| 選挙日 |
氏 名 |
ふりがな |
性別 |
生年月日 |
当選 回数 |
政 党 |
出身地 |
住 所 |
1995年 7月23日 |
菅野寿 |
かんのひさし |
男 |
1923年4月1日 |
2 |
社会党→社民党 |
宮城県 |
埼玉県和光市本町28-5 |
小山孝雄 (辞職) |
こやまたかお |
男 |
1943年12月13日 |
1 |
自民党(疑獄事件での逮捕に伴い2001/1/16離党)→無所属 |
山形県 |
埼玉県川越市小堤15-14 |
| 清水澄子 |
しみずすみこ |
女 |
1928年3月1日 |
2 |
社会党→社民党 |
福井県 |
埼玉県大宮市東大成町1-624-1ベルデ大宮A301 |
| 吉川春子 |
よしかわはるこ |
女 |
1940年11月26日 |
3 |
共産党 |
東京都 |
埼玉県春日部市六軒町77 |
| 石井道子 |
いしいみちこ |
女 |
1933年2月5日 |
1 |
自民党 |
所沢市 |
埼玉県飯能市稲荷町13-7 |
1998年 7月12日 |
月原茂皓 |
つきはらしげあき |
男 |
1935年3月2日 |
1 |
自民党→新生党→新進党→自由党→保守党→自民党 |
観音寺市 |
川越市日東町 |
| 長谷川清 |
はせがわきよし |
男 |
1932年6月26 |
1 |
民社(94/12解党)→新進(98/12解党)→新党友愛→民主(98/4結成) |
釜山 |
埼玉狭山市南入曽361-11 |
村上正邦 (辞職) |
むらかみまさくに |
男 |
1932年8月21日 |
3 |
自民党 |
福岡県 |
埼玉県志木市柏町2-12-14 |
| 以下、任期満了改選済み |
1992年 7月26日 |
聴濤弘 (引退) |
きくなみひろし |
男 |
1935年8月27日 |
1 |
共産党 |
東京都 |
埼玉県上尾市上1594-1 |
| 長谷川清 |
はせがわきよし |
男 |
1932年6月26 |
1 |
民社(94/12解党)→新進(98/12解党)→新党友愛→民主(98/4結成) |
釜山 |
埼玉狭山市南入曽361-11 |
| 村上正邦 |
むらかみまさくに |
男 |
1932年8月21日 |
3 |
自民党 |
福岡県 |
埼玉県志木市柏町2-12-14 |
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[記載事項の説明]
- 「住所」 は、原則として前回立候補当時。
- 「歴任役職」 は、政党や職業上の役職を除く。
▽前回選挙:1998年7月12日比例区 一覧表へ
月原茂皓(つきはらしげあき)
- ▽生年月日:1935年3月2日
- ▽出身地:観音寺市生れ
- ▽住所:
- 観音寺市観音寺寺町甲619(1994/2現在)
- 川越市日東町(2003/3現在)
- ▽学歴:東北大法学部卒
- ▽縁戚関係:
- ▽職業/職歴:
- 防衛庁(広報課長で退官)
- ▽関連会等社報告:
- [2001年]日栄薬品興業監査役(東京都千代田区)
- ▽歴任役職:
- ▽当選回数:1
- ▽政党会派:自民党(1993年離党)→新生党→新進党(1994/12)→自由党→保守党(2002末解党)→自民党(2002末復党)
- ▽所属議員団体:
- 【派閥】山崎派(2003年3月参加)
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1983年 衆院初当選
- 1998年7月 参院初当選(比例)
- ▽公約/政策:
- ※
- ▽記 事:
▽前回選挙:1992年7月26日比例区 一覧表へ
長谷川清(はせがわきよし)
▽生年月日:1932年6月26日
▽出身地:韓国釜山生まれ、大分育ち。
▽住所:埼玉県狭山市南入曽361-11
