菅間圭子
「水月夜」
 日本人にとっての「月」のイメージは、古来より詠まれてきた歌や俳句など、言語による表現に多くを負っている。「月見」とは実際の月そのものを鑑賞するというよりは、むしろこうした“観念上の月”のイメージに深く思いをはせる大変豊かで優雅なひとときではないだろうか。
 作品「水月夜」は光と音と言葉が渾然一体となって構成するインスタレーションである。複数のスピーカーからアトランダムに流れる月の和歌や俳句、きれぎれに聞こえてくる音楽(菅間が演奏するピアノやノイズミュージックの断片)、それらが偶然に重なり合って予期せぬ相乗効果を生み、更に部分的に組み込まれた完全なる沈黙のパートでは、実際の風の音、虫の声、木の葉が地面に落ちる音などが主役となり、それ自体この作品の重要なモチーフの1つを構成している。
 ここに更に視覚的要素―庭に設置されたイルミネーションの儚い瞬き―が加わり、それらが多層的に作用することによって、眼前に展開している月下の庭と観念上の月の光景が交錯し、鑑賞者の心の内にそれぞれの月の影を映し出す。なお「水月」とは“水に映る月影”を意味すると同時に“実態のない幻”の意味をも併せ持つ。


プロフィール

“RUPAM SUNYATA, SUNYATIVA RUPAM”
(The Mirage Project シリーズより)2001
法政大学 東京、インスタレーション
 成蹊大学文学部文化学科卒業。比較文化を学ぶ。1980年代終わりに画家としてスタートし、1989年日仏現代美術展で、安田火災美術財団賞やフランスの美術雑誌「ロイユ」のロイユ賞などを受賞するが、1990年代初めにコンセプチュアルな写真による“Ready-Made Phenomena”シリーズによって現代美術の方向へ転換。以後インスタレーションやパフォーマンスを主軸にした作業を展開。1997年以降、フランス、イタリア、カナダ、アメリカ、日本等のアート/パフォーマンスフェスティバルに多数参加。
 1997年にスタートした「ミラージュ・プロジェクト」では、一貫してある種の「放置」状況を提示。そこに観客みずからが意味づけしていくように促すことによって、観客の意識そのものを作品に取り込む。これはアートにおける作家と鑑賞者の間に想定されるヒエラルキーを無意味化していく試みでもある。互いに関連性の見出せない物品や言葉・音・映像等による展示物は、観客の内なる観念を映し出す一種の鏡のように機能し、観客の意識を通してそれぞれの断片の連なりが新たな詩的連関を生み出すことをもくろんでいる。インスタレーションのスタイルで展示されるが、菅間はこの作業を“material poetry”と自ら造語し命名している。パフォーマンス作品としては、言語による意思疎通の可能性/不可能性をテーマにした “Tower of Babel” (“InterAzioni 2000” Festival イタリア・サルデーニャ 2000年)、“Chat Opera” (Mixed Media Art Communications Festival 東京 2001年)など。
 2006年以降再びペインティングのシリーズをスタ−ト。英国の画家、ターナーの“Rain, Steam and Speed―The Great Western Railway”からタイトルを借用した“Cloud, Smoke and Blast―The Great World ‘Rule’way”シリーズでは、長崎の原爆から始まり、ニューヨーク9・11やイラク戦争など、戦火やテロによって立ち昇る煙を淡々と描き、蒸気機関以後の科学文明の負の側面を静か浮き彫りにする。また“The Spam Beauties”シリーズは、2006年ニューヨークでの個展で発表した、<迷惑メール>をテーマにしたインスタレーション“The Niagara Tale”(FusionArts Museum)から派生したもので、日々インターネットを経由して送られてくる迷惑メールに添付されている女性たちの写真を油彩で描いている。

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