平成疑問かなづかひ−假名遣標準化計劃

『東京情報』への寄稿

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以下の文章は平成10年から11年にかけて、千葉さんと仰る舊知の方が發行してゐた雜誌『東京情報』に寄せたものである。假名遣關係のものを順不同で掲げる。


歴史的假名遣を「傳統」から訣別させよう

筆者は略字現代假名遣が嫌ひである。小學校中學校の頃からさうだったから、これはもう理窟を遥かに越えた次元である。幼い時は單なる氣取りだった。それが大學に進學しておひおひ世間が廣くなると、同好の士とも多く知合ひ、關聯の會合に參加の機會も得た。多くの仲間が正字歴史的假名遣の復活や實踐のため、眞摯に取り組む姿を見るにつけ、自分の志向がさうをかしなものでもなかったわいと安心したし、またその根底には文化觀の問題をはらんでゐる事も次第にわかってきた。

 終戰直後の「國語改革」から五十年以上經ち、既に一般には「かなづかいとは何?」と意識すらされない程に「定著」してゐる。それを何故ことさらに古い流儀にこだわるのか。詳しい説明は省くが、「思う」よりは「思ふ」、「小學校」を「せうがくかう」と綴るのがふさはしいと、筆者はともかくも確信するのである。その理由は二つある。一つは古典も含めて廣く見渡せば現代假名遣より合理的である事。「オモウ」「ショーガッコー」といふ發音と多少の相違はあるが、それは規則的な違ひであり大きな障碍にはならぬと考へる。そして二つ目は膨大な文獻が存在する事。古典については後述するやうに問題があるのだが、明治以降、日本が急速に近代化する時代の書籍には盤石の重みがある。

 さて拙文をお讀みいただいてゐる方の中には、何と他人行儀な物言ひであらうかと憤慨される向きもあらうかと思ふ。さう、歴史的假名遣を支持する方の九分九厘までが「とにかく古い事が好き」である。そして出來るだけ「祖先と同じ言葉、同じ文字づかひ」でありたいと願ふ。この氣持は私とて變はらぬし、人一倍さう努めてゐるつもりではある。「日本語の傳統を正しく繼承する書き方」であると信じてもゐる。ところが現代表記を支持する人にとって、これは恰好の批判の對象になる言葉なのである。よくよく用心してほしい。

 批判の要點は「歴假名はちっとも傳統的ではない」から排斥するといふ事である。「そもそも明治以前には日本語といふ概念は無かった」ところに「明治政府がありもしない傳統を捏造し」「學校教育を通じて權威主義的に實施した」つまり「これは侵略的性格の伏線である」といった評論が續く。論議の當否は此處では措くとして、なるほど一面の眞實を含んでゐる事は否定できない。鎌倉時代から明治直前まで、人によって書き方の違ふ混沌状態が續いた一方、和歌や草紙の分野では一定の規範がゆるやかに守られた。それは藤原定家がまとめたとされる「定家假名遣」である。「故」を「ゆへ」とし、「遠い」を「とをい」とするこの綴りは、最近の研究によると定家の時代のアクセントを反映したものだといふ。その影響は後世まで意外に大きく、明治天皇の御製もまたこの傳統?を忠實に守られてゐたと仄聞する。とすれば、なるほど我々は校訂といふ名のもとに、夥しい古典を歴假名に「改竄」した事になる。

 彼らの批判は意外な場所でも根づいてきた。中でも注目したいのが、初出の文獻の書き方を尊重しようといふ「原典主義」である。この主張は一見もっともさうで、それなら少なくとも古典は歴史的假名遣を守れるぞ、と勘違ひしてゐた向きも多かった。確かに平安時代は歴假名が「言文一致」だったから概ね問題ないとして、「故」が「ゆへ」でも、「遠い」が「とをい」でも、とにかく手を一切加へるなといふ事である。「古い事が好き」であり、出來るだけ「祖先と同じ言葉、同じ文字づかひ」を志向してきた我々は、ここで愕然とするのではないだらうか。今まで勉強してきた歴史的假名遣は、時代によっては祖先の習慣に合はないといふのだから。

