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12月12日
ここ2〜3日朝起きると零下2・3℃の世界です。
暖冬の方が過ごしやすいですが、このキリッとした寒さを体感すると暮れも間近に思われるは不思議です。
年の瀬を前に幼い子供の痛ましい事件が多すぎるのに心痛みます。

11月30日
気温の高低さがあってか風邪が蔓延していてます。
昨日の小田原の老欅荘でのお茶会もぞくぞくしていた私は、やはり風邪の友人と早々に失礼し、思い切って早く寝ました。
今日のお約束は全てキャンセルし大人しく家に。

11月23日
先週丹沢の秘境と言われているユウーシン渓谷で夫は沢蟹を獲ってきました。
幼少の頃川で石を動かすと必ず見かけた沢蟹ですが最近減っているそうです。
なかなか家で飼育するのは難しいようですが、マメな夫は石、植木鉢のかけら、
落ち葉、竹炭等、色々工夫して沢蟹を
毎日観察。
それぞれ自分の住処の縄張りを決めたのか他の蟹が入ってこようとすると追い出すようです。

11月19日
孫娘の七五三とあって久しぶりに明治神宮に。
夫を見つけた孫娘は、それまでご機嫌斜めだったのが急に元気になり
ました。
当日は秋晴れの中12組の結婚式と七五三詣での大勢の子供たちで賑います。
ご祈祷の後はヴァンサンでのお祝いの美味しいお食事に舌鼓を打ち、
お宮参りの頃を思い出しながら楽しいひと時を過ごしました。

11月18日
先日信号を渡り切った所で赤になったと思っていると、後ろから
「おばさん!赤だよ!」という声に振り返ると私しかおらず「おばあさんと
呼ばれないでよかった」と変に安堵したことがありましたが、今日は若者の入るブティックに入ると「お姉さん!お気に入りのがあったら手に取って
下さい」と言われ、振り返るのが悪いかしらと一寸考えてしまいました。

11月15日
紀宮様のご成婚とあって朝からニュースはそのことでもちきりです。
45年ぶりに内親王が平民となられるので一挙一動がアナウンスされます。
お人柄が偲ばれる、装いとお式に心温まる想いがし、感動しました。

11月8日
食後食器をシンクに置いたまま2階で用事を済ませて戻ってくると、とてもきれいになっていたので、夫にお礼を言うと、「台所に天使がいたみたい」と夫の返事。
こんな天使だったらいつも台所にいて欲しい!!

11月7日
立冬というのに、気温は24℃と夏日となり、行きかう人々の服装は千差万別です。
暖かいのは私にとってうれしいことですが地球温暖化が進んでいるからでしょうか?喜んでばかりいられない深刻な問題ですが、一人一人の環境に対する意識がないと解決しないでしょう。

11月2日
最近ゴルフに行く回数が減っていた夫はアメリカ時代に出した75のスコアーは遠い昔の幻のようになり、初心者に戻った変わりようでしたが、今日は久々回復の兆しが見えた(?)ようです。
今年は鳥インフルエンザが又流行るというニュースを聞き、私は健康診断の結果を聞いたついでにインフルエンザのにワクチンをしてもらいました。
一応検査の結果悪いところは無しということですので、又一年健康に留意して楽しく生活をと思っています。

10月27日
第2次大戦末期に、米英軍のドレスデン大空襲によって破壊された聖母教会はこの程10万個以上の破片を集め、可能な限り元に戻す「世界最大のパズル」と呼ばれた難工事が10年の年月を経て再建されました。
184億円の総工費の7割以上が世界各国からの募金でまかなわれ、空爆に参加した英兵士の息子らが作った黄金の十字架がドームの上に取り付けられたと書かれていたのが印象的です。
ドリスデンの町はマイセンを始めとする有名な陶磁器の街でもあり、一度は訪ねて見たい街でしたが、是非この教会も見たいものです。

10月23日
武豊氏が騎乗するディープインパクトが
三冠馬の快挙を成し遂げました。天才と言われるジョッキーも流石プレッシャーがあったと聞きます。
私はと言うと一泊で山登りの夫の留守中に友人から借りていた烏賊の飾り物を
見本に小物作りにのんびりとした一日。
帰宅した夫は完成品を見て一言「作者に似て目が小さくない?」

