現在の芦別市内にある省線(後の国鉄⇒JR北海道)根室本線・上芦別駅の近くの貯木場を起点とし、芦別川を遡っていた路線である。
沿革
全国森林鉄道によれば、当路線は
| 距離 | 芦別−奥芦別事業区 31.2km |
| 開始 | 昭和9年(1934) |
| 廃止 | 昭和39年(1964) |
であった。
なお、Wikipediaでは廃止を1961年としている。
関連地形図・空中写真
この路線の載った1:50000地形図
| 図名 | 発行 | リスト番号 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 上芦別 | 昭36 | 39-16-4 | |
| 幾春別岳 | 昭37 | 40-13-4 |
この路線の沿線を写した空中写真
| 整理番号 | 撮影 | 地形図番号 | 地形図名 | 写真番号 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C11-17 | 上芦別および周辺 |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C12-15 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C13-16 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C14-16 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C15-16 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C16-18 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C17-19 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C18-18 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C19A-17 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C20-16 | |
| CHO-77-28 | 昭和52年度 | NK-54-7-16 | 上芦別 | C21-15 | |
| CHO-77-37 | 昭和52年度 | NK-54-8-13 | 幾春別岳 | C1-12 | |
| CHO-77-37 | 昭和52年度 | NK-54-8-13 | 幾春別岳 | C2-9 | |
| CHO-77-37 | 昭和52年度 | NK-54-8-13 | 幾春別岳 | C3A-10 |
研究(笑)報告
Wikipediaに芦別森林鉄道が載っている。
この路線は全国軽便鉄道に載っていない。
全国森林鉄道の付表には、以下が載っている。
| 級 | キロ数 | 開通 | 廃止 | |
|---|---|---|---|---|
| 芦別 | 1 | 31.2 | 1934(S09) | 1964(S39) |
| 芦別惣顔真布支線 | 1 | 4.2 | 1958(S33) | 1966(S41) |
| 咲別 | 8 | 1938(S13) | 1958(S33) | |
| 八月沢 | 8.4 | 1944(S19) | 1954(S29) | |
| 幌子 | 10 | 1937(S12) | 1959(S34) |
Wikipediaおよび北海道の森林鉄道史に関する研究には、上記に加えて「芦別本谷支線」および「小滝の沢線」が載っている。
本線区間の廃止が1964年(注:1961年?)であるのに対し、芦別惣顔真布支線の廃止が1966年である点に些かの疑問はあるものの、詳細については不明である。
注:
幹線が廃止された後に支線だけが数年にわたって存続した例もあるものの、それらは(筆者の知る限り)残存区間の基点に(小規模ながら)貯木場や整備拠点があった。
これに対して惣顔真布支線の起点は狭隘な谷底であり、貯木場や整備拠点があったとは考えにくい。
上記の地形図には根室本線・上芦別駅近くを起点とし、芦別川を遡る約30kmの路線が載っており、芦別(本)線に相当すると考えられる。
旧版地勢図に載っているルートを電子国土ポータル機能で表現したものがこちらである(注:JavaScriptが動作できる環境が必要です)。
日本の森林鉄道(上)(p.103)は、当路線について以下のように述べている。
芦別森林鉄道は帝室林野局札幌支局によって、昭和6(1931)年に着工、昭和9(1934)年に完成した、上芦別貯木場・奥芦別二股間31.2km…
鉄道廃線跡を歩く(1)(p.162)には、以下が載っている。
| 森林軌道(鉄道)名 | 級 | km | 開設 | 廃止 |
|---|---|---|---|---|
| 芦別線 | (1) | 31.4 | 1932(S07) | 1961(S36)0620 |
| 芦別怱頼真布支線 | (1) | 4.2 | 1957(S32) | 1961(S36)0620 |
「怱頼真布」は惣顔真布の誤記であろう。
開通時期および廃止時期の違いについては未解明である。
「北海道の森林鉄道史に関する研究」には、以下が載っている(順不同)。
- 昭和9〜37年に運行された、32.22kmの本線
- 昭和34〜36年に運行された、4229mの惣顔真布線
- 昭和14〜33年に運行された、8016mの咲別線(注:他に405mの「側線」について記載されているが、詳細は不明)
- 昭和19〜29年に運行された、8367mの八月沢線
- 昭和12〜34年に運行された、9951mの幌子線
- 昭和19〜35年に運行された、10028mの芦別本谷線(注:本線の終点から先)
- 昭和29〜33年に運行された、240m?の小滝の沢線
- 昭和14年頃〜(不祥)に運行された、約6kmの作業軌道・惣芦別線
- 昭和12年頃〜(不祥)に運行された、キロ数不明の作業軌道・喜文芦別線
ただし筆者は同論文を閲覧&メモしたのみであり、コピーを入手した訳ではない。
このため、筆者の認識が誤っている可能性もある。
"1."〜"5."については、「全国森林鉄道」にある芦別線、芦別惣顔真布支線、咲別線、八月沢線および幌子線と同一であると考えられる。
キロ数や開通/廃止時期の違いについては未解明である。
"6."については、図上の終点から引き続き芦別川本流を遡っていた路線であると推定できる。
"7."については、Wikipediaに咲別支線の支線である旨の記載がある。
"8."については不明である。
三笠市方面に通じる国道452号線は、芦別川の支流であるキムン芦別川を遡っている。
このため、"9."は同川を遡っていた路線であると推定できる。