平成疑問かなづかひ−假名遣標準化計劃

國語問題協議會での發言

解説へ

  1. 國語問題協議會での發言1(11.5.15)
  2. 國語問題協議會での發言2(11.11.20)「歴史的假名遣は信頼に足るか」
  3. 開設初期の「平成疑問かなづかひ」

國語問題協議會での發言1(11.5.15)

本日は何でもよいから思ふところを開陳せよとの事でございますので、若輩ではありますが、近頃感じるところを率直に申上げます。二點あります。

第一に「他流試合が必要である」と考へます。

どんな分野でも丁々發止の討論のある會は一番面白いものです。さういふ企畫はなかなか難しいのかもしれませんが、少なくとも仲間内だけで固まってゐると、同じ意見の繰り返しに終始し、いつしか重大な問題を見過してしまふのではないかと危惧いたします。一例を擧げませう。昭和六十年「現代假名遣い」で「歴史的假名遣いの尊重」が謳はれ、我々は均しくこれを歡迎したものでした。ところがこの文言はいつしか「原典の尊重」にすり替はり、却って我々の首を絞めつつあると私は感じてゐます。これこのとほり原典は歴史的假名遣など全く守ってゐない、正統表記とは古典の實態を無視してでっちあげられた「僞の傳統」なのだ、といふ論が最近一段と勢ひを増してゐます。ところがその單なる「正確な引用」を、肝腎の我々が「最近は引用文だけでも歴史的假名遣が復活してきた」と無邪氣に喜んでゐないでせうか。ここで試しに、この文中の「ゆへに」は「ゆゑに」の誤りだから訂正すべしと指摘したらどうなるでせう。さういふ恣意的な改竄は古典に對する冒涜だの、正しい讀解を妨げるだのと集中的な批判を確實に浴びるでせう。近頃は古典の翻刻本ですら底本のままに寫すだけで、凡例では歴史的假名遣の扱ひに全く言及しない、それは問題外であるといふ事になりつつあるやうです。かういった傾向が單に私の取越苦勞なのであればよいのですが、一般にはほとんど注意されてゐないので念のため申し上げた次第です。

第二に「趣味の擬古文であってはならない」と考へます。

我々が正字正假名遣を擁護するのは、それが現代の文章を綴るのにふさはしいと考へるからです。それゆゑ少しでも現實の言語環境にそぐはない部分があれば、本會こそ率先して補整改訂案を示してゆくべきです。さうでないと世の中から取り殘された不十分なシステム、單なる擬古文になってしまひます。この考へ方には反對意見もありませう。まづ、さういふさかしらは良くない、自然の推移に任せるべきだといふ意見があります。しかし假名遣とはそもそも自然言語ではなく、人工的に組み立てた規則なのであって、むしろ不斷の調整が不可缺です。次に、かかる重大問題は研究者に任せるべきだといふ意見があります。もちろん深い學識が必要な作業には違ひありません。しかし研究者の視線は常に實在した事を客觀的に觀察分析する、つまりは原典尊重が出發點でありますから、主觀的に「かくあるべし」と主張する規範とは對蹠的な位置關係にあります。國語國字問題を研究者が支援しないのも當然であり、またそれゆゑに使用者や實務者こそ改良提言を擔當すべきものと考へます。歴史的假名遣の最大の缺陷は、假名遣が不明な語彙が相當數あるといふ點です。これは契冲の過失ではなく、その後の保繕整備を怠った我々の罪であります。今の状態が續けば、やがて御家流の筆跡や定家假名遣の如き地位に零落するでありませう。いや、今では定家假名遣の方がよほど「傳統的」なのだとの評價さへあります。それでも定家假名遣が各種辭典に注記されないのは、それが現代文をも綴り得る、今日的意義を持った假名遣とは看做されてゐないからです。「曾て存在したもの」と「今でも使へるもの」の距離はとても遠いのです。

平成十一年五月十五日


國語問題協議會での發言2(11.11.20)「歴史的假名遣は信頼に足るか」

平成十一年五月十五日に國語問題協議會の席上で私が發言いたしました内容につきまして、自分なりに考へをまとめましたので、ここに御報告申し上げます。非力にして未だ道遠い次第ですが、諸先生方の御導き賜りたく、お願ひ申し上げます。

この内容の大部分は、個人開設のホームページ『平成疑問かなづかひ』で、逐次一般公開してをります。近い將來、編輯改訂がいづれかの組織に引き繼がれ、これまで不統一であった歴史的假名遣が、廣く標準化される事を強く期待してをります。

平成十一年十一月二十日

歴史的假名遣は本當に傳統的ですか?

それでも歴史的假名遣は信頼できますか?

あなたは本當に歴史的假名遣を書けるのですか?

候補の中から正解を選んでみて下さい。すぐにわかる簡單さうなものもありますが、いくつか辭書を較べてみると、思はぬ相違を發見する事があります。どれが正しい假名遣か、私には未だ正解のわからぬものもあり、大方の御教示を仰ぐ次第です。(例語略)

