現在の常呂郡置戸町内の省線(後の国鉄)池北線・置戸駅の近くの貯木場を起点とし、常呂川を遡っていた路線である。
沿革
全国森林鉄道によれば、以下のとおりである(P.20)。
| 距離 | 置戸−勝山(二股) 7.9km 勝山−土居常呂39林班 11.9km 勝山−仁居常呂105林班 11.2km |
| 開始 | 大正10年(1921)11月 |
| 廃止 | 昭和36年(1961) |
一方、鉄道廃線跡を歩く(1)によれば、以下のとおりである(p.162)。
| 森林軌道(鉄道)名 | 級 | km | 開設 | 廃止 |
|---|---|---|---|---|
| 置戸線 | (1) | 30.0 | 1921(T10) | 1961(S36) |
なお、当路線には後述するとおり多くの支線がある。
関連地形図・空中写真
この路線の載った1:50000地形図
| 図名 | 発行 | リスト番号 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 留辺蘂 | 昭33 | 34-6-3 | |
| 小利別 | 昭33 | 34-7-3 | |
| 常元 | 昭33 | 34-11-4 |
この路線の沿線を写した空中写真
常呂川本流沿い(置戸〜勝山)
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-7 | 小利別 | C1-25 | 置戸および周辺 |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-7 | 小利別 | C1-23 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-7 | 小利別 | C2-22 | 勝山および周辺 |
常呂川本流沿い(勝山〜常元〜[源流])
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-7 | 小利別 | C2-22 | 勝山および周辺 |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C2-20 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-18 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-16 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C4-14 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C4-12 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-11 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-9 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-7 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-5 |
上ホロカトコロナイ川沿い
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C3-9 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C2-7 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C2-5 |
仁居常呂川沿い
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-7 | 小利別 | C3-20 | 勝山の南 |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-7 | 小利別 | C4-19 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C5-20 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C5-18 | ウコオビ川合流 |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C5-16 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C5-14 | |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C5-12 |
ウコオビ川沿い
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C5-18 | ウコオビ川合流 |
| CHO-77-32 | 昭和52年度 | NK-54-1-11 | 常元 | C6-18 |
研究(笑)報告
この路線に関し、本項の執筆時点でWikipediaにエントリはない。
この路線は全国軽便鉄道に載っていない。
日本の森林鉄道(上)は、当路線について以下のように述べている(p.83)。
置戸森林鉄道は、北海道庁拓殖部林務課によって、大正9(1920)年11月に着工、大正10(1921)年8月に完成した、置戸貯木場・置戸国有林内間7.8kmを本線とし、その後建設された延長線や支線を合せて77.6kmの…
上記の旧版地形図には、以下の"特殊軌道"が載っている。
- 置戸市街を起点とし、常呂川の支流である仁居常呂川が本流に合流する勝山に到る約8km
- 勝山から常呂川(本流)を遡り、上ホロカトコロ川と小屋の沢川との合流点に到る約17km
- "2."の終点から小屋の沢川を遡る約7km
- "2."の終点から上ホロカトコロ川を遡る約6km