▽学歴:1952年大分工業高卒
▽縁戚関係:
- ▽職業/職歴:
- ※東京電力社員。
- ※東京同盟書記長(1974年から8年間)。東電労組執行委員長。全国電力労連副会長。関東電力総連会長。
- ▽関連会社等報告:
- [2001年]東京電力嘱託(東京都新宿区)
- ▽歴任役職:
▽当選回数:1
▽政党会派:民社党(94/12解党)→新進(94/12結党-97/12解党)→新党友愛(98/1結党-)→民主党(98/4/27結成)。
▽所属議員団体:
▽支持/後援団体:
▽政歴:
※1992年参院初当選(比例区、民社)。
※
▽公約/政策:
※
※
▽記 事:
※
▽前回選挙:1995年7月23日比例区 一覧表へ
村上正邦(むらかみまさくに) =辞職
▽生年月日:1932年8月21日
▽出身地:福岡県生まれ。
▽住所:埼玉県志木市柏町2-12-14
▽学歴:拓大政経学部卒。
▽縁戚関係:
- ▽職業/職歴:
- 繊維会社勤務(2年間)
- 玉置和郎参院議員秘書
- ▽関連会社等報告書:
- [1999年]日本政治文化研究所理事(東京都千代田区)、牧草コンサルタンツ顧問(京都市伏見区)、大阪府化成工業協同組合顧問(大阪府東大阪市)、全国共済商工協同組合連合会顧問(東京都中央区)、東京ベイホテルズ顧問(千葉県浦安市)
- [2000年]日本政治文化研究所理事(東京都千代田区)、牧草コンサルタンツ顧問(京都市伏見区)、大阪府化成工業協同組合顧問(大阪府東大阪市)、全国共済商工協同組合連合会顧問(東京都中央区)、大阪金属工業協同組合顧問(大阪府東大阪市)
- ▽歴任役職:
- 拓大評議員
- ▽当選回数:3
- ▽政党会派:自民。
- ▽所属議員団体:
- 【派閥】渡辺派(98/12会長就任)→村上・亀井派(99/3発足、会長就任)
- 中小企業経営問題議員連盟(豊明連盟)会長
- 国際技能工芸大学設立推進議員連盟(KGS議連)会長
- ▽支持/後援団体:
- 生長の家(1983年に政治活動から手を引く)
- 豊明会中小企業政治連盟(略称:豊政連)。豊政連は、ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団(略称:KSD、理事長:古関忠男)関連の政治団体。2000年10月、KSDの不正経理疑惑で脚光を浴びた。
- ▽政歴:
- 故・玉置和郎参院議員秘書を永年(14年)務める。
- 1974年 参院選初出馬=落選
- 1980年6月 参院初当選(比例区、支援組織:生長の家)
- 1986年7月 参院2期目当選(比例区、名簿6位)
- 1991年4月 中小企業経営問題議連(豊明議連)発足、幹事長就任
- 1992年7月 参院3期目当選(比例区、名簿3位、支援組織:KSD)
- 1992年12月 労相就任
- 1995年7月 自民党参院幹事長就任
- 1998年7月 参院4期目当選(比例区、名簿2位、支援組織:KSD)
- 1999年7月 自民党参院議員会長就任、01年1月辞任
- 2001年2月 参院議員辞職
- ▽公約/政策:
- ※
- ▽記 事:
- ※[プロフィル]
- ちょっと前まで、村上といえば、「タカ派の暴れん坊」が通り相場だった。育ちは、福岡の筑豊。参院議員だった玉置和郎の秘書になって、永田町に足を踏み入れた。故中川一郎の総裁選出馬に一役買い、中川の死去後は、中曽根康弘に請われて、参院での中曽根派拡大に力を貸した。国会でも党の会議でも、相手かまわず怒鳴り散らす。つかみ合いの喧嘩をしたこともある。山本富雄の急死で参院幹事長に昇格したのが3年前。自民党内からも「早く引きづり降ろさないと、参院はめちゃめちゃになる」と陰口をたたかれた。だが、予想は外れる。衆院議員に比べると穏やかなタイプが目立つ「参院自民党」を掌握した村上は、国会対策委員長の経験も生かして野党とも気脈を通じ、参院全体を牛耳れるような位置に立つ。(朝日1998/5/19『虎視眈々』)