 何故かくもややこしい話になったのだらう。それは

この二者を混同してゐるからである。當然の事であるが、時代につれ日本語はさまざまな變遷を經てきた。しかし正漢字や歴史的假名遣を用ゐれば、どの時代の文であらうと一貫した原則で書ける。これは傳統そのものではないが、傳統をよく整理解釋し、傳統を合理的に繼承するものである。それだけの單純な事に過ぎない。明治の昔に定家假名遣が採用されなかったのは「理に合はない」ためであった。いくら實態として存在しても、アクセントによる使ひわけといふ規則は明らかに誤りと斷じてよいのである。

 「原典主義」はこの對極に位置する。これは「規範を拒否する」をいふ規範を立てゝゐるのである。日本語そのものが變化してゐる以上、一つの規範で運用する事自體が無意味かつ無用の色眼鏡だといふ。「故」を平安時代は「ゆゑ」、中世は「ゆへ」、現代は「ゆえ」なのだから、ありのままに受け入れよとする。ちゃうど外國の地名人名における「現地音主義」のやうに、「實際さうなのだから、何の異論があらう」といふ事らしい。特に專門の研究者にとっては、かういふものの見方をして當然でもあらう。ただ、それならそれで「假名遣」といふ言葉を決して使ってほしくないのである。客觀的には「ゆゑ」「ゆへ」「ゆえ」など多種多樣の「用法」が過去にあったかもしれないが、それでは混亂するから「ゆゑ」だけを標準的なものにしようといふのが「假名遣」である。假名遣は主觀的であり人工的な規則であって、過去の文獻がどうあらうとも、規則を改正しない限り、その影響を受ける事はあり得ない。「假名遣は時代によって異なり、いはゆる歴史的假名遣はその一斷面に過ぎない」といった主張は、「規範」を拒否したいがために、わざと用語を混同させてゐるやうな氣がしてならない。

 假名遣とは、嚴密にいへば歴史上實在したものではなく、どちらかといへば現代的な産物である。祖先の肉聲といふより、後世の者の解釋なのである。筆者はこの解釋法を斷乎支持する。しかしまた同時に、解釋法を誤って祖先を辱める事のないやうに氣をつけてゆきたいとも思ふ。近年、新語の出現や語法の變化で、正字歴史的假名遣をどう適用してよいか判斷に迷ふ場面が増えてきた。また辭書の配列檢索をどうするかといった問題も曖昧に放置されたままである。數年前に「大言海」が現代假名遣配列に改められて再版された時、舊版の方がよかったと言ふ聲は遂に出なかった。人工的に作った規則が實態に合はなくなったのだから、人工的に改善調整しなければいつか「死」を迎へるであらう。最近よく聞かれる歴假名批判は先に述べた原典主義と、もう一つ「現代國語を表記するに不十分」の二つが多い。なるほど「書けない語がある」といふ指摘は説得力に富む。

 ところがややもすると我々は傳統に忠實であらうとするあまり「この語彙の來歴はどうのかうの」と穿鑿を繰り返すばかりで、一つも「共通の見解」をまとめようとしない。疑問を疑問をまま放置しては規範が成立しない。今や歴假名が複雜だから排撃するといふ不寛容な人は少ない。さうではなくて「定義が明確」でないから實用に耐へないと看做されつつあるのだ。ここは正字歴史的假名遣も歴史や傳統から訣別して、まづは現代の日本語をき表はす方法として再確認再構築すべきである。この種の作業は、いつまでも學術上の正確さを追及するより、誰かが蠻勇を振って一まづ強引にまとめてしまった方がよい。そろそろ歴史的假名遣は定家假名遣と同列の、過去の遺物と化しつつある。筆者は坐して死ぬ事を何より恐れる。

 歴史的假名遣の不明確な例を一つ擧げて本稿を終らう。昭和五十一年に配備された海上自衞隊の掃海艇「おうみ」はどう書くべきか。機會を許されるならば、次號で考察したい。


歴史的假名遣は今後も生きたシステムたり得るか

 筆者は略字現代假名遣が嫌ひである。幼い頃からそんな風であったが、大學へ進學して世間が廣まると同好の士とも多く知り合ひ、關聯の會合に參加の機會も得た。多くの仲間が正字歴史的假名遣の復活や實踐のため、眞摯に取り組む姿に勇氣づけられ、また自分の志向がさうをかしなものでもなかったわいと確信もできた。日常の讀み書きも可能な限り原則を崩さず、つたないながら研究も續けてきた。しかしながらどうしても假名遣がわからない言葉を多數見つけるにいたり、強い危機感を抱いてゐる。我々は假名遣を守る理念については熱を込めて語り續けてきたが、では假名遣とは何か、どのやうに實踐すればよいか肝腎の説明を怠ってきたのではないか。

