平成疑問かなづかひ−假名遣標準化計劃

「大小」の假名遣

『國語國字(183)』17.10.10

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 「反訓」といふ言葉がある。たとへば「亂臣」を「亂をおこす臣・亂を鎭める臣」と、状況によって正反對の意味に解釋することである。これは特殊な現象ではなく、古い漢語の性格を反映したものらしい。考へてみれば「賣・買」「授・受」など逆の意味の漢字でありながら同音異義語であり、しかもどうやら字源まで同じうする。さすがにこれでは不便だったのだらう。後から「士」や「手」を加へて意味の區別を追加した。

 「おほ(大)・を(小)」の場合、事情は全く異る。元は違った發音だったから、歴史的假名遣ではちゃんと書き分けて區別する。現代假名遣の「おお・お」ではかなり不便な筈だが、「大・小」の漢字の「蔭に隱れ」てぼろを出さずに濟むのだらう。

 じつはこの言葉、國語學史上でも有名である。第二十四代仁賢天皇の御名を「おけのみこと(億計・意祁命)」、第二十三代顯宗天皇の御名は「をけのみこと(弘計・袁祁命)」と申上げる。しかしこれではどうにも不便ではないか。釋契沖は『和字正濫要略』で

「億計王弘計王は、兄弟におはします… もしをおを混ぜば、此御中いづれ御兄、いづれ御弟をわかつことあたはざるべし」

と注目した。よい着眼であった。しかしただ、文字の違ひだけにとらはれてゐた。

 賀茂眞淵は『語意考』で

「意と弘のこゑ均しくはいかにまどはしからん… まぎれなく分れしもの也」

と書いてゐる。上代は「お」と「を」で音が異ったから假名も違ひ、だから兄弟それぞれの名としてまぎれなかったと喝破したのである。時代によって發音もまた異る。この事實は現代の我々にとって半ば常識となってゐるが、當時としては重代な發見であった。

 他にも紛れやすいものを列擧してみよう。

(追記) 前々號「生の假名遣」で「をぼない(小生内)」の姓を例に出した。どうやら秋田縣田澤湖町「おぼない(生保内)〒014-1201」が發祥の地らしい。この地は「おぼねだし」といふ地方風が吹くことで有名であるが、この種の言葉について假名遣を調べるのはしばしば困難を極める。