- 関連Web記事
- ※[建国記念日・元号法案]
- 1953年、建国記念日奉祝実行委員長として記念式典の政府後援を実現。元号法案成立に努力。
- ※[五人組]
- 2000年4月2日に小渕首相が脳梗塞で倒れた後、病状を正確に公表せず密室で森政権を作り上げたと取り沙汰された自民党五人組の1人。
《五人組》
青木幹雄 内閣官房長官
森嘉郎 自民党幹事長(後に首相)
野中広務 自民党幹事長代理(森政権で幹事長)
亀井静香 政務調査会長
村上正邦 参議院自民党議員会長
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- ●[KSD関連議員]
- 千葉県内の霊園開発事業などを巡り背任容疑で捜索を受けた財団法人「ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」(KSD)の古関忠男理事長=事件発覚後の2000年10月7日付で退任=は関連政治団体を設立し、自民党の立候補予定者を中心に多額の政治資金を提供する一方、選挙の際に陣中見舞いを配ったり党費を肩代わりするなどしていた。この政治団体は「豊明会中小企業政治連盟」(豊政連)といい、KSDが会員の福利厚生を名目に作った任意団体「KSD豊明会」が、「中小企業の政策要望の実現」を掲げて1990年に設立した。KSD本体は公益法人で政治献金を禁じられているため、豊明会を経由して政界に資金を流していたもので、同会は自民党の職域支部「自民党東京都豊明支部」に年間数千万円単位の寄付を続けていたことが分かっている。KSD関連の政治工作資金は判明しただけで20億円を超えると見られる(2001/1/18現在)。
KSDから支援を受けた議員として森喜朗 首相、青木幹雄 元官房長官、中曽根弘文 元文相、額賀福志郎 経済財政担当相など多数の自民党有力者の名前が挙がっているが、なかでも村上議員は古関被告と最も親密だったとされる。豊政連は村上正邦・自民党参院議員会長の有力な支持母体で、92年と98年の参院選での党員・党友集め、党費の肩代わり、ものつくり大学の埼玉県誘致など、様々な関わりが報じられている。
《腹心・小山孝雄参院議員の逮捕》
▽村上正邦参院議員の秘書を長年務め1995年に参院初当選した小山孝雄議員が、2001年1月、古関被告の請託を受けKSDの施策に沿った質問をした報酬として2千万円を受け取ったとして、受託収賄罪の疑いで逮捕された(事件簿)。小山議員は、参院当選後も村上議員の「秘書」と見る向きが多かった。
《党員・党友集め》
▽1992年の参院選の際、KSDは村上正邦議員の名簿登載順位を上げる狙いで百万人規模の目標を定めて署名活動を行い95万人分の署名を集めていた。署名集めはKSD豊明会など傘下団体の業務の一環として行われ、それぞれに関連する企業や団体にノルマを割り当てるケースもあった。村上氏に対する支援は98年の参院選の際にも行われ、自民党名簿登載順位2位で当選している。村上議員は「(豊政連の党員集めは好意的にやってもらっていること。私の支持団体というより自民党の支持団体だ」と語っている。(『週刊朝日』00/11/17等)
《党費肩代わり》
▽KSD豊明会はKSD会員の福利厚生事業の充実のため、KSDから年間約30億円の補助金を受けていたが、この補助金の中から年間数億円をKSD会員ら約9万人分の自民党費としていた。これらの会員のほとんどは、KSD会員名簿を基に本人に無断で党員にされていた。こうした党費負担は、豊明会中小企業政治連盟(豊政連)が村上正邦氏の参院選支援を打ち出した頃から本格的に始まったという。村上議員は党費納入の肩代わりについて「全然知りません」と話している。(朝日2000/10/19)
