現在の上川郡新得町内にあった北海道拓殖鉄道・屈足駅の近くの貯木場を起点とし、十勝川を遡っていた路線である。
沿革
日本の森林鉄道(上)および
全国森林鉄道の付表(等)によれば、以下のようになる。
| 距離 | 屈足−岩松 約10km 屈足−二股 約41.4km |
| 開始 | 昭和4(1929)年頃(岩松まで) 昭和25(1950)年(二股まで) |
| 廃止 | 昭和40年(1965)3月31日 |
上記の二股とは十勝川本流と同川の支流であるトムラウシ川との合流点付近を示す旧名である。
また、当路線には後述するとおり多くの支線があった。
関連地形図・空中写真
この路線の載った1:50000地形図
| 図名 | 発行 | リスト番号 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 新得 | 昭44 | 40-2-7 | |
| 佐幌岳 | 昭33 | 40-1-4 | |
| 十勝川上流 | 昭33 | 39-4-3 |
この路線の沿線を写した空中写真
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-40 | 昭和52年度 | NK-54-8-2 | 新得 | C6A-13 | 屈足および周辺 |
| CHO-77-40 | 昭和52年度 | NK-54-8-2 | 新得 | C5A-13 | |
| CHO-77-40 | 昭和52年度 | NK-54-8-2 | 新得 | C4-14 | |
| CHO-77-40 | 昭和52年度 | NK-54-8-2 | 新得 | C3-13 | |
| CHO-77-40 | 昭和52年度 | NK-54-8-2 | 新得 | C2-17 | |
| CHO-77-40 | 昭和52年度 | NK-54-8-2 | 新得 | C1-15 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C9-15 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C8-15 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C7-16 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C6A-15 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C5A-15 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C4-14 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C3-14 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C10-4 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C2-15 | |
| CHO-77-39 | 昭和52年度 | NK-54-8-1 | 佐幌岳 | C1-15 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C12B-11 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C11-21 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C11-19 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C10B-4 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C9B-16 | 二股および周辺 |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C9B-14 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C9B-12 |
チカベツ線
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C11-21 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C12B-8 |
トムラウシ線
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C9B-16 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C9B-18 |
トノカリウシュベツ線
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C9B-14 | |
| CHO-77-31 | 昭和52年度 | NK-54-7-4 | 十勝川上流 | C8B-11 |
研究(笑)報告
この路線に関し、本項の執筆時点でWikipediaにエントリはない。
この路線は全国軽便鉄道に載っていない。
「日本の森林鉄道(上)」は、当路線について以下のように述べている(p.128)。
十勝上川森林鉄道は王子製紙K.K.によって昭和4(1929)年頃から運転されていた,屈足駅構内・巌松間約10kmの軌道を昭和25(1955)年に農林省が譲り受け、これをもとにして帯広営林局によって、同年9月に同区間の改修と共に延長工事がなされ、昭和26(1951)年3月に完成した、屈足貯木場・上川国有林内間41.4kmと支線25.7mm…
上記の"巌松"とは岩松の旧字である。
現在の岩松地区は広大であるが、屈足から10kmという点から考えれば当初の終点は現在の岩松発電所よりも南であったと推定できる。