(追記) 十一月十三日の國語問題講演會で、宇野精一先生の御講演が印象に殘りました。漢字はあらかた解決したから、次の目標は假名遣および人名漢字制限である、といふ指摘は特に重要であると感じました。しかしながら、假名遣問題は漢字に比べて著しく不利な状況にあると思ひます。漢字には『説文解字』『康煕字典』『諸橋大漢和』などの規範字書が普及してゐます。またアジア各國の漢字には少なからぬ字體差があり、相互比較の際には嫌でも康煕字典に立ち返らねばなりません。ところが假名遣は單に日本一國の問題ですから他國の假名遣と比較する機會は無く、『疑問假名遣』など基本的な規範書は入手すら難しい状況です。歴史的假名遣の最大の缺陷は、假名遣の決らぬ言葉が少なからず存在する事です。特に俗語や新語、また人名地名は辭書で確認するのも難しい状況です。日常あらゆる場面で假名遣を誤りなく運用せよなどと主張するつもりはありませんが、基準のわからぬルールなど、守りやうもありません。歴史的假名遣は理論的に勝れてゐる筈でしたが、いつの間にかほころびが多くなってゐます。今、私が國語問題協議會に最優先で望むのは、假名遣に迷ふ言葉につき、判斷の指針を示してほしいといふ事であります。これは『同朋各位に訴へる』以前の作業です。宜しく御取りはからひの程、お願ひ申し上げます。


開設初期の平成疑問かなづかひ

假名遣標準化計劃 平成11年11月改版

御閲覽たまはり有難うございます。當ページでは、歴史的假名遣について卑見を示しました。何分、專門外の事とて稚拙な内容でありますが、事情をお汲取りの上、御批判いただければ幸甚に存じます。

内容

  1. 歴史的假名遣に對する基本的考へ方 
  2. 歴史的假名遣の定義についての疑問 
  3. 歴史的假名遣の運用についての疑問
  4. 歴史的假名遣に迷った具體的な語彙

凡例


歴史的假名遣に對する基本的考へ方


歴史的假名遣の定義についての疑問

假名遣とは何か。武部良明著『國語表記事典』(昭和62年、角川書店)によると、

假名によって語を表記するときのきまりを、「假名遣」といふ。從來は、同音の假名を語によって使ひ分けることが假名遣だと考へられてゐた。これを、すべての假名の使ひ分けにまで廣げたのが、『現代假名遣い』をまとめた際の考へ方である。前者を狹義の假名遣、後者を廣義の假名遣とする。(原文略字現假名、また『現代假名遣い』とは昭和六十一年のものを指す)
とある。

また築島裕著『歴史的假名遣い』(中公新書、昭和61年)の説明を借用すると、「假名遣」には「規範」の意味と「實態」の意味がある。武部良明氏の「假名によって語を表記するときのきまり」といふ定義は規範であらう。すなはち假名遣を「正しく」守ってゐるか、「誤った」用法であるか、二つのうちのどちらかで、他のケースはあり得ない。ところが「實態」とは過去から現在までの文獻で、假名がどのやうに用ゐられたかといふ客觀的な觀察結果であり、「正しい」も「誤り」もなく、ただその「状態」があるだけである。「江戸時代の假名遣は社會的に統一がなかった」とか「奈良時代には、後世に見られないやうな、特殊な假名遣があった(上代特殊假名遣)」といふのは、もちろん後者の意味である。

これらをまとめると次のやうにならう。

ここではとりあへず<實態>については論じない。<規範>について、(1) は (2) に比べて假名遣の起源に忠實であるのだが、實質的な違ひはほとんど無く、ことさらに分けて考へる必要はないやうに見える。しかし私見では、必ず (1) の定義に從ふべきである。さう考へたのは、ある場所で歴史的假名遣について意見交換をした時に、(2) の定義では歴史的假名遣の實態にそぐはないと感じたからである。

意見交換の中で歴史的假名遣について、二つ大きな誤解が浮び上がってきた。

假名遣とは「同音の假名を語によって使ひ分けるきまり」であり、「同音」とはもちろん現代語音で同音である事を示す。歴史的假名遣は平安時代中期以前に範を取るとはいへ、平安時代の發音に從ってゐるわけではない。假名文字は表音文字であり、言葉を書き記す時は先づ現代語音を描寫しようとする。しかし同じ音に對し複數の假名が該當する場合があるので、これを語の起源に從って使ひ分ける。平安時代の表記法を完全再現してゐるわけではない。この考へ方を更に廣げれば、從來から歴史的假名遣不明とされてきた語、例へば江戸時代以降に成立した語も、表記を現代音に從って暫定確定させる事ができよう。

また「同音の假名」とは例へば「い」と「ゐ」、「あう」と「おう」など特定の組に限られ、通常「う」と「む」は區別すべき組にはなってゐない。從って「むめ(梅)」は古典に豐富な用例があるとはいへ、嚴として歴史的假名遣には含まれないのである。

もし「假名によって語を表記するときのきまり」の定義に從ふとすれば、これらの説明が全くできず、歴史的假名遣とは時計の針を昔に戻す倒錯した表記法とされてしまふだらう。

「むめ(梅)」が何故歴史的假名遣に含まれないか、些か興味の湧くところである。同樣の例は「むなぎ(鰻)」「むもれぎ(埋木)」「むまご(孫)」など、幾つかある。これだけ揃へば、假名遣として區別すべき一項目としても決してをかしくはない。今のところ「う」と「む」は如何なる状況でも「同音の假名」とは看做されないが、漢字音では「あん(安)」と「あむ(庵)」を區別する場合があるのだから、決して資格なしとはできない。もちろん「うめ」と「むめ」が異なる言葉であれば、無條件で假名遣に加はっただらう。しかしながら「思ふ」に對して「おもう」といふ別の言葉があるわけでもないのに、必ず「おもふ」である。結局、單なる表記の搖れであると考へてよからうが、なほ檢討を要すると思はれる。そして何より、「同音の假名」とはどこからどこまでの範圍なのか、かっちりと定義しておくべきであらう。

なほ、以下の文章は假名遣の起源について、最も簡潔にまとめたものである。


大野晉著『假名遣の起源について』(昭和25年『國語と國文學27-11』所收)假名遣の唱へられた國語史的條件從來の諸研究によって明らかにされた所によれば、假名遣が唱へられるに至ったのは、次の如き歴史的條件にもとづいてゐる。