▽KSD豊明会は村上正邦参院議員の名簿順位を上げるため、1997年、98年の2年間で述べ約19万人の架空会員を作り、5億2600万円の党費を肩代わりしていたことが分かった。肩代わりした党費は東京、千葉、埼玉、神奈川にある自民党の職域支部「豊明支部」を通じて納められた。(朝日2001/1/25)
《「ものつくり大学」の埼玉県誘致》
▽「ものつくり大学」(総長・梅原猛国際文化センター理事)は埼玉県行田市に建設中(2001/1現在)の私立大学で、2000年12月に文部省の設置認可を受け、2001年4月の開校が決まっている。そもそもは1990年頃、佐渡で地元に技能技術者(職人)の養成機関をつくろうという話がでたのが原点だった。佐渡出身の代議士、近藤元次氏(故人)が中心になり設立を進めたが、94年に近藤代議士が死去したため、職人や中小企業問題に熱心なKSDの古関理事長に相談した。96年3月にはKSDが職人大学構想を引き継ぐ形で国際技能振興財団(KGS)を設立。古関氏と関係が深い村上正邦参院議員が主役となり、当初は「第1候補は佐渡、島全体で誠意を示せ」と檄を飛ばしていたが、大学の誘致先はいつのまにか埼玉県行田市に変更された。佐渡の関係者は、「誘致先の変更は、近藤代議士が死去し、村上先生が主役になったことが大きいのでは」と語る。大学の設置先が決まるまでの間に、佐渡住民はKGS会員集めに奔走させられ、会費総額1771万7千円を払わされたという。(『週刊朝日』00/11/17)
| 『知事会見採録』
(埼玉2000/12/27)
記者:ものつくり大学(行田市)の認可について、埼玉県に誘致が決まった決め手になったのは。
土屋義彦埼玉県知事:やはり職人が少なくなってきており、プライドを持たせるというか、ドイツのような制度を取り入れたらいいんじゃないかと、前々から私は考えていた。労働省や経団連から話があったので、行田の市長に話したら『協力しますよ』と言うんで、始まった。
記者:労働省は当時、熱心だったのか。
知事:非常に熱心でしたね。政治的な関係はまったく分からなかった。純粋に考えたからね。お聞きしたいのは率直に言って、村上さんとの背景がどうなってるのかということでしょ。んなもなあ、ねえよ、こっちには。そりゃ参議院で一緒だったからさ、そういうお付き合いはございますけれども、特にこうしてくれとかはないですね。向こうは何かつくってやってましたからね、もちろん私からも協力してくれって、ぜひ埼玉へ来るように、確かにお願いしたことは事実ですね。ええ。
記者:村上さんはそのときどう答えたのか。
知事:そりゃ私から頼まれたら、いやだって言えないでしょう。
記者:古関(KSD)前理事長が関与していたことについては。
知事:残念の一語だね。汚点を残したね。
(埼玉2001/1/17)
記者:ものつくり大学誘致の当時の事情は。
知事:当時の事情ったってそんなややこしいものじゃない。私自身がドイツへ行ってマイスター制度に感心し、できたらやりたいと思っていた。そこで豊田章一郎さんとも個人的に親しかったし、長い国会議員生活で労働省に友人もいたし、そういう筋から「協力してくれないか」と話があった。かねがね行田市長が「大学誘致でうまくいかなかったが、いずれ実現させたい」と話していた。そこで市長に話したところ、ぜひ協力したいということだったので、財界や労働省に伝えた。それから、小山さんより村上(正邦参院議員)さんですね、ものつくり大学の(国際技能工芸大学設立促進議員連盟)会長になっていると聞いたので、協力をお願いした。
記者:知事が話をまとめたのか。村上議員が話を持ってきたのではないのか。
知事:村上さんだけじゃない。村上さんが特に中心になって私に「頼む」といったわけじゃない。トータルの中で、僕だってお願いしている。(議連)会長だって聞いたから。そんなに深刻に考えることないでしょ。私との関係を。なんだか知らないけど。