- "4."の(ほぼ)中間地点で分岐し、イクサネッタ川を遡る約2km
- 勝山から仁居常呂川を遡る約18km
- "6."の(ほぼ)中間地点で分岐し、仁居常呂川の支流であるウコオビ沢を遡る約3km
注:
手元にある平成2発行の常元図では、上ホロカトコロ川とイクサネッタ川の位置が最新版と逆になっている
旧版地形図に載っているルートを電子国土ポータル機能で表現したものがこちらである(注:JavaScriptが動作できる環境が必要です)。
一方、「全国森林鉄道」の付表には当路線に関する以下のデータが載っている。
| 級 | キロ数 | 開通 | 廃止 | |
|---|---|---|---|---|
| 置戸線 | 1 | 30 | 1921(T10) | 1961(S36) |
| 幌加常呂支線 | 1 | 4.3 | 1927(S02) | 1954(S29) |
| 墓地の沢 | 1 | 8.4 | 1943(S18) | 1954(S29) |
| オンネアンジノ沢 | 1 | 8.2 | 1923(T12) | |
| ポンオンネアンジ | 1 | 6.1 | 1932(S07) | |
| 55林班支線 | 1 | 8.7 | 1951(S26) | 1954(S29) |
| 48林班支線 | 1 | 2.6 | 1952(S27) | 1959(S34) |
| 70林班支線 | 0.5 | 1943(S18) | ||
| 常呂川本流線 | 1 | 2 | 1938(S13) | 1951(S26) |
| 小屋ノ沢 | 1 | 3.5 | 1942(S17) | |
| ウコオビノ沢 | 1 | 3.9 | 1948(S23) | 1957(S32) |
| 96林班支線 | 1.1 | 1923(T12) | 1931(S06) | |
| 98林班支線 | 2.1 | 1922(T11) | ||
| 100林班支線 | 1.6 | 1945(S20) | ||
| 105林班支線 | 1 | 2.9 | 1953(S28) | |
| 鹿ノ子沢 | 1 | 1926(T15) |
上記では本文(p.20)に載っている置戸〜勝山、勝山−土居常呂39林班および勝山−仁居常呂105林班を"置戸線"と総称しているものと考えられる。 ただし、こちらでは"30km"説を採っている。
注:
なお30kmと31kmでは約3%の差であり、どちらが正しいか…を旧版地形図上で決めることは無理である。 このため、ここでは判断をしない。
ちなみに、土居常呂とは常元の旧名である。
置戸線を除いた各支線については、地名との対比で以下の推定が可能である。
なお、以降では置戸〜勝山を"幹線"、勝山から上流で常呂川本流を遡る区間を"土居常呂線"、仁居常呂川を遡る区間を"仁居常呂線"と記す。
- 常元地区(注:勝山の西)で常呂川に合流する同川の支流に「ホロカトコロ川」がある。 このため、"幌加常呂支線"は合流点付近で土井常呂線から分岐し、ホロカトコロ川を遡っていた路線であると推定される。
- 中里地区(注:置戸の西)で常呂川に合流する同川の支流に「墓地の沢川」がある。 このため、"墓地の沢(線)"は合流点付近で幹線から分岐し、墓地の沢川を遡っていた路線であると推定される。
- 安住地区(注:勝山の東)で常呂川に合流する同川の支流に「オンネアンズ川」および「ポンオンネアンズ川」がある。 このため、"オンネアンジノ沢(線)"および"ポンオンネアンジ(線)"は、それぞれの合流点付近で幹線から分岐し、オンネアンズ川およびポンオンネアンズ川を遡っていた路線であると推定される。
- "小屋ノ沢(線)"は、旧版地形図にある"5."であると推定される。 なお、旧版地形図における"5."は約7kmであるため、末端にあたる約3.5kmが別の路線であった可能性もある。
- "ウコオビノ沢(線)" は、旧版地形図にある"3."であると推定される。 なお、旧版地形図における"3."の方が短いのは、末端の作業線が地形図に載らなかったため…である可能性が高い。
- 春日地区の南で仁居常呂川に合流する同川の支流に「100林班川」がある。 このため、"100林班支線"は合流点付近で仁居常呂線から分岐し、100林班川を遡っていたものと推定される。
- 仁居常呂線で勝山から11.2km進んだ地点を含む一帯が「105林班」である。 このため、"105林班支線"は同地で仁居常呂線から分岐し、仁居常呂川に合流している支流を遡っていたものと推定される。 ちなみに、候補となる支流は"岩松の沢川"である。
- 常元地区(注:勝山の西)で土居常呂川に合流する同川の支流に「鹿ノ子沢川」がある。 このため、"鹿ノ子沢(線)"は同地で土居常呂線から分岐し、鹿ノ子沢川を遡っていたと考えられる。 ただし、地形図で見る同川は急峻であり、これに沿って軌道を建設できたかどうか疑問は残る。
- 残る"48林班支線"、"55林班支線"、"70林班支線"、"96林班支線"、"98林班支線"および"常呂川本流線"については位置を推定できる資料がない。
一方、北海道の森林鉄道史に関する研究によれば、当路線の概要は以下のとおりであった。
- 大正10〜昭和36年に運行された、約7.85kmの幹線
- 大正11年に11.23kmが建設されて以来、延長を繰り返して昭和34年まで運行された仁居常呂線
- 大正11年に約11.88kmが建設されて以来、延長が繰り返された土居常呂線
- 大正12〜(不明)に運行された、8216mのオンネアンジの沢線
- 大正12年に約1.08kmが建設されて以来、延長を繰り返して昭和6年まで運行された96林班支線
- 昭和20〜(不明)に運行された、1600mの100林班支線
- 大正15〜(不明)に運行された、約1kmの鹿ノ子沢支線
- 大正15〜(不明)に運行された、約0.61kmの96林班第二支線(不詳)
- 昭和7〜(不明)に運行された、約1.98kmの常呂川本流作業線
- 昭和7〜(不明)に運行された、6129mのポンオンネアンジ支線
- 昭和7〜10年に運行された、約3kmのポチノ沢支線
