知事選挙の記録
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選挙日
(投票率) | 候補者名 | ふりがな | 性
別 | 住 所 | 生年月日 | 党 派 | 職 業 | 得票数 |
|---|
1960年 7月3日 (49.79%) | 石橋 勉 | いしばしつとむ | 男 | 東京都杉並区東新町1の49 | 1925/2/2 | 民社党 | 国際情報機構 | 7/1辞退 |
| 梅沢一郎 | うめざわいちろう | 男 | 埼玉県加須市大字下三俣303 | 1908/9/1 | 社会党 | 団体役員 | 146,292 |
| 小田俊与 | おだしゅんよ | 男 | 東京都渋谷区原宿2の170 | 1907/1/20 | 人道主義政治連盟 | 世界タイムス社長 | 5,746 |
| 栗原 浩 | くりはらひろし | 男 | 埼玉県浦和市岸町7の30 | 1900/1/6 | 自民党 | 埼玉県知事 | 433,822 |
| 馬場秀夫 | ばばひでお | 男 | 埼玉県行田市忍485 | 1901/9/9 | 民社党 | 会社社長 | 73,290 |
| 肥後 亨 | ひごとおる | 男 | 埼玉県穏地郡五箇村竹島 | 1926/3/25 | 民社党 | 国際情報機構 | 2,014 |
1964年
7月5日
(45.73%) | 小田俊与 | おだしゅんよ | 男 | 東京都千代田区富士見町1の16 | 1908/1/20 | 無所属 | 国民総株主
運動代表 | 9,341 |
| 栗原 浩 | くりはらひろし | 男 | 埼玉県浦和市岸町7の4の2 | 1900/1/6 | 自民党 | 埼玉県知事 | 493,671 |
| 森 勝治 | もりかつじ | 男 | 埼玉県浦和市高砂町3の10 | 1915/10/11 | 社会党 | 団体役員 | 214,008 |
1968年
6月30日
(52.81%) | あわや 豊 | あわやゆたか | 男 | 埼玉県浦和市太田窪2の13の18 | 1901/2/15 | 無所属 | 団体役員 | 469,719 |
| 栗原 浩 | くりはらひろし | 男 | 埼玉県浦和市下木崎178の22 | 1900/1/6 | 自民党 | 埼玉県知事 | 637,699 |
1972年
7月2日
(56.24%) | 大野元美 | おおのもとよし | 男 | 埼玉県川口市栄町2の1の11 | 1922/11/17 | 自民党 | 会社社長 | 697,179 |
| 高田がん | たかだがん | 男 | 東京都世田谷区喜多見4の3の15 | 1930/5/23 | 反共全国遊説隊 | 政治団体長 | 8,640 |
| 畑 和 | はたやわら | 男 | 埼玉県浦和市仲町1の11の13 | 1910/9/29 | 無所属 | 弁護士 | 791,815 |
1976年
7月4日
(無投票) | 畑 和 |
はたやわら | 男 | 埼玉県浦和市常盤4の11の8 | 1910/9/29 | 無所属 | 埼玉県知事 | 無投票 |
1980年
6月22日
(71.30%) |
すみえとしよ | すみえとしよ | 男 | 埼玉県三郷市丹後1,054番地 | 1926/6/10 | 無所属 | 会社役員 | 181,436 |
| 畑 和 | はたやわら | 男 | 埼玉県浦和市常盤4丁目11番8号 | 1910/9/29 | 無所属 | 埼玉県知事 | 2,051,163 |
| 山本精一 | やまもとせいいち | 男 | 埼玉県児玉郡児玉町大字秋山54番地 | 1910/12/20 | 無所属 |
会社役員 | 155,486 |
1984年
7月1日
(44.04%) | 畑 和 | はたやわら | 男 | 埼玉県浦和市常盤4丁目11番8号 | 1910/9/29 | 無所属 | 埼玉県知事 | 1,011,198 |
| 松永緑郎 | まつながろくろう | 男 | 埼玉県大宮市盆栽町305番地 | 1921/9/29 | 無所属 | 団体役員 | 644,587 |
1988年
6月12日
(52.77%) | 関根則之 | せきねのりゆき | 男 | 埼玉県志木市柏町2丁目25番7号 | 1930/1/13 | 無所属 | (財)日本防火協会顧問 | 927,491 |
| 畑 和 | はたやわら | 男 | 埼玉県浦和市常盤6丁目3番6号 | 1910/9/29 | 無所属 | 埼玉県知事 | 1,250,987 |
| 山本精一 | やまもとせいいち | 男 | 埼玉県児玉郡児玉町大字秋山54番地 | 1910/12/20 | 無所属 | 会社役員 |
14,708 |
1992年
6月21日
(33.10%) | 加藤盛雄 | かとうもりお | 男 | 埼玉県桶川市坂田1,537番地 | 1926/12/10 | 政治結社
憂國塾 | 団体役員 | 5,718 |
| 小山行一 | こやまこういち | 男 | 埼玉県大宮市宮原町1丁目386番地 | 1925/2/23 | 無所属 | 団体役員 | 190,017 |
| 高橋昭雄 | たかはしあきお | 男 | 埼玉県浦和市大間貴1,299番地鈴木ビル301号 | 1927/10/18 | 無所属 | 医師 | 233,058 |
| 土屋義彦 | つちやよしひこ | 男 | 埼玉県春日部市大字八丁目325番地 | 1926/5/31 |
無所属 | 団体役員 | 906,851 |
| 中井真一郎 | なかい
しんいちろう | 男 | 埼玉県所沢市中新井4丁目16番11号 | 1946/1/12 | 無所属 | 弁護士 | 186,007 |
1996年
6月23日
(32.50%) | 植木宗昌 | うえきむねまさ | 男 | 埼玉県入間市豊岡4丁目7番17号 | 1943/4/7 | 無所属 | 自営業 | 12,720 |
| 加藤盛雄 | かとうもりお | 男 | 埼玉県桶川市大字坂田1,537番地の7 細田方 | 1926/12/10 | 無所属 | 政治団体役員 | 20,354 |
| 高橋昭雄 | たかはしあきお | 男 | 埼玉県秩父市近戸町7番42号 | 1927/10/18 | 無所属 | 医師 | 443,756 |
| 土屋義彦 | つちやよしひこ | 男 | 埼玉県春日部市大字八丁目325番地 | 1926/5/31 |
無所属 | 埼玉県知事 | 1,122,041 |
| 山口節生 | やまぐちせつお | 男 | 埼玉県浦和市沼影2丁目3番11号203 | 1949/9/26 | 無所属 |
政治学博士課程大学院生 | 27,643 |
2000年
6月25日
(59.19%) |
加藤盛雄 | かとうもりお | 男 | 埼玉県桶川市大字坂田1,537番地の7 細田方 | 1926/12/10 | 無所属 | 政治団体役員 | 162,467 |
| 高橋昭雄 | たかはしあきお | 男 | 埼玉県秩父市近戸町7番42号 | 1927/10/18 | 無所属 | 医師、埼玉協同病院名誉院長 | 680,375 |
| 土屋義彦 | つちやよしひこ | 男 | 埼玉県春日部市大字八丁目325番地 | 1926/5/31 |
無所属 | 埼玉県知事 | 2,185,315 |
2003年
8月31日
(35.80%) |
上田清司 |
うえだきよし |
男 |
埼玉県志木市館2丁目8番5-101号 |
1948/5/15 |
無所属 |
衆院議員 |
808,092 |
| 加藤盛雄 |
かとうもりお |
男 |
埼玉県桶川市大字坂田1,537番地の7 細田方 |
1940/12/10 |
無所属 |
警備会社役員 |
15,790 |
| 嶋津昭 |
しまずあきら |
男 |
川越市吉田新町1丁目 |
60(03/8) |
無所属 |
全国知事会事務総長、総務省初代事務次官 |
451,057 |
| 杉崎智介 |
すぎさきともすけ |
男 |
さいたま市大宮区櫛引町1丁目 |
40(03/8) |
無所属 |
元さいたま市議 |
70,055 |
| 高原美佐子 |
たかはらみさこ |
女 |
春日部市大沼4丁目51番地6 |
1943/8/14 |
無所属 |
元埼玉県議 |
175,137 |
| 浜田卓二郎 |
はまだたくじろう |
男 |
埼玉県浦和市根岸3丁目28番7号 |
1941/10/5 |
無所属 |
参院議員 |
210,198 |
| 坂東真理子 |
ばんどうまりこ |
女 |
さいたま市浦和区岸町6丁目 |
57(03/8) |
無所属 |
内閣府男女共同参画局長、埼玉県副知事 |
204,389 |
| 山口節生 |
やまぐちせつお |
男 |
埼玉県岩槻市岩本町1丁目18番8号 |
1949/9/26 |
無所属 |
不動産鑑定士 |
8,931 |
2007年
8月26日
(27.67%) |
武田信弘 |
たけだのぶひろ |
男 |
|
1954年 |
無所属 |
本人ブログ |
58,823 |
| 上田清司 |
うえだきよし |
男 |
埼玉県志木市館2丁目8番5-101号 |
1948/5/15 |
無所属 |
埼玉県知事。元衆院議員 |
1,093,480 |
| 吉川春子 |
よしかわはるこ |
女 |
さいたま市大宮区 |
1940/11/26 |
無所属 |
元:参院議員、八潮市議。共産党推薦 |
389,875 |
表の最初へ
知事選立候補者個人データ
*データは現職知事を除き、原則として最終立候補当時。
上田清司(うえだきよし) 記事 索引へ
- ▽生年月日:1948年5月15日
- ▽出身地:福岡県大牟田市生まれ。
- ▽住所:
- 埼玉県志木市館2丁目4番2-303号
- 埼玉県志木市館2丁目8番5-101号(2000/6現在)
- ▽学歴:福岡県立三池高、法大法卒。早大大院政治学研究科修了。
- ▽縁戚関係:妻(常子)、子供3人(97/7現在)。
- ▽職業/職歴:
- 大学院時代、完全自活のため所沢市で学習塾経営。
- 大学院卒業後、1979-86年建設省建設大学校(現・国土交通大学校)講師(「地域社会論」や「国土計画論」を担当)。
)。
- 新自由クラブ解党後、政策科学研究所政策委員に就任。埼玉建設産業協同組合理事長。地域資源活用機構常務理事(1986年)を経て理事長。
- ▽歴任役職:
- ▽当選回数:1(衆院3期)
- ▽政党:
- 新自由クラブ(1976参加→1986年解党)→新生(93/7衆院選時)→新進(94/12結成参加-97/7/16離党)→無所属→[無所属クラブ](97/9/25-)→フロムファイブ(97/12/26結党-98/1解党)→民政党(98/1/23結党-)→民主党(98/4/27結成)
- ▽所属議員団体:
- 「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟」(拉致議連)、「歴史教科書問題を考える超党派の会」
- ▽支持/後援団体:
- 埼玉司法書士政治連盟。
- 全日本不動産政治連盟埼玉支部。
- ▽政歴:
- [元]新自由クラブ全国青年局長。
- 1980年6月 衆院選(埼玉5区、新自由クラブ公認)=落選
- 1983年12月 衆院選(新自由クラブ公認)=落選
- 1986年7月 衆院選(新自由クラブ公認)=落選
- 1990年2月 衆院選(無所属)=落選
- 1993年7月 衆院初当選(新生党公認)
