平成疑問かなづかひ−假名遣標準化計劃

おふ

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 上代には、時に歴史的假名遣と異る書き方が見られる。たとへば古今集撰者の一人であり、百人一首にも採られてゐる「凡河内御恆(おほしかふちのみつね) 」は、後世の「河内(かうち)」といふ書き方と異る。おそらくはウ音便に由來するかどうかの差なのだらうが、知人の「河内」さんはどちらに屬するのか、斷言するのは困難である。

 同樣に、古事記などではしばしば「大」に「意富」を宛てる。たとへば「大神神社」が「意富美和」とする如くである。この場合、「オプミワ」のやうな發音だったのか、それとも「富」が「ポ」に相當する漢字なのかよくわからない。

 ところが地名で「(おふ) 」や「飫富(おふ)」がつくものも、元は「大」の意味らしいと氣づいた。現在「邑」は一律に「おふ(現假名おう)」となり、歴史的假名遣に從っても、必ずしも語形を保つとは限らない事がわかった。また「飫富」は「多」氏發祥の地である奈良縣の地名以外にも、靜岡や千葉で揃って「飯富」などに變ってゐる。

 なほ群馬縣邑樂郡邑樂町も「おふら」であるが、本來は「おはらき」で「大」とは關係がない。『大日本地名辭書』3165n(上總國君津郡)「飫富郷」の項には、『郷名同唱考』の引用文がある。この文獻は未見だが、題名から察するに和名抄の同名地名を比較したものにであらう。以下、引用文を示す。

○郷名同唱考云、大和十市郡の飫富は、神名式に大和國多座(オホニマス)彌志理都比古神社ある、此社今も(オホ)村にありて、神八井耳命を祭ると傳ふ、多は大とも飫富(飯富と書けるは誤)ともかきて、共にオホ也、上總なるは飯富に誤り、猶於布とよめり、是も式に望陀郡飫富神社あり、飯富村存る、常陸那珂郡大井郷に飯富村あり、もと大部といひしを、後に飯富と改め、今イヒトミといふといへり、是も於布にて、大部即飫富なるを、飯富に訛りしなり。この地に大井神社あり、仲國造祖健借間 ( タケカシマ ) 命を祭るといひ傳ふ、この國造も意富臣同族なれば、意富臣に由あり、下野阿蘇郡は肥後の阿蘇郡に由ありて、古事記に「神八井耳命者、意富臣、阿蘇君等之祖」とありて、郡中に阿蘇郷、意部郷あるは即飫富なる事知るべく、下總に印旛郡あるは印旛國造に由あるが、古の國造は神八井耳命の裔なるに、相馬郡に大井郷あるは、常陸の大井神社に縁あり、また意布郷あるは即意富臣に由あるを思ふべし。