- 昭和8〜(不明)に運行された、約2.33kmのタンネサツナイ支線(不詳)
- 昭和11〜(不明)に運行された、約2.13kmの98林班支線
- 昭和2〜29年に運行された、4278mの幌加常呂支線
- 昭和23〜32年に運行された、3900mのウコピノ沢支線
- 昭和25〜34年に運行された、8742mの55林班支線
- 昭和27〜(不明)に運行された、2600mの44林班支線
- 昭和28〜34年に運行された、2.88kmの105林班支線
なお、筆者は前記論文を閲覧&転記したのみであり、コピーを入手した訳ではない。
このため、筆者の理解が誤っている可能性もある。
上記を「全国森林鉄道」と比べると、以下の相違がある。
- 48林班支線、70林班支線、墓地の沢線、小屋の沢線およびウコオビノ沢支線がない
- 44林班支線、96林班第二支線、ボチノ沢線、タンネサツナイ支線およびウコビノ沢支線がある
- 常呂川本流線が1932年開通の作業軌道である(注:「全国森林鉄道」では1938年開通の1級線)
- 98林班支線の開通時期が異なる
- 55林班支線の開通/廃止時期が異なる
まず、ウコオビノ沢 vs ウコビノ沢については、開通/廃止時期およびキロ数が一致するため同一と考えられる。
48林班 vs 44林班については、開通時期およびキロ数が一致するため実際には同一であり、"48林班"が正解であると考えられる。
常呂川本流線については、当初は作業軌道として開通したものが1級線に格上げされた…と考えれば同一であると考えることができる。
墓地の沢線 vs ボチノ沢線については、開通/廃止時期およびキロ数が異なるため、別個の路線と考えることもできる。
ただし、名前が似すぎているため、筆者としては「いったん廃止されたものの復活」であると考えている。
98林班支線の開通時期については、大正⇒昭和の転記ミスと考えられる。
55林班支線の開通/廃止時期については不明である。
あと「70林班支線==タンネサツナイ支線」かつ「96林班第二支線==小屋の沢線」であると考えると残る問題は解消するものの、開通/廃止時期ならびにキロ数が合わないので前記の想定は無理である。
さらに北見営林局事業統計書には、以下の変遷が記録されている。
| 年度 | 経営区 | 現況 | 新設 | 改良 | 修繕 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | ||
| 昭和24 | 置戸 | 9 | 58629m | 1 | 3920m | - | - | 5 | 56000m |
| 昭和25 | 置戸 | 7 | 51272m | 2 | 6200m | - | - | ? | 58702m |
| 昭和26 | 置戸 | 7? | 57179m? | 2 | 6000m | 2 | 221m | ? | 5272m |
| 昭和27 | 置戸 | 6 | 60079m | 2 | 8362m | 1 | 4000m | 1 | 48917m |
| 昭和28 | 置戸 | 7 | 66km | 3 | 6.2km | - | - | 2 | 59.3km |
| 昭和29 | 置戸 | 8 | 71km | 3 | 4.1km | 1 | 7.9km | 4 | 58.4km |
| 昭和30 | 置戸 | 6 | 68km | 4 | 5.6km | 1 | 7.8km | 2 | 63,0km |
| 昭和31 | 置戸 | 6 | 68km | - | - | - | - | 6 | 67.9km |
| 昭和32 | 置戸 | 6 | 68km | - | - | - | - | 6 | 68.0km |
| 昭和33 | 置戸 | 4 | 61km | - | - | - | - | - | 67.9km |
| 昭和34 | 置戸 | 3 | 42km | - | - | 1 | 3.5km | - | 61.3km |
| 昭和35 | 置戸 | 1 | 31km | - | - | - | - | - | 41.9km |
| 昭和36 | 置戸 | 1 | 32km | 1 | 1.2km | - | - | ? | 30.5km |
| 昭和37 | 置戸 | 1 | 26km | - | - | - | - | ? | 25.6km |
なお、上記の表では廃止されたキロ数が載っておらず判りにくいので「現況==前年度の現況+新設+復活-廃止」と考えて、同時期の開通/廃止と合わせてまとめ直すと、以下のようになる。
| 年度 | 現況 | 新設 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | ||
| 昭和24 | 9 | 58629m | 1 | 3920m | ? |
| 昭和25 | 7 | 51272m | 2 | 6200m | 13557m廃止 |
| 昭和26 | 7? | 57179m? | 2 | 6000m | 93m廃止 |
| 昭和27 | 6 | 60079m | 2 | 8362m | 5462m廃止 |
| 昭和28 | 7 | 66km | 3 | 6.2km | 0.3km廃止 |
| 昭和29 | 8 | 71km | 3 | 4.1km | 0.9km復活 |
| 昭和30 | 6 | 68km | 4 | 5.6km | 8.6km廃止 |
| 昭和31 | 6 | 68km | - | - | - |
| 昭和32 | 6 | 68km | - | - | - |
| 昭和33 | 4 | 61km | - | - | 7km廃止 |
| 昭和34 | 3 | 42km | - | - | 19km廃止 |
| 昭和35 | 1 | 31km | - | - | 9km廃止 |
| 昭和36 | 1 | 32km | 1 | 1.2km | 0.2km廃止 |
| 昭和37 | 1 | 26km | - | - | 6km廃止 |