- 1996年10月 衆院2期目当選(新進党公認)
- 2000年6月 衆院3期目当選(民主党公認)
- 2003年8月 埼玉知事選出馬(無所属)=初当選。9月2日埼玉知事就任。
▽公約/政策:
- ※1993年7月 衆院選挙公報
- 政治改革。政治の仕組みを完全に変え、古い政治制度と決別し、国民のための政治を実現します。
- (1)「政治腐敗防止法」、「政治倫理法」の制定。
- (2)政治資金の完全公開。
- (3)選挙制度の改革。
- ※1996年10月 衆院選挙公報
- 『ニュージーランドの行革に学べ』、『タックスイーター(税金を食べる人)の政治からタックスペイヤー(税金を納める人)の政治へ』
- ※2000年6月 衆院選挙公報
- 私が目指す社会の基本目標は、「経済には可能な限り自由を、生活には最大限の安心を」です。その姿は、米国流の自由主義・競争優先主義よりも、ヨーロッパ諸国がさまざまな形で実験している社会構成と刷新のバランスを重視する「人間の顔をした経済社会にあります」。このため私は、IT革命や規制改革を促進して、強い経済の実現を目指すと同時に、国民の生活と将来の安心のための社会基盤(セィフティネット)の確立に徹底して取り組みます。ダイナミックな空中サーカスを支える安全ネットのように……。
私たちはまた、道州制導入を含めて分権改革に本格着手し、民営化の推進、NPOや地域社会の自主的活動によって支えられた、新しい「分権連邦型」社会への移行を進めていきます。いま必要なことは、自己決定と自己責任が明確な社会を実現し金融機関の破綻にみられるように官僚依存の不透明な無責任社会と決別することです。(略)
▽記 事: 知事就任以降へ
- ※[著書]
- 『これが政治改革だ』(共著)
- 『よみがえれ地方政治』(共著、けやき出版)
- 『日本破局のシナリオ』(共著、新講社)
- 『オレたちにやらせろ』(共著、ごま書房)
- 『法律は「お役人」のメシの種』(1998/6月、オーエス出版社)
- ※行政の改善点=行政手続法の条例化、情報公開条例、オンブズマン制度の導入(『団塊の世代の議員白書』96/1講談社)。
- ※[何に最も力を注ぐのか]
- 上田氏は選挙公約である「タックスイーター(税金を食べる人)からタックスペイヤー(税金を納める人)の政治」の実現に政治生命をかけるという。それは国政の大動脈である税金の、非効率きわまりない使われ方及び作為的な情報隠蔽工作に対する挑戦であると同時に、官僚主権を打倒し納税者主権の国家に改造することである。郵政三事業(非効率運営)の改革や特殊法人(壮大な無駄遣い)の解体整理等を語る氏の口調は熱い。ただ「現実は政党間の利害対立や守旧派官僚の抵抗」などにより、その壁をうち破ることは多大な困難を伴う。氏は「しかし政党間には真に政策立案について考えを同じうする人達がいる。その同志を結集し、党議拘束を超越し議員立法により改革を実現する」と意気込む。政党人としては厳しい選択を強いられる局面も予想されるが、それを乗り越えなければ現実の成果は不可能に近い。(1996年12月17日収録)=『97年版/国会議員の公約と行動』より。
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- ※[支持基盤]
- 上田の後援会「清友会」の多くが自民党員。上田という求心力があったから埼玉4区(朝霞・新座・和光・志木)の保守層がまとまった。同会の幹部がいみじくもいう「ここは自民でも民主でもない。上田党だよ」。(埼玉2003/10/17『03'衆院選 話題区をゆく』)
- ※[政党遍歴]
- 新生党
- (93/6新生党入党に際して)「つぶれない”新自ク”が私の理想。新党は、政治改革のための最大の推進力だと思う。共和や佐川、金丸問題などと続き、朝夕の駅立ちでも、自民党員として、自信を持って訴えることができなくなってしまった」。(朝日97/8/28西埼玉)
- 新進党→無所属クラブ
- 97/7/15、新進党に離党届提出。保保連合に反対、「自民党に対抗する勢力結集という結党の理念に従って、野党連合をめざします」(西岡幹事長との議論の中で)。
- 97/9/24、新進党を離党した伊藤辰也、上田清司、鴨下一郎、樽床信二の4代議士は、衆院で新会派 「無所属クラブ」 を結成する会派届けを衆院事務局に提出した。会派の代表は鴨下氏。(朝日97/9/25)
- フロムファイブ
- 新党の結成をめざしている細川護煕元首相と細川氏に近い無所属議員ら計5人が25日夜、都内の料理店で集まり、政党「フロムファイブ」を発足させることが決まった。代表は細川氏とし、26日に届け出をする。来年1月の通常国会の前に衆院で太陽党と統一会派を結成する。党名の由来は、「5人から出発し、結集の輪を広げていく意味」。結党メンバー:細川護煕、樽床信二、上田清司(以上衆院)、円よりこ(山崎順子)、江本孟紀(以上参院)(朝日97/12/26)
- フロムファイブ→民政党結党
- 1998/1/23日に結党大会を開き、民政党が発足した(国民の声、太陽党、フロムファイブの3党が合併)。初代代表・羽田孜、幹事長・鹿野道彦。
- 民主党結党
- 1998/4/27結成の民主党に参加。
- 保守系新集団結成
- 2001年10月17日、民主党内の保守系議員による新政策集団「政権戦略研究会」が発足し、代理を含め約50人の衆参国会議員が集まった。埼玉県からは世話人となった上田清司、金子善次郎と、木下厚、武正公一(いずれも衆院議員)が出席した。他に大島敦衆院議員が準備会に出席している。世話人には上田、金子氏の他に、吉田公一、松沢成文の両衆院議員など10人が就任した。
民主党内には保守中道勢力のグループがなく、保守系の若手議員を中心に、党内の発言権を確保しようとする動きがでていた。同研究会はテロ特措法案をめぐる混乱は憲法問題を先送りしたことが大きな要因としており、鳩山代表に党内の憲法改正論議に早急に着手するよう求める方針。(埼玉2001/10/18)
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- ※[公務員倫理]
- いわゆる空出張、空接待の部分で処分が、事実上、訓告だ、という形で刑事罰は与えられていないということに関して、たいへん市民的な怒り、国民的な怒りがあるんです。本当に国民は、処罰されない、普通にいえば、それは横領罪であり、公文書偽造罪だと、勝手に書き換えているわけですから。なぜ役所の世界だけが許されるのか。これは素朴な国民感情ですから。(中略)むしろ厳罰に処分することで、あるいは検察がもっと処分に向かって摘発することで国民の信頼を取り戻すことができるというふうに思いますので、大蔵大臣におかれましても旅費規定、結局全ての地方自治体がこれに見習うという現実がある以上、ぜひ指示を出していただきたいというふうに思っております。(1997年2月6日、予算委員会での発言)
- (98/2/5衆院予算委で質問)中島義雄元主計局次長らすでに辞職した大蔵省幹部の問題を取り上げ、当時の処分が妥当だったかをただした。首相はかつての処分を説明しただけ。(朝日98/2/6)
- ※[政治家の株取引]
- 新井将敬代議士の自殺をきっかけに問題になっている政治家の株取引についての意見「規制しすぎは不可。自粛の方法をとるべきだ」。(朝日西埼玉98/3/19)
- ※[政治スタイル]
- イメージづくり一辺倒になると、政治のスタイルまで変わる。そんな代議士に私たちは出くわした。埼玉県の民主党代議士・上田清司さん(50)だ。
1993年に新生党で当選。政策が看板だった。知事の4選禁止法案などを議員提案しようと努力した。野党暮らしになり党が新進党に変わってからも、与党への対案として議員立法にこだわり続けた。
ふとしたことが転機になった。2年ほど前、決算委員会で銀行検査について追究した。銀行の内部告発が寄せられ、それがまた質問材料になった。大蔵省スキャンダルにからんでニュースになり、新聞やテレビに取り上げられた。有権者から激励の手紙や電子メールが相次ぐようになった。追究の矛先は、金融から政府の途上国援助(ODA)問題にも広がった。
「法案で与党と争っても目立たない。が、『これでいいのか』と政府や公務員を追究すれば有権者はすぐ分かってくれる」。地元志木市は住民の1割弱が毎年入れ替わる。無党派層も多い。野党として何をすれば効果的かを感じた。
立法型から不正追及型へ比重を移しました」。テレビ映りを意識しスーツの色を考える。質問ではパネルを準備、記者席に資料を配り報道されることをねらっている。
だが、やればやるほど、自分が「抵抗政党」として批判してきた昔の社会党議員の役割と似てくる。「与党になったら立法をまたバンバンやる、と思うしかない」。上田さんは、もどかしさを吹っ切るように私たちにいった。(朝日1998/9/4「政治家よ」)
2003年9月2日 埼玉県知事就任
※[政治スタンス]
- 『三年務めれば「安倍さんの出番」』―― 知事就任直後に『Voice』の「安倍晋三総理待望論」という特集記事に寄稿したもの。衆院議員時代に民主党保守派とされた、上田知事の政治スタンスや考え方が率直に述べられている。
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※[“口利き”文書化制度] (関連) 索引へ戻る
- 土屋前知事の長女による県政介入問題で、再発防止策を検討していた県の内部調査委員会(委員長:都築信副知事)は1月27日、知事の親族などから県職員に要望や依頼などの“口利き”があった場合、内容を文書化して知事に報告するとした最終報告書を公表した。制度は2月から実施され、文書は情報公開の対象となる。文書化の対象となるのは、知事の血縁者(親類を名乗るもの含む)と、知事の私設秘書、支援する政治団体の役員。いずれも以前にその役職にあったものを含む。
しかし、政治家など知事周辺以外からの口利きを対象に含めることについては、上田知事は「今回の調査の結果では、考えるに至っていない」と否定した。すでに口利きを文書化している他県では、すべて政治家を対象に含めており、宮城県では業界団体、高知県では一般県民などさらに対象を広げてるところもある。埼玉の取組は他と比べると物足りない。既存の文書管理規則の運用見直しで足りるなら、今回創設される知事周辺を対象とする口利き文書化制度も不要のはずである。
上田知事「(内部調査委員会の報告書は)全体的に政治家、政治団体の関係者について触れている部分は少なかったので、(政治家の口利きについて)防止策が必要かどうかということについては、考えるに至っておりません。ただ、県の文書管理規則第5条では、事案の処理については軽易なものを除いて文書化するという規定があります。最小限度のメモ、文書等が残っておりますので、これは情報公開の対象でもあります。この部分をきちっとしていけば、他自治体で見られる条例まで必要ないのかなと思ってます。」(埼玉、朝日西埼玉2004/1/28)
(注)埼玉県文書管理規則第5条
本庁及び出先機関の事案の処理に当たっては、軽易なものを除き、
処理内容等を記録した文書等を作成しなければならない。
内部調査委員会の答申に基づく知事親族等による口利き文書化制度は、条例や規則ではなく“要領”として定められた。“要領”とは内部的な通知の一種にすぎず、法的効力はないという。
「知事の親族等からの依頼等の取扱いに関する要領」全文
- [口利き条例の発想は不愉快]