10月17日
孫娘の七五三の写真撮影の日です。
二人の息子の七五三は香港にいた為、偶々出張者がお土産に持って
きてくださった千歳飴を持たせて家の中で写真を撮ったのが遠い思い出
です。
可愛い着物を着た孫娘の撮影姿を見せてあげようとの義娘の優しい心遣いは秋時雨も気になりません。
この日の為に長く伸ばしていた髪で日本髪に結われ、薄っすらお化粧して着物姿に。可愛い姿にうっとりです。

10月1日
上海にいる次男夫婦がオーストラリアに行く途中一泊我が家に立ち寄り、長男家族と3家族が集まりました。
義娘が私達のスクエアーダンスクラブ衣装の写真をイメージして編みぐるみのクマさんとウサギさんをお土産に作ってくれました。
なんとスィートなんでしょう。

9月16日
光電話の工事とパソコンの設定に来た方との話にも振り絞るように話さないと声がでません。
それにしても光電話になってもウィルスソフトを入れていると立ち上がりはチェックするのに時間がかかり、電源を入れたらすぐに使えると言うのではないそうです。

9月13日
私が選挙に出たわけでもなく鶯嬢をしたわけでもないのに突然朝から声が出ません。選挙結果を遅くまで見ていて転寝をしたのがいけなかったのでしょうか?

9月9日
夫と期日前不在投票に。
今回はテレビ等々で選挙のことが四六時中取り上げられ、投票率がかなり上がるのではと言われている通り、今朝も人が引切り無しに投票所に詰めかけ、関心の高さに流石と思いました。
それにつけても沖縄のある島では台風15号の影響で投票日を延期すると言う事ですが、結果が分かった後に投票しても意味が無いのに、如何して期日前にしないのでしょう。不思議です。

9月8日
デパートの帰り道重い荷物を持って駐車場に行く途中「こんにちわ」と声を掛けてくださった方を見るとパソコン教室のI先生。
HPを作りたくて習い始めたパソコンですが先生はママになられても少しも変らず、若さと元気一杯です。「HP時々見ているよ。わからない事があったらいつでも質問してね!」と卒業生(??)に嬉しいお言葉です。
またまたお世話になりますね。

9月7日
ハリケーンカトリーナの目を覆いたくなるような被害に加え、日本でも台風14号があちこちで猛威を振るっていました。
今朝、画材にと思ってお花を切った時は大丈夫だった“アンデスの乙女”は暴風のせいでお昼には脆くも真っ二つに折れてしまいました。
あんなに大きく(2.5mぐらい)愛らしく咲き誇っていた“アンデスの乙女”
主はもとより道すがら通る人の目を楽しませてくれていたのに残念です。
来年下の方から芽が出るといいのに。

8月25日
台風の関東への上陸が夜と言うのを確認して、友人と久々の歌舞伎。
「祇園祭礼信仰記」では福助の雪姫の美しさと親の仇を討とうとする演技が光っていました。
又「橋弁慶」では京の五条の橋を舞台に獅童の弁慶・七之助の義経夫々が適役です。
最後の「雨乞い狐」での勘太郎の五役の変わり身の速さどれもが楽しめる出し物でした。

8月19日
JTBが発表した宇宙旅行に宇宙船に乗って100kmの宇宙空間を弾道
飛行し5分ほど無重力体験するのが1100万円。
先ほどの野口宇宙飛行士と同じく宇宙ステーションに1週間滞在して戻るのが22億円。
ロシアのソユーズに乗って月の裏側まで見るのが110億円。
天文学数字とは上手くいったものでお値段もまさしく天文学数字ですが
希望者もいるとか。
そういえば私も昔は月に行って見たいと言った事がありましたっけ。
月に土地も持っていますし。

8月9日
7月26日に打ち上げられたスペースシャトル「ディスカバリー」は15日間の宇宙滞在し、地上350kmで宇宙ステーションにドッキングし物資補給・
船外活動で補修等して日本時間午後9時11分に無事帰還しました。
先日小泉首相との談話で野口聡一さんが船外活動での印象を「自分が星になった感覚」と話されていたのが印象的でした。

7月21日
先日はがき絵の先生が連れて行って下さった青葉台のレストラン、
ハーベストが気に入り、テニス仲間を誘いました。
東北出身のお料理研究家故阿部なおさんのお孫さんがされている
レストランです。
お野菜をふんだんに使ったお料理が50種類近くありバイキング形式で頂けます。