 先づは具體的にどのやうな問題があるのか列擧してみよう。

  1. 一、「つくゑ」「くぢら」など假名遣未決定の語彙はかなりあり、辭書によって扱ひが異なる。「どうする」の「どう」は「だう」らしいことが指摘されてゐるが、字面があまりに大きく異なってしまふため、どの辭書も採用には踏切れてゐない。
  2. 二、「用ゐる」は戰前には「用ひる」「用ゆ」などと書くのがむしろ一般的だった。「水(スヰ)」「毛(マウ)」も長らく誤りと指摘されながら、漢和字典が訂正されたのは最近である。では新説によって「感(カム)」が正しいのなら「感じる」は「かむじる」なのだらうか。
  3. 三、地名人名など固有名詞の扱ひは苦慮するところである。現代假名遣でも「ハナヱ・モリ」が受け入れられてゐるが、やはり「福島縣いわき市」「しながわ水族館」には抵抗がある。それでは「サトー・ハチロー」はどう扱ふべきか、線引きはまことに難しい。しかも語の由來がわからないと手のほどこしやうが無い。海上自衞隊の掃海艇「おうみ」が山口縣青海島から取った名だとはまづわからないし、しかも青海島は「あをみ」か「あうみ」か出典によって一定しないのである。
  4. 四、外國語化したものはもっと厄介である。ペルー國の大統領は「フヂモリ氏」でなければ不自然な感じがする。臺灣の高雄市は語源から考へると明らかに「タカオ」とすべきだが、それでは京都の「たかを」と衝突してしまふ。
  5. 五、本來は漢字書きにすべき言葉をわざわざ假名にする例が増えてゐる。特に漢字音の假名遣は和語に比べて取扱ひが難しい。あくまで「てふつがひ」「てうかつかういい」「そがふ百貨店」「後樂園いうゑんち」などとこだはり續けられるものだらうか。
  6. 六、これは最大の問題なのだが、辭書や索引をならべにくい。例へば「つ」と「っ」を區別した時としない時では順番が大きく異なってしまふ。歴史的假名遣の擁護を訴へる書物は多くあっても、およそ索引に言及してゐるのを見た事が無い。

 如何であらうか。歴史的假名遣は理窟の上では合理的な筈でも、實はいろいろ例外も多い。筆者はこれを「假名遣」の定義の不備の故であると考へる。歴史的假名遣は端的にいへば「平安時代の用法に從ふ」といふ事である。しかし嚴密に解釋するとこれは到底實行不可能な目標なのである。平安時代の文獻に用例が出てこない語彙や、逆に矛盾する用例がある語彙は假名遣を決められない。つまり平安時代以來の言葉か、その發展形でないと書き表はせないといふ、甚だ困った事態に陷る。これは冗談で言ってゐるのではない。例へば江戸時代の俗語のうち語源不明のものの多くは、假名遣もまた不明のままである。最近は國語の研究もよほど精密になり、多くの成果があがってゐるが、それでも不明なものは依然として不明のままである。「書けない」言葉が一つでもあれば、何かシステムとして大きな缺陷があるのではないかと指摘されても反論し難い。

 現代假名遣は成立當初あれほど數々の矛盾を指摘されながら、今では拔羣の定著を誇ってゐる理由をこそ研究すべきである。「現代かなづかい」の内閣告示を熟讀し、日々に確認してゐる醉狂な人はまづゐないであらう。よほど熱心な人でも市販の辭書や便覽を確認するのが精々ではないか。その際に「どの辭書も同じ要領で引ける」「見出しが辭書によって違はない」ならば、大多數の國民は安心し、もはや矛盾を感じる餘地は無くなったのである。それでは内閣告示は無用のお觸れ書きであったのか。斷じてさうではない。如何に矛盾に滿ちた内容であらうとも、具體例を示してあらゆる辭書や教科書を右へ倣はせた功は限りなく大きい。そして何か不備が見つかれば、必ず次の内閣告示で取り繕ふ事が肝要である。