細かいことだが「25.7mm」は「25.7km」の誤記であろう。
上記の旧版地形図には、以下の"特殊軌道"が載っている。
- 屈足市街を基点とし、十勝川本流を遡って同川の支流であるトムラウシ川との合流点付近(注:二股地区)に達する約40km
- ペンケベツ地区で"1."から分岐し、十勝川の支流であるチカベツ川を遡る約4km
- "2."が十勝川本流の右岸に渡った地点で分岐し、本流の右岸を北上する約1.7km
- 二股地区からトムラウシ川を遡り、続いてトムラウシ川の支流であるクマ沢川を遡る約4km
- 二股地区から十勝川本流を遡る約7km
- "5."が十勝川本流の右岸に渡った地点で分岐し、本流の右岸を南下する約0.7km
- "6."が分岐した西で"5."から分岐し、同様に本流の右岸を南下する約1km
- 現在の殿狩橋付近で"5."から分岐し、同川の支流であるトノカリウシュベツ川を遡る約3.5km
旧版地形図に載っているルートを電子国土ポータル機能で表現したものがこちらである(注:JavaScriptが動作できる環境が必要です)。
一方、「全国森林鉄道」の付表および鉄道廃線跡を歩く(1)(p.162)には、当路線に関する以下のデータが載っている。
| 級 | キロ数 | 開通 | 廃止 | |
|---|---|---|---|---|
| 十勝上川(幹線) | (1) | 41.4 | 1950(S25) | 1965(S40)0331 |
| 〃 十勝支線 | (1) | 11.0 | 1952(S27) | 1965(S40)0331 |
| 〃 近別支線 | (1) | 5.6 | 1951(S26) | 1965(S40)0331 |
| 〃 トムラウシ支線 | (1) | 2.4 | 1953(S28) | 1965(S40)0331 |
| 〃 トノカリウシュベツ分線 | (1) | 4.1 | 1954(S29) | 1965(S40)0331 |
| 〃 への沢分線 | (1) | 2.6 | 1953(S28) | 1965(S40)0331 |
| 〃 ホロカトカチ分線 | (1) | 2.8 | 1958(S33) | 1965(S40)0331 |
「十勝上川(幹線)」が上記の"1."であったことは(おそらく)疑問の余地はない。
「十勝支線」については現在の地名との対比で推定することは出来ないが、後述する点から消去法で上記の"5."であると推定できる。
また、上記の"6."および"7."も十勝支線の一部であった可能性もある。
「近別支線」は地名との対比で上記の"2."であったと推定される。
また、上記の"3."も近別支線の一部であった可能性もある。
「トムラウシ支線」は地名との対比で上記の"2."であったと推定される。
ただし、旧版地形図に載っている特殊軌道はトムラウシ川(約2km)⇒クマ沢川(約2km)と続いているため、厳密な意味でのトムラウシ支線とはトムラウシ川を遡っていた区間だけであった可能性もある。
「トノカリウシュベツ分線」は地名との対比で上記の"8."であったと推定される。
「への沢分線」については不明である。
ただし、消去法で考えると上記の"4."の内、クマ沢川を遡る区間であった可能性が高い。
「ホロカトカチ分線」は、地名との対比では十勝川の支流であるホロカ十勝川を溯っていた路線であったと推定できる。
ただし、図上の終点からホロカ十勝川と(十勝川本流との)の合流点まで約2km離れているため、上記の"6."および"7."が十勝支線の一部であり、かつ十勝支線の終端がホロカ十勝川の合流点に達していた場合には、十勝支線には作業線が殆ど無かったことになる。
一方、北海道の森林鉄道史に関する研究には以下のデータが載っている(順不同)。
- 昭和25年に48238mが建設されて、昭和41年まで運行された幹線
- 昭和28〜40年に運行された5620mのチカベツ線
- 昭和29〜35年に運行された2363mのトムラウシ線
- 昭和29年に1000mが建設され、昭和36年まで運行されたトノカリウシュベツ分線
- 昭和33年に2848mが建設され、昭和40年まで運行されたホロカトカチ分線
- 昭和29〜35年に運行された2619mの一の沢分線
- 昭和28年に4031mが建設され、昭和40年まで運行されたシートカチ線
- 昭和36年に1059mが建設され、昭和40年まで運行されたシートカチ第一分線
なお、筆者は同論文を閲覧&メモしたのみであり、コピーを入手した訳ではない。
このため筆者の理解が誤っている可能性がある。
"1."については「全国森林鉄道」に載っている"十勝上川(幹線)"であると推定できる。
ただし、屈足から約48kmでは終点が前記の二股ではなく、旧版地形図における終点と(ほぼ)等しくなる。
"2."〜"5."については「全国森林鉄道」に載っている路線と同じものであると推定できる。
開通時期/廃止時期の違いについては未解明である。
"6."については「全国森林鉄道」に乗っている"への沢分線"と同一である可能性が高い。
"7."については、"シー"をアイヌ語地名において『本物の』を表す接頭語"シイ"であると考えれば、十勝川の本流を辿っていた路線であると推定できる。
ここで、屈足から約48kmの幹線に続いて約4kmのシートカチ線が存在したとすると、シートカチ線の終点は十勝川の支流であるユウ十勝川(と十勝川本流との)合流点に達することになり、前述のホロカ十勝線に関する疑問も解消する。
注:
この場合、「全国森林鉄道」および「鉄道廃線跡を歩く(1)」に載っている"十勝支線"(11.0km)は、二股から旧版地形図における終点までの約7kmが幹線、図上の終点から上流側がシートカチ線ということになる。
"8."についてはユウ十勝川(と十勝川本流との)合流点から更に十勝川本流を遡っていた路線であると推定できるものの、現時点では確証はない。