

親字漢音呉音意味
ちょぢょ
しょじょくぬぎ、とち

 杼實(じょじつ)は後者。

(でふ)(せつ)

親字漢音呉音慣用音
聶躡鑷でふねふ 
ぜふねふせふ
囁懾攝(摂)せふせふせつ(攝)

(ずい)()

隋髓隨ずい
惰橢楕墮

()()

親字漢音呉音

(ぢく)

親字漢音呉音意味
衄(衂)ぢくにくはなぢ
じくにくはなぢ

 (ちう)を音符とする形聲文字(丑紐忸狃羞鈕衄)の中で(じく)は例外的。現代北京音は「ぢく」の系統。


2、合口(ワ行)

(くゐ)()

親字漢音呉音
ゆい
貴簣饋匱櫃くゐくゐ
くゎいくゎい

 「貴」を音符とする形聲文字はほとんどが合口に屬する。「遺」も合口所屬だが例外的に「イ・ユイ」。「唯」「惟」と同音ゆゑであらう。

()()

親字漢音呉音
すいすい
惟唯ゆい
ゆい

()

親字漢音呉音 
おける、おいて
ああ(感嘆)
 

 「おいて」の意味なら「お」である筈だが、しばしば「を」とされる。平假名「お」の原字でもあり、感嘆の「ああ」以外は「お」とすべきであらう。

()

親字漢音呉音意味
あくあくわるい
にくむ、いづくんぞ

(をく)(あく)

をく
幄齷握渥あく

()(くゎ)

くゎ

(かい)(くゎい)

かい
悔晦誨くゎい

(がい)(ぐゎい)

鎧凱剴皚がい
ぐゎい

(くゑい)

 ( くゑい の形聲系列は大きく二系統に分れる。( ほぅ ( はぅ は圭と無關係である。

親字漢音呉音慣用音
圭珪桂畦奎袿閨掛挂卦褂罫窪蛙鮭娃哇わ・わい・くゑい・くゎいゑ・くゑ・くゑい・くゎい 
佳街鞋硅崖(崕)啀睚涯がい 
けい

 また以下の三字は二系統の兩方に跨がるが、どれが常用音か定かではない

親字漢音呉音 
くゑいくゑふぐ、さけ
かい
あい美しい
嬰兒
あい吐く
吐く

(くゎん)(かん)

親字漢音呉音慣用音
かんけんくゎん
官棺管館(舘)くゎんくゎん 

 慣用音の(くゎん)は菅原道眞に限って用ゐるやうである。百人一首も菅家(くゎんけ)とする。

(けん)(くゑん)

悁捐えん
狷絹けん
羂涓鵑娟くゑん

(くゑん)(けん)

けん
卷綣倦捲圈(圏)拳眷券(劵)くゑん

 惓のみ「けん」である理由は不明。『廣韻』の未收字であるためか。

(かん)(くゎん)

かん
くゎん

 (くゎん)(くゎん)の異體字。

(えぃ)(ゑぃ)

親字漢音呉音
瑩營(営)塋えぃやぅ
瑩榮(栄)蠑ゑぃゐゃぅ
煢螢けぃぎゃぅ
らうらう

 瑩は同義で「えぃ」「ゑぃ」二系統あり。現代北京音は「えぃ」に相當。

(おん)(をん)

親字漢音呉音
いんおん
をんをん

3、「あう」「おう」

(きょぅ)(かぅ)

 共などは江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。特に鬨(閧)は同義で兩方の音になり得る、現代北京音は「こぅ」の方

親字漢音呉音
共供拱蛬きょぅ
洪哄こぅ
鬨(閧)こぅ
鬨(閧)巷かぅごぅ
かぅこぅ

(こぅ)(かぅ)

 「江」などは江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。「虹」は「こぅ」とする場合が多い。

親字漢音呉音慣用音
工虹功攻紅汞訌鴻貢箜こぅ 
空控倥こぅくぅ 
江項扛杠矼缸肛槓腔跫かぅこぅきょぅ(跫)
こぅぐ、ぐぅ 
かぅこぅ 

(かぅ)

 「降」などは江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。降伏(かぅふく)は佛教語で降伏(ごぅぶく)となる。降三世(ごぅさむせ)明王なども呉音による。

親字漢音呉音意味
降絳かぅこぅ 
かぅごぅ降伏

(らぅ)

親字漢音呉音慣用音
瀧(滝)らぅろぅ 
龍隴りょぅりゅぅろぅ
聾朧瓏蘢槞籠(篭)ろぅ 

 瀧(滝)は江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。

(どぅ)

親字漢音呉音慣用音意味
たぅどぅしゅ  
とぅづぅ 木名橦布(とぅふ)
 たぅどぅ橦城(どぅじゃぅ)
 しょぅしゅ 橦木(しゅもく)
たぅどぅ  艨艟(もぅどぅ)

(はぅ)(ほぅ)

親字漢音呉音慣用音
はぅはぅ 
はぅぼぅばぅ
奉豐峰(峯)ほぅ 

 「蚌」は江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。

(こう)(かぅ)

親字漢音呉音
冓構遘溝購媾搆覯こうこう
かぅこぅ

 「講」は江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。

(そぅ)(さぅ)

親字漢音呉音
匆怱葱偬惣總(総)聰(聡)そぅ
窗(窓)さぅそぅ

 「窗(窓)」は江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。(そぅ)(ぶつ)(こつ)の形聲文字ではない。

(さぅ)