 合理的なものが必ず世に受け入れられるとは限らない。「平安時代の用法に從ふ」のは學術上の理想かもしれないが、どんな領域にも必ず境界線上の空白部分ができる。辭書の編輯者はともかく凡ゆる見出しに歴史的假名遣を示さねばならないから、不明部分は「整合性を保つための勘案斟酌」を獨自に施してゐる。眞に實效性のある假名遣の定義をしようとするなら、その勘案斟酌まで入れないといけない。辭書によって扱ひ方が異なれば、結果として著しく信頼性を損ねる事になる。國語問題協議會の宇野精一先生は最近の講演で「我々に附き合ひの深い語彙は必ず假名遣の原則を守るべきである」と示された。これは今まで無かったとても重要な指針である。「假名遣とは何か」詳しく説明する第一歩は、さう難しい事ではない。いままで何となく「常識」と思ってきた事を明文化する事、また例へば最も信頼に足る地名辭典や人名辭典を選定するだけでも、「書けない」語彙は大幅に減る。毎年の流行語の假名遣を確認するのも面白からう。それは理念だけを追ふ研究者の視點ではなく、實務に携さはってきた者のなすべき仕事である。


『明解漢和辭典』

辭書の世界でも電子化の話題は花盛りである。最大の武器は柔軟かつ強力な檢索機能であらう。何十卷にもわたる百科事典さへ、わづかな枚數のCD-ROMにすっぽり納まるといふ。音聲や繪畫まで組込み、有名どころの古典ならありとあらゆる關連箇所へ直ちに移動できるのも、電子化ならではであらう。これまでどちらかと言へば陽が當らなかった漢和字典も、恩惠を大いに受ける筈である。いや、既に漢字の度忘れだけなら、パソコンの日本語入力で確かめる人は多いのではないか。ただ、本格的な字典を編輯するには、JIS漢字だけでは足りない漢字だらけで、やっと昨年あたりから基本環境が整ひ始めた。さういふ情報は、例へば「今昔文字鏡」などを參照されるとよくわかるから、ここではこれ以上言及しない。

むしろ筆者の興味は、從來からある册子形式の辭書が今後どうなるかといふ事である。一時期もて囃された「ペーパーレス社會」は、完全に期待倒れに終ったやうだ。一覽性や俯瞰性において、印刷物にまさるものは未だ無いからである。もちろん印刷物とは、第一ページ目から順番に記述して行かざるを得ない、といふ制約を常に受ける。たゞ、案外に人間の記憶とは、どのページのどの位置にあったかといふ位置關係に大きく依存してゐないだらうか。瞬時にディスプレイに表示されるのは確かに便利な反面、どこまでいっても記憶としてまとまらない、さういふ不安感が常につきまとふ。電話帳と辭書では性格が全く異るのであって、今後も書物が無くなる事は決してあるまいと思ふ。「なんでも收録」した大辭書はコンピュータに任せ、これからは重要な語だけを精選した「手にしっくり馴染む」辭書をこそ印刷してゆくのがよい。

では特に漢和字典の場合、「しっくりと馴染む」條件は何であらうか。それは第一に、漢字一文字の基本的な意味や用法を的確に解説する事である。この點で、最近の字書は、いろいろ努力してゐると思ふ。そして第二には、ある字と他の字の關連をよく示す事である。こちらがどうも芳しくない。

例を擧げてみよう。

  1. 『明解漢和辭典』宇野哲人編、昭和二年、三省堂、
  2. 『デイリーコンサイス漢字辭典』平成七年、三省堂、

どちらも從來の部首引きを止め、完全な五十音排列に直した漢和字典である。特に前者は印刷の鮮明さといひ、裝釘の美しさといひ、戰前を代表する名作ではないかと筆者は考へてゐる。古本屋の主人によると、南方の戰線などでも大いに重寶されたらしい。例へば「ショウ」を引いてみると、なるほど「尚、敞、廠、掌、嘗、裳、賞、償」などの見出しがならんでゐる。ところが七十年後にできた『デイリーコンサイス』では「尚、承、招、昇」と、てんでんばらばらになってしまふのである。これでは相互の關係がまるでわからず、「賞」の中には「員」があると誤解してしまふではないか。『明解漢和』は更に字音假名遣まで區別して、シャウ・ショウ・セウ・セフの順に分けてゐる。また漢音呉音の區分はもとより、平水韻から北京音までついてゐる。どちらが漢字の構成や漢字音の理解に有益かは言ふまでもない。あれほど「表音化=進歩」が叫ばれながら、しかも「表音式の漢和字典」において、大きなものがすとんと拔けてしまってゐる。