7月18日
SQダンスパーティーに。初めは上がってしまったのかコーラーの言葉が聞き取れず、チップを崩してしまいます。夫の方がはるかにきちっと踊れています。
外は梅雨明けして一気に温度が上昇。会場は冷房しているにも関わらず凄い熱気。何回か踊るうちにようやく慣れてきて楽しくなりました。

7月15日
フェルメールの絵が好きなのを知って、義娘からドリスデン展にお誘いの声がかかりました。久し振りの上野です。
2歳半の孫娘には少々退屈ではないかと心配したのは嘘のようで、作品にそれなりに反応を示します。それどころかチケットに描かれていた
フェルメールの絵を見つけたら教えてねと義娘が言っていたのを覚えていて、私達より先に「あった!」と教えてくれたのには驚きです。
その後の上野動物園は長男が1才の時に行った以来で大きく様変わりしていました。

7月12日
茶道を習っていると季節季節の設えに始まり、新しいこと・言葉の出会いにこの齢になって初めて知る事が多いです。
お茶杓の御名に「薫衣香」(くのえこう又はくぬえこう又はくえんこう)と先週名付けられたTさん今週は「袴能」と御名。
大辞泉では「薫衣香」とは衣服にたきしめる為の薫物(たきもの)沈香・白檀・丁字香・麝香などを練り合わせた物と記されています。
「松風にさめて行くなり薫衣香 − −紅緑」
又「袴能」とは盛夏の頃装束・面をつけず、紋服と袴で行う能。
昔の人は夏の暑さを風流に心豊かに過ごした様に思われてなりません。

7月11日
ガソリンの価格が上がっている昨今、日本は中東からの輸入に100%近く依存しています。
その中東も石油推察埋蔵残高が1億バレルと聞きます。
年間250〜300万バレル世界各国が使っていると36年間で枯渇してしまうそうです。
私達の生活で石油と切っても切り離せない状態になっていますが、消費天国の生活から地球規模で資源の大切さを一人一人が自覚する時代になってきているのではないでしょうか。

7月5日
若貴問題でマスコミをにぎわしている中ビル・ゲイツが小泉首相を表敬訪問した際、7兆円の資産がある氏に首相は、「そんなにあると使い道に困るでしょう」と質問。「いいえ、医療研究に寄付するのでいくらあっても困る事は無い』ときっぱり。「又私は子孫に残す気はありません」といった言葉が余りにも今の若貴問題と対照的で梅雨時の清涼剤のように聞こえました。

7月3日
動物園と水族館にはまっている長男が希望しズーラシアに。
長男を除く私達4人は既に昨年秋には体験済み。
樹木が上手く配置され、自然の中に動物達がゾーンごとに置かれていて、昔の動物園のイメージと異なり、昨年行った時には子供でなくとも感激したものでした。
今回は長男が興奮気味に感動し、他の動物園と比較して熱く語ります。
孫娘は前回にも増して元気に走って行き、いろいろな事に興味を覚えています。旭山動物園が今大人気ですが、動物園のあり方が大きく変わっていく時なのでしょうか?

6月27日
あれ程の韓流ブームも靖国神社参拝をめぐって抗日運動などの為か少し下火となったと新聞で報じられています。
友人がこれを読めば今の日本と韓国の問題が分かるわよと司馬遼太郎の「韓(から)の国」という本を貸してくださっていたのをやっと読み終えました。
何よりびっくりしたのが、司馬遼太郎が韓国に取材旅行した際、同行したカメラマンは私が小原流家元会館で勤務していた時家元の作品等を撮っていた井上博道氏であり、時期的にもその頃とあって、久々に昔の事が懐かしくなりました。

6月21日
いつものお茶のお稽古に代わって小田原にある松永記念館の老欅荘にてお茶事が有りました。
電力王と呼ばれた松永安佐ヱ門の晩年に移り住んだ所です。        
近くには山形有朋の別荘であった古稀庵の門が長い歴史の変遷を見守ってきたかの様です。