朝日:ちょっと前なんですけども、神戸なんかでですね、市議が口利きで贈収賄のようなかたちで逮捕されたような事件があってですね、ここで改めて、議員の仕事として、職務としての口利きっていうのが果たしてそれが職務となるのかどうかっていうのが、ちょっとまた問題になって、制度化するような口利きを止めるために制度化するような自治体もでてるんですけども、その点について、知事はどんなふうにお考えですか。
知事:都道府県の中には、口利き条例的な、表現はともかくですね、あんまりいい言葉だと私は思っておりません。議員が様々なことをですね、行政の各機関に、あるいは各部所に照会をする。そういうのをですね、口利きなんていうですね、卑猥な言葉でですね、言われること自体が私はあんまり好きではありません。
仮にも、県議であれば1万人以上の人達からですね、選出され支持をいただいている方々で代表者でありますので、もっと権威を持って遇されるべきものだというふうに私は基本的に思っております。したがって、口利き条例とか、そういうかたちでですね、私自身は制度化するつもりは全くありません。ただ、基本的にはですね、余程、軽佻っていうか、軽易な事例を除けば、そういう照会に対してですね、文書管理規則の中で残るようになっておりますので、これは、もう情報公開の対象ですから。どの議員がどんな照会をした、どういう調査の依頼があった。そういうことについては、きちっと文書規則の中で記録が残るようになっておりますから、その記録を見れば、情報公開もされておりますので。いわゆる、卑猥な意味での、この特定の業者だとか、特定のですね、個人にだけ利益が渡るようなかたちでのものが、記録に残ったりすれば、それは、議員にとっても不名誉なことでしょうから、基本的には、そういう文書規則の枠でですね、ストップかけられると言うんでしょうか。そういうふうに私自身は思っております。
現にある制度をですね、有効に活用すればいいわけでありまして、あえてなんか、議員は少し悪いことをするんじゃないかということを前提にしたようなですね、条例を行政府がつくるというのは、これはもうおこがましい。私は不愉快です。議員出身でもありますから。そういう発想は。不愉快ですね。非常に。
朝日:ある程度、選挙区の意向を行政側に伝えるっていう、大切な役目はあると思うんですけど、それが行き過ぎて、例えば、その対応した職員に対する人事権なんかをちらつかせたりとかしてですね、ある程度、その融通を利かせるみたいな人も、まあ中にはいるわけですよね。
知事:それは、もう記録に残りますから。情報公開される時に恥をかくのは、その議員ですから。第一、議員が人事権を持っているわけでもありませんし、私は聞いたりはしませんから。かえって拗ねちゃいますから。そういう事を言ってりゃ。その人にとっては、気の毒かもしれませんけど。私自身が思っていてもあんまりそんな事を言われると嫌気しちゃって逆になっちゃいますから。(2006/5/23 知事記者会見)
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- 《共産党、社民党は定数外》2004年6月1日定例記者会見
記者:公明党の候補者(参院埼玉選挙区、西田実仁)の事務所開きに行ったが、民主党以外の応援に行ったのは初めてか。
知事:衆議院選挙で(県外では)自由民主党、保守新党、無所属の方の応援にも行っています。(略)県議並びに県議団の皆さんから要請があれば、できるだけ応えてあげたいというふうに思っておりますので、公明党議員団の皆さんから要請がありましたので、出席することが一つの、なんといいましょうか、日頃の協力に対するお返しみたいなことになるのであれば、「喜んで出たい」ということで行きました。
記者:人物がいいから応援するのではなく、要請されたら行くのか。
知事:まったくお目にかかっていない候補の応援に行ったことはありませんので、西田さんとは4,5回意見交換をさせて頂きました。
記者:自民党と民主党からも応援の要請が来ているのか。
知事:民主党からは来ています。自民党からは正式には来ていませんが、日程がまだ決まっていないということを聞いております。
記者:例えば共産党、社民党から要請が来た場合はどうするのか。
知事:定数外ですので、行けないと思います。
記者:先着順で決めているのか。
知事:いや、違います。違います。
記者:今回の参院選では自民党、民主党、公明党の候補が知事が応援している候補なのか。
知事:そうですね。少なくとも各党が推薦され、県内の県議団の皆様方が推薦され、私自身を良く承知している方々でもありますので、基本的には自分でできる範囲内で協力できる範囲内で協力できるところは協力したいと思っています。
記者:去年の知事選では、知事はしがらみ一掃を掲げていた。県民の印象では県政界を知事が大きく変えるのではないかという期待感が非常にあったと思う。自民、民社、公明党の何がそんなに変わったのかというと、県民はそんなに大きく変わっていないという印象を持っていると思う。色んな意味のしがらみがあると思うが、知事選から1年もたたないで、その候補者たちを知事が応援するとなると、県政界のしがらみ一掃という点で違和感が出るのではないか。
知事:私は一度も変わっておりませんので、県民党という立場のためにわざわざ離党して無所属で出た。無所属という立場の中で各党とある程度等距離におつきあいもできますので、各党と等距離におつきあいをしていると。これだけのことで、変わったのは各党でありまして、私は変わっておりませんので。(埼玉2004/6/2『知事会見採録』等)
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※[県政調査費(政務調査費)について] 索引へ戻る
- 【2005/4/19 知事記者会見】(全文)
埼玉:(県議会の県政調査費について)領収書などを公開しようという動きが広がっているんですがどう評価するのか。
知事:大変歓迎します。
埼玉:減額してもいいといっている会派もあるが、どう思うか。
知事:今のところ特に議会側から何も正式な申し出はいただいておりません。ただ、一般論でいえば、減額したため議会の調査能力が弱くなったとかですね。執行部との緊張関係にかけるようになったとかですね、そういうことをいわれるとつらいなと思います。県議会の方で減額しても調査に衰えはないとご判断されるんであれば、執行部としてはありがたいと思います。
埼玉:現行では領収書も見られないが、このあり方は問題あると思うか。
知事:議会の慣例がありますので、問題があるとは思いません。項目はそれなりに出ているはずです。ただ、それでいいのかどうかということについてですね、まあ県民の目が厳しくなってきておりますので、全面的にすべての領収書をつける県議会は全国に3つほどあります。一般論からいえば、公開された方がいいと、しかし、1円、5円に至るまで全部出せばいいのかというと、そのためにですね、事務員がもう1人必要になるとかですね、そのことを本当にいいかどうかっていうことはまた別問題かなと思ったりもします。
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※[県議の買春疑惑について] 索引へ戻る
- 埼玉県議6人が、2003年11月に実施した公費による東南アジア視察中にクラブを訪問し、現地女性を“お持ち帰り”していた事実が同年12月に発覚し、県民の批判を浴びた(事件簿)。上田知事は“議会、特に自民党との対立は極力回避する”という方針を採っており、この問題についても疑惑議員に対する直接的な批判は控え、慎重な言い回しに終始した。
- 【2004/8/2 知事記者会見】
記者:今までの県議会の視察と、今回の知事らによるカナダ・トロントCNタワーの公費視察とに違いはあるのか。
上田知事:県議会の視察に関して私からあまり言える立場にありません。ただ予算を執行する立場からいえば、説明責任がきちっとできるようにしていただきたい、これは県議会に対して執行部からの注文であります。その部分について、少なくとも前回の事件(県議の海外視察での夜遊び問題)があったときに説明が十分でなかったと批判を県民の皆さんから受けていたと、私は理解をしております。県議会全体としての説明、視察そのものについての説明をよくしていただきたいということをお願いをしておりました。(埼玉2004/8/3「知事会見採録」)
- 【2005/5/10 知事記者会見】(全文)
読売:県の監査委員に視察先のタイで夜遊びをしていた県議2人を選任したことについて、市民団体から質問状が出ているがどう返事するのか。
上田知事:考え方だけを申し上げますと、まず県監査委員4人が選任される。そのうち2人が議会から選任されるという慣行になっています(注:後に“条例で定められている”と訂正)。お話にございました、任命した2人の議員についてですが、当時、道義的な責任をとるべく、役職を辞任されたり、また自戒反省を求める決議を受けるなど、本人はもちろんのこと家族も含めて社会的制裁を受けられたという事実があり、深刻な反省をされたと理解をしております。議員から監査委員に任命するという仕組みは、従来、議会の慣行として最大会派である自由民主党から2人推薦されるという経過になっております。そうした推薦議員を執行者として任命をしたということであります。お2人の議員には、そうした過去がありましたので、汚名を返上すべく最大限のご努力をしていただきたい。そうした監査委員としての重責を担うことができると期待をして、今回、議会の同意を得て、選任させていただいたと思っております。
【参考】地方自治法第百九十六条
監査委員は、普通地方公共団体の長が、議会の同意を得て、人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者(以下本款において「識見を有する者」という。)及び議員のうちから、これを選任する。この場合において、議員のうちから選任する監査委員の数は、監査委員の定数が四人のときは二人又は一人、三人以内のときは一人とするものとする。 |
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※[森田健作・千葉県知事選党籍隠し] 索引へ戻る
- (2009年4月21日 知事記者会見)
読売 先日こちらにもこられた森田知事なんですけども、今、市民団体なんかから、完全無党派ということに関して批判の声があがってますけれども、知事どのようにお考えになりますか。
知事 党籍を持っておられた。一般的には、離党することで無所属ということを一種の証明をするということですので、私なんかも民主党を離党して党派性を、それでも党派性はなかなか抜けないもんで、今でも民主党だと思ってる方もおられますので県民の方は。
したがって森田さんが完全無所属と言われても、自民系だというのは皆さんが知ってることだと。少なくとも民主党系じゃないとか。社民系でもない、共産系でもないと。自民系の人だというのは、大体知っていると。その上で党籍を抜いてなかったことがミスなのか、それともミスでなかったのかというのが問われるのかなと思っています。
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【歴史観】 索引へ戻る
※[2005/4/27 これまでの教育委員会は'バカどもの集まり']