入手困難な漢和字典を推薦されても困ってしまふだらうが、とりあへず現在『明解漢和』に替り得るものは未だ無い。たゞ、筆者が歎いてゐるのは漢字の體系的な理解についてであるから、例へば「賞=尚+貝」なのだなと形聲文字を強く意識して、從來型の定評ある漢和字典を使ひこなしてゆくしかなからう。あるいは數年以内に思ひきり斬新な字典が誕生するのではないか。漢字とコンピュータをめぐる最近の動向は進展著しく、いろいろと希望が湧いてくるのである。


『ロゴスの名はロゴス』

呉智英著、平成十一年、メディアファクトリー

世に蘊蓄を傾ける本は數多い。何某の故事來歴あり、料理の極意あり、興味ある讀者には汲めども盡きぬ泉かもしれぬが、さうでない者には鰯の頭も信心のやうな、つまらぬこだわり程度に見下す事もあるやうだ。「言葉」の蘊蓄には、さういった毀譽襃貶が甚だしい。

とりわけて「言葉の亂れ」を歎く説は、遥かな昔から聯綿と絶えることなく、ほとんど一つの分野を形成してきた。しかしながら時代と共に言葉が移り變るのは致し方ない事である。。得意氣に「亂れた言葉」を喋ってゐた若者も、やがては老境に達し、同じやうに「近頃の若者は」と咎めだてをするものでもある。

呉智英著『ロゴスの名はロゴス』もうっかり讀むと、さういふ相も變らぬ老いの繰り言に見える。扉裏の説明によると、「就職ジャーナル」誌に連載された言葉に關するエッセイに加筆集成したものといふ。雜誌の題名から考へると、讀者の年齡層は青年ばかりであらう。まあ世の中にはうるさい先生もゐるものだといった受け止められ方を、恐らくされてきたのではないか。

卷頭言「はじめに」では、一昨年、北朝鮮から韓國に亡命した「黄長燁」氏を取上げ、その讀み方を問うてゐる。とかくこの種の問題は、政治的な情念の應酬に終りがちであるが、著者の觀點は實に冷靜である。日本人は漢字を普通に日本式に讀めばそれでよい事、文脈によっては朝鮮式の「ファン・ジャンヨプ」でもよい事。わざわざ「現地音讀み」にする必要などないが「日本文化の歴史的理解を深める上からも禁ずべきではない」といふ。なるほど漢字圈の流儀に則った、穩當な意見である。漢字を捨てた越南はまた違ふ扱ひかもしれないが。

ところが、とある文筆家が、日本文化に誇りを持って「こう・ちょうか」と讀むべきだ、と評論した事に對し、著者の舌鋒はいきなり鋭くなる。『後漢書』の著者「范曄」が「ハンエフ(ヨウ)」であるのと同樣、「燁」も「エフ(ヨウ)」である。「コウ・チョウヨウ」も、歴史的假名遣に從ひ「クヮウ・チャウエフ」と書けば、朝鮮漢字音に近いと實感できる。漢和字典を見ればわかる程度の基本的な知識さへ確認しないで、誇りも主體性もなからう、「日本文化は身内に凌辱されたも同然である」と、最大級の批難を加へてゐる。

つまり著者は情緒的な「言葉の亂れ」など一つも歎いてゐないのだ。さうではなくて論理的な思考や表現を妨碍する言葉をこそ糾彈してゐるのである。題名の『ロゴスの名はロゴス』とは、「言葉の本體は論理」といふ意味だと、氏は宣言する。「言葉は意志や思考とともに感覺や氣持ちをも表現する。しかし、ある感覺とある表現を結びつけて言葉にするのに働くメカニズムは、論理でしかありえない」と明確な説明がある。更に「言葉に關する無知は、文化に關する無知であり、歴史に關する無知であり、そして冷嚴な國際政治に關する無知であり、そもそも論理に關する無知である。」と手嚴しい。手嚴しくあればこそ、それぞれのエッセイは却って輕妙洒脱で、とにかく面白い。