  1. 奈良時代以降平安時代のはじめには、イヰ、エヱ、オヲは別の音韻として言ひ分け聞き分けられてをり、從って書き分けられてゐた。
  2. 然るに、古經卷の傍訓を見ると西暦一〇〇〇年頃からこの區別の亂れてゐるものがある。これは、その頃から、それぞれの二つの音韻が混同されるに至ったからであらう。
  3. 然し、音韻の混同は必ずしも直ちに假名遣の問題を惹き起すものではない。當時は變體假名が多數行はれてゐたのであるから、イとヰ、エとヱ、オとヲは、同一の音韻を書き表はす文字と考へられるやうになり、特にこれを書き分けなければならないといふ意識が明らかには存在しないこと約二百年に及んだ。
  4. 然るに院政時代以降、手習のはじめに、弘法大師の作と信じられた伊呂波歌がひろく用ゐられ、そこに含まれてゐる四十七字が書き分けるべき基本の假名と意識されるに至った。(五)ここに於て語と假名との關係を密接にして視覺的印象を安定せしめるために、この假名を如何に用ゐ分けるかを問題とする素地が成り立ったのである。

(原文略字現假名)


舊稿【歴史的假名遣の定義についての疑問】

假名遣とは何か。辭典などで「假名遣かなづかひ」をあたると、二種類の説明がある。

  1. 假名で語を表記する時、二種類以上の方法が可能な場合の書き分け規範
  2. 過去から現在までの文獻で、假名がどのやうに用ゐられたかといふ實態の觀察結果

築島裕著『歴史的假名遣い』(中公新書、昭和61年)の説明を借用すると、前者の規範としての意味ならば、假名遣を「正しく」守ってゐるか、「誤った」用法であるか、二つのうちのどちらかで、他のケースはあり得ない。ところが後者になると「正しい」も「誤り」もなく、ただその「状態」があるだけである。「江戸時代の假名遣は社會的に統一がなかった」とか「奈良時代には、後世に見られないやうな、特殊な假名遣があった」といふのは、もちろん後者の意味である。

橋本進吉博士は「表音的假名遣は假名遣にあらず」と斷言した。語を基準とし語を表記する規則こそ本來の「假名遣」、音を表記の基準としたものは單なる「假名書き」に過ぎないといふのである。福田恆存氏もこの考へ方を全面的に支持してゐる。これは規範と實態といふ分類とは微妙に異なるが、かなり近いであらう。

そこで極めて紛らはしくなるのが

といふくだりになると、これは二種類の意味を故意に混同させて、歴史的假名遣の規範性を巧妙に否定したものと見える。歴史的假名遣を愛好する者、中でも自ら日常の文章を歴史的假名遣で綴らうとする者は、當然ながら規範として假名遣を學び、かつ實踐してゐる事になる。つまり過去の實態はどうであれ、現代の文章を綴る上で信頼できるシステムと看做してゐるわけである。ところがその場合、往々にして古人もみな均しく同じ假名遣を守ってきたと思ひ込んでしまひ、話がややこしくなる。規範としての歴史的假名遣が誕生し、また普及したのは、日本の長い歴史ではごく近年の出來事にすぎない。確かに歴史的假名遣は昔の用法を可能な限り忠實に繼承しようとしたものだが、昔そのままではなく、昔を現代にうまく引き繼いだ存在である。


それでは歴史的假名遣とは何か。一般的な定義は、「平安時代中期以前の文獻用例に基づき、いろは四十七文字で表記する假名遣規範」とでもならうか。發音は同じ「アイ」でも、「會ひ」なら「あひ」「藍」なら「あゐ」「愛」は「あい」などと書き分ける規則である。私見では、この定義はだいぶ曖昧で、それゆゑに無用の誤解を招いてしまったかに思ふのだが、それはまた後に述べよう。とにかく一般には、徹底した歸納的觀察に基き、完全に平安時代の實態に沿った規範であると解釋されてゐる。これに對して現代假名遣は「概ね現代語音(の觀察結果)に基く」となってゐるから、どれも均しく「あい」となる。

平安時代の古典に「あひ」「あゐ」などとあっても、それは歴史的假名遣を守った結果ではない。當時はまさにさういふ發音だったのであり、現代の我々が「あ」と「い」を決して混同しないのと同じ事である。それが後世になるといろいろの音が合流してしまひ、「あひ」だか「あゐ」だかわからなくなってくる。そこで「元は違ふ言葉なのだから、同じ發音でも昔のやうに書き分けよう」と考へるのが「假名遣」の發生なのである。さういふ意識が芽生へる前は、假名遣そのものが無いのだから、「古典をよく讀むと、歴史的假名遣など全く守ってゐない」といふ論は、當然といへば當然なのである。また時代や地域によって發音は大いに移り變るであらうが、假名遣といふ規範は、改訂されぬ限り動かない。このあたりは、「假名遣」の意味がどちらであるか、よくよく注意しないと話が全くわからなくなる。


さて、歴史的假名遣に對する批判は大きく三種類あると思ふ。

  1. 實施にあたって記憶が困難である
  2. 定義そのものにまつはる矛盾
  3. 傳統の僞造である

1.の、困難であるかどうかは多分に感覺的な問題である。確かに歴史的假名遣は複雜な一面もあるが、それを補ふだけの合理性があるのなら、複雜大いに結構といふ事である。漢字や英單語を憶えるのが難しいからといって、綴り方を勝手に作っても他人には通じまい。歴史的假名遣の利點として、しばしば「語源がよく理解できる」と強調される。確かにさうなのではあるが、逆に「語源がわかる、といふ事は語源を知らないと運用できない假名遣」との反論もある。この指摘は假名遣決定手順の不備を鋭く衝いてをり、傾聽に價する。

