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藤田哲也博士の生涯と業績  

気象学者・竜巻博士    New 2012年5月14日

日本ではあまり注目されなかった竜巻が、甚大な被害をもたらすことが明らかになり、自然の猛威の一つである竜巻が注目されるようになりました。その中で、Fスケールという言葉が馴染みの言葉となりました。地震で言えば、マグニチュードと同じく、その大きさを表す尺度です。F0からF5までの6段階があり、日本でのこれまでの最大値は、上から3番目のF2と言われています。このFスケールを考案された方が、藤田哲也博士です。
 藤田博士は、北九州・小倉のご出身で、現・九州工業大学の前身・明治専門学校に学ばれ、戦後、アメリカに渡って、アメリカで猛威をふるう竜巻の研究に没頭され、アメリカ人の救命に尽力されました。九州工業大学で夢のような学究生活を送らせていただいたご恩返しに開学百周年を記念して編集した『明治専門学校史』で、博士と弟さんの碩也氏が著された「その生涯と業績」を紹介させていただきました。
 改めて、ここに博士の業績を皆様にご紹介させていただきます。

 なお、藤田博士は明治専門学校機械科のご出身ですが、電気科のご出身の石黒鎮雄博士も戦後、イギリスに渡られ、イギリスを取り巻く北海の高波の研究で大きな成果をあげられています。アメリカでは、イギリスはアメリカに内緒で、軍事研究をやっているとかんぐられたそうです、とは御本人の弁です。波と波、波と地形の干渉で、想像を超える高波になることは、北海ではよくあることらしいのですが、はからずも今度の大津波で実証されています。氏のご子息・Kazuo Ishiguroは、日本人で初めて、イギリスの芥川賞といわれるフッカー賞を受賞されています。


辛亥革命と日中15年戦争(太平洋戦争従軍記)  
                                                                                           New 2011年11月23日

辛亥革命百周年の今年、孫文の革命への軌跡が、大々的にとりあげられている。「未だ革命ならず」とこの世に別れを告げたのが1925年、その前年に日本を訪れたが、当時の日本のリーダーたちは、この革命家を快く思わず、やむなく、神戸で「大アジア主義」の演説を行い、日本人への警世のメッセージとした。
 歴史が教えるところでは、大正から昭和へとかわる1925年は、日本の分岐点でもあったように思われる。明治初期、約3,000万人であった日本の人口が、約50年後の大正時代には倍の約6,000になったが、国民を食わせていけず、他国の領土を掠め取って糊口をしのいだ。満州という中国東北部である。(現在の人口は更にその2倍の1億2千万人になったが、飢えに苦しむことはなくなった、エネルギー革命に成功したからである。その革命の一つが原子力政策である。今度の大震災で、それが糾弾されている。それを戦前のリーダーたちのミスリードと同じにしていいのかどうか、思い悩む課題である)。しかし、戦前のリーダー達が決定的に道を間違ったことは、歴史的事実のように思われる。アジアの近隣諸国へ多大な犠牲を強い、日本国民にも塗炭の苦しみを味あわせた。その歴史の一端を、ノモンハン、徐州、ガダルカナル、ビルマという過酷な戦線を生き延びて、今年、92歳になられる、堺豊三郎氏の後生への伝言『太平洋戦争従軍記』をここに掲げる。

 お読みいただけると分かりますが、大戦時も、今度の大震災でも、この国のトップリーダー達の言動を見ると、DeNAが連綿と受け継がれ、「モ化げ〜」一つ出来ないことがわかります。想像を超える困難に立ち向かう人々が、地方自治体のリーダーはもとより、子供でさえ、置かれた立場を見事な自分の言葉で伝えていることに感動を禁じえません。
 なお、これは、Web仕様ではなく、WindowsのMS-wordを使っていますので、場合によっては文字化けするかもしれません。
 


   思想家と科学者                        New 2011年9月28日

明治から大正にかけては、例えば、アインシュタインの相対性原理の発表や、量子力学の勃興によって、人間の世界観に一大変革を強いた時代であり、人間の存在の意義を問う文学や哲学に多大のこ影響を与えた。しかし、それを専門外の人々が理解するのは、ほぼ不可能であったろうと思われる。科学者との交流を通して、その作品にどのような影響があったかを解明することは、今日でも大きな課題であろう。ここでは、思想界に大きな影響を与えた、夏目漱石、西田幾多郎、鈴木大拙と科学者(寺田寅彦、桑木ケ雄、友田鎮三、田丸卓郎)との交友について、紹介する。