親字漢音呉音
雙(双)さぅそぅ

 「雙(双)」は江攝に所屬し、[漢]あぅ[呉]おぅ。原則として漢音優先。

*合

 合を音符とする形聲文字は大きく四つの系統に分れる。いづれも佛教語以外は、漢音を優先して差し支へないと思はれる。「合」の慣用音を「がふ」とするのは、促音化して「がっ」となるためであらう。

 漢音呉音慣用音
合盒洽かふごふがふ(合)
哈閤鴿蛤かふこふ 
答(荅)搭鞳たふとふ 
給翕歙きふこふ 

 他に

 漢音呉音意味
恰袷かふけふ 
しふじふ 
たふたふ 
かふげふ 
かふごふ洽水(地名)
かふけふあはせ
けふこふ次、控へ

(しょぅ)(しゃぅ)

親字漢音呉音
正証鉦政せぃしゃぅ
しょぅしょぅ
しょぅしょぅ

 「証」は本來「いさめただす」意だが、一般に(しょぅ)の略字として用ゐられる。

(そぅ)(さぅ)

親字漢音慣用音
曾(曽)僧層贈甑そぅ 
さぅ

 一般には味噌(みそ)など、慣用音「そ」だらう。

(さふ)

親字漢音呉音
さふそふ

 千葉縣の匝瑳(さふさ)郡はもと「狹布佐(さふさ)郷」。呉音の「そふさ」ではない。

(ほぅ)(はぅ)

親字漢音呉音
棚繃弸硼萠はぅはぅ
朋崩鵬堋ほぅほぅ
ほぅぼぅ
はぅびゃぅ

 「棚」だけ同義で二系統に分れるが、一般には「はぅ」。

(とぅ)

親字漢音呉音意味
登燈(灯)鐙嶝磴とぅとぅ 
とぅとぅこしかけ
たぅぢゃぅだいだい
丁灯てぃちゃぅ 

 「灯」は一般に「(とぅ)」の略字として使はれるが、元の字も「ともしび」の意。

*踏

親字漢音呉音
踏鞜たふとふ

(なふ)

親字漢音呉音慣用音唐音
だふのふ、なふたふ

 呉音は「なふ」が一般的である。納得(なっとく)納豆(なっとう)などを説明しやすい。出納(すいたふ)など、慣用音「たふ」は漢音の變形であらう。納戸(なんど)は呉音「なふ」の撥音便。陽入對轉と解釋した「なむど」ではあるまい。

(はう)(ほう)

包庖砲胞飽咆枹炮皰(疱)苞靤髱鮑(蚫)麭匏泡はう
抱袍ほう

*法

親字漢音呉音
法琺はふほふ

 法は[漢]はふ[呉音]ほふの使ひ分けが古來からよく守られてゐる。法華經(ほっくゑきゃぅ)法螺貝(ほらがひ)法親王(ほっしんわぅ)法顯(ほっけん)法性寺(ほっしゃぅじ)法界坊(ほっかいばぅ)法相宗(ほっさぅしゅぅ)法主(ほっす)など、佛教關係の言葉は呉音を用ゐる。法被(はっぴ)は僧衣の意に限り「ほふひ」と讀む。法度(はっと)は佛教語ではない。「つくつくほうし」は蝉の鳴き聲の擬音語だが、漢字書きだと「法師」の意味も重なるため「つくつくほふし」とすべきか。

*乏

親字漢音呉音
はふぼふ

(もう)(まう)

親字漢音呉音慣用音
ぼうもう
かうかうまう

 「毛」など、豪韻脣音字に限り「まう」でなく「もう」。「耗」の子音はは喉音に屬するから「かう」でよいのだが、慣用音「まう」は(もう)に引きずられたものであり、消耗(せうまう)などとするのは疑念が殘る。

*卅

親字漢音呉音
さふそふ

(そう)(さう)

叟搜(捜)痩溲そう
嫂艘さう

(をく)

親字漢音呉音慣用音意味
奧(奥)あうあうをく 
ゐくをく 山や川の深く入り込んだ所

 「奧義」は「あうぎ」または「をくぎ」となる。奥津城(おくつき)など、訓は「おく」であり紛はしい。

(こぅ)

嫦(姮)こぅ
こぅ
じゃぅ

 (こぅ)の正字は「姮」。漢の文帝の忌避により今の字體となる。後に「じゃぅ」とも。

(はぅ)(ほぅ)

はぅ
ほぅ

*淙

親字漢音呉音
そぅず、ずぅ
さぅぞぅ

 「淙」は一般に「そぅ」。「宗」を音符とする形聲文字は「そ、そぅ、しゅぅ」などの音が多く、「あぅ」は珍しい。

(さう)(じょぅ)

さう
じょぅ
蠅蝿よう

(まぅ)

親字漢音呉音
ばぅまぅ
ぼぅ

 草莽之臣(さうまぅのしん)など、一般には「まぅ」が多く、假名遣の問題は發生しない。

(ざふ)

親字漢音呉音慣用音
雜(雑襍)さふぞふざつ、ざふ

 一般に「ざふ」が多く、呉音「ぞふ」は用ゐられない。

(さつ)

親字漢音呉音慣用音
さふそふさつ

 「さつ」は「さふ」が促音化したもの。


4、-む(m韻尾)

(かむ)(かん)

甘柑拑箝鉗坩疳蚶嵌かむ
かん

 「邯」だけ「かん」なのは、邯鄲(かんたん)が疉韻の地名だから、(たん)と韻を踏んでゐるのだらう。『學研漢和大字典』では「拑箝鉗」の三字のみ慣用音に相當するから「かん」であるとする。

(ばん)(しむ)

釆番はん
審瀋しむ

(てん)(てむ)

てん
忝添てむ

 (てむ)(てん)を音符とする形聲文字だといふ説もあるが、本當だらうか。