武田副知事:新聞報道であった「佐渡に決まっていた」話は知らなかった。純粋な立場で労働省にお願いした。
|
- ●[自民党参院議員会長辞任]
- 自民党の村上正邦参院議員は2001年1月15日、財団法人KSDの政界工作疑惑をめぐり、国会内で青木幹事長と会談し、参院議員会長の辞表を提出し受理された。今夏の参院選への影響を最小限にくい止めるため、早手回しに手を打ったと見られる。村上正邦参院議員「熱心に応援していただいた団体のひとつが世間をお騒がせしておりますことにつきまして、きわめて遺憾なことで、申し訳なく思っております」。
また、村上氏は16日、昨年1月の発足時から務めていた参院憲法調査会長の辞任願いを江田五月副会長に提出し、1月末に召集される通常国会で開かれる同調査会で正式に許可される見込み。
- ●[参院議員辞職]
- 2001年 2月22日、村上正邦参院議員は井上裕参院議長宛に議員辞職願いを提出、26日の参院本会議で許可された。28日には衆院予算委員会で村上氏の証人喚問が行われたが、刑事訴追の可能性を理由に証言拒否を繰り返し、自ら疑惑を裏付ける形となった。
- ●[受託収賄容疑で逮捕]
- 東京地検特捜部は3月1日、村上正邦・前参院議員を受託収賄罪の疑いで逮捕した。古関忠男被告(前KSD理事長)の請託を受け参院本会議でKSDの施策に沿った質問をする報酬として計7千2百万円余りを賄賂として受け取った疑い。
▽前回選挙:1995年7月23日比例区 一覧表へ
菅野壽(かんのひさし)
▽生年月日:1923年4月1日
▽出身地:宮城県
▽住所:埼玉県和光市本町28-5
▽学歴:1947年日大医学部卒
▽縁戚関係:
- ▽職業/職歴:
- 医師(医学博士)。菅野総合病院理事長。東部中央病院長。
- ▽関連会社等報告書:
- [1999-2001年]富士建物管理取締役(東京都立川区)
- ▽歴任役職:
- 日本医師会常任理事。アジア太平洋医師会理事定款委員長。日本ニジェール協会会長。アフリカ協会理事。日大評議員。日大医学部同窓会副会長。
▽当選回数:2
▽政党会派:社会党(党名変更)→社民党。
▽所属議員団体:
▽支持/後援団体:
▽政歴:
※1989年参院初当選(比例区、社民)
※
▽公約/政策:
※
▽記 事:
※
※
▽前回選挙: 一覧表へ
小山孝雄(こやまたかお) =2001/1/28辞職
- 生年月日:1943年12月13日
- ▽出身地:山形県村山市
- ▽住所:埼玉県川越市小堤15-41
- ▽学歴:山形大文理学部卒
- ▽縁戚関係:
- ▽職業/職歴:
- 1968年 宗教団体「生長の家」職員(政治部門配属)
- 1980年 生長の家退職、村上正邦参院議員秘書となる。
- ▽歴任役職:
- 神道政治連盟顧問。真保守主義研究会所長。
- ▽当選回数:1
- ▽政党会派:自民党(2001/1/16離党)→無所属
- ▽所属議員団体:
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1980年から村上正邦参院議員秘書
- 1995年7月 参院初当選(比例、自民党)
- 2001年1月29日 参院議員辞職
- ▽公約/政策:
※
※
- ▽記事:
- ※[公選法改正――参院拘束名簿式]
- 自民党特別委理事で今回の改正作業に携わった小山孝雄議員(川越市)は、「二院クラブを除き野党は最後まで欠席して残念だ。参考人の意見を聞くなど質疑は十分した。議案審議を放棄した野党は卑劣で議会史上、汚点を残したといえる」と語った。(埼玉2000/10/14)
- ※[参院憲法調査会]