夏目漱石の文学論

夏目漱石と科学者・寺田寅彦、桑木ケ雄(あやお)の交友
          (桑木は東洋人で初めてアインシュタインに会い、交流を深めた科学者。寺田の親友で
           その往復書簡の一部を紹介。夏目漱石の話も度々出てくる)

哲学者・西田幾多郎、鈴木大拙、と科学者・友田鎮三の交友
          (友田は物理学者で、西田幾多郎の親友。ドイツ留学にあたっては、
           寺田と船室が同じであり、ベルリンでは、本多光太郎、桑木ケ雄、寺田寅彦と友情を
           深めた。4人のその写真も添付。また、寺田を物理学の道に導いた五高の恩師・田丸卓郎
           との関係、田丸卓郎がドイツ留学中に一緒だった滝廉太郎の写真もここに示した。
            なお、下記の
艾思奇明治専門学校に入学したときの校長は友田鎮三である)

祝 辛亥革命百周年                New 2011年9月17日

  日中友好 孫文と安川敬一郎   全文はここをクリック

今年は辛亥革命百周年で、孫文の革命を陰で支えた日本人、特に、九州の先人達が注目を集めています。宮崎滔天(熊本)、梅屋庄吉(長崎)はよく知られていますが、森の石松風に言えば、「誰か一人忘れちゃいませんか」 福岡の安川敬一郎です。かって、日本の近代化を支えたエネルギー源たる石炭の採掘で筑豊の御三家といわれた地方財閥でしたが、大正6年にはエネルギーや科学技術の将来を見据えて「安川電機」を創設した人です。彼は、単なる企業家ではなく、「天恵」として得た財を惜しみなく使って、人材の育成に意を尽くしました。1909年私財をなげうって『私立・明治専門学校』を創設しました。現在の九州工業大学です。孫文は1911年10月に辛亥革命を成功させますが、結局は、袁世凱に追われて日本に亡命しました。それを資金的に支えたのが安川です。安川家に寄宿したことがあり、明治専門学校の寮に食事をしにきて学生と交流したといわれます。宋慶齢との新婚生活の費用も出しています。そのお礼に孫文が安川に贈ったのが「世界平和」という揮毫です。最近、中国の次のトップと予定されている、習近平氏もこの額を見て「孫文が世界平和と書いたのはこれ一つです」と感激したといわれます。
 実は、安川は資金的な面だけではなく、中国人の教育にも意を尽くしました。中国人留学生を積極的に明治専門学校に受け入れ、日本人と全く分け隔てなく同じ教育を行い、その中から、後に「第二代・中日友好協会長」となる夏衍氏、マルクスレーニン主義哲学者艾思奇氏を育てました。艾氏は昭和6年に満州事変に抗議して明治専門学校を退学しましたので、長く、日本での生活は謎でしたが、私が『明治専門学校史』を執筆する過程で、明治専門学校に在籍していたことが判明しました。夏衍氏は文化大革命で批判された側で、中国共産党では右派に属する人ですが、艾氏は毛沢東の理論的片腕といわれ、いわば、左派に属します。中国共産党の左右の偉人を工業専門学校が送りだしたのも不思議ですが、当時の留学生は「実学」を重んじ、医者やエンジニアを志す人が多かったのです。夏衍氏は、孫文が有名な「大アジア主義」の演説をするため神戸へ向かう途中、船が門司に停泊中に訪ねて、「国民党への入党」を勧められて即決して党員になった、いわば、留学生の中では最初期の党員です。そのようないきさつを『明治専門学校史』では詳しくご紹介していますが、この10月10日は辛亥革命百周年の記念すべき日にあたりますので、その概要をアップロードしました。




九州大学付属図書館様 桑木ケ雄文庫についてのお願い(「あやお」は「或」の右下のハネが3本「ケ」)
九大創立百周年おめでとうございます。西日本の中核の大学としてのご発展に心より敬意を表します。
 貴大学の初代総裁山川健次郎は、当時、『明治専門学校』(現・九州工業大学)の総裁でしたが、文部省の懇請を断り難く、初代総裁に就任しました。その際、物理学教室の教授に白羽の矢をたてたのが、東大での教え子の桑木でした。桑木は明治専門学校から奨学金をもらって2年間ドイツに留学し、帰国後、明治専門学校に赴任したばかりでした。貴図書館の貴重な財産である「桑木文庫」の一部の図書は、桑木が明治専門学校派遣留学生として、ドイツで購入したものも含まれているはずです。創設者の安川敬一郎は当時としては破格の滞在費と、図書購入費を支給しています。貴図書館の桑木文庫の説明では、「文部省から2年間の留学を命じられた」とだけあります。当時の文部省派遣留学生は、3年の留学を命じられるのが普通でした。別紙は、桑木の留学の詳細です。ご検討の上、説明文を修正いただけませんでしょうか。 
 桑木とアインシュタインはここをクリック