3.は、最近よくお目にかかる。明治政府の權威づけのため、ありもしない歴史をでっちあげた、などと論じる類である。當ページでは文化觀や歴史觀にかかはる話は避け、技術的な方面だけ扱ふので、これはまた別の機會としよう。

ここで重要視するのは (2) である。先に歴史的假名遣を「平安時代中期以前の文獻用例に基づき、いろは四十七文字で表記する假名遣規範」とした。ではそれが本當に規範として成立するのか?といふ批判である。

  1. 〔實は延喜天暦の頃はいろは四十七音ではなかった〕 平安時代中期の中でも、延喜天暦年間は歴史的假名遣の規準となる時代とされる。ところが近年の研究によると、この時代はア行の「え」とヤ行の「江」に區別があり、いろは四十七文字で表現する事そのものが不正確といふ事になる。
  2. 〔理想となる「完成した」時代は實は存在しない〕 しかも例へば、ア行の「え」とヤ行の「江」に區別のあった時代、すでに「お」と「を」の統合は始まってゐるらしい。といふ事は、歴史的假名遣がすべて實現してゐる「完成した」時代はどこにも無い事になる。「古典をよく讀むと、歴史的假名遣など全く守ってゐない」といふ批判は、實態としては正しいと言はざるを得ない。
  3. 〔この定義では、決定できぬ語彙が存在する〕 さらに古典に用例の無い言葉の處置をどうするか、といふ難問が殘る。もし全面的に過去の用例に依據するなら、用例が無い、もしくは二種類の表記が同時に存在する場合、また後世に誕生したため平安時代の用例など求め得ぬものは、假名遣を決定できない事になる。それでは規範としての役目を果たせないではないか。
  4. 〔古典を改竄する事になる〕 假にシステムとして成立するとしても、これを古典に適用しようとすると、違背部分を訂正しなければならない。事實そのやうな處置をしたものもあるが、嚴密にいへば古典の改竄にあたるのではないか。

いづれの批判も、なるほど説得力はあらう。ただ、歴史的假名遣を實踐してゐる人にとって、どうも素朴な感覺を滿たさぬ、空虚な批判に感じられるのも事實である。假名遣について、これまで交はされた多くの議論のほとんどが、どこまでも平行線をたどってゐる。それは何故なのか。ひょっとすると、從來からある歴史的假名遣の定義そのものが何か間違ってゐるのではないだらうか。


私見であるが、「歴史的假名遣」の定義を

  1. 現代語音に基き、
  2. 主として平安中期以前の用例を參考に、
  3. 出自の異なる音の區別を最大限留めようとする假名遣
  4. 現代文もしくは現代的存在としての古典に適用される

と、改めてみようと思ふ。從來は、何を措いても平安時代の用例を第一に重視する姿勢であった。これを

  1. 先づ現代語音があって、
  2. これに區別を加へようとする假名の組み合せがあり、
  3. 然るのちに平安時代などの用例をあて嵌めてゆく、

といふ順番で考へてみたい。

今までの定義では、徹底した歸納的觀察に基き、完全に平安時代の實態に沿った規範であるといふ面が強調され過ぎてしまった。それは契冲や宣長の頃の理想であったかもしれないが、研究が進むにつれ、平安時代の用法だけでは現代語を綴りきれぬ事はあまりに明白になってゐる。單なる學究と、社會的な規範は次第に兩立しなくなってしまった。では明治から昭和にかけて、社會で廣く實施された歴史的假名遣とは、矛盾を抱へた缺陷品だったのか。さうではあるまい。近代的な國語を支へる規範として、十分に練りあげられてきた。ただし契冲や宣長の時代と較べれば、おのづから性格の異なったものになったのではないか。古用例も尊重はするが、先づ現代語音を基礎にし始めたのではないか。