- 私は、まず、憲法に対する基本的な考え方を申し上げますが、最近遺伝子、DNAの研究というのが長足の進歩を遂げておりますけれども、私は、これは一人の個人の人間のみならず、国家、国民、民族にもDNAがあると思います。したがって、国家の基本法であります憲法はその国のDNAに合ったものでなければいけない、その観点から大いに検証すべきであろう、このように一つは思います。(2000/2/16)
- ※[KSD疑惑――受託収賄罪で逮捕]
- 小山孝雄参院議員が1995年の参院選でKSDから選挙支援を受け、当選後、KSDの政策要求に沿う形の国会質問を繰り返していたことが分かった。当時KSDは政治家との関係を深めて政策実現を図るため、理事長の古関忠男被告(業務上横領と背任の罪で逮捕)が資金提供や後援会会員集めを通じて複数の国会議員を支援していた。
95年の参院選に際し、KSDは小山議員の自民党比例代表名簿の登載順位を上げる狙いで30万人を目標とする署名活動を展開、KSD関連の任意団体「KSD豊明会」の各支局に百-5千人分の署名ノルマを割り当てた。党費の肩代わりは述べ12万人分、4億円を超えると見られる。その成果か、小山議員は名簿順位12位に搭載され、参院初当選を果たした(15位まで当選)。
小山議員は当時、村上正邦参院議員の政策担当公設秘書を務めており、議員になってからも村上議員に忠実で「議員バッジをつけた秘書」と評す向きもある。村上議員についてもKSDによる組織的な署名活動等が明らかになっている。小山議員は約20年前から川越市在住だが、地元では目立った政治活動をしていなかったという。(朝日00/12/29)
- 東京地検特捜部は2001月16日、財団法人KSDの前理事長 古関忠男被告から、KSDに有利な国会質問をした見返りに2千万円の賄賂を受け取ったとして受託収賄罪で、小山孝雄参院議員(57)を逮捕した。
検察の調べによると、小山容疑者は1995年11月と96年3月に古関被告から、参院労働委員会で外国人研修・技能実習生の滞在期間延長などについて質問するように頼まれ、謝礼として96年10月上旬、古関被告が理事長を務めていたアイム・ジャパンの理事長室で現金2千万円を受け取った疑い。小山容疑者は16日付で離党届を提出し、党執行部は受理した。(埼玉、朝日2001/1/17)
- 《議員辞職》受託収賄罪で東京地検に逮捕された小山孝雄参院議員は2001年1月29日、井上裕参院議長宛に辞職願いを提出し、許可された。
▽前回選挙:1995年7月23日比例区 一覧表へ
清水澄子(しみずすみこ)
▽生年月日:1928年3月1日
▽出身地:福井県
▽住所:埼玉県大宮市東大成町1-624-1ベルデ大宮A301
▽学歴:1944年福井県立丸岡高等女学校卒。1944年高槻女子医専在学中、大空襲にあい福井県に引き揚げる。
▽縁戚関係:
▽職業/職歴:1951年福井県労働評議会勤務。議員秘書。
▽歴任役職:日本婦人会議常任顧問。同議長。
- ▽当選回数:2
- ▽政党会派:社会党(党名変更)→社民党。
- ▽所属議員団体:
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1956年「福井県働く婦人の会」結成に携わったのち、日本婦人会発足に参加。日本婦人会福井県事務局長。1967年日本婦人会事務局長を経て、日本婦人会議長。1994年社民党女性・市民局長。
- 1965年から田中寿美子参院議員秘書。
- 1989年参院初当選(比例区)
▽公約/政策:
※
※
▽記事:
- ※[著書]
- 『手さぐりの女性解放』
- 『男女平等』、『医療110番』(以上、共著)
▽前回選挙:1995年7月23日比例区 一覧表へ
吉川春子(よしかわはるこ)
▽生年月日:1940年11月26日
▽出身地:東京都
▽住所:埼玉県春日部市六軒町77
▽学歴:中大法卒。
▽縁戚関係:
▽職業/職歴:中学校社会科講師。
▽歴任役職:
- ▽当選回数:3
- ▽政党会派:共産党