6月16日
久し振りの友人たちとの再会に新宿河田町に昭和初期スペイン様式で建てられた小笠原長幹伯爵邸食事をする事に。レストランでのランチは少しヘビーだと言った友人の言葉に従いカフェで軽く食事。パエリエの美味しさはスペインで頂いた時より美味しいと友人と私。デザートは全員ガトーバスク。静かな佇まいの中で外は雨と言うのに楽しい会話が延々と続きます。ハウスツアー希望の人はレストランでのランチの後にあります。
http://www.ogasawaratei.com/html/index.html

5月31日
日本人の習慣で道で知人とすれ違った時、「今日はお暑いですね、、、」という風にお天気の話題が挨拶代わりになりますが今日中国文化の時間で黄先生に尋ねると「中国人は『もう食事しましたか』のように食事のことが挨拶代わりです」と言われ、さすが食文化の中国だと思いました。

5月28日
縄文杉が何者かによって20日とがった金属製のもので暑さ6mmの樹皮を剥ぎ、12箇所ついたり、叩いたりして傷ができている事が発見された
ニュースが出ていました。世界自然遺産に登録されている6〜7000年前の
大切な木をどうしてそんなことをするのでしょう。その愚かな行為が理解
できません。
大自然に延々と立ち尽くし、時代を超えて生命の育みを見守り続けている縄文杉を見たとき、畏敬の念と人間の小ささを感じました。どうか樹木医の方々の処置によって、木が腐らず、後世の人々に伝えていく事が出来ますようにと祈らざるを得ません。

5月17日
今朝からテレビの何処でも年収100億円のサラリーマンの話で持ちっきりです。
0が10個並ぶのが100億、だとか、25mプールに並べたら、何面分だとか、飢えに苦しむ人たち29万人の食料が1年分、秒給に直せば、1800余円だとか、、、
税金の運用をこの人に任すのが良いと言ったコメントが一番今の日本に必要で適切な言葉に聞こえました。

5月13日
昨日50本限定発売されたS社の100万円のウィスキーが1日で完売されたそうです。宇宙旅行が2100万円という記事もあり、最近は高級物が良く売れる傾向にあると聞きますので、宇宙旅行も完売かもしれません。

5月8日
旭川では17年ぶりに5月に積雪がありました。寒気を伴った低気圧の影響で観測史上4番目に遅いとか。
かと思うと5日にクコ鯨が袖ヶ浦に現れるという珍しいニュースに何年か前のタマちゃん現象が起こっています。これは地球温暖化のせいではないかとコメンテイターの説。今日は袖ヶ浦に1000人の人がクコ鯨見物です。

4月28日
4月にして早や夏日。27〜8℃の気温上昇で半袖姿が多くなりました。
福知山線の脱線事故の被害者数が一日一日と多くなっていくのは何とも心痛みます。ご冥福を祈るばかりです。

4月24日
2月ごろ予約したテニス合宿(?)に計11名が参加。
甲斐駒ヶ岳・八ヶ岳をバックにクレイコート3面・オムニコート3面あり、
ペンションはコートの前とあって6時半に出発した私達は9時から
もうテニス開始です。空は抜けるような青さ、景色は抜群、季節は2月の
寒い時には想像し得なかった若葉の新緑が目に眩いばかりです。
気の置けない仲間達の楽しい声と時には失敗した時の悲鳴がこだまします。

4月20日
システィナ大聖堂の煙突から白い煙が立上りました。コンクラーベで新しいローマ法王の誕生です。ドイツ人のヨゼフ・ラッティンガー枢機卿はベネデイクト16世となられます。

4月17日
余りにもお天気が良いので夫と弘法山に登りました。適度に坂有り平らな道有りと家族連れなどに丁度良いコース。1週間前は桜が満開でさぞかしにぎわっていた事でしょう。14000歩。

4月14日
千尋の滝、イタリアの宣教師シドッチが上陸した場所、平内海中温泉、石楠花の森公園、大川の滝等々屋久島を一周して楽しい思い出作りが一杯出来ました。2年後の同窓会はドイツ行きが決まりました。