事態はかういふ順番で進んできたのではないか。

さう考へるに至った理由を擧げてみよう。

  1. (理由1)我々の素朴な感覺として、假名文字は「漢字と違って、喋るとほりに書ける」といふ認識がある。ところが時々「喋るとほりに」は書けない部分があるので、これを規範化したのが假名遣である。とすれば、假名遣に迷はない部分は既に現代語音に從ってゐるとみて間違ひなからう。
  2. (理由2)『和字正濫鈔』以來、ほとんどの假名遣教科書は「○と○と紛るゝもの」といった項目を立てるばかりである。○と○とはもと異なる書き方であったが、今は發音が合流したから紛れてしまふ、といふわけである。つまり假名遣として迷ふ部分もまた、現代語音に從ってゐる。ちなみに戰前の假名遣教科書が、大きな違和感なく今でも實用になるといふ事は、明治以來の言語環境は、現代假名遣の普及にもかかはらず、さう大きく變ってゐない事を意味するのではないか。
  3. (理由3)「主として現代語音に基く」現代假名遣と、「古用例に基く」歴史的假名遣は、じつに綺麗な對應關係がある。もし本當に平安時代の用例に忠實であるのならば、そんなにうまく整理できるのだらうか?日本語の音變化はかなり規則的だが、例外が一つも無いとは信じられない。歴史的假名遣と現代假名遣は、實は極めて近い存在ではないか。近いがゆゑに却って近親憎惡的な反撥を繰り返してきたのではないか。
  4. (理由4)つまり、例外が無いのではなくて、現代語音と結び付きにくいもの、遡りにくいものは、自動的に「假名遣」の範圍からぬけてしまふのではないか。むま(馬)、むめ(梅)や、いを(魚)スヰン(春)なども古典籍でいくらも用例はあるが、通常は假名遣に含めない。くゑる(蹴)、まをす(申)あたりは境界線上であらうか。ゑふ(醉)は、終止形では何といふ事もないが、「あさきゆめみしゑひもせす」を讀む時には落ちつきの惡さを感じる。
  5. (理由5)歴史的假名遣を自ら實踐してゐる人の多くが、頭の中で現代假名遣、もしくはそれに非常に近いものからの逆置き換へをやってゐないだらうか。漢字に隱れる部分は假名遣を問題にしなくてもよいとよく言はれるが、それでは漢字の讀み方をどうやって憶えただらうか。戰後教育なら否應なく現代假名遣で憶えたのではなからうか。歴史的假名遣を意識するといふ事は、現代假名遣を出發點にして、もう少し細かい區別を加へる、といふ状況に事實上なってゐるのではないか。
  6. (理由6)一般に假名遣が適用されるのは、和語(國語假名遣)と漢字音(字音假名遣)の二種類だけである。しかし時に、近世以降の外來語でも「ラヂオ」「ウヰスキー」など假名遣に似た文字づかひをする場合がある。その方が外國語の原音に近いといふ説明もあるが、「レィディオ」とはせず、表音の效率を追及したものとは思へない。先づ日本語現代音としての把握があり、然る後に原音を參考に「ヂ、ジ」、「ヰ、イ」の區別を加へたものに見える。さう考へれば、平安時代の用例など絶對にないにもかかはらず、歴史的假名遣と同じ發想に立ったものであると理解できよう。この區別とは、五十音圖との整合性をはかったものではないか。ギョウ と ゲウ などの區別は五十音圖に慣れた日本人の理解の範圍を越えるためか、ゲウザ(餃子) セウチウ(燒酎)とはなかなか書かない。
  7. (理由7)外來語と同樣に、方言の描寫も假名遣の適用が問題になる。例へば京都方言の「あんぢょう(味良う)」や「ずつない(術ない)」などは十分に語源を意識してゐる。これらの語彙に古用例があるかどうかはわからぬが、用例の有無はあまり意識されてゐないやうに見える。先づ方言音があり、それを假名文字で表す際に語源に從って區別を加へたものではなからうか。

また「現代的存在としての古典」といふ考へ方についても説明の必要があらう。假名遣といふ規範を過去の文章に適用する事の是非である。

假名遣といふ規範はもちろん正しく遵守される事を期待してまとめたものであるが、しかし現實の文章には數多くの誤りがある。まして多くの古典は、假名遣といふ考へ方が成立する前の時代のものである。この場合に誤りを誤りとして訂正してよいものか。

原典尊重といふ考へ方がある。「假名遣」の定義で示した

  1. 過去から現在までの文獻で、假名がどのやうに用ゐられたかといふ實態の觀察結果を重視して、原文の一字一句たりとも改めてはならない、それは過去の改竄に當ると考へるのである。研究者の態度としてはごく自然な態度であり、特に非を唱へるところは無いだらう。そして、この考へ方によれば歴史的假名遣とは倒錯的な規則といふ事になる。最近の古典覆刻本では「文字づかひは原典どほり」が主流となり、歴史的假名遣には全く言及しないものが増えてきた。それはそれで一つの見識であらうかとは思ふ。

ところが何と、ここに現代假名遣で振り假名をつけるものが多いのである。そのため「醉ふ」は「よふ」、「幸ひ」は「さいわひ」といふ状態となる。「さいわ」が注釋、「ひ」が原典との考へ方であらうが、結果として奇怪な假名遣が生じてしまった。原典に句讀點や鍵括弧や段落替へなどの修飾を施すならまだしも、これは到底容認できるものではない。

何故このやうになったのか。原典尊重とは、古典が成立した時代の状況を尊重するといふ事である。しかるに振り假名などをつけるのは現代人が讀むための便宜であって、時代の尊重ではない。二種類の異なる原則が衝突してゐるのである。結局、古典とは確かに昔の文章かもしれないが、現代人の我々が讀む限り、それは現代の文章だと思ふ。覆刻本や注解本の著者は「自分はかう讀んだ」といふ結果を本にまとめたものであり、自己責任で表記の統一をはかって差し支へない、いやさうすべきだと考へる。そこに參考として原典も添へればより親切であらう。「古典」と「古文書」とは全く異なる存在である。

「自分はかう讀んだ」といふ意志を表面に出さず、原典尊重といふ一種の正論に寄掛かったために、「さいわひ」などといった迷假名遣が誕生したのである。これに比べれば、古典といへどすべて現代假名遣で通した方が、よほど筋が通ってゐるといへよう。


今まで、歴假名の定義は何故再檢討されなかったのか。古用例の客觀的觀察といふ從來の定義は、國語學の立場上、取扱ひに都合がよいからではないか。現代の言語學や國語學では、過去や現在の實態觀察には大いに興味を示すが、規範を自ら構築し提案する事は抛棄して久しい。契冲や宣長の業績についても、過去の實態探究の手法を確立した部分は大いに賞揚するが、歴史的假名遣といふ規範を構築した事はあまり興味を示さない。まして「これからの」歴史的假名遣について、定義を再檢討するといった發想は、學究的立場からは全く出てこない。

歴史的假名遣とは、國語の變遷についての研究が基礎になるとはいへ、最終的には現代社會に實施すべき規範である。研究の成果は成果として、それをどう表記に反映させるかは、實務家の仕事である。筆者も歴史的假名遣の一使用者して、規範の改善について發言する資格はあると思ふ。大正年間の『疑問假名遣』が學究面での集大成であるとすれば、この『平成疑問かなづかひ』ページは實務面を重視した標準化、精確化を求めてゆきたいと願ってゐる。