 最後に『大日本地名辭書』から、それらしい地名の拔書きを。

  1. 飫富(おほ)……268n(大和國磯城郡)……和名抄に十市郡飯富郷。多坐弥志理都比古(おほにいますやしりつひこ)神社は磯城郡田原本町569。神武天皇の第二皇子神八井耳命は多族の祖神。太安萬侶もこの一族。
  2. 邑智(おほち)……326n(河内國中河内郡)……和名抄に澁川郡邑智郷。巽村長瀬村大字大地(おほぢ)
  3. 邑智(おほち)……333n(河内國南河内郡)……和名抄に志紀郡邑智郷。未詳。太田村か。
  4. 大内(おほち)……584n(伊賀國名賀郡)……和名抄に伊賀郡大内郷。垂仁紀に(おほぢ)別命。伊賀國造。
  5. 邑美(おふみ)……852n(播磨國明石郡)……和名抄に明石郡邑美郷。讀みは於布美(おふみ)(高山寺本に於保見(おほみ))。萬葉集卷6-938、山部赤人「八隅知し…稻見野の大海(おほうみ)の原の」。
  6. 大市(おふち)……886n(播磨國揖保郡)……和名抄に揖保郡大市郷。讀みは於布知(おふち)(高山寺本於保智(おほち))。いま太市(おっち)村これなり。風土記邑智に作る。
  7. 邑寶(おほ)……901n(播磨國佐用郡)……和名抄に佐用郡太田郷。未詳。風土記にあり。
  8. 邑久(おほく)……913/918n(出雲國邑久郡)……和名抄に邑久郡邑久郷。讀みは於保久(おほく)。大伯村に邑久郷てふ大字のこれり。現在の行政區劃は岡山縣邑久郡邑久町。
  9. 邑美(おふみ)……982n(因幡國岩美郡)……和名抄に邑美郡邑美郷。讀みは於不美(おふみ)。後世訛りて上美(うはみ)。大海に接すれば其名ありしごとく。
  10. 邑美(おほみ)……1033n(出雲國八束郡)……和名抄に島根郡朝酌郷。風土記にあり。意宇(おう)の國廳の對岸。
  11. 意保美(おほみ)……1040n(出雲國簸川郡)……風土記にあり。簸川郡奧宇賀の西。
  12. 邑陀(おほた)……1061n(石見國安濃郡)……和名抄に安濃郡邑陀郷。いま太田村。
  13. 邑智(おほち)……1065n(石見國邑智郡)……邑智郡。讀みは於保知(おほち)。現在の行政區劃は島根縣邑智郡邑智町。同郡邑南町には於保地盆地あり。
  14. 邑美(おほみ)……1067n(石見國邑智郡)……和名抄に邑知郡邑美郷。讀みは於布美(おふみ)(高山寺本は於保美(おほみ))。未詳。
  15. 大内(おふち)……1244n(讚岐國大川郡)……大内郡。讀みは於布知(おふち)
  16. 邑智(おほち)……1932n(能登國羽咋郡)……和名抄に羽咋郡邑知郷。讀みは於保知(おほち)。邑知潟の東南。萬葉に波久比の海。
  17. 於保(おほ)……2247n(尾張國中島郡)……稻保村の大字。於保(おほ)明神は蓋し多臣の祖神。
  18. 飯富(いひとみ)……2447n(甲斐國南巨摩郡)……飯富は舊訓オブと云ひ、オホの訛とす。文字も飫富の譌とす。〒409-3423山梨縣南巨摩郡中富町飯富(いひとみ)
  19. 邑勢(おほせ)……2503n(遠江國濱名郡)……中郷村萬斛村の大瀬(おほせ)明神は延喜式で長上郡邑勢神社。
  20. 飫寶(おほ)……2509n(遠江國磐田郡)……和名抄に磐田郡飯寶郷。今の於保村。大之郷てふ字も殘れり。
  21. 飫富(おほ)……3165n(上總國君津郡)……和名抄に望陀郡飯富郷。讀みは於布(おふ)。根形村大字飯富。飫富の明神。町村志に「オフ」の稱呼?
  22. 邑陀(おほた)……3190n(上總國長生郡)……和名抄に長柄郡兼陀郷。邑陀の謬なるべし。新治の大字に太田あり。
  23. 意部(おふ)……3272n(下總國東葛飾郡)……和名抄に相馬郡意部郷。いま我孫子富勢の邊。未詳。延喜式に於賦(おふ)
  24. 邑樂(おふら)……3387n(上野國邑樂郡)……和名抄に邑樂郡。讀みは於波良岐(おはらき)。茨城と同語か、オフラと唱ふるは訛言のみ。現在の行政區劃は群馬縣邑樂郡邑樂町。
  25. 意部(おふ)……3411n(上野國安蘇郡)……和名抄に安蘇郡意部郷。未詳。
  26. 邑知(おほち)……4537n(羽後國由利郡)……和名抄に河邊郡邑知郷。川大内(かおち)は「河邊郡の邑知」の意か。いま上川大内、下川大内。
  27. 邑知(おほち)……4556n(羽後國平鹿郡)……和名抄に平鹿郡邑知郷。未詳。