十九歳
1
公園のベンチに腰かけて、記憶のテグスをたぐりよせる。おれは時々老人のにおいを発散させることがある。おれの日曜日をうたえば、うさぎもりすもきつねも鹿もみな耳をふさぎ、身をひるがえして逃げていった。
2
朝、それは七月の霧の朝。鎧戸をあげた店のなかへ踏み込むと、梨いろの女の首が、愛の渇きに枯れ果てたように、すだれをかいくぐって現われた。イボタノキの実の色した、乱れ髪をかきあげる手の青白さ。すすけほうけたまぶたの下に、ふたつの目玉が酔っていた。
《鳴門のうずまきパンと葡萄酒をください》 憂鬱な町と町の辻うらに吐き出したヘドの数かず。《嘔吐 ほとばしる豊かさよ》
3
おお 花々も財宝も海原もまぼろしだ
血のしたたる肉という肉も
空の菫いろと変わりはないのだ
そうだ あれは黒い美術館
赤い断崖のオペラ!
おお 空中庭園・毛髪の網・兎の角だ!
おれは朝の歩廊にながされた黄色い
流刑罪人であるかも知れない!
4
眼を閉じれば、喪服の襞を波打たせて、牡牛のにおやかな睾丸が重々しく揺れ動く。いまも友の言葉が、わたしの耳の地下室に毒ガスのように充満している。
5
南方では、氷陸でできた火の国が、海峡の荒々しい波に洗われていて、晴れた日曜日などには、踊りや音楽を楽しんでいるだろう。煙突に吹きつける雪もやめば、羊たちも小屋から出てきてはねまわることもできるだろう。クレバスの深淵のあたりに、長々と寝そべる一組の夫婦もいるだろう。
6
夏ともなれば、大草原に昼寝している牛飼いのおれの周りに、円陣をつくる牛たちの好奇心にみちた眼差しがあって、虻やハエのとびまわる音がいっそう黒々として響くのだ。眼を細目にあけて牛たちを下から見上げると、牛の角が日光にかがやいてほとんどみな金色に見える。円形をなして覗きこむ牛たちの眼と、牛飼いのおれの眼がやさしくみつめあう。草いきれと、肉の発散する甘酸っぱいにおいに鼻をひくひくさせて、おれは起きあがり、牛のからだを、また顔を撫でてやる。友愛のように浸透する安らぎを感じて、おれは馬の背中にまたがって、牧場を駆けめぐる。


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