 エッセイ New 2011年8月

   「ひと冬の想い出 - ヒヨドリを友として」、「ひと夏の想い出 - セミに当り散らして」



文字化け対策:Windows 7の発売と、それに伴う、Internet Expolorer(IE-8)の公開で、過去のCDへのアクセスが不便になり、CDをドライブに挿入すると、「文字化け」が発生します。読者からの連絡を受けて、その対策を見つけ、数百人の顧客にハガキや封書でお知らせしました。それで、ホッとして、更にあれこれ画面をいじっていたら、はるかに簡単な方法が見つかりました。
 「文字化け画面」→「表示()」をクリック→「最新の情報に変更」でOKです。  


(1) 『花の文化史・世界の植物』   2007年 初版、2011年 改訂第4版


リンネ生誕300年を記念して2007年暮に初版を完結させ、更に、生誕200年(1809年生れ)を迎えるダーウィンへの賛歌も込めて2009年に改訂版(ver.2)を、2010年に(ver..3)、2011年にver.4を刊行。

紙数に制限のないCD版の特徴を生かして、印刷枚数約1800頁(A4換算;
初版の3割増)に、採録した花の写真は約8000枚、この種の作品としては世界最多になっていると思います。「山草・野草」「樹木・花木」「園芸・観葉」「薬草」「穀物・野菜」等々、各種植物図鑑のほぼ全てをカバーしています。
 「食べ物として、病を治す薬草として、心を癒す花としてお世話になった植物」と人間の交流の文化史を語ることを目的にしています。日本人の心の古里・『万葉集』に詠まれた植物に関する歌と万葉の花、欧米人の精神文化の源流をなすギリシャ神話の神々キリスト教と花の関係、古代ローマ以来、1500年余にわたって薬学のバイブルといわれていた、ディオスコリデスの『マテリア・メディカ』の現代語訳、ありとあらゆる植物の薬効成分を解明しつつある現代薬学の成果、ホメロス、ソクラテス、ナポレオン、ゲーテ、ガンジー、一茶等の歴史上の人物の花の物語。また、植物、生物、薬学、医学を学ぶ若き学徒のために、全ての植物のラテン語の学名、その意味、由来、英語式発音、更には、ギリシャ語との関係も詳述しています。本著の特徴については、下記を御覧ください。簡単な特徴はここをクリックしてください。(CDは1枚2,500円)。
 
なお、改訂版で新設した項目は:

1.三大歌集(万葉、古今、新古今)に詠まれた花の歌2,800首と花』 『百人一首の歌100首の解説と花(下記はこれを独立させて新たに花の写真400枚を加えたもの)
2.食用植物 3.南国のフルーツ 4.街路樹 5.香水・香料植物、6.ジャスミンの種類 
7.シダ類等 初版に採録されなかった「科」を多数採録新設し、その総数は192科
8.花言葉

(2) 『世界薬用植物誌』    2012年3月11日 初版

本著は、薬学、医学、植物学等のスペシャリストを目指す若き学徒が、将来、その分野で活躍される素地・一般教養を、楽しみながら深められることを目標に、同じく学究生活を送らせていただいた者として、膨大な資料を精査し、古今東西の医学・薬学の異同を考究するために、一つの植物種ごとに串刺しで記述したものです。学術書としての条件を具備すべく、和名、英名、学名の他、薬草から抽出された薬効名が、その植物の学名に由来することを、同じ索引に詳細に一覧表化しています。詳細はここをクリック

(3) 『三大歌集(万葉、古今、新古今)に詠まれた花の歌2,800首と花』 これに、

    『百人一首の歌100首の解説と花』
を同時掲載   発行 2010年1月
  

   詠まれた花一覧はここをクリック

(4) 『エッセイ・花しおり』         発行 2009年5月               

既刊『花しおり』(文芸社:1600円)、『続・花しおり』(同:1890円)それに未刊の『続々・花しおり』を合冊した「月々花の便り6年分、都合72ケ月」を1枚のCDにしたものです。

   
72ケ月の月々のエッセイ一覧はここをクリック

(5) 『明治専門学校史』          発行 2009年5月
                     
2009年、開学百周年を迎えた九州工業大学を記念して、その前身の『明治専門学校史』を編集。日本近代化の基礎を作った科学者・文化人の逸話を満載:寺田寅彦、本多光太郎、夏目漱石、森鴎外、西田幾多郎、鈴木大拙、孫文、夏衍(作家・第二代中日友好協会長)、艾思奇(毛沢東の理論的片腕)等々と明治専門学校の関係を詳述。明治大正期の北九州、福岡の貴重な写真約400枚を掲載。正史編約400ページ、資料集約800ページになりますので、CD版にしています。
  