- 上田知事は27日、埼玉大で講演し、県教育委員の人事について、「優れた教育委員をどんどん任命したい」と述べた。知事はこれまでに、「新しい歴史教科書をつくる会」元副会長の高橋史朗・明星大教授や、浦和レッズの犬飼基昭社長を委員に起用しており、今後も知事主導で委員を選定する意向を示したものとみられる。
また、これまでの教育委員会の運営について、「1回2時間の予定が、平均56分で終わっていた。教科書採択基準が39年間変わっていなかった。バカどもの集まりだ」と発言した。(読売埼玉web 2005/4/28)
※[2005/11/22 皇位継承権問題 ──『歴史に造詣ない』と有識者会議を批判]
- 「皇位継承順位は男女にかかわらず長子優先とする」とした首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」の議論について、上田清司知事は二十二日の定例会見で「委員に歴史、文化に対する造詣のない人が多すぎる」などと批判した。
上田知事は「天皇制を最終的になくしたいという意図を持ってやっているのなら、こうした方向性でいいのかもしれない。しかし天皇制が存続する前提なら、どうすればいいのかを考えるべきだ」と指摘。「二千年の歴史を踏まえた議論をしなくてはいけないのに、何カ月、一年間の議論で片が付くはずがない」とも述べ、幅広い議論をすべきだとの考えを示した。
ただ「男子優先という考え方か」との質問には「そこまでは言わない」と述べるにとどまった。(東京埼玉web 2005/11/23)
※[2005/12/27 埼玉師範塾理事長就任の意向を表明]
- 「新しい歴史教科書をつくる会」の元副会長で県教育委員の高橋史朗氏が9月に開講予定の私塾教員向け研修団体「埼玉師範塾」の理事長就任について、上田清司知事は27日の定例会見で「正式な依頼はまだないが、教育委員をお願いした以上、引き受けざるをえない」と述べた。(朝日西埼玉2005/12/28)
- 師範塾を巡っては、県議会の一部からは「県教委の中立性が損なわれる」との指摘が出ている。知事は「私自身の政治信条とか教育に対する考え方に賛同できる人を(教育委員に)選んでいるわけだから、全く中立はありえない」と反論。「政治家としての意見を強制するものではないが、選挙で選ばれた知事の考えについては、(教育委員に)配慮いただきたい」とし、今後も教育委員の任免を通じ、自身の考えを教育政策に反映させる意向を示した。
地方自治法などでは、教育委員会などについて「首長から独立した執行機関として、自らの判断と責任において事務を執行する」と定めているが、委員の任免権は首長にあるため、首長の関与は事実上、排除できない仕組みになっている。(読売埼玉2005/12/28)
※[2006/6/27 従軍慰安婦はいなかった]
- 上田清司知事は6月27日、小島信昭県議の県議会一般質問への回答で、県平和資料館(東松山市)の昭和史年表にある従軍慰安婦の記述について「古今東西、慰安婦はいても従軍慰安婦はいなかった。兵のいるところに集まってきたり、兵を追っかけて民間の業者が連れていったりするのであって、軍そのものが連れていったりするわけは絶対にありません。そんなことをすれば負けるのです。したがって、こういう間違った記述がありますので、こういうのは修正しなければならん、こんなふうに思います。」と述べた。(質疑応答全文)。
- 上田清司知事が県平和資料館の年表にある「従軍慰安婦など日本の戦争責任論議多発」との記述に触れ、「従軍慰安婦はいない」と発言した問題で7月25日、同館で発言後初のの運営協議会が行われ、今後大幅な見直しも含めて検討していくことになった。
運営協議会は有識者ら14人で構成、通常秋と年度末の2回開かれているが、上田知事の指摘を受けて今回前倒しの開催となった。(朝日西埼玉2006/7/26)
- 県平和資料館は2007年11月7日、常設年表の表記や付随写真の見直しを最終決定し、8日から一部を変更すると発表した。
「南京大虐殺」の表記は「南京事件・南京大虐殺」になる。年表に付随し、南京事件の1週間後に撮影された揚子江岸の遺体の写真は、05年3月から白い紙で覆われていたが、再び展示される。この写真の説明文について、資料館は「虐殺との関連を推測するにとどまっている」と記述する方針だったが、撮影者の意図を「曲解している」などとの批判を受け入れて方針を撤回し、写真撮影の時期や場所など客観的事実の記載にする。
年表中の「従軍慰安婦問題」は「戦時中の『慰安婦』問題」に変更される。(朝日西2007/11/8)
- 上田知事は11月13日の定例記者会見で、平和資料館が年表中の「従軍慰安婦」の表記を「戦時中の『慰安婦』問題」に変更したことについて、「適切に判断されてよかった」と評価し、「慰安婦がぞろぞろ軍と一緒に歩くわけがない。(従軍という)言葉自体が不的確だ」と述べた。また、「自主的な運営協議会が議論されて、官庁がとりまとめた」とした上で、「従軍という言葉は昭和42年頃から出てきた。それ以前はそういう言葉すらなく、慰安婦が適切」と話した。(朝日西07/11/14)
※[小泉首相の靖国神社参拝]
- 【2006/8/22知事記者会見】(全文)
テレ玉:小泉総理がですね、一週間前の終戦記念日に靖国神社に参拝した訳なんですが、今も現在も議論が沸き起こってますけども、知事は、この判断についてどのように評価されていらっしゃいますか。
知事:まあ、小泉総理が総裁選の時の公約を、任期が満了される近くになってされたと。よく分かるなと。非常にわかりやすい行為をとられたと思っておりますので、そのこと自体が、確かに中国と韓国からの強い反発があるんですが、またここでやめたら日本のためにはよくないんじゃないかなと私は思っておりますので、それはそれで是だというふうに思っております。
※[国歌斉唱で不起立の教員『いやならやめたらいい』](質疑応答全文)
- 上田清司知事は1日、県議会6月定例会の一般質問で吉田芳朝議貞(民主党・無所属の会)の質問に答え、入学式や卒業式などの国歌斉唱時に起立しない教員について、「日本の国旗や国歌が嫌いだという教員は辞めるしかないのではないか。そんなに嫌だったら辞めたらいいんじゃないかと思う」と発言した。
また、不起立の教員がいる学校名について「公表しない」とする県教委の姿勢に対しては、「私は公表すべきだと思う」と語った。(埼玉2009/7/2)
【上田知事答弁全文】
A 上田清司 知事
私は日本という、この国がですね、世界の中でもですね、誇るべき素晴らしい国だということを常々、教育の中でしっかり教えていくべきだということを考えております。
また、国際社会の中において、自国を尊敬する人が他国でも尊敬されるというルールがあります。
自分の国を愛せない人は、他国でも尊敬されません。そういう意味で、国旗・国歌をきちっと掲げ、また国歌を歌うということをですね、するのは当然のことでありますし、そういうルールになっておりますので、当然、もし、学校名を公表しなさいというお話しがあれば、教育委員会が判断することだと思いますが、私は公表すべきだと思います。
次に、国歌斉唱時に起立しない教員がいる問題の解決についてでありますが、当然、これは式典としてやっておりますので、式典のルールに従って模範を示さなければならない教員が、模範にならないようでは、どうにもならない。
そういう意味で、そうした、そもそも、日本の国旗が嫌いだとか、日本の国歌が嫌いだというような、そういう教員は辞めるしかないんじゃないですか、普通は。
教育委員会がそれは決めることですが、そんなに嫌だったら辞めたらいいんじゃないのと私は思っています。
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【統一協会問題】 索引へ戻る
※[祝電問題]
- 福岡市で5月に開かれた世界基督教統一心霊協会(統一協会)の関連団体の会合に、安部晋三官房長官ら多数の政治家が祝電を送ったとされる問題で、全国霊感商法対策弁護士連絡会は7月13日、小坂憲次文科相や自民党の中川秀直政調会長ら4人に公開質問状を送ったことを明らかにした。安倍長官と保岡興治・元法相にも6月19日付で公開質問状を送っているが、回答はないという。
同連絡協議会事務局長の山口広弁護士によると、他に上田清司・埼玉県知事と村井嘉浩・宮城県知事あてに、6日付で公開質問状を送った。中川氏の事務所は「祝電を送ったことはない」と否定し、上田知事からは「世界平和連合埼玉県連合会宛に送った」と回答があったという。小坂氏の事務所は朝日新聞の取材に対し、「祝電は送っていない」と否定している。(朝日2006/7/14)
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【談合関連】 索引へ戻る
※[談合通報に弁護士窓口]
- 全国で相次いだ官製談合を踏まえ、埼玉県は、職員が不正行為などを発見した際に通報できる内部通報制度に関し、従来の庁内窓口に加え、県から独立した外部(弁護士)に通報窓口を設置、運用を始めた。
県は2006年4月、公益通報制度に基づき内部通報制度を設けた。県職員、県庁出入り業者を対象に、県の職務に係わる不正行為などを発見した場合、行政監察幹(3人の県職員)に通報でき、監察幹は通報内容を見て関係部署の所属長と協議、事実関係を把握するシステムだった。
しかし、真実性を担保するため通報には氏名、所属部署名の記入を義務づけているため通報者に抵抗があり、1年間の通報はゼロで事実上機能していなかった。
新たに設置した外部通報制度は、県の顧問弁護士ではないさいたま市内に事務所を持つ弁護士を通報窓口とし、郵送かファックスで通報する。弁護士は通報者のプライバシーを守りながら自らの判断で調査を進めることができる。通報者は、一般職員、臨時・非常勤職員に加え、清掃や警備に従事する人も対象とした。
外部通報制度は、官製談合に絡み現職知事が逮捕された福島、宮崎県など府県レベルでは数箇所で施行されており、今後は市町村レベルでの通報制度の強化も課題となる。(埼玉2007/3/28)
植木宗昌(うえきむねまさ) 索引へ
▽生年月日:1943年4月7日
▽出身地:
▽住所:埼玉県入間市豊岡4丁目7番17号
▽学歴:明大工学部卒
▽家族構成/縁戚関係:
▽職業/職歴:自営業=法律研究所理事長。
▽歴任役職:
▽政党会派:無所属
▽所属団体:
▽支持/後援団体:
▽政歴:1996/6知事選立候補=落選。
▽公約/政策:
※
▽記事:
※
加藤盛雄(かとうもりお) 索引へ
▽生年月日:1940年12月10日
▽出身地:東京都
▽住所:埼玉県桶川市大字坂田1,537番地の7 細田方
▽学歴:東京都荒川区立荒川第七中学校
▽家族構成/縁戚関係:
▽職業/職歴:政治団体役員。[元]寝具卸業。
▽歴任役職:
- ▽政党会派:
- 1992年知事選−政治結社憂國塾
- 1996年知事選−無所属。政治結社憂國塾主宰
- 2000年知事選−無所属。政治団体憂国塾代表
- ▽所属団体:
- 日本憲政社相談役。政治倫理母の会顧問。国體を守る会会長。政治連盟昭和会会長
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1992/6、1996/6知事選立候補=落選。
- ▽公約/政策:
- ※1992年 知事選
- 道州制の推進。埼玉・千葉・神奈川を併合大東京都市の実現。
- 行財政改革を断行、首長・議員定数の大削減。
- 治安の確立、警察官の大増員。
- ※1996年 知事選
- 2002年ワールドサッカー日韓共催埼玉誘致実現化。
- 環境アセス法制化推進。行政情報公開制度確立