4月13日
4時半起床5時ホテルを車で出発。6時には荒川登山口で軽くストレッチした後、縄文杉を目指し歩き始めます。ガイドなしでしたが運良くホテルに他のお客様を迎えに来ていたガイドさんが10名の私達グループの面倒を見てくださいました。小杉谷辺りから雨が降り出し、「屋久島ではこれは雨のうちに入りません。」と言われていた小糠雨も先に進むに従って雨足が強くなりましたが、5時間後縄文杉に着いた時には皆感動の渦。ウィルソン杉あたり先に行くのを躊躇っていた人も感激です。下りてくる頃には薄日が差し始めました。登らずに屋久杉ランドに行ったメンバーは20km10時間の登山を終えて私達がホテルに着くとまるでヒマラヤから帰ってきたチームを励ますかのように共に喜んでくださり、暖かく迎えてくださり、又感激です。39800歩です。

4月12日
白谷雲水峡・屋久島環境文化村センター・ガジュマル公園・一湊海岸へ観光

4月11日
屋久島に一路。羽田11時5分出発鹿児島経由屋久島に。
滑走路が短く海側からの着陸には羽が海に付くのではないかと思うぐらい傾きスリル満点。空港に降りるとIターンされているK様が出迎えてくださり、のどかな風景にホットします。7時から計17名が35年前の万博時代に戻り、和やかに。

4月9日
午前中夫と恩田川に桜散策。
絶好の行楽日和で沢山の人が散歩しています。
皇居はありませんが千鳥が淵になかなか負けていません。

4月6日
桜の2〜3分咲きから一気に満開となりました。アメリカの桜がいつもこんな風に咲いていたのがアメリカらしいと思っていましたが今年の桜は
アメリカ並です。
NJの我が家の玄関先にあった大きな桜も咲いているのでしょう。

4月4日
ローマ法王御逝去のニュースが朝から流れました。ポーランド出身の法皇として在位26年の間に世界100カ国余りを訪れ、世界平和に尽くされた事は言い尽くせません。長かった米ソの冷戦に終止符が打たれたのも陰の立役者と言われています。
13年前のクリスマスイヴにヴァチカンのサンピエトロ寺院の広場に着いた時、丁度パパ様がバルコニーからメッセージを読まれていた時で遠くから拝見し感動したのが昨日の事のように蘇ります。

4月3日
米国フロリダ州で植物状態にあるシャイボさんの延命措置で長く争われていましたが栄養チューブが絶たれ2週間後に亡くなったニュースは色々な人に生命について考える時だったと思います。是非を決めるのは難しい判断だと思いますが、私個人としては常々夫とともに尊厳死を望んでいます。アメリカで10年前に大手術をした時も手術前に看護婦さんから尊厳死のことについて尋ねられ、私は尊厳死を願いました。 

4月1日
ようやく東京の桜の開花宣言がされました。早かった昨年に比べ13日遅いようです。何時までも薄ら寒い日々が続いたからでしょう。
東京は靖国神社の標本木に5輪以上花が開かないと開花宣言にならないとの事。
昨年は桜の散った後に桜祭りをやっていた自治体が多かったのに対し、今年蕾の中での桜祭りとなりそうです。

3月31日
屋久島行きのエアーチケットが届きました。2年前の同窓会で決まった時は先の話のように思っていましたが出発まで10日です。
1日10000〜15000歩は歩いていますが、10時間22kmの縄文杉までの
往復体力・脚力は付いていけるでしょうか?
今日もかしの木山を10周して帰宅すると約13000歩です。結構上り坂がきつく早足で歩くと最初は息が上がりますが3周目辺りから落ち着き、又9週目ぐらいがペースが落ちてきます。速乾性の下着や靴下・ウエアー・等々準備OKです。

3月27日
春分の後に来る満月の後の日曜日がイースターとされていますが、やや早めのイースターで日差しとは裏腹に春嵐の寒い一日となりました。
東京では桜の開花予想が今日されていましたが、気温が思いのほか上がらずに延期。

3月24日
名古屋では愛知万博の開会式が午後から行われました。
史上最多の外国館の参加です。今回はエコとハイテクが中心でしょうか。
思い起こせば35年前ヴァチカン市国と新旧キリスト教が一緒になって大阪万博に参加しました。
バチカンからの門外不出のラファエロのタペストリー、竹で出来たパイプオルガン等等が展示され、私はそこで半年間楽しい経験をしたのが思い出されます。
開会式にも参列し、ヴァチカン市国代表でラテン語で「こんにちわ」と言ったのですが、何と言ったのか思い出せないのが現実です。
来月にはその仲間達が屋久島に集合です。
スタッフのお一人が万博時代の色々な資料をご持参くださるそうで、思い出話に花が咲きそうです。