歴史的假名遣の運用についての疑問

歴史的假名遣が公的に運用されなくなって、五十年以上が經った。この間、國語學の分析や、言語環境の變化は著しく、基本的な運用規則が不明な部分やふさはしくない部分が増えてゐる。從來の假名遣教科書では「自明の理」で濟んだことも、今後は微に入り細を穿って解説すべきであらう。たとへば日本語を學んで日が淺い外國人にもよく理解できるやうでなければいけない。あるいは英文の解説も用意すべき時代ではなからうか。

區別の範圍

假名遣の定義を「同音の假名を語によって使ひ分けるきまり」とした場合、「同音の假名」とは何か、どこまで區別を加へるべきか、確定せねばならない。さもなければ「むめ(梅)」「むま(馬)」などの古用例もすべて「歴史的假名遣」と看做されてしまふからである。

區別を加へるべきかどうか問題になるのは、「クヰ、グヰ、クヱ、グヱ」および「-ム」の二種類であらう。戰前の舊假名遣ではごく特殊なものを除き、區別してゐない。「蹴る」の古形は「くゑる」だが、あまり使はれない。「ほんと?」「そ、さうでしょ」「イチロー」なども表記に迷ふところである。「同音の假名を語によって使ひ分けるきまり」の定義であるならば、「同音の假名」の問題が發生しないのだから、單純にそのとほり書いてゐればよい事になる。この場合は、結果として現代假名遣と似た原理に從ふわけである。また實際に「オモフ」と發音する言葉があった場合、どう表記するかが問題となる。現代假名遣でも「彼は」と「枯れ葉」の區別のつけやうが無いのだが、特に問題視されてはゐない。

索引の問題

歴史的假名遣で大きな問題になるのが、言葉のならべ方である。これは技術的といふより、假名遣の根本にかかはる問題である。「語源がよくわかる」事を重視すればするほど「あらかじめ語源もしくは正しい綴りを知ってゐないと檢索できない」場面が増えるからである。もちろん「概ね現代語音に基く」とされる現代假名遣とて例外ではなく、「こんちちは」だの「はなぢ」だの、辭書を引く上での注意點はいろいろある。英單語はもっと不規則な綴りに滿ち滿ちてゐる。ただし英單語の場合、綴りが漢字の蔭に隱れる事はないため、嫌でも常日頃から綴りを意識せざるを得ないだらう。

近年『大言海』が現代假名遣配列に組み替へられて出版された。これにより檢索が便利になったといふ聲こそおこれ、舊版の方が使ひやすかったとの有力な意見は無い。辭書ならば「空見出し」といふ便宜手段もあらうが、學籍番號ともなると重複は許されない。辭書を利用する場合、漢字だけわかってゐる時と、假名の綴りだけはわかってゐる時と、發音だけわかってゐる時と、三通りあるだらう。漢字なら漢和字典の出番であらうし、假名の綴りが明確なら大言海でも難なく利用できるだらう。問題は發音だけの場合である。英單語なら發音と英字の綴りが鞏固に結びついてゐるが、日本語はどうしても漢字に直接結びついてしまひ、假名遣まで意識が及ばないのではないか。

戰前の辭書では字音假名遣のみ現代假名遣に近い状態でならべ、國語假名遣のみ守ったものが普及してゐる。これは便宜的措置として良いところに落ちついたものと思へる。語彙によっては「落度」のやうに和語と漢語の境界線上にある場合があり、その取扱ひは明確にすべきであらう。

近年、文書の電子化が進むにつれ、キーワードの抽出とデータベースの構築は重要な鍵となってゐる。「かなづかひ」「假名遣」「假名遣ひ」「仮名遣」「仮名遣ひ」などに分散すると、檢索の際に壓倒的に不利益を蒙る。歴史的假名遣をどう調和させるか指針を立てないと、たとへ歴史的假名遣についての情報を得たい人がゐたとしても、データの存在そのものが全く知られずに終ってしまふだらう。その混亂ぶりは、たとへば吉田東吾編『日本地名大辭書』の索引をながめれば容易に理解できる。「あう」「あふ」「おう」などが時に同じ見出し、時に違ふ見出しとなり、索引の機能を大いに殺いでしまってゐるのである。

歴史的假名遣と現代假名遣との對應關係を細大洩らさず記入したデータだけでもあれば、檢索問題は機械的に解決されぐっと樂になる。そのためにはやはり、歴史的假名遣を嚴密に定義しておく必要がある。

字種

歴史的假名遣に從ふ時、假名文字の種類はどこまでか、意見は一致してゐない。

ほぼ確定的な部分

意見が未だ一致してゐない部分

範圍

歴史的假名遣の確實な適用範圍は次のとほりである。

また和語(國語假名遣)と漢字音(字音假名遣)の境界線はそれぞれ概ね明瞭であるが、中には所屬の明確でない語もある。所屬が明確でないといふ事は、當然ながら語の由來が不明でもあり、假名遣の決定が困難である。またそもそも假名遣を適用してよいかどうか疑問である。字音假名遣だけは現代假名遣に從はうとしても、扱ひに困る場合がある。そんな語の例を擧げてみよう。

決定方法

歴史的假名遣の決定にあたり、古文獻の探求が最も重視される。典型的には、平安時代延喜天暦年間を中心とした文獻における用法に從ふ事となってゐる。しかしこれだけで日本語のあらゆる語彙を決定するわけにはゆかず、さまざまな補助手段を驅使してゐる。これら假名遣の決定に至るまでの手順も是非、標準化すべきである。また、どうしても最終決定に至らぬ場合の取扱ひについても、指針を立てるべきである。

