平成疑問かなづかひ−假名遣標準化計劃

『國語國字(189)』19.12.25

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 「錠」といふ漢字で認識される言葉は通常

といふ二つの意味がある。

 漢和字典を見ると「錠」は「漢音テイ・呉音ヂャウ」とある。漢音エイ・呉音(イ)ャウはしばしば對になるし、またタ行の濁音で「ヂャウ」となるのは、感覺として素直に理解できるだらう。ただし「かぎ」などの意はどちらも國訓であって、漢字の原義は「祭に使ふ高坏」らしい。

 ところが國語辭典の記述はだいぶ異る。たとへば『日本國語大辭典(第二版)』には

じょうジャウ【鎖・錠ヂャウ】(「錠」は後世の当て字。)

とある。これだけではわかりにくいから、本文解説も含めて要約しよう。

  1. 古用例により、この言葉の歴史的假名遣は「ジャウ」である。
  2. 語源は未確定だが、サ(鎖) → サウ → ジャウと變化したものらしい。
  3. よって漢字は「鎖」が適當ではないか。「錠」は宛字である。
  4. しかし今さらたとへば「鎖前」などとは書けず、「錠(ヂャウ)」の慣習は否定できない。
  5. また「錠劑」の意は國訓ながら漢字の原義につながるものであり、「錠(ヂャウ)」でよい。

といふことは、

  1. 漢字は「錠」、それに振り假名をつけるなら「ヂャウ」
  2. 漢字を離れたひらがな書き單獨なら、かぎの意味に限り「ジャウ」と考へればよいのだらう。

 何とも複雜な話である。「錠」などまだ簡單な方で、たとへば「頑丈」など手ごはい言葉はいろいろある。漢字が介在するややこしさだ、と言へばそれまでだが、立場によってものの見かたや整理法が異るからなのだ、と私は考へる。しかも江戸時代以來、神佛儒の三つの流れが今も影響してゐると思ふ。

  1. 韻學をになったのは主に佛教であった。「錠」は「ヂャウ」以外の何物でもないと考へる。
  2. 國學の立場では、漢字はどうあれ國語の變遷を第一に考へる。よって古用例「ジャウ」を尊重する。
  3. 唐土に假名遣などないから、漢學者は興味がない。漢和字典は正しい漢字を知るために存在する。

 かういふ穿鑿は近代的な表記法として煩瑣に過ぎるとて、字音のみ「發音式」または現代假名遣支持の意見は根強い。上述のとほり漢學者はあまり字音にこだわらなかったし、戰前の『廣辭林』などはさういふ見出し排列で成功したから、實踐上の裏付も十分にある。實用上それでもよいのだと私も思ふ。

 ただし「錠」の語源が未確定であるやうに、和語と字音はさうはっきりと分類できるものではない。「硫黄」「格子」など、扱ひに困る語は意外に多い。つまりこれはあくまで便法だと心得ておかないと、「平安時代中期以前の用例に從ふ」ことにならず、明治時代の棒引き假名遣と同じものができあがってしまふ。

 字音假名遣は「表記の搖れ」に過ぎず、假名遣ではないといふ考へ方がある。これは現代の目で上代を解釋した誤りだと思ふ。なぜなら中世まで「ジャウ」と「ヂャウ」は全く異る發音なのだから、同一視してどちらも「錠」だと考へる筈がない。たとへば「シウマイ・シュウマイ」は表記の搖れだが、「チュウマイ」とも書けるわけではない。これが遠い將來に同じ發音になっても書き方の區別を維持するのが假名遣である。和語と字音の間に本質的な差はない。

 また「土地トチ」と「地面ヂメン」の整合性が損はれるから、四つ假名のみ區別しようといふ考へ方もある。さうだとすると「錠」は「ヂョウ」となり、これまで存在したことのない書き方を創作せざるを得ない。この方式はまだ「思ひつき」の段階であり、もう少し檢討しなければいけないだらう。

 日常でかういふ例にぶつかる確率は少い。しかし表記法は本來「困ったとき」のためのものである。啓蒙活動や教育のためなら「うまくゆく例」だけ披露すればすむが、じつは「稀な例」こそ一番大切な「かぎ」である。さう考へて、言葉さがしに勵む毎日である。