- ▽所属議員団体:
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1973年八潮市議初当選3期
- 1983年参院初当選(比例区、共産)
- 共産党中央委員
- 2007年8月 埼玉知事選出馬(無所属、共産党推薦)=落選
▽公約/政策:
※
※
▽記事:
※[07年8月知事選]
- 知事選に向け候補者擁立を進めていた、共産党埼玉県委員会を含む「県民参加の民主県政をめざす埼玉各界連絡会(民主県政の会)」は6月15日、共産党所属の吉川春子参院議員(66)を候補者に内定したと発表した。同会は共産党の他に連合埼玉、市民団体などで構成される。
吉川議員の話「民主県政の会から要請を受けた。前向きに考えているが、まだ(参院で)質問が残っている。国会での仕事もあるので、正式表明の時期は会と相談してから」。(埼玉、朝日西埼玉2007/6/16)
▽前回選挙:1995年7月23日比例区 一覧表へ
石井道子(いしいみちこ)
▽生年月日:1933年2月5日
▽出身地:所沢市
▽住所:埼玉県飯能市稲荷町13-7
▽学歴:1955年東京薬科大卒。
▽縁戚関係:
- 斎藤徳次郎(元埼玉県議)の娘。大学卒業と同時に石井泰彦(故人。医師、埼玉県議)と結婚。
▽職業/職歴:
▽関連会社等報告書:
- [1999-2001年]東京薬科大学顧問(東京都八王子市)
▽歴任役職:
▽当選回数:3
▽政党会派:自民党
▽所属議員団体:
▽支持/後援団体:日本薬剤師会。
▽政歴:
- 参考リンク 1、2
- 1975年、任期半ばに病死した夫・石井泰彦埼玉県議の遺志を継ぎ県議当選、2期務める。
- 1983年、参院比例区で国政に初挑戦したが次点。翌年、現職の死去に伴い繰り上げ当選。
- 1996年、第2次橋本内閣環境庁長官。
▽公約/政策:
※
※
▽事 件:
※[切り餅配布事件]
- 1999年末、自民党埼玉県連の県議や自分の後援会の会員に1人当たり約3千円の切り餅を送付。
※[フロンガス漏洩事件]
- 埼玉県飯能市稲荷町、飯塚中央病院で老朽化した空調設備から、地球のオゾン層を破壊したり温暖化を促進したりするフロンガスが5年前から漏れ続けていることが、関係者の話で分かった。同病院は前環境庁長官の石井道子参院議員(自民)が昨年11月まで理事長を務め、いまも家族が経営している。関係者によるとフロンが漏れているのは同病院の大型クーラー12台のうちの4台。1960年代から稼働、93年頃から自然に漏れたため、フロン22を充填、それでも漏れるため、フロン22を年1回、約5キロづつ補充しているという。石井氏は朝日新聞の取材に対して「現場任せで経営にはほとんどタッチしなかった。(フロンを使っているか)分からない」と話している。(朝日夕1997/11/29)
※[政治団体資金を私蔵]
- 2009年1月、強制解散後の政治団体資金、約5,000万円を私蔵していたことが判明。
▽記事:
※[著書]
- 『二十一世紀への架け橋』(1998/4刊)−環境庁長官時代の思い出などをつづる。
※[諫早湾干拓問題]
- 1997年、環境庁長官として、諫早湾干拓問題への対応が定まらず批判を浴びる。
関連発言
4月22日「農水相や長崎県には、従来から環境対策を要請してきた」
5月16日「今のところ現地に行くことは考えていない」
5月20日「閣僚懇談会で潮受け堤防を開けないという合意を得た。個人的にも賛成している」
6月03日「(いま諫早湾干拓のアセスに意見を求められたら)干潟を干陸化しないという考え方がでたのではないか」
6月06日「現実に事業が動いている中で、現在アセスをしたらどうだったか、という話をしたのは適切ではなかったと反省している」。
