現在の網走郡津別町内にあった省線(後の国鉄)相生線・津別駅の近くの貯木場を起点とし、津別川の本流ならびに支流を遡っていた路線である。
沿革
全国森林鉄道の付表および
鉄道廃線跡を歩く(1)(p.162)によれば、以下のとおりである。
| 森林軌道(鉄道)名 | 級 | km | 開設 | 廃止 |
|---|---|---|---|---|
| 津別上里線 | (1) | 25.0 | 1927(S05)05 | 1962(S37)03 |
なお、路線長の25kmというのは統計資料や旧版地形図に載っている当路線のキロ数を大きく下回っている。
関連地形図・空中写真
この路線の載った1:50000地形図
| 図名 | 発行 | リスト番号 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 美幌 | 昭33 | 31-14-5 | |
| 上里 | 昭33 | 31-15-4 |
この路線の沿線を写した空中写真
幹線
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-24 | 昭和52年度 | NK-55-31-14 | 美幌 | C17-28 | 津別および周辺 |
| CHO-77-24 | 昭和52年度 | NK-55-31-14 | 美幌 | C18-30 | |
| CHO-77-24 | 昭和52年度 | NK-55-31-14 | 美幌 | C18-32 | |
| CHO-77-24 | 昭和52年度 | NK-55-31-14 | 美幌 | C19-35 | |
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C1-6 | |
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C2-7 | 上里および周辺 |
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C3-9 | |
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C3-11 | |
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C4-12 |
センウンツベツ線/ルークシュベツ線
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C4-10 | |
| CHO-77-34 | 昭和52年度 | NK-55-31-15 | 上里 | C5-10 |
研究(笑)報告
この路線に関し、本項の執筆時点でWikipediaにエントリはない。
この路線は全国軽便鉄道に載っていない。
日本の森林鉄道(上)は、当路線について以下のように述べている(p.91)。
津別森林鉄道は北海道庁拓殖部林務課によって大正15(1926)年5月に着工、昭和2(1927)年に完成した、津別貯木場・津別国有林内間21.4kmと、その後延長した22.4km、合計43.8km…
一方、上記の旧版地形図には以下の"特殊軌道"が載っている。
- 津別市街を基点とし、津別川本流を遡る約24km
- 上里地区の中心部で"1."から分岐し、津別川の支流であるセンウンツベツ川を遡る約10km
- "2."の途中で分岐し、センウンツベツ川の支流であるルークシュベツ川を遡る約5km
旧版地形図に載っているルートを電子国土ポータル機能で表現したものがこちらである(注:JavaScriptが動作できる環境が必要です)。
北海道の森林鉄道史に関する研究によれば、当路線の概要は以下のとおりであった。
- 昭和2年に16.74kmが建設されて以来、延長を繰り返して昭和37年まで運行された幹線
- 昭和2年に4.83kmが建設され、廃止時期が不明な名称不明の支線
- 昭和11年に3.20kmが建設され、廃止時期が不明なルークシュベツ支線
なお、筆者は前記論文を閲覧&転記したのみであり、コピーを入手した訳ではない。
このため、筆者の理解が誤っている可能性もある。
"幹線"が"1."であることは(おそらく)議論の余地はない。
また、名称からいって"3."がルークシュベツ支線であることも(おそらく)議論の余地はない。
したがって、同論文における「名称不明の支線」は"2."であり、センウンツベツ支線であったと推定できる。
また、同論文にある昭和2年当時のキロ数は21.57(==16.74+4.83)kmであり、「日本の森林鉄道(上)」にある開業時のキロ数(21.4km)に略(ほぼ)一致する。
さらに北見営林局事業統計書には、当路線に対して以下の変遷が記録されている。
| 年度 | 経営区 | 現況 | 新設 | 改良 | 修繕 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | ||
| 昭和24 | 飜木禽 | 4 | 27668m | 1 | 1000m | - | - | 2 | 33530m |
| 昭和25 | 飜木禽 | 5 | 33279m | 2 | 4580m | - | - | ? | 27788m |
| 昭和26 | 飜木禽 | 5? | 34689m? | 1 | 1470m | - | - | ? | 32360m |
| 昭和27 | 飜木禽 | 2 | 35203m | 1 | 2840m | - | - | 1 | 32689m |
| 昭和28 | 飜木禽 | 4 | 42km | 2 | 6.9km | - | - | 2 | 35.1km |
| 昭和29 | ポンキキン | 4 | 42km | - | - | - | - | 4 | 42.1km |
| 昭和30 | ポンキキン | 4 | 42km | - | - | - | - | 1 | 42.1km |
| 昭和31 | ポンキキン | 4 | 42km | - | - | - | - | 4 | 42.1km |
| 昭和32 | ポンキキン | 4 | 42km | - | - | - | - | 4 | 42.1km |
| 昭和33 | ポンキキン | 4 | 42km | - | - | - | - | - | 42.2km |
| 昭和34 | 津別 | 4 | 35km | - | - | 1 | 12.7km | - | 45.6km |
| 昭和35 | 津別 | 4 | 35km | - | - | - | - | - | 34.8km |
| 昭和36 | 津別 | 4 | 35km | - | - | - | - | ? | 34.6km |
| 昭和37 | 津別 | 3 | 30km | - | - | - | - | ? | 30.7km |
1946年の津別町の成立まで、現在の津別地区は飜木禽(ポンキキン)村の一部であったことから飜木禽、ポンキキンおよび津別という3つの経営区は(基本的に)同一であったと考えられる。
なお、上記の表では廃止されたキロ数が載っておらず判りにくいので「現況==前年度の現況+新設+復活-廃止」と考えて、同時期の開通/廃止と合わせてまとめ直すと、以下のようになる。
| 年度 | 現況 | 新設 | 増減 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 個所 | 延長 | 個所 | 延長 | ||
| 昭和24 | 4 | 27668m | 1 | 1000m | ? |
| 昭和25 | 5 | 33279m | 2 | 4580m | 1031m復活 |
| 昭和26 | 5? | 34689m? | 1 | 1470m | 60m廃止? |
| 昭和27 | 2 | 35203m | 1 | 2840m | 2326m廃止 |
| 昭和28 | 4 | 42km | 2 | 6.9km | 0.1km廃止? |
| 昭和29 | 4 | 42km | - | - | - |
| 昭和30 | 4 | 42km | - | - | - |
| 昭和31 | 4 | 42km | - | - | - |
| 昭和32 | 4 | 42km | - | - | - |
| 昭和33 | 4 | 42km | - | - | - |
| 昭和34 | 4 | 35km | - | - | 7km廃止 |
| 昭和35 | 4 | 35km | - | - | - |
| 昭和36 | 4 | 35km | - | - | - |
| 昭和37 | 3 | 30km | - | - | 5km廃止 |