典型的な用例が無い場合は、以下の優先順位で決定してゐる。

  1. 他の時代の用例がある。
  2. 傍證がある。
  3. 語源の考證による。字音の場合は、韻書に基づき同音の漢字から推定する。
  4. ごく近代のものは、用例の多い方に就かざるを得ない場合もある。

ここで問題が生ずるのは、次のやうな状況である。

規範の典據

さまざまな理由で、假名遣を決定しづらい語が少なからず存在する事は、先に述べたとほりである。しかしながら一語といへども假名遣を決定できないものがあれば、規範としての有效性を大きく損ふ。國語學の探求は探求とし、「當面の」規範として尊重すべき典據の優先順位を定めておくべきである。日常生活では一語一語について原則を吟味するわけではなく、とりあへず何らかの辭書などを信頼する場合が多い。誰もが容易に入手でき、實用に便宜が多いものがふさはしからう。國語辭典や漢和字典は各人の好みがあるが、假名遣の正しさといふ視點で、最も信頼できる一種類を指定できればと考へる。

目下のところ、『假名遣ちかみち』(山田孝雄・小島好治著、山田忠雄訂補、昭和十八年原版、平成七年覆刻訂補、國語問題協議會發行)の記述を第一に優先させるべきであると考へる。

また、字音假名遣については、『學研漢和大字典』(藤堂明保編、昭和五十三年、學習研究社)の示すものが、「クヰ、グヰ、クヱ、グヱ」および「-ム」の區別をしてをり、好適であると考へる。

他表記との調和

歴史的假名遣は一つのシステムである。從って他の原理に基づくシステムがあれば、表記上で衝突をきたす。その際の對應方法も考へておかねばならない。さもなければ引用文一つにも苦慮してしまふ。

また、當事者の名乘りを無視して「勝手に」表現を變へる事の是非も問はれる。有樂町驛前の百貨店「そごう」は漢字で「十合」だから「そがふ」とすべきかもしれない。しかしこれでは正しく百貨店名と讀み取ってもらへるか、甚だ心許ない。これに對して、もし當事者が嫌惡感を表明した時、對應方法は不明である。平成十年に、國語問題協議會會長の宇野精一先生が表明された意見は、今後の指針として傾聽に價する。固有名詞など、假名遣の不明な言葉もいろいろあるが、自分自身の言葉との親疎によって考へてゆけばよいといふものである。自分の疎遠な言葉とは、所詮自分自身のものではなく、假名遣を神經質に考へるまでもなからう、といふ趣旨である。

公的な存在

歴史的假名遣は公的な場から完全に姿を消したわけではない。どのやうに存在してゐるのか、確認しておく必要があらう。

その他

歴史的假名遣に迷った具體的な語彙


【一般的なもの】


江戸の方言を描寫した文獻はかなり多く、假名遣の問題が發生するものも少なくない。中でも「アイ→エエ」などの變化は紛らはしいところである。【アイ→エエ】

方言でも、以下のものは有名であらうか。

方言によっては、假名文字にのせにくいものもあるが、それは假名遣以前の問題であるので一まづ措く。


【疉字の形容動詞】「〜と」「〜に」「〜たる」など假名表記となり、字音假名遣の問題が發生する場合がある。


【動物名】各種辭書や圖鑑を參照。特に『自然大博物館』(平成4年、小學館)が參考になった。字音假名遣にかかはるものが多く、更に和語のものを充實させねばならぬ。

【植物名】


【地名】この項目は『地名の語源』(昭和52年、鏡味完二・明克著、角川小辭典13)による。


【その他氣付いたこと】


【人名】

古典の人名でまづ問題になるのが


【假名書きとなった地名人名】

平成10年2月から郵便番號は7桁となり、日本中の主な地名や市町村名が身近な形で網羅化される事となった。北川宣浩さん(NBE02322@nifty.ne.jp)作成のフリーデータ『新舊郵便番號と市區町村コードデータベース98年版D』を參照して、假名書きの地名や市町村名を檢索した。