3月23日
一雨毎に木々の芽が膨らみ蕾が大きくなる様を見るのは楽しみです。
椿は雪の中に咲く印象が強く冬の花の木がしていましたが、字の通り春に咲くのですね。
お茶を習い始めてから椿が大好きになりました。
椿が咲いていると振り返って見たくなります。趣向とは変る物です。
昨年買った金華茶という種類の黄色の椿は寒さを嫌うとのことで家の中に入れていましたが、そろそろ外に出してもいい頃。
まだ花をつけていませんが何時か咲いてくれるのが楽しみです。

3月20日
今年一番多い花粉の量が飛んだのではないでしょうか。
例年の10倍とも30倍とも言われています。
ベランダの桟や車が真っ白くなっていたのには驚きです。
アメリカにいた時路上に止まっている車がメイプルの花粉で真黄色になっていたのが印象的で、それには及びませんが、杉の先が花粉で茶色くなっているのを見かけたりテレビの映像で春霞のような山の風景や花粉が飛んでる様子を山火事と間違えたと言うのも分かる気がします。

3月2日
2月11日にプロサーファーの飯島夏樹氏の事にふれましたが、夕刊に
2月28日にハワイで亡くなられたことが書かれていました。 
テレビで初めて知った方でしたが、余りにも自分に厳しく、誠実で人懐っこく風のように爽やかな人柄が余命限られた中で家族との触れ合いを大切にし、「人生とは長さでなくどのように生きたかということが大切だ」「与えられた運命を受け入れ、天命をまっとうする」と話されていた事が印象的でした。
3月13日フジテレビ系列で16時〜17時25分「天国で逢おう追悼偏(仮)が放映される予定です。
今心が荒んでいる人たちが多い中、壮絶にガンと闘い、家族に愛を残していかれた夏樹氏の姿に感動されるでしょう。
3月22日「ガンに生かされて」の本が発売されます。

3月1日
もう一つ間違ってと言うか勘違いして使われる言葉に「役不足」と言うのがあります。
時に謙遜したつもりで「役不足ではありますがこの役を引き受け、頑張りたいと思います」と言う挨拶をされる方があります。
自分がその役をするほどの立派な器でないと言う意味を込めて言われた事が実際は自分の腕前にしては軽すぎると言う反対の意味なのです。
まだまだ日本人でありながら知らない言葉や間違って使っている言葉があると思います。

2月28日
長い間、間違って使っていた言葉に「鳥肌が立つ」というのがあります。
あくまでも温度の寒い時あるいは恐怖を感じてぞっとした時使うと広辞苑に書かれているそうです。
テレビを見ていてもアナウンサーさえも私と同じく素晴らしい景色を見て感動した時、凄い接戦の試合で勝利を勝ち取った時、「鳥肌が立つ」といっています。
英語でhave goosefleshと言いますがそれはどうなのでしょうか?

2月16日
京都議定書発効記念行事がありました。
一番多くの環境破壊をしているアメリカが抜けたこと、発展途上の大国である中国とインドが入っていないのは残念です。
便利になりすぎた現在、少し時間を元に戻すのは無理かも知れませんが一人一人が意識して、又企業は営利のみ考慮せず、企業道徳に基づいて限られた地球の財産を大切にし、水を汚さない・空気を汚さないでいたいものです。
やはりマータイ女史の言われた“もったいない”という心が地球を守っていく気がします。

2月14日
昨年のノーベル平和賞を受賞されたケニアの環境副大臣ワーガイ・マータイ女史は森林の破壊と砂漠化に危惧し、貧困に苦しんでいる女性の自立をめざす為グリーンベルト運動をおこしました。
苗木を育て7本の木を植える事から始まり、現在ではその数3000万本にのぼり、運動は20カ国に広がっています。
平和賞の対象を広げ環境分野で貢献した彼女の功績が評価され受賞となったのです。
来日された会見で「日本には良い言葉があります―“もったいない”」といった言葉が印象的でした。

2月11日
プロサーファーの飯島夏樹氏の「天国で逢おう」と言うドキュメンタリーを見ました。
ガンに侵され余命を宣告されながらも家族とクオリティー・オブ・ライフを求めてハワイで終の時間を過ごすことに決断する勇気と明るさは見ている人に反対に勇気付けてくれます。