- 食料費・知事交際費全面開示。
- 新都心見直し。政官財癒着埼玉アリーナ。
- ▽事 件:
- ※名誉毀損事件
- 街宣で精神的損害を受けたとして、浦和学院高校などを経営する明星学園の理事 神成裕氏(53)が、桶川市の政治団体幹部 加藤盛雄氏(62)ら3人に対して計2千万円の損害賠償を求めた訴訟の第一回口頭弁論が12月13日、さいたま地裁(小林正明裁判長)で開かれた。加藤氏側は、「街宣行為には直接関係していない。街宣そのものも論評の範囲で、名誉毀損ではない」と主張している。(埼玉200212/14)
▽記 事:
※
※
小山行一(こやまこういち) 索引へ
▽生年月日:1925年3月23日
▽出身地:東京
▽住所:埼玉県大宮市宮原町1丁目386番地
▽学歴:都立第三商業学校卒
▽家族構成/縁戚関係:
▽職業/職歴:大宮市役所勤務。大宮市職労委員長等を歴任。
▽歴任役職:
- ▽政党会派:無所属−社会党推薦。1989年より社会党埼玉県本部書記長。
- ▽所属団体:自治労埼玉県本部特別執行委員。
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1969年大宮市議初当選(以後連続4期)
- 1983年埼玉県議初当選(以後連続2期)
- 1992/6知事選立候補=落選
- ▽公約/政策:
- ※1992年 知事選
- 県民生活優先、道路・下水・住宅等の社会資本整備。「福祉・分権・参加」による地方自治の確立。「反核・平和・軍縮」。東京一極集中の是正。環境保全政策の推進。クリーンな県政。
▽記事:
※
高橋昭雄(たかはしあきお) 索引へ
- ▽生年月日:1927年10月18日
- ▽出身地:千葉県
- ▽住所:
- 1992年−埼玉県浦和市大間木1,299番地鈴木ビル301号
- 1996年−埼玉県秩父市近戸町7番42号
- ▽学歴:1950年-現千葉大学医学部卒。
- ▽家族構成/縁戚関係:
- ▽職業/職歴:
- 医師。
- 1951年 川越中央診療所所長
- 1955年 秩父中央診療所所長
- 1984年 秩父生協病院長
- 1988年 埼玉協同病院長
- 1993年 埼玉県社会保障推進協議会会長
- ▽歴任役職:
- ▽政党会派:
- 1996年知事選−無所属(推薦支持 共産)
- ▽所属団体:
- ▽支持/後援団体:
- 1996年知事選−「民主県政をめざす会」(常任代表委員 河合章)
- ▽政歴:
- 1992/6、1996/6知事選立候補=落選。
- ▽公約/政策:
- ※1992年知事選
- 各地に高齢者保健医療センターを。ホームヘルパーを1万人に
- 下水道の100%普及
- 米自由化に反対
- 非核平和都市宣言を実施
- つぶそう「海外派兵」法案
- 高校は全て40人学級に
- 住民代表によるオンブズマン制度を創設
- ※1996年知事選
- 新都心建設計画の抜本的見直し
- 24時間のホームヘルプサービス。老人医療総合センター建設
- 30人学級へ改善
- 中小企業振興条例の制定
- 小学校入学まで医療費無料化
- 埼玉農業の再生、後継者対策、価格保障の充実
- 県営住宅1万戸建設、通勤難対策、下水道100%
- 女性の社会参加を応援
- 官官接待全廃
- 基地のない安全で平和な埼玉に
▽記事:
※
土屋義彦(つちやよしひこ) 索引へ
- ▽生年月日:1926年5月31日
- ▽出身地:東京都北豊島郡豊島町
- ▽住所:埼玉県春日部市大字八丁目325番地
- ▽学歴:1950年3月23歳-中央大商学部卒
- ▽家族構成/縁戚関係:
- 衆議院議員 土屋品子の父。
- 父・土屋澄男、母・初江、祖父・仁作、祖母・たつもの家(北豊島郡豊島町)に生まれる。弟・昭二、祐三。父(6歳のとき急性肺炎で死去)は建築技師として内務省に勤務する役人。祖父は豊島町会議員。
「父の妹・小枝の嫁ぎ先が大正製薬の上原正吉だったため、父の死後、昭二は子供のなかった上原家に引き取られる。私と祐三は祖父のもと。祐三は後に上原家に引き取られる。祖父は下田に移住後、酒屋を営みながら村会議員を務める。私の政治志向は、多分にこの正義感が人一倍強い庶民政治家だった祖父仁作の影響だと思われる」。(『小が大を呑む』1997/2講談社)
- ▽職業/職歴:
- 1945年召集、名古屋の第六連隊に入隊。ほどなく浜松に派遣され、ひたすら塹壕を掘り続ける。同年8/15敗戦。
- 除隊後、上原家から通学(中央大学)するかたわら、大正製薬の会社の仕事を手伝う。
- ▽歴任役職:
- ▽政党会派:
- 自民党最高顧問。
- 1996年6月知事選−無所属(推薦支持 自民・新進・社民・さきがけ・公明)
- ▽所属団体:
- ▽支持/後援団体:
- 1996年知事選−「彩のくにづくり県民連合」(事務総長 穂坂邦夫)。県議93人のうち、88人が土屋陣営の選挙母体に参加。
- ▽政歴:
- 1950-59年、叔父である上原正吉参院議員の秘書兼カバン持ち。
- 1959年4月32歳-埼玉県議初当選(以後連続2期)
- 1965年7月39歳-参議院議員初当選(以後連続5期)
- 1979年11月53歳-環境庁長官(80年7月まで)
- 1988年9月62歳-参議院議長(91年10月まで)
- 1992年7月66歳-埼玉県知事初当選
- 1996年7月 埼玉県知事2期目当選
- 1996年11月全国知事会会長
- 1999年4月29日 勲一等旭日桐花大綬章受章。(旭日章は男性に与えられる勲章で、勲一等旭日桐花大綬章はこの中で最高位)
- ▽公約/政策:
- ※1992年知事選
- これまで、「環境の土屋」として県政・国政の場で33年間働かせていただきましたが、これからは、この経験を郷土・埼玉のために全て捧げることこそが皆様に尽くす最善の道であると思います。
- 暮らしの環境整備。「痛勤」を緩和して「快勤」環境に。
- 省エネ・省資源・人と環境に優しい「リサイクル県づくり」の推進。
- 埼玉県臨時行政調査会を設け、停滞した県政を改革。地方分権の推進。
- 県政への人材の登用。
- ※1996年知事選
- 「環境優先」「生活重視」の「豊かな彩の国」を実現。
- 市町村と共に…地方分権の時代を開く。
- 「開かれた県政」の実現。
- 多くの県民と接し、その声を県政に反映させる「現場主義」の貫徹。
- 簡素で効率的な行政運営。
▽事件:
▽記事:
※[2008/10/5 死去]
- 元参院議長で前埼玉県知事の土屋義彦さんが10月5日、多臓器不全のため、埼玉県春日部市の自宅で死去した。82歳だった。
6日、春日部市内で記者会見した衆院議員の次女、品子さんによると、土屋さんは糖尿病や高血圧で4月ごろから入退院を繰り返していた。最近は体調がよく自宅に戻っており、4日は普段と変わらない様子だったが、5日午前0時ごろ、家族が異変に気づいてから数分で逝ったという。(朝日夕2008/10/6)
※趣味−将棋・剣道・水泳・料理。
※[著書・関連書]
- 『負けてなるものか』(人と政治研究会著、ABC出版株式会社、1982年11月初版)
- 『小が大を呑む-埼玉独立論』(土屋義彦著、講談社、1997年2月3日発行)
- 『運は天にあり 私の履歴書』(土屋義彦著、日本経済新聞社刊、1998年12月初版)
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[多選批判]
☆ 2002年4月2日投開票の横浜市長選での中田宏当選について
- 記者――(中田宏氏の当選は)多選批判、変化を望んだという分析もあるが。
- 土屋知事――そういう声もなきにしもあらずですね。私にも当てはまることですけど。私は、3選の場合、2百18万5315票、県政史上どころじゃない、東京、大阪含めて3番目ぐらいになりますかねえ、人ですよ、やっぱり。それは、横浜市民が選んだことであって、それはもちろん、多選批判があったと思いますよ。憲法違反じゃないんですから。全国の知事の中であって、何選もやってる人がいますよ、結構。大分の知事だってそうだし、宮崎の知事だってそうだし、富山の知事だってそうですね。
- 記者――政治家の多選についてはどのようにお考えですか。
- 土屋――やっぱり、それだけの能力を持って県民のためや国のために、お役に立つならいいじゃないですか。ともあれ、県民や市民が選ぶことですからね。
(埼玉2002/4/3『知事会見採録』)
☆ 死んでも埼玉県知事をやる
- 記者――大分で平松知事が引退、長野では(田中康夫知事の)多選自粛条例が提案された。
- 土屋知事――憲法第22条によって「何人も職業選択の自由を有する」と規定をされております。3選阻止はこれに触れるのではないかと思っております。(中略)
県知事になって痛感したことは、1期や2期じゃ、何も仕事はできないということですね。10年目にしてやっと芽が出てきてきたというか、これからが埼玉県なんか正念場であろうかと思っております。憲法の改正がなされない限り、県知事として最善の努力をしていこうと、こういう気持ちだね。
死ぬまで(知事)と思ったけど、方針を変えてね、死んでも埼玉県知事をやろうと、県民に訴えてますよ。万雷の拍手だね。そのぐらいの勢いがなかったらできませんよ。1期や2期でやめちゃ無責任だよ。
- 記者――多選批判の声が耳に入らないのか。
- 土屋知事――埼玉県下ではもうやめろとか、なんて聞かないね。夕べの経済団体の皆さん方が大勢でておられた席上でも「引き続き、引き続き」って、まだ、来年は選挙じゃないのに。(国会内では批判の声が)あるかも分からないですよ。ただ、私の耳に入らないというだけでね。ありますよ、それは。土屋義彦に反対する人だって、いないことはないんだから。北朝鮮と違うんだから。
(埼玉2002/12/4『知事会見採録』)
$多選阻止条例が憲法22条に抵触するというのは、厳密な法律議論を経て得られた結論ではなく、その可能性もあるということにすぎない。実際は、旧自治省の「首長の多選見直し問題調査研究会」(座長・大沢秀介・慶応大学法学部教授)が1999年7月28日、地方自治体の首長の多選問題について、多選禁止 が憲法上許される可能性があり、国民の間で十分な論議が必要だとする報告書をまとめている。また、衆参両院の法制局長が過去、必ずしも憲法違反ではない、と国会で答弁している事実もある。土屋知事の憲法違反発言は、論拠は弱くても誤りであることが確定していない意見を強弁するという、強引にことを押し進めようとするとき政治家が用いる常套的論法にすぎない。
それにしても土屋知事体制は盤石のように見える。初当選の時を除けば知事選はいずれも実質的に共産党候補との一騎打ちで、県民に十分な選択肢が与えられたとは到底言えない。しかし、有力な対立候補が立候補しないことについて、有権者は誰に不平を言うべきなのだろうか。不平を言うだけでいいのだろうか。
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[2001年12月春日部市長選]
○当選した三枝市長(6選)を土屋義彦・品子親子が、対立候補を佐久間実県議が支援して、土屋対佐久間の代理戦争と評された。
- 記者――異例の、片方の陣営を応援したが、政治的なご判断の裏付けがあるのかお聞かせ下さい。
- 土屋知事――今回は、春日部の市にとって危機というか、政治的にも大変重要なことになりましたものですから、自ら乗り出して、選挙の応援を明確に手伝おうということで応援に行って参りました。三枝安茂候補を応援いたしました。
- 記者――危機とは。