   詳細はここをクリック


(6) 『明治学園創立百周年』       発行 2010年9月 

「明治学園」は、1909年、上述の明治専門学校を創設した安川敬一郎翁が、付属の小学校として、1910年(明治43年)に創設した初等教育機関である「明治小学校」の後身です。私立の小学校としては、有名な自由学園より創立は2年早く、しかも、当時としては極めて稀な男女共学として発足しています。各学年は1クラスだけの少人数教育で、各教室にピアノを置き、6年生の教室には自動ピアノまでありました。情操教育として、歌曲、合唱曲を歌わせ、ピアノの名曲を聞かせています。明治専門学校は、大正10年に官立に移管されましたが、小学校は太平洋戦争後の昭和20年代まで生き延びましたが、昭和二十二年に併設された中学校とともに、昭和二十四年、明治学園はコングレガシオン・ド・ノートルダム修道会という、教育を専門とするカトリックの修道会にその経営が移管されました。翌年、高等学校(女子)が新設されて、以後、年を追って発展し、さらに、平成四年には高等学校に男子を受け入れています。現在、明治学園は小、中、高を通じて男女ともにカトリックの一貫教育を実施する総合学園として、多くの人々の知るところとなっています。
 
2010年に創立百周年を迎えた明治学園への奉祝として、創学者・安川敬一郎翁の教育感を知るため、お孫さんの安川國雄氏が、同校の90周年に当り、全精力を傾けて編集された、『この礎の上に』を私が電子文書化したものです。安川翁が創立した高等教育機関である明治専門学校と、初等教育機関である明治小学校には、明確な教育理念があり、その理念の普遍性故に、カトリックの経営に委ねられても、何一つ変更されませんでした。

(7) 『太平洋戦争従軍記』 堺豊三郎著・野上暁一編 

徐州、ノモンハン、ジャワ、ガダルカナル、ビルマ等、日中戦争開始から太平洋戦争敗戦に至るまでの約8年間、各地の激戦を生き抜き、今年91歳になられる堺豊三郎氏の後生への伝言を電子文書化し、氏がこれまで集めてこられた各地の激戦の記録と敗因を網羅した10数冊の著書(五味川純平著『ガダルカナル』文芸春秋、昭和55年等)をほぼ全て読み通し、野上が時代背景を解説したCDである。どうして国家が滅亡し、国民が塗炭の苦しみを味わわざるを得なかったかを解明し、かつまた、こうして得られた平和の大切さを後生、そして後世に伝えるのが本著の目的である。白村江、元寇等、古代以来の手痛い敗戦の歴史に学ぶことなく、神州不滅を信じるだけで、戦争に突入していった方々が、もし、ノモンハンでの完膚なきまでの手痛い敗因を少しでも解明されていたら、太平洋戦争に突入する愚は犯さず、ガダルカナル、インパール等々の悲惨な体験も受けずにすんだ筈である。 本著はWindows専用
 ここをクリック

(8) 『障害者を社会に生かす』 

第一次世界大戦で障害者tなって絶望しながら帰還された方々を社会復帰させるために尽力された方々の記録。この分野の先駆者・バートン氏が1919年に著した名著を、(株)ケアプラネッツ代表の葉山靖明氏からの依頼により、翻訳したものである。

以上、8枚のCDを、一枚のDVDに焼いたものは、一枚3,000円(送料込み)
また、最新著(2)『世界薬用植物誌』は、若き学徒を対象とする学術書のため、一枚1,000円
明治専門学校関連の(5)と(6)を一枚のCDにしたものは、1,500円。

お名前、住所、電話番号を添えて、以下のどれかの方法でお申し込みください。

1. 郵便振替口座: 01780−0− 67123
   加入者名:野上曉一(ノガミ ギョウイチ)

2. e-mail: gnogami@nifty.com

3. TEL or FAX: 0940−43−5397





以下は、このホームページで閲覧できる項目です。

『花の文化史・世界の植物』 万葉集と万葉の花
いくつかのトピックス ギリシャ神話の神々と花 キリスト教と花
花のエッセイ、花しおり 本「明治専門学校40年の軌跡」 予稿「安川敬一郎伝」
本・発売中『花しおり』 キューコーダーイ 野上塾
本・発売中『続・花しおり』 ・科学に関する出前講義 祝進級テスト
月々の花 科学童話 EEnEco(イイネコ) ホームページ写真集


野上 暁一
花のエッセイ:ペンネーム 和留那須比(ワルナスビ)

お便りは:

gnogami@nifty.com