2月6日
5月から始めたSQダンスのDoSaDoパーティ(初心者デビュー)の日です。
同じクラブの方たちと踊っていてもコーラーさんが違うと緊張してしまいます。
DoSaDoのバッヂはフタバマークのようなものです。
寒い中義娘と孫娘が応援に駆けつけてくれました。
次回まではもう少し上手になっていますね。

1月24日
3時から5時までの2時間のテニスの間自衛隊の軍用機がまるで航空
ショーのように次々真上を飛んで行きました。
スマトラ地震の被災地に行く為なのでしょうか?
それともサマワに行く為でしょうか?
異様な光景に平和を祈る思いです。

1月20日
最近評判の「北の零年」を見に行きました。
誰かが「風と共に去りぬ」の日本版とコメントしていましたが、南北戦争の混乱の中を強かに生き抜く、でも憎めないスカーレットオハラに対し、
やはり明治維新の日毎にめまぐるしく変り行く中で、気候温暖な淡路島
から北海道と言う極寒の中で開拓を余儀なくされ、城主からも見放され、夫にも裏切られる女主人公しの。
現代には少なくなっていく日本女性の強さが描かれていました。

1月15日
NYで40年余りご活躍の内視鏡手術の先駆者とも言える新谷ドクターの講演会に出席しました。。前にも新家先生の食事療法を見せていただいたことがありましたが、徹底した野菜中心主義です。
それは私達の歯に比例して肉を引き裂く犬歯が1に対して野菜をかんだり、すりつぶす臼歯や門歯が7である事から、動物性対植物性食物が1:7といわれました。
私がヘルスケアーの中で6月4日の永久歯のコーナーでお話したことと同じでした。ヘルスケアーの中でお話の一部を紹介していきたいと思います。

1月14日
12日にはお菓子の話をしましたが、徳島にある
JRの学駅の入場券が静かなブームで5枚1組で
「ご入学」ということでわざわざ買いに行ったり、
今では電話やネットでも買えるとの事。
可愛い孫のためにとお年寄りまでも買い求めるそうです。
明日はセンター試験。雪が降らないことを祈っています。

1月12日
ここ2〜3年この時期お菓子業界が受験生応援としてコーナーまで作られているとの記事が出ていました。
神にもすがる思いが“kitkat”が「きっと勝つとう」
“カール”の前に“う”を付け「ウカール」とか
“コアラのマーチ”は「寝ていても木から落ちない」等等。
商魂逞しいとは言え何でもアイデアだと感心する次第です。

1月11日
笑い声が絶えない和やかな初釜。
茶道は堅苦しいものと思っていた私が帰国後7年余りも続けてこられたのは、先生を初めとしてこの暖かい雰囲気だからでしょう。

1月9日
今日はSQダンスの11回目のアニバーサリーです。
私達ビギナーにとっては初めての大きな会であり、又SQダンス協会の中でも
年初めの大会とあって、420名余りの方が関東一円から来られ嬉しい悲鳴でした。
ドリンク・スナック係の私も合間を縫って踊って頂きましたが、皆心は青春時代。
思い思いのカラフルなお洋服も目を楽しませてくれます。
私もこの日のためにクラブコスチュームを何とか友人のアドバイスをお借りして作り上げました。
見に来てくださった友人のご主人様が撮って下さった写真です。

1月7日
今日は七草。無病息災を願っての事でしょうか?
中国から伝わったとも言われる七草粥。当時は7種類の穀物を入れていたとか。
七草の効用が書かれているのを見つけましたのでご参照下さい。
昔の人の知恵って素晴らしいですね。

せり……消化を助け黄疸をなくす
なずな……視力、五臓に効果
ごきょう……吐き気、痰、解熱に効果
はこべら……歯ぐき、排尿に良い
ほとけのざ……歯痛に効く
すずな……消化促進、しもやけ、そばかす
すずしろ……胃健、咳き止め、神経痛


1月1日
昨日からの積雪で久し振りの雪景色の
お正月となりました。
地球が怒っているのではないかと思う
ほど、自然災害の多かった昨年ですが
この一年平和であって欲しいと願うばかりです。