土屋知事――皆さん方専門家でございますから、よくご案内の通りです。
(埼玉2001/12/27『知事会見採録』)
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【知事選】
[1992年知事選出馬]
- 県会最大会派の自民党にとって、5期に及んだ「畑和革新県政」の打倒は長年の悲願。山口議員からのたび重なる懇望に、当初は消極姿勢だった土屋氏も「苦しみに苦しんだ結果」、年明けの14日になって大宮市内のホテルで出馬表明した。あいさつに立った山口議員は、「この重大決意にこたえてもらいたい」と涙ぐみながら訴えた。
ところが、その涙も乾かないうちに、山口議員は土屋氏の出馬断念工作を開始する。「三権の長経験者が知事選に出るのは不見識」という。当時の中央政界のドン・金丸信自民党副総裁を中心としたいわゆる「土屋おろし」の急先鋒となったのだ。「宮沢首相より、金丸副総裁の方が偉い。その金丸さんが降りろといっている」と山口議員。「だれのおかげで議長になれたんだ」と金丸副総裁。土屋氏の耳に、2人の言葉が今もはっきりと残っている。
4月26日、山口議員と県議らが土屋氏の自宅を訪ね、数字が並ぶリストを示して、「どうしても出るというなら」と、選挙資金を自前で用意するように迫った。総額は19億8千万円だった。土屋氏周辺がうち明けた、「土屋おろし」の内幕である。(読売埼玉95/12/9)
[2000年知事選出馬]
- 土屋義彦知事(72)は、2月28日の2月定例県議会代表質問で、自民党議員の質問に答え、7月に任期満了を迎える知事選挙に三選出馬する考えを正式に表明した。土屋知事陣営では先月までに地域や団体など推薦団体の連合組織「彩の国県民連合」(会長・樋口廣太郎経済戦略会議議長)を発足させ、選挙母体となる組織作りに着手。2月定例議会閉会後にも共産党を除く主な政党、団体に対して正式な支持要請活動に入る予定。土屋知事の出馬表明を受け県政与党各党は2月28日、支持関係を継続させる方向の談話などを発表した。(埼玉2000/2/29)
- 《本音?》6月2日夜、伊奈町総合センターで開かれた土屋知事後援会の会合「彩の国・つちや知事県政報告と伊奈町を語る集い」で、稲橋正兵衛伊奈町長らが地下鉄7号線の同町への延伸を土屋知事に要望した。同線は今年1月の運輸政策審議会答申で蓮田市までの延伸が決定している。
これに対し、土屋知事は「伊奈町は関係ないと思っていたが検討しなければいけないかな」とした後、「蓮田市はまだ私のありがたみが分かっていない。(延伸決定の)感謝の会に200人しか集まらないんだから。岩槻なんか1500人も集まって会場から人があふれていたのに。駅をどこに造るとか県がやることなんだから、場合によっては蓮田なんかに持っていかないで止めてもいいんだ」などと話した。(埼玉2000/6/4)
| 記者 | 森首相の「神の国」発言についてどう受け止めているか。 |
| 土屋知事 | 率直に言って1国の首相ですから、発言は慎重に誤解を受けないようにして欲しいと、友人の1人として率直に申し上げさせていただきたい。憲法の第1章で『天皇は日本の象徴であり、日本国統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく』ときちんと明記してあるのですからね。 |
| 記者 | 知事は問題発言をしたことはないようだが、その秘訣は。 |
| 土屋知事 | そりゃあうそを言っちゃいけないと言うことですよ。一番基本でしょ。言われてみれば(問題発言は)全くないね。みなさんの質問にも誠実に答えてますからね。 |
| (埼玉2000/5/23『知事会見採録』) |
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- ※[古都建設贈賄申し込み事件] 関連記事
- 1993年10月20日、古都建設の社長と副社長が贈賄容疑で逮捕されたことにより、土屋知事に対して贈賄の申し込みがあったことが明らかになった。
《事件の概要》深谷市を中心とする建設会社古都建設の社長らが1992年10月頃、土屋知事の自宅を訪ね家人に百万円を渡した。これを知った土屋知事は数日後に秘書に現金を返還させたが、贈賄申し込みの事実を捜査機関には報告せず、その後も古都建設を県の発注工事の入札に参加させ、受注させていた。
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- ※[96/2定例議会答弁]
- 「長栄建設工業」の丸投げ疑惑(関連記事)について、「元請け業者(長栄)側に工事に実質的に関与する技術者がおり、一括下請けには該当しないと判断した」。
- 「埼玉アリーナ」の設計・施工コンペで『内諾』を受けていた業者が指名を取り消された問題について、「県内部で調査したところ、内諾の事実は確認されなかった」、「(コンペについては)一点の曇りもない」。
- 官官接待の全廃を求める質問には、「今後とも厳正かつ適正な執行を図っていく。どうぞ、ご理解を」と廃止を拒否。(朝日96/3/8西埼玉)
- ※[97/9定例議会答弁]
- 22億円にのぼる公費の不正支出、ダイオキシンのデータ隠し、相次ぐ不祥事で陳謝するシーンがおなじみになった土屋義彦知事が9月29日、県議会本会議の一般質問でまた頭を下げた。「有能な幹部諸君がそろっているのに、誰か1人くらいですね、問題を提起しようとする勇気のある職員がいなかったことが、残念で残念でなりません」。 グチを遮るように議場から知事自身の責任を追及する声が挙がると、「一切の責任は、行政の最高責任者である私にあります」と、トーンを一段あげた。(朝日西埼玉97/9/30)
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- ※[秋山建設丸投げ事件] 関連記事
- 北埼玉郡大利根町の暴力団組長の親族会社「長栄建設工業」が、秋山清・前県議会議長の親族会社「秋山建設」に公共事業を一括下請け(丸投げ)したとされる事件(96/1下旬表面化)で、浦和地検が「長栄建設工業は丸投げを繰り返していた」と認定した翌日、土屋知事は、「びっくりした。担当の副知事に任せていたんだが、大丈夫といわれれば信じるしかないよな」と言葉を濁した。(朝日1996/5/27西埼玉)
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- ※[情報公開]
- 食料費による接待
- 埼玉県東京事務所の接待に関わる店名や接待相手の公表を指示する95/10の県情報公開監察委員の勧告をうけて、土屋知事は「接待の相手は公開しないのが常識。お願いして接待するのだから。」と述べた。(朝日1996/6/4西埼玉)
- 食料費を使った県の懇談会をめぐって市民団体「埼玉市民オンブズマン」の佐々木新一代表らが情報公開を求めた訴訟で、浦和地裁は2月27日、接待相手と店名の公開を命じた。「控訴はしません」。判決から3時間後、埼玉県の土屋義彦知事は敗訴を受け入れた。
今回の判決を先取りするような勧告が、1年4ヶ月前に出ていた。埼玉には情報公開条例に基づく「情報公開監察委員」の制度がある。学者や弁護士ら5人が交代で窓口につめ、市民の苦情を直接受け付けて原則として15日間で結論を出す。この監察委員が「市民オンブズマン」の申し立てを受け、全面公開を県に勧告した。だが、「接待相手は公開しないのが常識」と土屋知事は拒んだ。監察委員の勧告に法的な拘束力はないが、県はそれに従う前例を重ねることで、制度を生かしてきた。今回の訴訟のケースは、制度発足から37件目の勧告で初めての全面的拒否だった。敗訴後も、土屋知事は「必要な接待は続ける」と主張する。(朝日1998/3/3) - 知事交際費
- ほぼ全面的に非公開とされてきた県知事ら特別職の交際費の使い道や相手方について、県は24日、部分公開に踏み切る基準をまとめた。しかし、例外として非公開にできるケースも認めている。例外ケースについては「個別に判断する」と県の説明はあいまいで、情報公開を求める「実質的な非公開基準だ」との批判も聞かれる。公開基準では「公表が予定されていない交際で、公開によって相手方が不快の念を抱くことが予想される場合」は非公開とした。(朝日西埼玉1998/3/25)
- 土屋知事は、知事らの交際費の使途を一部条件付きで「公開」することを決めたことについて、「相手側の立場を考えることもあると思う」などと語り、一部例外を作った理由に、「交際費支出の相手側のプライバシー」を考慮していることを強調した。例外規定ができることで公開基準が骨抜きにならないかとの質問に対して「(県情報公開監査委員からの)勧告を十分に受けとめ、現時点ではベストに近い基準と考えている」などと公開基準の妥当性を強調した。(埼玉1998/3/31)
- 団体名や個別の金額などが表示された知事交際費が県の情報公開制度で初めて公開された。しかし、最も新しい1996年度分で見ると、499件、計1365万円のうち半数近い約220件の相手方が非公開とされた。公開された分では、業界団体の総会や叙勲の受賞パーティーへの祝い金、地方新聞社への広告料が目立った。県秘書課の担当者は「基本的に招かれた会合や行事に支出している。知事本人が参加できない場合もある。『お祝い』といっても会場では食事もある。実際には会費と同じだ」と説明している。
県は今年3月、交際費について新たな公開基準を設けた。個人名は全面的に非公開にし、団体については祝い金や広告料などに限って公開するという方針が示された。今回はその基準を受けて県が個別に点検し、初めて公開した。埼玉市民オンブズマンの佐々木新一弁護士は「招く団体は知事との親密さを求めているのだろう。知事側も地盤の涵養になる。確かに交際費は知事の裁量が大きく、個別の金額も大きくはない。だが、支出の妥当性は県民が決めること、全面的な公開の必要がある」と話している。(朝日西埼玉1998/8/15) - 県審議会委員等の報酬
| ●県の審議会委員らの人件費などを非公開としたのは違法などとして、市民団体 市民自治情報室代表の野坂実氏が1999年9月に提訴していた住民訴訟の判決公判で、さいたま地裁(田中壮太裁判長)は「人件費は個人情報に当たるが、委員個人の収入全体を明らかにするものではなく、公表してもプライバシー侵害の恐れはない」などとして、2002年4月11日までに非公開処分を取り消した。 |
- 土屋知事:私は、新聞報道を通じ、さらにまた、事務当局からの説明を聞いて、私は、すべて情報を公開しなさいということ命じてきておりましたから、非常に残念に思ったもんでございますけれども、これからは努めて、すべて情報公開に向けて、私自ら先頭に立って、最善の努力をして参りたいと思っております。(埼玉2002/5/9『知事会見採録』)
$「すべて情報を公開しなさいと命じてきた」と知事はいうのだが、情報公開請求は知事に対して行われ、公開・非公開の最終的な決定権は知事にある。異議申立てについても同じである。さらに、提訴を受けて、争うか非公開処分を取り消すかの方針を決定するのも知事なのである。今さら他人事のように「すべて情報を公開しなさいということ命じてきておりましたから、非常に残念です」とは無責任の極みであり、土屋知事にはこのような論法が多すぎる。記者からこの点をつく質問がなかったのは腑に落ちない。
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- ※[知事の当選御礼?]