【市町村名】假名書きの市町村名は13あり、その内で假名遣が問題となるのは「えりも町、いわき市、びわ町、えびの市」である。


【地名】この項目も前項と同樣に檢索した。郵便番號、市町村、地名の順番で記す。同樣の地名が複數あるときは、一つで代表させた。

(〒) (市町村名) (地名)〒002-807_,北海道札幌市北區, あいの里 → 愛?藍?會?〒933-0911,富山縣高岡市, あわら町〒491-0835,愛知縣一宮市, あずら〒080-1203,北海道河東郡士幌町, いこい〒068-2164,北海道三笠市, いちきしり〒919-0424,福井縣坂井郡春江町, いちい野〒039-2507,青森縣上北郡七戸町, えぞ花〒509-0104,岐阜縣各務原市, 各務おがせ町〒923-0314,石川縣小松市, おびし町〒667-0303,兵庫縣養父郡大屋町, おうみ〒746-0055,山口縣新南陽市, かせ河原町〒454-0957,愛知縣名古屋市中川區,かの里〒319-1417,茨城縣日立市, かみあい町〒010-0861,秋田縣秋田市, 手形からみでん〒701-0132,岡山縣岡山市, 花尻ききょう町〒056-0005,北海道靜内郡靜内町, こうせい町〒270-0102,千葉縣流山市, こうのす台〒510-8033,三重縣四日市市, 下さざらい町〒703-8248,岡山縣岡山市, さい〒921-8132,石川縣金澤市, しじま台〒990-2367,山形縣山形市, すげさわの丘〒518-040_,三重縣名張市, すずらん台 →鈴蘭?〒010-0911,秋田縣秋田市, 保戸野すわ町 →諏訪?〒491-0873,愛知縣一宮市, せんい〒987-0423,宮城縣登米郡南方町, ぜん荷山〒090-083_,北海道北見市, とん田〒756-0015,山口縣小野田市, ひがんだ團地〒021-081_,岩手縣一關市, ほうりょう〒911-0835,福井縣勝山市, 遲羽町ほう崎〒780-0976,高知縣高知市, みづき〒284-0043,千葉縣四街道市, めいわ〒329-0528,栃木縣河内郡上三川町,ゆうきが丘〒647-0023,和歌山縣新宮市, 蓬らい〒598-004_,大阪府泉佐野市, りんくう往來 →臨空?〒590-0535,大阪府泉南市, りんくう南濱 →臨空?〒797-0028,愛媛縣東宇和郡宇和町,れんげ〒012-0833,秋田縣湯澤市, カツクイ澤山〒969-3122,福島縣耶麻郡猪苗代町,ガギ田〒778-0008,徳島縣三好郡池田町, クヤウジ〒778-0004,徳島縣三好郡池田町, シンマチ〒778-0013,徳島縣三好郡池田町, シンヤマ〒509-3314,岐阜縣大野郡朝日村, スズラン高原→鈴蘭?〒563-0044,大阪府池田市, ダイハツ町〒771-2104,徳島縣美馬郡美馬町, チゲジ〒639-3622,奈良縣吉野郡川上村, 井戸(ネジ畑)〒777-0301,徳島縣美馬郡木屋平村,ハジコノ〒777-0301,徳島縣美馬郡木屋平村,ビヤガイチ〒778-0009,徳島縣三好郡池田町, ヤサン

中には、現代假名遣らしからぬ綴りも散見した。

〒991-0006,山形縣寒河江市, 夕カヘ〒771-2104,徳島縣美馬郡美馬町, ノリコヘ〒771-2103,徳島縣美馬郡美馬町, ナロヲ〒470-2337,愛知縣知多郡武豐町, ヱヶ屋敷〒612-8403,京都府京都市伏見區, 深草ヲカヤ町〒969-3121,福島縣耶麻郡猪苗代町,ヲヒテ川〒470-2366,愛知縣知多郡武豐町, ヲヲガケ

外來語由來かどうか不明のものも散見した。これらは必ずしも假名遣に結び付かない。しかしながら、假名遣は外來語には適用されないので、語の出自が不明な場合、判斷に迷ふ可能性がある。例へば「ガス平」なる地名は「グヮス平」とすべきかどうか、何ともいへないところである。

〒089-0552、北海道中川郡幕別町、 札内あかしや町〒669-1323、兵庫縣三田市、 あかしあ台〒039-2601、青森縣上北郡東北町、 ガス平〒778-0003、徳島縣三好郡池田町、 サラダ〒989-3433、宮城縣仙臺市青葉區、 ニツカ〒441-3434、愛知縣渥美郡田原町、 ほると台


【鐵道路線名】鐵道關係の名稱は多く地名から取ってゐる。この項目は日本交通公社『完全保存版 日本の鐵道全驛驛名總覽9938(『旅』1997年11月號(第71卷第11號)別册付録)』による。

なほ、栃木縣の眞岡もをか鐵道は、現代假名遣なら「もおか」とすべきところ、長い間「もうか」と書いてゐた由である。現在は訂正されてゐる。

【列車名】

平成10年の各月時刻表による。特急や急行の名稱は近年大きく變りつつある。例へば

また、ローマ字を混ぜたために假名遣の適用が見當もつかないものもある。

次の如き例も語の由來がわからず、假名遣が特定できない。

それに比べれば、從來型の名稱は由來も單純なら、假名遣もわかりやすかった。

《過去の列車名》この項目は『新・列車名大研究(1989年1月 大久保邦彦 曾田英夫 日本交通公社)』による。特に間違へやすさうなものを示す。

いづれも漢字がわかれば何といふ事はなからう。しかし平假名だけでは「うはじま」「はちまんだい」などと誤る可能性が大きい。


【驛名】

この項目は日本交通公社『完全保存版 日本の鐵道全驛驛名總覽9938(『旅』1997年11月號(第71卷第11號)別册付録)』による。似た名前の驛名が續く時は、代表的なもののみ示す。


【假名書きの人名】

この項目は『筆名 作家のペンネーム辭典(1990年 佐川章 創拓社)』 などによる。

他にもいろいろありさうである。

【會社名、商品名など】


【流行語】


【生活用品】


【雜誌名】この項目は『雜誌のもくろく1999』栗田出版販賣(年刊) を參考にした。雜誌名はおほむね意味をとりやすく、假名遣に迷ふものは少ない。しかし

また、假名遣の判斷は容易であるが、

更に


【郷土玩具】

この項目は『日本郷土玩具事典(1964年 西澤笛畝著 岩崎美術社)』による。靜岡市の「おかんじゃけ」は「お髮竹」といふから,「おかんぢゃけ」とすべきか


【公共施設】

調査範圍は東京周邊のみである。


【軍艦】

この項目は『聯合艦隊軍艦銘銘傳 全八六〇餘隻の榮光と悲劇』(昭和63年,光人社,片桐大自)による。自衞隊の保有する艦艇の命名はすべて平假名となり,假名遣があらはになってしまった。

【天象】

【海洋】潛水艦は「○潮」のつくものが多い

【草木】

【鳥名】

【島名】