定型随想(01/7/22)
何の役に立つのですか十年ほど前、まだ純粋数学の研究者だった頃、ある婦人から突然に「あなたの研究は何の役に立つのですか」と問われた。 その問には、強い疑念が込められていた。 ご夫婦ともプロテスタントであり、夫君は福祉事業に関係しておられた。 そういう背景をもって見れば、大学の、しかも数学の研究職などというものは、如何にも不可解で疑わしい存在だったのだろう。実はこういう問は、それ以前から私も自問し、私を悩ませていた。 国際数学者会議京都でのフィールズ賞(数学界最高賞)受賞者への朝日新聞の短いインタビュー記事が「この理論が何の役に立つかは分からないという」なる異様に冷淡な言葉でぶっきらぼうに終わっているのを目にしたこと等がきっかけだった(「Pascal…」「生き死に…」参照)。 私は自分の研究の意義に自信を失っていたのである。 先の婦人も、この記事を踏まえて問うたのかもしれない。 不意を突かれた私の咄嗟の答は、「回り回って役に立つのでしょうね」というものだった。 無責任極まりない答である。 今なら、専攻も変えたしもう少しましな説明ができる(「研究概要」「Q&A」「機械・変換・代数学」参照)。 しかしその当時は、「数学競技者」としての競争に明け暮れ、研究を社会に役立てようという意識は希薄だった(「アカデミズムの長短」参照)。 この頃「アカウンタビリティ」という言葉を聞くたびに、このことを思い出す。 |