- 埼玉県知事選直後のこと、「明後日に職員のいすをすべて新調します」と、突然の連絡が朝会であった。その日のうちに教頭のいすは肘掛けと高い背もたれのついたものに換えられ、当日はほとんど使われていなかったいすも含め、数十脚が廃品回収業者のトラックに乗せられ、代わりに1脚数万円以上といわれるいすが職員室に並んだ。いすの新調は全県一斉という。県立学校関係だけでも1万数千脚、つまり約10億円の税金が浪費されたことになる。いすは同一メーカー製。「知事の当選御礼」とでも考えれば良いのか。(朝日1996/9/6投書欄)
- ※[彩福祉グループ−厚生省汚職事件]
- 彩福祉グループが福祉施設建設工事の丸投げで補助金を不正受給したとされる問題で山形県は8月5日、同グループ元代表の小山博史被告=贈賄罪で懲役1年6月の判決を受け控訴=に約1億7千万円の損害賠償を求める訴えを山形地裁に起こした。実質的に自分が経営する建設会社に施設建設工事を発注、これらの会社は受注契約より7億円近く低い価格で別の会社に工事を丸投げしていたというもの。同県代理人の古沢茂堂弁護士は「小山被告の行為は補助金の搾取と考えており、責任を明確にする必要がある」と話している。
一方、埼玉県の大熊俊夫高齢者福祉課長は8月5日、「(事件の)被害者は法人であり、県として独自に損害賠償を求める考えはない」と語った。法人の建て直しに全力を挙げ、施設の運営が軌道に乗った段階で各法人が損害賠償請求に踏み切る場合には、全面的に支援する、と説明している。(埼玉1998/8/6) - ※[ダイオキシン測定データ隠し]
- 所沢市がゴミ焼却施設で厚生省の暫定基準値の150倍に当たるダイオキシンを検出しながら、所沢市と報告を受けた県がデータを隠していた問題で、土屋知事は8日の定例記者会見で、「弁解の余地はありません。深くお詫びする」と頭を下げた。8日午前の県幹部を集めて開かれた臨時庁議では、「動燃と同じじゃないか」、「責任をとれないならやめてもらう」と叱責した。(朝日97/9/9西埼玉)
- 上記の問題で、県は16日、桐川卓雄・環境生活部長ら3人の処分を発表した。いずれも地方公務員法上の処分ではなく、内規に基づく土屋義彦知事からの訓告止まり。「動燃と同じ」、「県民への背信行為」と土屋知事が情報隠しの事実発覚時に見せた怒りとは、落差が目立つ結果になった。
人事課によると、職員の処分には、地方公務員法に基づく処分と、知事の裁量で行う処分の2種類がある。今回の訓告は、後者で最も重い処分に当たるが、人事経歴には基本的に残らないという。
環境生活部長等は今年5月、調査データの情報公開を請求されたが、所沢市に報告を取り下げさせ、請求者に「文書は存在しない」と回答した。さらに、今月5日に所沢市議会でデータの中味が明らかになった後も、「報告はなかった」として、事実を隠し続けた。大野・環境生活部次長が「事実を明らかにすることで所沢市との関係を損なう」と判断し、知事の指示に事実上背く形でデータを隠していたのだという。(朝日97/9/17西埼玉)
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- ※[ハコモノ行政]
- 《1997年10月》「彩の国・フロンティア・県民連合」(松本安弘代表)は10月13日、厳しい財政状況にある県の来年度予算編成に向けて、県営サッカースタジアムなどの大型プロジェクトについて、廃止を含めた見直しを求める要望書を、土屋義彦知事に提出した。要望書では見直しの対象として、総額880億円の建設費がかかるスタジアム、土地代を含めて約1140億円をかけるさいたま新都心内のアリーナ、2004年国体のメーン会場の3件を例示。これらについて廃止を含めた抜本的見直しをするべきだとしている。松本代表は、「県議会でスタジアム建設などを論議したときとは、財政の状況が変わった。借金で建物を建て続ければ、県は借金の火だるまになってしまう」と説明している。自民党県議団内にも、「目の前の道路を直せないのに、なぜスタジアムに880億円をつぎ込めるのか」という声が噴き出している。(朝日西埼玉97/10/14、97/10/21)
- 《1998年1月》埼玉古墳群で知られる行田市埼玉の「さきたま古墳公園」の大拡張構想が、県の財政難のため、先行き不透明になっている。県名発祥の地にある同公園を、今年度から2倍以上に広げ、県のシンボル的な古墳公園にしようという構想だが、土地買収完了の見通しがつかなくなった。稲荷山古墳出土の鉄剣に銘文が刻まれているのが分かった1978年から来園者が急増、93年に見物した土屋知事の肝いりで拡張構想が生まれた。新たに周辺の水田など67ヘクタールを買収、古代ミュージアムやイベント広場などを建設する構想。(朝日西埼玉98/1/6)
- 《1999年12月》(ハコモノ行政についての批判があるが、との問いに)土屋知事「そんなこといったら、今まで県には何かあったんですか。ハコモノ行政がいけない、いけないと言って。新都心だってSKIPシティだってハコモノなわけですけど。埼玉県には何もなかったじゃないですか。ここでやっと目玉ができるんだから。私はやるべきことは断固やりますから。それと同時に福祉、医療、保健、中小企業対策の問題とかをやっていかなくちゃ。バランスがとれた行政が大事だと思う。これで一応軌道に乗れば、多少お金にも余裕がでてくる。先ほど主張していることについても予算的にも配分してまいりたい。言うことがみんな無責任なんですよ。批判するのは簡単。私のところに来る外国人の要人は、『知事さん、後生の歴史が評価しますよ。堂々とやってください』と言う。私が死んでから、何年か後にはよくやったなと評価されますよ。だってだれができますか、これだけのこと。選挙はだれが立ってもいいですよ。民主主義の原点なんだから。」
(大型施設の採算性については、との問いに)土屋知事「毎回(記者団が)質問してんじゃない。サッカー場だって考えているんだ。今からちゃんと韓国と交流をするとか考えているんだ」(埼玉1999/12/28『知事会見採録』)
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- ※[財政危機]
- 《1997年10月》県は1997年10月20日、2003年までの財政運営計画をまとめ、計画初年度となる来年度予算編成の基本方針を発表した。予算要求額を前年比で一律に削減する方式を改め、部局ごとに必要な額を産出して予算要求の上限額を求めた。結果的には、大規模予算やゴールドプラン維持費などを除く一般的事業は、2割を超える削減になる計算だという。来年度で1500億円を超える財源不足が見込まれる中、予算配分の重点化をねらった。また、予算が膨らむ原因になっている補正予算は原則として編成しない方針も示した。
財政当局は、県債残高について「これ以上は増やさない」との数値目標を盛り込もうとしたが、県議会の予想以上の反発のため数値は盛り込めなかった。今回の計画で設定された数少ない数値目標である「県単独公共事業の10%以上削減」は、県議にとっては「地元サービスのパイの縮小」を意味する。自民党県議の1人は「県単独事業は、道路や橋の整備など選挙区の陳情に応えるための『財布』。削減はわれわれに仕事をするなということだ」と話す。99年春の県議選を控え、来年度予算での成果が選挙に直結するという事情もあるようだ。(朝日西埼玉97/10/21)
- 《1998年8月》公共事業を大きく追加する県の補正予算が1998年8月7日、県議会で成立した。財政再建のために当初予算で削り込んだ公共事業費を、景気対策として復活させる内容だ。参院選では公共事業の拡大を訴えた自民党が惨敗したのに、共産党を除く非自民会派も賛成に回った。来春の県議選をにらんで地元に「仕事」を引っ張りたい思惑が背景にあるようだ。
一般会計の補正は過去2番目に大きい614億円。このうち、348億円が道路や河川といった国庫補助の公共事業だ。当初予算でこうした公共事業を前年度比26%減の915億円に絞り込んだが、今回の補正で2.4%増に転じた。土屋義彦知事は「当時と今では経済状況が違う」と説明する。(朝日西埼玉98/8/8)
- 《1999年10月》埼玉県は2年前に策定した「財政再建中期計画」で、今年度の県税収入を7600億円と試算していた。現実は6000億円を割り込むことが確実で、見通しは大きくはずれた。
一方、埼玉新都心関連で2500億円、地下鉄7号線の延伸部分で3000億円など、大型プロジェクトの目白押しで、「借金」に当たる県債残高は増加の一途。今年度末には2兆3000億円にのぼり、土屋知事就任前に比べ3倍強となる見込みだ。
逆に、「貯金」に当たる基金残高は、ピーク時の96年には2500億円余あったのが、今年度末には650億円にまで落ち込むと見られている。こうした事情から、わずか2年で財政計画の見直しを迫られることになった。
土屋知事は先に「県行財政改革プラン」を発表し、「危機的財政状況を改革する好機」と強調したが、知事選を来年夏に控え、自ら招いた財政悪化への批判や責任をかわす思惑も見え隠れする。(朝日西埼玉1999/10/24)
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- ※[入院]
- 知事就任以来初めての夏休みを取っている土屋義彦知事が、県内の病院で胆石の摘出手術を受けて入院していることを、高橋秀明・知事特別秘書が8月25日県庁で会見して明らかにした。術後の経過は順調で、今週中にも退院して公務に復帰できるという。高橋特別秘書によると、胆石が見つかったのは約10年前。痛みがないのでそのままにしていたが、「体力のあるうちに取った方がいい」という担当医の勧めで決意したという。(朝日西埼玉98/8/26)
- ※[無邪気?]