「燁」が何故「エフ(ヨウ)」なのか、それは漢字音の複雜な歴史背景があるので、細かくは記さない。ただ、かういった一見面倒な作業なくして、文化も歴史も政治もわからないといふ指摘は、自身を顧みても忸怩たるものがある。「自分の主張」と信じてきたものの大部分が、實は他人の言説をそっくり受け賣りしただけであり、從って誤った言葉も忠實に受け繼いでゐる事を、近頃しばしば發見するからである。

ところで著者は「歴史的假名遣は論理的」なる一章まで設けてゐるが、なぜ歴史的假名遣で文章を書かれないのであらうか?是非うかがってみたいと考へてゐる。


『創造された古典―カノン形成・國民國家・日本文學』

ハルオ・シラネ(白根治夫)著、平成十一年、新曜社

日本語とは何と難しい言葉だらうと自ら歎くのも滑稽なものだが、その屈折した期待を裏切って、日本にある古文書の總數ならびに水準は世界でも屈指である。中でも選り拔き中の選り拔きこそ學校で習ふ古文であり、記紀萬葉以來の麗しい日本文化の精粹を誇らしく思ふのが、まづは常識的な線ではあるまいか。

しかしながら、どうやら「古典」と「古文書」とは似て非なるものらしい。『創造された古典』によると、古典とは現代的な價値の反映だといふのである。厚手の一册だが、讀み通すのはさほど苦勞しない。先づは卷頭の總説、次に最終章で概觀が掴めるだらう。副題にある「カノン」とは「古典として選別されたテクスト群」の事で、尊敬を込めた「正典」といふ扱ひ方を批判的に呼稱したものらしい。カノンに選別されたテクストは、ある時代のある特定のグループないし社會集團の利益・關心を反映したものであるといふ。そしてカノン内のテクストは人工的に構築され、常に存在價値を確認されつつ再生産されるのだといふ。

時代と共に人々の價値觀や興味が移り變るのは、あまりにも當然の事であり、それをわざわざ小難しく考察するまでもあるまいと冷笑する事も可能ではあらう。だが、例へば平安時代の「女流日記文學」の多くは、長い間ほとんど注目されず、大正末から昭和になって「その系譜性が急速に自明視されるにいたった文化傳統」といった言葉に、衝撃を覺えずにはゐられない。

江戸時代以前の「古典」を現在と比較すると、二つの點で大きく異る。先づ漢文もしくは佛典に較べると、假名文字の地位が非常に低く、和歌とその周邊以外はあまり「まともな文」とは考へられてこなかった事。また現在では西洋流の文學觀に基いて創作が重要視され、散文フィクション・劇・詩の三分野が強調されてゐるが、これまたどれも傳統的には低い地位に甘んじてゐた事。つまり我々が授業で習ふ「日本文學」とは、明治以前の人間にとってとても縁遠いか、もしくは卑俗で無價値なものが多かったらしいのである。

もちろん古典すなはち日本文學ではない。昔の「古典」とは、歴史・政治・哲學・倫理などをすべて含み、藝術はむしろ埒外であった。ただ、それらの分野でも主流は常に漢文か佛典であり、今日ではそのほとんどが忘れさられてゐる。例へば高等學校では「古文」と「漢文」の授業があるが、前者は假名文を基礎としたものだし、後者は一般に唐土の漢籍しか扱はない。つまり眞に「傳統的」だった大量の日本漢文は、今や教育の場から抹殺され、どれほど藝術の香高からうと「存在しなかった」事にされてしまった。今後もしローマ字專用の社會になったら、天草版平家物語などは華々しく取上げられるものの、大部分の「日本文學」は再び單なる古文書へと戻るのだらう。

「傳統」とは何か、「正統」とは何か再檢討する言説は、同書以外でも最近ますます深化してゐるやうに見える。歴史的假名遣なども、元來は傳統擁護の象徴であった筈だが、今や「創られた傳統」として、恰好の批判の對象になってゐる。さういふ見方は、あたかも宣長が「からごころ」を排したやうに、「明治ごころ」を否定するだけの試みなのかもしれない。しかし「傳統」とは必ずしも過去の實態を反映せず、しばしば現在の願望の逆投影である事はよく認識すべきではないのか。

これは評者の豫感だが、近い將來に忘れられてきた日本漢文が再發掘され、文學史も大いに書換へられる氣がする。もしそれが傳統文化や歴史的假名遣に批判的だった人々の手によるものならば、こんな皮肉はないだらう。「父祖以來の美風」だけでは説得力の無い時代になってゐるのである。