- 国会開会中を理由に諫早湾干拓現場視察を否定していた石井長官は、国会閉会後、庁内に視察の意思を伝え、7/11、12に視察する予定を固めた。ところが、藤本農水相から視察を歓迎しない意向を示されたため視察を中止した。(朝日97/7/9)
- 環境庁長官の石井道子さんは気さくで、人当たりもやわらかい。しかし、今回の諫早湾干拓の現地視察をやめた経過を見ていると、環境庁長官の職責を果たすには、心もとない。石井さんは視察中止の理由として、当初、農水相が難色を示したためとしていたが、11日の記者会見では「九州の豪雨を予測して延期した。私の天気予測は当たる」と話した。視察を中止したことも、その理由を変えたのも、農水相とことを構えたくなかったからではないのか。もしそうだとしたら、いただけない。(朝日夕『窓』97/7/12)
▽前回選挙:1992年7月26日比例区 一覧表へ
聴濤弘(きくなみひろし) =引退
▽生年月日:1935年8月27日
▽出身地:東京都生まれ
▽住所:埼玉県上尾市上1594-1
▽学歴:1957年京都大学入学(中退)。
▽縁戚関係:父親も国会議員。
▽職業/職歴:1968年赤旗記者。政治評論家。政党役員。
▽歴任役職:
▽当選回数:1
▽政党会派:共産党。
▽所属議員団体:
▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1968年日本共産党中央委員会国際部員。
- 1973年日本共産党中央委員会国際部副部長。
- 1985年政治・外交委員会責任者。
- 1990年日本共産党中央委員会常任幹部会委員。
- その他:社会科学研究所事務局次長。共産党中央委国際部長。赤旗書記長。
- 1992年7月参院初当選(比例区、共産)。
- 1997年9月党名誉幹部会委員。
- 1998年7月参院選には立候補せず。
▽公約/政策:
※
- ▽記 事:
- ※[著書]
- 『イブ・モンタンと社会主義』など多数。
- ※[抱負−1998年]
- 先の140通常国会では、日米両国政府がすすめている「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」見直し作業の内容が、焦点の一つになりました。私が参議院予算委の総括質問のなかで明らかにしたように、戦争当事国の領土を含む「戦場の後方地
域」で、自衛隊がどのように米軍を支援できるのかということまで、防衛庁は「研究」の対象としています。こうした方向でガイドラインの改定がすすめられれば、米軍が勝手に起こした戦争に日本が巻き込まれることにもなりかねません。
私は、特に多くの若い皆さんが、青年らしい正義感をもって核兵器の廃絶や平和をめざす行動に立ち上がっている姿を度々目にして、本当に頼もしく思いました。これからも、幅広い国民のみなさんの運動と手を結んで、核兵器も米軍基地もない日本を実現するために、国会議員として、また党の幹部として力を尽くしたいと思っています。アメリカ言いなりの日本ではなく、憲法第九条の精神を生かして、武力によらない国際秩序と世界平和の実現をリードできる日本を実現できれば、必ず世界の人々の信頼と尊敬を得られると思います。
一昨年、昨年につづいて今年も質問でとりあげた旧日本軍の従軍看護婦への慰労給付金の問題で、勤務年数が不足で未受給となっている方々に、首相の書状が贈られることになりました。引き続き、書状にともなう記念品の贈呈と、慰労給付金の増額を要求しています。日本がかつておこなった戦争で苦労をされた方々に、国としての当然の責任をはたすこと、それから侵略の被害を受けた諸外国への謝罪と補償にとりくむことは、二度と日本が侵略国にならないためにも大切なことです。(1998/7共産党ホームページから採録)

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Last Modified : April 12, 2009