- 私はこの年になってはじめて分かったが、だんだん気持ちが子どもに戻っていくんだ。若い人が私を見ると「かわいーっ」とか「素晴らしい」とか言うもの。無邪気になってくるんだよ。だから私の言っていることは嘘がない。(埼玉1999/12/28『知事会見採録』)
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- ※[知事会見採録]
●1998年12月28日
- (今年1年を振り返って)また、埼玉百年の大計ともいうべき新都心が2000年の街開きに向けて建設が順調に進んでいる。国の10省庁17機関が移ってくるわけで、やがて埼玉は関東の中心になる。
また、県が取得した48ヘクタールに埼玉スーパーアリーナを建てている。世界最大級の可動システムであり、約6千人から3万7千人が収容できる施設。1月には、ここをメーン会場に2006年第15回バスケットボール男子世界選手権の開催が決定し、また4月19日には2001年に第3回ヤングメンバスケットボール世界選手権大会の本県開催も決定した。
2月には21世紀に向け本県のあるべき姿を描いた県新5カ年計画を発表した。これは生活に密着したソフトな施策や行政改革、また地方分権の視点などを重視している。これに基づき21世紀の彩の国の基礎づくりを進めていく。
さらに4月には、行政改革を断行した。福祉部と衛生部を再編・統合し、健康福祉部を新設した。9部から8部体制にしたのをはじめ、本庁7課、付属機関11署を廃止し、統合などにより削減。本庁の係制を廃止してグループ制を導入した。外郭団体39団体を見直しの対象とし、9団体を削減した。改革には相当な抵抗があったわけだが、私はやはり県民のためにという一言。
- そうかと思ったら埼玉県の建設業界なんか、もう許さない。怒ってるんだよ。エクアドルで災害があって大変ご苦労なさってるっていうから。それで僕はですね、僕は建設業界なんか一銭ももらってるわけじゃないしね、私がもらうんじゃないから、協力要請したんですよ。ブルドーザーみたいなのがほしいと大使が言ったから、もう使わないのがあったらいただけないですかと担当を通じて要請したんです。
そしたら、そういうものは今リースなんかでないっていうから、それでお金で協力したいって言うんで、それはありがたいと。3百万円確かにもらったんですけどね。そしたら建設業界の幹部がですね、「なんで土屋県政なんかに協力するんだ」とかいう意見があったって。とんでもない。本当に許せない。そういうわけで今年1年の終わりだから、あえて声を大にして。これでもうさっぱりした。大掃除は終わったよ。(埼玉1998/12/29)
- ●1999年10月11日
- 21世紀の埼玉を作ると知事が考えるプロジェクトを例示してほしい。
- 土屋知事−私が知事になるまでは埼玉に目玉がなかった。景気のいい頃もっといろんなことやってもらえればよかったが、どういうことか知らないが。
目玉を作りたいということで、埼玉百年の計ともいうべき国鉄操車場跡地の新都心は、工事も順調に進み、来年5月5日には街びらきを迎え、10省庁17機関が移ってくる。明治維新以来の大変なことだ。日本の顔は東京中心だが、来年になると私はわが埼玉県が関東の中心、関東の顔と、まあこういうことになるものと自負している。
本件は人口急増県で毎日120万近くが東京を中心に通勤通学しており、交通対策は県政の重要な課題の一つ。私が知事になって早々、埼玉高速鉄道株式会社が設立になり、これまた日本国始まって以来と思うが、わずか1ヶ月で免許を取得。第三セクターに対する補助制度もなかったが細川内閣の時に認められた。
そのすぐ近くを流れる綾瀬川が(汚濁の)日本一なので何とか返上しなくてはと、幸い運輸省と建設相の技術屋さんが協議し地下鉄の通る下の方に導水路を造り荒川を逆流させて綾瀬川をきれいにしようと。工事も順調に進んでいる。
その先に6万3千人(収容)の専用サッカー場を造るが、私は参議院議長を辞めて県知事になるときと同じように悩んだ。ばく大な県民の尊い税金を使うのでいっそやめちゃおうか、計画通り造ろうかと悩みに悩んだ末、やはりこの施設ができた暁には東南アジアの子供たちに埼玉に来てホームステイなどしてもらい、子供同士の友情を通じて世界の平和に貢献しようと。
それからわが埼玉県はサッカー王国でサポーターの数も日本一。この施設でアジアのサッカーのメッカにしてやろうということ。また、先の阪神淡路大震災の教訓をふまえて防災対策上、食料・飲料水の備蓄を含めての(ママ)設計した。工事も順調で、昨日もオーストラリアの首相一行がサッカー場をご覧になり、まあ本当に驚いていた。これから自分の州でいろんな計画を立てる参考にしたいと言われ、資料をどんどん提供しますよと申し上げた。
さらに川口を中心とした本県の玄関口にNHKの協力でアーカイブセンターも、県の工業施設も移しますが、計画が進んでいる。また、北の玄関本庄市を中心とした地域も、拠点都市として国土庁の指定をいただき、平成16年には新幹線も止まることでJRの松田社長と覚書も交わした。早稲田大学の奥島総長とも技術系の大学院を本状に持ってくることで合意に達している。
昨日も圏央道の起工式が行われた。まさしくわが埼玉の夜明けです。これからが本当の正念場なので決意を新たに全力で取り組んで参りたい。
- 今挙げた事業以外は凍結、見直しの対象になると考えていいのか。
- 土屋知事−今申し上げたいろいろなプロジェクトは厳しい中でも何とか進める。国体関係も進めなければ。
- それ以外のものは見直し対象になるのか。
- 土屋知事−そういうことです。(埼玉1999/10/13)
- ●「赤字のことは、誰もいわないけどね」
- 記者:埼玉スタジアム2002について。本年度の収益の見通しで2億7千万円ほど赤字が増えてしまうんじゃないかというが、改善策は。
- 土屋知事:赤字のことについては、県民、誰からも、1人もいわれないんですけどね。だいたい会うと、「すばらしいね、知事さん良くやったね」っていわれますよ、皆さん。赤字のことは、誰もいわないけどね。(埼玉2002/7/10『知事会見採録』)
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- ※辞任後の動向
- 7月に知事職を辞任した土屋義彦前知事(77)が10月15日、自民党県連を訪れ「ご迷惑をおかけした」と、幹部らに謝罪した。衆院13区から出馬予定の次女・品子代議士については「品子のことで頭がいっぱい」と語り、「『あなたは関係がないから』と言ってある」とも話した。最近は本を読んで過ごしているという。(朝日西埼玉2003/10/16)
中井真一郎(なかいしんいちろう) 索引へ
▽生年月日:1946年1月12日
▽出身地:所沢市
▽住所:埼玉県所沢市中新井4丁目16番11号
▽学歴:1964年市立武蔵高校卒・67年司法試験合格・68年東大法卒。
▽家族構成/縁戚関係:
▽職業/職歴:弁護士
▽歴任役職:
▽政党会派:無所属
▽所属団体:
▽支持/後援団体:
▽政歴:
※1987年-1991年10月所沢市長。
※1992/6埼玉知事選立候補=落選。
- ▽公約/政策:
- ※1992年知事選挙公報
- 金権政治の打破(選挙や政治活動にお金をかけない)。
- 中央集権・中央の介入に反対し、国や県の規制を大幅に減らす。
- 県会議員の定数削減。
- 都市基盤の整備、福祉・医療・教育・文化の発展・充実。
- リサイクル型社会の建設。
- ▽記事:
- ※所沢市長としての実績(92年選挙公報での自評)−馴れ合いの古い政治をやめ、本会議での討論を重視し、議員定数削減を初めとする行政改革や女性助役(全国初)・育児休業・情報公開・狭山丘陵の公有地化・暴力団排除活動・文化・コミュニティ施設の充実など「時代を先取りした」市政を実践しました。
山口節生(やまぐちせつお) 索引へ
- 生年月日:1949年9月26日
- ▽出身地:
- ▽住所:
- 埼玉県浦和市沼影2丁目3番11号203
- 埼玉県岩槻市岩本町1丁目18番8号(2000/6現在)
- ▽学歴:一橋大商学部及び東大経済学部卒。中大卒。日大政治学部博士課程。
- ▽家族構成/縁戚関係:
- 妻、1男、1女(2005/9現在)
- ▽職業/職歴:
- 県立高校教諭(英語)、三菱信託銀行員
- 世論調査会社社長。世界政治研究所代表。不動産鑑定士。
- ▽歴任役職:妻(保健婦)、娘1人。
- ▽政党会派:無所属→自由連合→諸派
- ▽所属団体:
- ▽支持/後援団体:
- ▽政歴:
- 1996年6月 知事選立候補=落選。
- 2000年6月 衆院埼玉13区出馬落選(自由連合公認)
- 2000年5月10日開催の知事選立候補予定者説明会に出席。5月11日に発表された自由連合の衆議院選公認候補にも選出。(⇒衆院選のみ出馬)
- 2000年6月 衆院埼玉13区出馬落選(自由連合公認)
- 2005年5月15日投開票のさいたま市長選立候補(無所属)
- その他、立候補歴多数。
- ▽公約/政策:
- ※[1996年知事選挙公報]
- ロック等の仮定的契約説を変革し、歴史的な政治意識の変革を成し遂げる。契約を破ったら裁判所に訴えて下さい。失業者・就職希望者全員の就職の世話。政党・マスコミの権力による権利の侵害に対する賠償責任追及。主権者への行政情報の開示。
- ※[2000年6月衆院選挙公報]
- 前回選挙は「品子は妻子ある某国金融業者と不倫同棲している。−−」のビラで終了した。興信所調査の結果もその通りである。三枝市長も市議でもこれを隠すと嘘吐きになり落選する。自民党、民主党に入れ、ばれるとその党の崩壊になる。政治倫理の問題だ。暴利の金利に、国費が吸い取られる。落選後出直すべきだ。
品子は金持ちという唯物論・物のみの主義であり、倫理も宗教も全く存在しない。それを公明党が陰でも推すと、つぶれる。事実と違うなら告訴されたし。事実の場合には公職なのでその資格はない。不倫相手の奥さんのためでもあるが政治倫理問題でもある。全身全霊で品子を落選させるため戦います。
- ▽記事:
- ※[プロフィル]
- 1991年、佐賀知事選に出馬したのが政界チャレンジへの始まり。「談合ばかりの土建政治はきらいだった」と振り返る。その後様々な選挙に出馬すること十数回。(埼玉2005/9/1『衆院選小選挙区立候補者の横顔』)

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Last Modified : July 27, 2009